最近、僕の周囲で確実に増えてきたと感じるのが、ロードバイク、クロスバイクなどのスポーツ用自転車を利用する人たちだ。著名人の中にも自転車好きを公言する人が増えてきているのは、読者の皆さんも感じていると思う。TVでは本格的な自転車番組も登場し、雑誌、Webなどメディアの扱いも増えた。宇都宮の「ジャパンカップサイクルロードレース」、さいたま新都心で行われる「ツール・ド・フランスさいたまクリテリウム」、大阪から東京までの連戦で競い合う「ツアー・オブ・ジャパン」など、関東で観戦することができる自転車レースも盛況であり、観客の動員数や熱度も上がっているようだ。スポーツ用自転車が徐々に身近な存在となっていくのを感じる。
さて、そんな自転車人気に一役買っていると思われるのが、今回紹介する『弱虫ペダル』だ。僕自身クロスバイクを愛用する者として、この作品を取り上げないわけにはいかない。アキバ系男子の主人公・小野田坂道が、自転車競技の面白さに目覚めて成長していくストーリーは、本稿を読んでいるアニメファンの中で、自転車に興味を持つ人にとっても感情移入しやすいものではないだろうか。
TVシリーズ第1期は昨年10月から今年6月までの3クール放映され、9月19日には第1期の内容に新作カットを加えた『弱虫ペダル Re:RIDE』が劇場公開された。そして10月からいよいよTVシリーズ第2期『弱虫ペダル GRANDE ROAD』が放映開始だ。
今回紹介するのはTVシリーズ第1期のサントラで、9月17日にリリースされたもの。放映開始から1年弱でのサントラ発売は、近年ではかなり遅い部類と言えるだろう。個人的にも、無事にサントラが出るのか気を揉んでいたほどだ。そのためか、サントラ第2弾が早くも11月19日に発売予定となっている。
CDは全32曲収録で66分。本作は1クールごとに主題歌が変わるスタイルで、OP主題歌は「リクライム」「弱虫な炎」「Be As One」、ED主題歌は「風を呼べ」「I’m Ready」「Glory Road」のそれぞれ3曲ずつが使用されていたが、いずれもサントラには収録されず。また田村ゆかりが歌って話題となった劇中アニメの主題歌「恋のヒメヒメぺったんこ」も収録されていない。つまり本盤は完全に劇伴のみの構成となっているので、歌もの目当てのファンは注意してほしい。
いくつか楽曲を紹介していこう。14曲目「ハイケイデンス」は自転車レースのシーンで使用された楽曲。第2話から第3話での坂道における今泉との対決や、第7話で小野田が今泉と鳴子を追走するシーンなどにて使用。曲名どおりに、レース中で実際にケイデンスを上げるシーンで多用されている。ストリングスのトレモロから始まり、ピアノを入れたバンドサウンドのリズムに、ストリングスとエレキギターが絡み合う。実にスリリングな曲調で、レースの興奮を盛り上げてくれるものだ。ちなみにハイケイデンスとは、自転車のペダルを高回転で漕ぐこと。ロードバイクの漕ぎかたは「軽めのギアでハイケイデンス」というのが身体に負担がかかりにくく、最も効率がよいとされている。
28曲目「ツークリック・シフトアップ」も本盤を代表するナンバー。ストリングスが奏でるコードから、メジャーセブンスの分散和音を奏するシンセが印象的だ。第9話の新入生歓迎レースでは、山岳地帯ラストの勝負どころにて、曲名どおりに小野田が2段階ギアを上げてダンシングを行うシーンで使用された。ちなみに、登り坂でギアを上げてダンシングを行うと、太腿には一気に乳酸が溜まって疲労が蓄積されていく。下手をすると足が痙攣を起こす危険性もあるリスキーな走り方なので、くれぐれもアニメを観て安易に真似をしない方がいいだろう。
24曲目「トップスプリンター」も同路線のアップテンポの楽曲。ストリングスによるリズムの刻みが雄々しくダイナミックであり、派手にレースシーンを盛り上げてくれる。
『弱虫ペダル』がアニメ化されるとの第一報を聞いた時、僕は音楽がどのようなものになるのか想像がつかなかった。というのも、自転車を必死に漕いでいる時の精神状態は「無心」に近いものであり、その場面に合うBGMというのが思いつかなかったからだ。強いて言えば、無機質なテクノミュージックの淡々としたビートなら、比較的相性がいいのではないかと思っていた。
しかしながら本作の音楽は、アップテンポのバンドサウンドの上にストリングスを乗せた情熱的なもの。自転車競技があくまでも人間対人間の対決であり、レーサー同士の意地と意地とがぶつかりあう心理戦でもある、という側面を重視した作風と言えるだろう。そのためか、上記に挙げたようなレースシーンのBGMは、ロボットものやアクション作品におけるバトル音楽のように機能しており、熱く激しく作品を盛り上げてくれる。『弱虫ペダル』は自転車ものであると同時に、個性的なキャラクター同士がぶつかりあう、少年マンガ原作らしいバトル要素の強い作品であることを改めて知らしめてくれた。
さて本作では、第1話で小野田が秋葉原まで45kmの道のりを往復するエピソードが、第5話の新入生歓迎レースにて60kmを走破するエピソードが描かれている。これは誇張でもなんでもないのだが、実際にスポーツ車に慣れてくると50km以下の距離は「近場」であり、隣町に行くような感覚で隣県まで行ってしまうこともしばしば。この距離感の変化と、「世界を縮めた」感覚はスポーツ車の大きな醍醐味なので、『弱虫ペダル』を観て興味を持った方にはぜひチャレンジしてみてほしい。最初は5万円程度の入門用クロスバイクでも、軽快車(ママチャリ)との次元の違いを味わえるはずだ。
なお、上述した「さいたまクリテリウム」は、今月25日に第2回大会が開催される。今回も場所はさいたま新都心駅周辺なので、さいたまスーパーアリーナに行ったことがあるアニソンファンなら土地鑑もあるだろう。最初に観戦する自転車レースとして、ふさわしいのではないか。昨年は約20万人を動員したとのことで、今年もさらなる盛況が予想される。(和田穣)
弱虫ペダル O.S.T.1
THCA-60040/3,024円/東宝
発売中
Amazon