ANIME NEWS

アニメ音楽丸かじり(131)
熟練の和楽器演奏をたっぷりと聴く悦び 『咲 全国編』サウンドトラック

 この記事を書いているとき、ちょうど外では桜が満開。春らしく穏やかな日差しは、つい眠気を誘われてしまうほどに柔らかい。花びらを照らす光の加減も実に柔らかで、すべての色彩が淡いトーンに抑えられているような季節だ。ギラギラした夏の日差しと、濃厚な緑の色合いも悪くはないのが、春だけに存在するこのたおやかな風景にも格別の味わいがある。
 TVアニメにおいても、出会いと別れの季節である春の情景、そしてそれを象徴する桜の描写は欠かせないものだ。たとえば、放映が終了したばかりの『桜Trick』は作品名に桜を用いただけでなく、アニメ本編中でも随所に桜の描写を取り入れていた。毎回登場する豪華なエンドカードも話題になったが、ほぼ全てのイラストに、桜の花びらが散りばめられている点に気づいたファンもいるのではないだろうか。4月9日にキャラクターソング集が発売されるが、やはりタイトルにもジャケットにも桜があしらわれている。

SAKURA♪SONG ALBUM SAKURA*SAKU – 桜*作 -

PCCG-1392/2,400円/ポニーキャニオン
4月9日発売予定
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 さて、今週は4月の新番組へと編成が切り替わる時期で、サントラの発売点数も少ない。そこで、前期放映されていた番組の中から、注目のサントラを1枚紹介したいと思う。とは言っても、今回紹介する『咲 全国編』は最終話の放映が4月になるため、視聴環境によってはまだ全話を見終えていない人もいるかもしれないのだが。
 このシリーズについては、スピンオフ作品にあたる『咲 阿知賀編 episode of side-A』のサントラについても 2012年7月の記事で紹介している。麻雀をテーマに据えた現代劇であり、美少女ものでもあるのだが、まるで怪獣映画のような大仰なBGMが多数あって、その「やり過ぎ具合」がなんとも痛快で楽しい作品だった。本作『全国編』も過去のシリーズと同じく音楽担当は渡辺剛なので、これまでの路線は健在だ。
 『阿知賀編』のサントラも36曲を詰め込んだボリュームだったが、本作『全国編』のサントラではいよいよCD1枚には収まりきらなくなったのか、2枚組で全41曲収録というサイズになった。CDは3月26日にランティスからリリースされている。OP主題歌「New SPARKS!」およびED主題歌「TRUE GATE」はTVサイズで収録。また同じくED主題歌「この手が奇跡を選んでる」については、TVサイズながら宮守女子高校、永水女子高校、姫松高校の3バージョンを収録している。このサントラ1枚で、一応は全ての主題歌が揃うわけだ。
 今回のサントラのテーマはズバリ「和」。いくつか生の和楽器を導入しているほか、打ち込みでも和風・民族風のサウンドが用いられることが多く、全体的に和のテイストが色濃く打ち出されている。『全国編』における清澄高校の対戦相手として、鹿児島県代表の永水女子高校という、全員が巫女装束を纏った学校が登場することが大きいのだろう。永水女子絡みの楽曲では特に和楽器がフィーチャーされており、Disc1の5曲目「永水女子」、6曲目「仙女たちの戯れ」、14曲目「霧島神境の姫」、16曲目「悪石の巫女」がそれにあたる。ちなみに「霧島神境の姫」とは先鋒・神代小蒔、「悪石の巫女」とは副将・薄墨初美の異称だ。「永水女子」「悪石の巫女」は篠笛、「仙女たちの戯れ」「霧島神境の姫」は篳篥が主旋律を受け持っている。特に篳篥の音色は、当然ながら雅楽を連想させ、永水女子の巫女装束とも相まって神秘的なムードを作り出す。「霧島神境の姫」には笙も使われているので、そのあたりも聴きどころだ。
 また、もうひとつの対戦校で岩手県代表の宮守女子高校についても、「遠野物語」で知られる遠野市に位置すると思われ(作中では明言されていないが、遠野市に宮守という地名は実在する)、それを意識してか民族音楽風のサウンドが多い。先鋒・小瀬川白望のテーマであるDisc1の15曲目「迷い家」、大将・姉帯豊音のテーマである17曲目「山姫」、副将・臼沢塞のテーマであるDisc2の7曲目「封印」などがそうだ。ちなみに「迷い家」「山姫」そして中堅・鹿倉胡桃の異称で、本盤Disc1の8曲目でもある「座敷わらし」は、いずれも「遠野物語」に登場するエピソードであったりする。
 本盤のブックレットには作曲者・渡辺剛のコメントが掲載されているのだが、「特に永水、宮守の楽曲制作は楽しかった!」と語っている。その楽しさの主な理由は、これら和風の楽曲の充実ぶりに因るものだろう。
 本作と前作『咲』との大きな違いとして、主人公・宮永咲の立ち位置が挙げられる。前作では咲を始めとする清澄高校メンバーの視点から物語が描かれるケースが多かったが、本作は他校の視点からの描写が多く、咲は「圧倒的な力を持つ強敵」「そびえたつ高い壁」として描かれることが多い。つまり『咲』で天江衣が、『阿知賀編』で宮永照が担っていた「ラスボス」のポジションを、本作では咲が受け持っているわけだ。したがって前作に使用された「神の領域」「圧倒的な力を目前として」などのおどろおどろしいBGMは、本作では主に咲を描写する場面に使われている。本盤における同種の楽曲としては、第12局で咲が圧倒的な力量を発揮する場面に使用されたDisc2の8曲目「脅威」が代表的だ。曲名からして、本作における咲の立ち位置が明確に分かろうというもの。
 最後に演奏家についても触れておこう。ギターに竹中俊二、是永巧一、オーボエには庄司知史といった一流どころを起用しているほか、キーポイントとなる和楽器担当には、篠笛・横笛・フルートにスタジオ・ミュージシャン歴50年に迫る旭孝、篳篥・笙には日本音楽集団の西原祐二という、ベテランプレーヤーを配置する贅沢な布陣。
 旭孝といえば、日本のスタジオ・ミュージシャンの生き字引のような存在であり、アニメ劇伴への参加もそれこそ書ききれないほど膨大だ。近年のものだと、『花咲くいろは』『LAST EXILE 銀翼のファム』『神のみぞ知るセカイ』『きんいろモザイク』『閃乱カグラ』あたりが思い浮かぶ。お手持ちのサントラのクレジットを探っていけば、彼の名前を見つけるのはさほど難しいことではあるまい。個人的にはTVシリーズ『吸血姫美夕』の音楽が印象深い。サントラの随所に参加している(ソロ曲まである)ほか、OPは彼の篠笛、EDはケーナ演奏から始まる印象的なものだ。
 僕のようなサントラや新邦楽のマニアにとっては、旭孝や西原祐二の演奏がたっぷり聴けるというだけでも、このCDには価値がある。その値打ちのほどは、本盤にじっくりと耳を傾け、その美しい音色、繊細な節回し、そして正確なピッチを聴けば理解してもらえると思う。作曲者のコメントにあるとおり、永水女子、宮守女子の楽曲は特におすすめだ。(和田穣)

咲-Saki-全国編 オリジナルサウンドトラック(音楽:渡辺剛)

LACA-9342〜9343/3,456円/ランティス
発売中
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