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アニメ音楽丸かじり(108)『聖☆おにいさん』がいよいよ劇場公開

 ゴールデンウィークも明けて、春期新番組の主題歌の発売が本格化しつつある。特に5月8日は主題歌9作(盤違いや再発は含めず)、キャラソン4作が集中するリリースラッシュとなった。その結果として、同日のオリコンデイリーチャートでは、

 1位「うたの☆プリンスさまっ♪マジLOVE2000% アイドルソング/聖川真斗(鈴村健一)」 
 2位「sister’s noise/fripSide」(TV『とある科学の超電磁砲S』OP主題歌)
 4位「ギャグ/星野源」(劇場『聖☆おにいさん』主題歌)
 5位「Baby Sweet Berry Love/小倉唯」(TV『変態王子と笑わない猫。』ED主題歌)

 とトップ5のうち4作をアニメ関連が占めるという事態になっていた。デジタル配信やレンタルへの移行が進み、CDシングル総売上の母数が縮小しているという背景もあるのだが、それにしてもなかなか壮観である。ちなみに4位の「ギャグ」だが、星野源が昨年12月にくも膜下出血の手術を受けてから、復帰後に初めて世に出す記念すべきシングルとなっている。

『聖☆おにいさん』主題歌 ギャグ/星野源

VICL-36780/630円/ビクターエンタテインメント
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 その『聖☆おにいさん』は5月10日より全国で劇場公開が始まっているが、僕は原作のファンなので公開翌日の11日にTOHOシネマズ府中で鑑賞してきた。観た回では客入りが8〜9割と好調で、客層は女性グループとカップルの姿が目立っていた。上映中は何度も笑い声が起きていたので、反応はおおむね上々のようだ。こういったギャグものでは、既読でネタを知っていることがマイナスになるかと予想していたが、主演の森山未來(イエス役)・星野源(ブッダ役)の熱演や、随所に見られた画作りの工夫によって十分に楽しむことができた。来場者特典のブックレットも、原作者のマンガあり、インタビュー記事ありでページ数は少なめながらも内容は充実している。

 さて、同作のサントラが公開より一足早く5月8日にリリースされている。全51曲収録の54分で、挿入歌「誰もいないね」と「SYO-GYO-MUJYO」 のフルサイズを含む。ただし上述の主題歌「ギャグ」は収録されていない。音楽担当は鈴木慶一と白井良明で、言わずと知れた元ムーンライダーズの2人である。ムーンライダーズと言えば、英国のXTCにも共通するサイケデリックで複雑な楽曲展開と、フォークソング寄りの牧歌的メロディが不思議に調和するグループだ。彼らが『聖☆おにいさん』に起用された理由については、色々と思い当たる節があるのだが、そのあたりは後述したい。

 作曲は鈴木と白井がそれぞれ半数ずつを受け持ち、まず白井が自らの担当分を書き上げ、それを聴いた鈴木が「方向性が重ならないように」とバランスを取りながら作曲を行ったという。つまり完全なる分業制なのだが、さすが長年の付き合いで勝手知ったる仲というべきか、まったく違和感なく両者の楽曲が作品に溶け込んでいる。挿入歌「誰もいないね」だけは2人の共作で、両者がボーカルも分け合うというムーンライダーズファンにとっては嬉しい楽曲となった。フォーク調の訥々としたボーカルスタイルなのだが、物語の舞台が立川ということで、懐かしの中央線フォーク路線を意識したということだ。

 2人とも幅広い作曲スタイルを有するだけに、単純な区分けはしにくいのだが、主にギターを活かしたロック寄りのものは白井曲に多く、シンセをフィーチャーしたものは鈴木曲に多い。音楽マニアの方は、本編を見る際にそのあたりを気にしてみると面白いだろうと思う。
 また、ストリングスアレンジとして元ザバダックの上野洋子が全面協力しており、大半の楽曲に参加している。鈴木慶一とは多数の共演歴があるほか、『.hack//黄昏の腕輪伝説』の音楽を担当したり、伊藤真澄とのユニット「Oranges & Lemons」として『あずまんが大王』OP主題歌を歌ったり、『灰羽連盟』のイメージソング集を出すなど、アニメ業界とも接点の多い音楽家だ。

 いくつか特徴的な楽曲を紹介したい。まず1曲目「初めに光ありき(春)」は冒頭のナレーションを彩る音楽。シンセストリングスを用いた壮大なサウンドで、平沢進が書きそうな無国籍風の音楽となっている。鈴木慶一は本作の音楽制作にあたって、特定の国籍を匂わせるような音楽スタイルは避けたというが(宗教色が強くなりすぎるのを敬遠したのだろう)、そのあたりがよく出ている楽曲と言えそうだ。
 2曲目「舞い上がるイエス(春)」は、イエスとブッダが暮らす東京は立川のアパート「松田ハイツ」のシーンにて使用。同じく11曲目「ご近所の目(春)」や40曲目「張り切るブッダ(冬)」も音数の少ないベタなコメディ音楽であり、どことなく昭和の実写ドラマを思わせる古典的スタイルだ。特典ブックレットのインタビューによれば、鈴木慶一は本作に「昭和な感じ」という印象を持っているそうだが、そのあたりがよく出た楽曲と言えよう。
 7曲目「ビビるブッダ(春)」はシンセによる気が抜けたような音色がコミカル。鈴木が音楽を担当した往年の名作ゲーム「MOTHER」のBGMを思わせ、ファンならすぐに鈴木慶一と分かるサウンドに仕上がっている。8曲目「ブラックサンダーマウンテン」はどこかで聞いたような乗り物の名前だが、鈴木作曲によるサイケデリックなロックチューン。ムーンライダーズの作品にもなりそうな雰囲気がある。もちろん劇中ではイエスとブッダが某ランドそっくりな遊園地に行くシーンにて使用された。

 さて、ここまで紹介した楽曲タイトルに(春)などとついているので分かった方もいるだろう。本作は春夏秋冬の4部構成となっており、映画は春の桜の描写に始まり、冬のシーンで終わっている。サントラもそれを踏襲して、春(トラック番号1〜17)、夏(18〜31)、秋(32〜36)、冬(37〜50)という順番で収録されているのだ。
 原作でも秋のエピソードが少ないためか「秋編」はやや短いのだが、共作の挿入歌「誰もいないね」を除いて5曲全て白井良明が作曲しているのが面白い。一方で「冬編」は鈴木慶一の楽曲が多いのだ。ギターを得意とする白井は秋を表現するのに長け、シンセを巧みに操る鈴木は冬の描写が得意という事だろうか。そういえば上述の「MOTHER」でも雪のシーンの音楽に印象的なものが多かった。2人の得意分野の違いが垣間見えて面白い現象ではある。

 最後に、この2人が音楽担当に起用された理由について記したい。『聖☆おにいさん』といえば、イエスとブッダという聖人が日本の、それも昭和的佇まいを色濃く残した立川の安アパートで過ごすというミスマッチを楽しむ作品だ。偉大な聖人が畳敷きの和室に住み、スーパーの特売セールに一喜一憂し、手作りTシャツを着て銭湯に通うという小市民ぶりが微笑ましくも楽しいわけである。しかしながら彼らは聖人であるから、時には光ったり浮いたり病人を治したりと、図らずも超常現象を起こしてしまう。
 このようなキャラクター設定の二重構造を表現するのに、元ムーンライダーズの2人はぴったりだったのではないか。というのも、ムーンライダーズの音楽は複雑でサイケデリックな楽曲展開を誇る一方で、歌メロや歌唱法にフォーク的な素朴さを多分に有していたからだ。
 サイケデリックな部分をイエスとブッダが起こす超常現象に、フォーク的な部分を昭和的風景にあてはめていけば、これが実にしっくりくる。この2人が本作の音楽担当に起用されたのは、まったくもって必然性があったのではないか、と思うわけである。(和田穣)

『聖☆おにいさん』オリジナルサウンドトラック(音楽:鈴木慶一・白井良明)

SVWC-7938/3,150円/アニプレックス
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