今回は珍しくOVA作品のサントラを紹介してみたい。第1巻が11月28日にリリースされたばかりの『わんおふ』だ。佐藤順一監督の最新作であり、所属するTYOアニメーションズの制作によるオリジナル作品。TYOアニメーションズはゆめ太カンパニーとハルフィルムメーカーが合併してできた会社だ。佐藤監督はこのスタッフと組んで『ARIA The ANIMATION』『スケッチブック ~full color’s~』『たまゆら』などを作り上げており、穏やかで丁寧な日常描写はファンにはすっかりお馴染みだろう。『わんおふ』もこれらの系譜に連なる、女子のゆったりとした日常劇をメインに据えた作風だが、それだけに留まらず、バイクを重要なモチーフにしているところがポイント。ホンダが特別協賛するということでも注目の作品となっている。
CDは全23曲を収録した44分。ROUND TABLE featuring Ninoによるオープニング主題歌「約束の場所」はショートサイズで、エンディング主題歌「メモリーズ」は劇中で主人公たちが結成するユニット「ぽこ・あ・ぽこ」の歌唱によるバージョンが収録されている。
このアニメのサントラを紹介する理由は、作曲者にある。オンド・マルトノ奏者として世界的に知られる原田節(ハラダタカシ)が、この作品によって2002年の『パルムの樹』以来となる久々のアニメ劇伴を手がけているのだ。もちろんオンド・マルトノの演奏だけならば今年の話題作『輪廻のラグランジェ』や、2006年の『びんちょうタン』でも実例があるのだが、彼自身の作曲によるオリジナル劇伴を耳にするのは実に10年ぶり。注目するなという方が無理というものだろう。
実際に作品を見た方なら分かっていただけるだろうが、これがもうオンド・マルトノをこれでもか! と使いまくっており、様々な曲調にオンドを落とし込んだ品評会のような仕上がり。なかなかマイナーなこの楽器を、たっぷりと鑑賞できるまたとない機会だ。オンドを知らない視聴者には、バイオリンや口笛のように聞こえたかもしれないが、実はこれ、れっきとした電子楽器である。1928年にフランスで生まれた歴史のある楽器で、オンドはフランス語で電波、マルトノは開発者の名前に由来する。オンドの素朴で暖かい音色と、サトジュン+TYOのハートウォームな作風との相性はバッチリで、この作品に原田節が起用された理由がよくわかる。オンド以外の楽器も生楽器のみで構成されており、弦楽器による室内楽の編成に、オンドやオーボエなどのソロ楽器が加わるパターンが多いのが特徴だ。
1曲目「春のプレリュード」はタイトルからしてポエティックだが、主人公・汐崎春乃の名前にもかけているのだろう。3分半近くある3部構成の楽曲で、序盤が第1話のアバンタイトルに使われている。そよ風のようなエレクトリックピアノの分散和音に、ハープのハーモニクスが絡んだ曲調で、春乃たちが生活する高原の朝の清々しさを感じさせる。中盤はピアノ五重奏によるレントラー風の舞曲に、オーボエの主旋律が乗っかる牧歌的なもの。途中からオンド・マルトノが加わり、小編成ながらそのサウンドはリッチで広がりのあるものだ。作中でもっとも頻繁に使用される曲のひとつ。
3曲目「お・はよう」は春乃たちの登校シーンに流れたピアノソロによる舞曲。ピアノソロの日常曲と言えば、とかくありきたりなものになりがちだが、この曲は随所にロマン派的な凝った和声や、現代音楽風の唐突な展開、ジャズを思わせるフレーズなどが散りばめられ、聴く者を飽きさせない。
7曲目「雲が流れる」はオンド・マルトノとアコースティックギターだけの編成による小品だが、第3話のアバンタイトルなど随所に効果的に使用されている。シンプルだが「これぞオンド!」とでも言うべき、楽器の表現力を存分に生かしたナンバーだ。
8曲目「本気トーク」は、バイクショップ兼カフェの茂登屋での会話シーンを支える音楽。洒落の効いた楽曲タイトルは、もちろんホンキートンクとのダブルミーニングだろう。そのホンキートンクピアノと弦楽隊によって、「クラシック編成による黒人音楽」とでもいうべき、独特の洒落たサウンドに仕上がっている。
我が国に、世界を代表するオンディスト(オンド奏者)がいることで、こうやってアニメという手の届きやすいメディアでオンドの音色をたっぷりと楽しむことができる。その喜び、ありがたみをしみじみと感じさせてくれる1枚だ。国内に奏者がいなかったり、楽器がなかったりする国ではこうはいかない。
本作を見てオンド・マルトノに興味を持った方は、まず『パルムの樹』『びんちょうタン』『輪廻のラグランジェ』などのサントラで、原田節の演奏に触れてみよう。それから現代音楽ではあるが、メシアンの「トゥランガリーラ交響曲」のCDか実演を聴いてみるのもオススメ。オンドを代表する楽曲といえばまずこの曲の名前が挙がるはずだ。また、初音ミクでお馴染みのクリプトン・フューチャーメディアが、オンド・マルトノのサウンドを収録したライブラリ「ONDES」を発売している。現在オンドは開発者マルトノの死によって製造技術が途絶えており、新品を入手するのが難しい状況だ。オンドの音色を自らの楽曲に取り入れたいという方は、こちらを利用するのがいいだろう。
オリジナルビデオアニメーション『わんおふ-one off-』オリジナルサウンドトラック(音楽:原田節)
VTCL-60323/3,045円/フライングドッグ
12月19日発売予定
Amazon
さて、その『わんおふ』で主題歌を担当したROUND TABLE featuring Ninoが、残念ながら10年にわたる活動に終止符を打ち、総決算となるベストアルバムを11月28日にリリースすることとなった。このグループは北川勝利と伊藤利恵子によるユニットROUND TABLEに、ゲストボーカルのNinoが参加する形態だったが、ROUND TABLE単体での活動を停止するわけではないようだ。とはいえ、近年の北川勝利は作曲家として坂本真綾「Get No Satisfaction!」「マジックナンバー」(『こばと』OP)、中島愛「メロディ」(『たまゆら』ED)、「Hello!」(『輪廻のラグランジェ』ED)、吉谷彩子「恋のオーケストラ」(『謎の彼女X』OP)、そして花澤香菜のデビューシングル『星空☆ディスティネーション』などを手がけてきた売れっ子であり、ユニット活動との両立はさぞや大変だろうと想像できる。
CD内容は、デビュー曲「Let Me Be With You」(『ちょびっツ』OP)から、最新曲で表題曲の「メモリーズ」(『わんおふ』ED)までの全14曲。初回限定盤にはグループ唯一のビデオクリップ「New World」と、2009年に行われたライブのメイキング映像、CM集などを収録したDVDが付属する。14トラックのすべてがタイアップ曲であり、大半がアニメ主題歌という豪華な内容だ。
デビュー曲「Let Me Be With You」は、初めて聴いた時に「ついにお洒落軍がアニソン界に侵攻してきたか!」という衝撃を覚えた1曲。今でこそ当たり前になった、渋谷系サウンドをアニメ主題歌に用いた先駆的な事例のひとつだろう。坂本真綾も自身のアルバムでは近い路線をやっていたが、主題歌を歌う際には、まだアニソンらしさを残した楽曲が多かったのだ。
当時反発を覚えたアニメファンもいたと思うが、結局「曲が作品に合っていればそれでいいよね」という声が多数を占め(このあたりの寛容さがアニソンファンの美点だ)、後には「アキシブ系」なるカテゴリまで提唱されるに至った。アニメとお洒落とは必ずしも相反せず、作風によっては共存できるのだということを示した功績は大きい。後に「アニメファン=オタク」という傾向が薄まり、深夜アニメの視聴者層が拡散していく上で、意外に重要な役割を果たしていた作品・楽曲であったと、今なら理解できる。
続いて印象的なのは『トップをねらえ2!』のオープニング主題歌「Groovin’ Magic」だろうか。初代『トップをねらえ!』の主題歌は酒井法子が歌った「アクティブ・ハート」だが、この2曲の違いは、そのまま2作品の作風の違いにもつながるのではないだろうか。オタク文化の精華たる初代『トップ』と、オタク的なガジェットを詰め込みながらも、どこか醒めたライトさとポップな感性がほの見える『トップ2』に、それぞれの主題歌がよくマッチしている。ちなみに「Groovin’ Magic」はイントロのスキャットなど「Let Me Be With You」に近い作風だが、「Let Me~」は北川の楽曲、「Groovin’ Magic」は伊藤の楽曲であるところが興味深い。
そしてグループの代表作となったのが「Rainbow」「夏待ち」の2曲を提供した『ARIA The ANIMATION』シリーズだろう。佐藤順一監督による癒やし系の作風と、ROUND TABLEのナチュラルでアコースティックな楽曲がピタリと一致。とかくアップテンポで音を詰め込みがちなアニソン業界の中で、ゆったりと穏やかな楽曲は異彩を放っていた。タイアップ優先の風潮があった1990年代への反省から、2000年代前半のアニソンファンは楽曲の個性や先鋭性を、ポップスとの差別化を担う要素として(時に過剰なまでに)持てはやす風潮があったと記憶するが、この作品と楽曲はそんな固定観念を、肩についたホコリのようにフッと柔らかく吹き飛ばしてくれたように思う。
初出となるのは『わんおふ』主題歌「約束の場所」「メモリーズ」の2曲と、『たまゆら~hitotose~』挿入歌「ヒマワリ」のセルフカバー(オリジナルは竹達彩奈)となっている。「約束の場所」は伊藤の作詞・作曲によるもので、ラストソングとは思えないほど、明るい未来と希望を感じさせてくれるポップチューン。北川の手になる「メモリーズ」は、「歩き出そう この場所から始めよう」という歌詞の一節が、『わんおふ』の登場人物たちと、ROUND TABLE自身の姿とに重なって見えるのは当然と言うべきだろう。グループの活動終了がネガティブなものではなく、発展的解消だったと楽曲が伝えてくれているようだ。(和田穣)