第923回 『沖ツラ』制作話~8話 “水着着ない”で“お酢”

 8話は長谷川千夏さんのコンテ・演出。長谷川さんのコンテの場合、シーンの組み立て・構成は活かして、画ヅラのみの直しが多いです。海に潜るシーンとかも、毎度お馴染み俺好みの“主観カット”が長谷川コンテ第1稿から上がっていたので、コンテチェックがやりやすかったりしました。  まずは“海”の件。個人的にCGの魚と撮影処理の融合が思ったより上手く行ってて、次々上がって来るラッシュ(撮影上り)が楽しみでした。個人的にはCGで作ったハブクラゲ越しの喜屋武さんの“あおり”カットは気に入っています。その流れからの“クラゲ解説”はやっぱり秀逸(もちろん原作からです)! 全く関係ない話だけど、ゴンズイと言えば昔「週刊少年ジャンプ」で連載したジョージ秋山先生の「海人ゴンズイ」を思い出したのは俺だけ? ま、何にしても、

“クラゲに刺されたらお酢”! 
というのは、知っておくと得する知識かと!

相変わらず作画は自分を中心に直せるだけ直した(演出も含む)ので、誰がどこ担当で~とかの話題をしづらいです(汗)。

 今回も激短いけど、この辺で『キミ越え』作監修正へ! すみません(汗)!

第247回アニメスタイルイベント
ここまで調べた『つるばみ色のなぎ子たち』15 上野へ行こう! 東博へ行こう! 編

 片渕須直監督が制作中の次回作のタイトルは『つるばみ色のなぎ子たち』。平安時代を舞台にした作品のようです。
 『つるばみ色のなぎ子たち』の制作にあたって、片渕監督はスタッフと共に平安時代の生活などについての調査研究を進めています。その調査研究の結果を披露していただくのが、トークイベント「ここまで調べた『つるばみ色のなぎ子たち』」シリーズです(以前は「ここまで調べた片渕須直監督次回作」のタイトルで開催していました)。

 2025年10月28日(火)~2025年11月3日(月・祝)まで、東京国立博物館で「『つるばみ色のなぎ子たち』制作資料展」が開催されます。一連の『つるばみ色のなぎ子たち』の催しの中でも、この企画は特にスケールが大きなものとなります。
 今回の「ここまで調べた『つるばみ色のなぎ子たち』15」の開催日は11月1日(土)。つまり、制作資料展の開催中のイベントとなります。サブタイトルは「上野へ行こう! 東博へ行こう! 編」。東京国立博物館の制作資料展の展示について、片渕監督にたっぷりと解説をしていただきます。制作資料展に対する理解が深まるトークになるはず。お楽しみに。

 出演は今回も片渕監督、前野秀俊さん。聞き手はアニメスタイルの小黒編集長が務めます。会場は阿佐ヶ谷ロフトA。今回のイベントも「メインパート」の後に、短めの「アフタートーク」をやるという構成になります。配信もありますが、配信するのはメインパートのみです。アフタートークは会場にいらしたお客様のみが見ることができます。

 配信はリアルタイムでLOFT CHANNELでツイキャス配信を行い、ツイキャスのアーカイブ配信の後、アニメスタイルチャンネルで配信します。なお、ツイキャス配信には「投げ銭」と呼ばれるシステムがあります。「投げ銭」による収益は出演者、アニメスタイル編集部にも配分されます。アニメスタイルチャンネルの配信はチャンネルの会員の方が視聴できます。また、今までの「ここまで調べた~」イベントもアニメスタイルチャンネルで視聴できます。

 チケットは2025年10月11日(土)正午12時から発売となります。チケットについては、以下のロフトグループのページをご覧になってください。

■関連リンク
・『つるばみ色のなぎ子たち』公式サイト
https://tsurubami.contrail.tokyo

・『つるばみ色のなぎ子たち』制作資料展(東京国立博物館)
https://www.tnm.jp/modules/r_event/index.php?controller=dtl&cid=5&id=11472

・ロフトグループ(チケット関係)
イベント告知(LOFT)  https://www.loft-prj.co.jp/schedule/lofta/334900
会場&配信チケット https://t.livepocket.jp/e/cwe_y
配信チケット(ツイキャス)  https://premier.twitcasting.tv/asagayalofta/shopcart/399872

 なお、会場では「この世界の片隅に 絵コンテ[最長版]」上巻、下巻を片渕監督のサイン入りで販売する予定です。「この世界の片隅に 絵コンテ[最長版]」についてはこちらの記事をどうぞ→ https://x.gd/57ICr

第247回アニメスタイルイベント
ここまで調べた『つるばみ色のなぎ子たち』15 上野へ行こう! 東博へ行こう! 編

開催日

2025年11月1日(土)
開場12時30分/開演13時 終演15時~16時頃予定

会場

阿佐ヶ谷ロフトA

出演

片渕須直、前野秀俊、小黒祐一郎

チケット

会場での観覧+ツイキャス配信/前売 1,800円、当日 2,000円(税込·飲食代別)
ツイキャス配信チケット/1,500円

■アニメスタイルのトークイベントについて
 アニメスタイル編集部が開催する一連のトークイベントは、イベンターによるショーアップされたものとは異なり、クリエイターのお話、あるいはファントークをメインとする、非常にシンプルなものです。出演者のほとんどは人前で喋ることに慣れていませんし、進行や構成についても至らないところがあるかもしれません。その点は、あらかじめお断りしておきます。

第314回 ジーグの力見せてやる 〜鋼鉄ジーグ〜

 腹巻猫です。10月8日にTVアニメ『鋼鉄ジーグ』の主題歌・挿入歌・BGM(劇伴)を収録したサウンドトラック・アルバムが発売されます。作曲を手がけたのは今年が生誕100年になる渡辺宙明。アルバムの構成・解説は筆者が担当しました。『鋼鉄ジーグ』の音楽が単独アルバムで発売されるのは、これが初。しかもCDと配信(ストリーミング、ダウンロード)による全世界同時リリースになります。今回は『鋼鉄ジーグ』の音楽の魅力と、このアルバムの聴きどころを紹介します。


 『鋼鉄ジーグ』は、1975年10月から1976年8月まで全46話が放送された東映動画(現・東映アニメーション)制作のTVアニメ。『マジンガーZ』(1972)、『グレートマジンガー』(1974)を手がけたメインスタッフが、続いて送り出した新機軸のロボットアニメである。
 古代に日本を支配していた邪魔大王国の女王ヒミカが長い眠りから目覚め、王国の復活をもくろんで活動を開始した。考古学者の司馬遷次郎は邪魔大王国の復活を予見し、ひそかに基地ビルドベースと巨大ロボット・鋼鉄ジーグを建造していたが、ヒミカの手先に襲撃され、命を落としてしまう。遷次郎の息子・司馬宙(ひろし)は、父の遺志を継ぎ、鋼鉄ジーグと合体して邪魔大王国との戦いに挑む。
 『マジンガーZ』『グレートマジンガー』に比べて、怪奇幻想的な要素が増しているのが本作の特徴。ヒミカは「異次元科学」と呼ばれる術を操り、ロボットとは異なる「ハニワ幻人」を生み出して日本を攻撃する。邪魔大王国の移動基地は、7つの竜の首を持つ「幻魔要塞ヤマタノオロチ」。科学の力が及ばない得体の知れない恐ろしさが感じられる敵である。
 いっぽうのジーグは、手・足・胴体がバラバラのパーツとなって格納されており、出撃時に合体する設定。そしてジーグの頭部になるのは、父によってサイボーグに改造されていた宙である。主人公が主役ロボットを操縦するのではなく、自らロボットの一部となって戦う。これも本作の新機軸のひとつだ。しかし、それが単なる設定に終わらず、ドラマに反映されているのが本作の見どころ。宙は当初、自身がサイボーグであることを知らず、体の異変に悩む。父の意識を移したコンピューター、ビッグファーザーからサイボーグであることを知らされてからは、人間でなくなってしまった自分に苦悩する。また、宙は母と妹と同居しているのだが、母は宙のひみつを知っており、妹は知らない。家族のあいだにひみつがあることが、奥行きのあるドラマを生んだ。主人公が単純明快なヒーローではなく、複雑な悩みを抱えたキャラクターであることも、本作の大きな特徴のひとつだ。

 音楽を担当したのは、『マジンガーZ』『グレートマジンガー』に続いて東映動画制作のロボットアニメを手がける渡辺宙明。主題歌と劇伴の両方を担当したTVアニメとしては本作が3作目である。『マジンガーZ』『グレートマジンガー』で蓄積されたノウハウが本作に生かされており、さらに一歩進んだ音楽的工夫が聴けるのが、本作の音楽の魅力になっている。
 ここからは、本作の音楽の魅力について、3つの観点から語ってみたい。
 ひとつは、民族音楽的要素である。本作の大きな特徴は、ヒミカと邪魔大王国という、日本古代史をモチーフにした敵が設定されていること。敵を描写する音楽には、エキゾチックで土俗的なサウンドが用いられた。たとえばヒミカのテーマとして、妖しい女声スキャットを使った曲(「女王ヒミカ」)が用意されている。ヒミカの登場場面に必ずと言ってよいほど使用された、記憶に残る音楽だ。邪魔大王国のテーマ(「邪魔大王国の野望」)にはヒミカのテーマと同じメロディが使われ、敵側の描写に統一感を出している。ほかにも、民族楽器やシンセサイザーなどを駆使した不可思議なサウンドが敵の幻想的なイメージを印象づけていた。
 ふたつ目は、ロボットアニメに欠かせないバトル(戦闘描写)音楽について。本作の音楽はストリングス(弦楽器)を用いない編成で制作されている。しかし、『マジンガーZ』や『グレートマジンガー』のストリングスが入った音楽に比べて、音が薄いという印象はない。金管楽器と打楽器を中心に、木管楽器やオルガン、シンセサイザーなどを加えて厚みを出し、ダイナミックな音楽を作り出している。
 『マジンガーZ』『グレートマジンガー』の音楽になかったタイプのサウンドも導入されている。ハニワ幻人のテーマ(「ハニワ幻人出現」)はビッグバンド・ジャズ的なグルーブ感のある曲調で作られ、ロボットとは異なる生命感のあるキャラクターが強調された。
 また、劇中では宙がサイボーグに変身し、等身大の敵(ハニワ兵士)と戦う描写がある。等身大のバトルを想定した楽曲(「ジーグ怒りの反撃」)には、それまでの渡辺宙明作品では聴けなかったディスコ的なリズムが使われている。渡辺宙明の音楽が、新しいリズムやサウンドを獲得していく過程が、本作の音楽からうかがえるのだ。ディスコ的なサウンドは『鋼鉄ジーグ』の後番組『マグネロボ ガ・キーン』でさらに強化され、シャープでスピード感のある音楽を生み出していく。
 3つ目は心情描写曲の充実である。本作は人間ドラマに力が入れられており、特に宙と父(マシンファーザー)、母、妹とのあいだに生まれる気持ちのすれ違いや、秘めた苦悩が、見応えのあるエピソードを生んだ。そのドラマを演出するために多彩な心情描写曲が用意されている。
 筆者が特に注目するのは、渡辺宙明が得意とする哀愁を帯びたバラード調の曲(「明日なき戦いのバラード」)である。同じメロディでトランペットやフルート、ギターなどが演奏するバリエーションが作られ、ほとんど毎回、いずれかが劇中に流れていた。本作を代表する音楽のひとつが、このバラードなのだ。本作の音楽設計における、大きな特徴である。

 冒頭で紹介したように、本作の初の単独サウンドトラック・アルバム「鋼鉄ジーグ オリジナル・サウンドトラック」が、10月8日にCD2枚組のボリュームでリリースされる。発売元は日本コロムビア。ここからは、このアルバムの意義と聴きどころを紹介していきたい。
 収録曲は下記ページを参照。
https://columbia.jp/prod-info/COCX-42537-8/

 本アルバムは「Columbia Sound Treasure Series」の1枚と位置づけられている。同シリーズは、アニメ・特撮・劇場作品などの埋もれた名作サントラを発掘し、完全版としてリリースしていく企画である。2015年から2018年にかけて13タイトルがリリースされた。筆者も『おれは鉄兵』『キャンディ・キャンディ』「透明ドリちゃん」『笑ゥせぇるすまん』『宝島』などの構成・解説を担当した。2018年の「宝島 オリジナル・サウンドトラック」を最後にリリースが中断していたが、今回7年ぶりにシリーズが復活したのである。
 シリーズ復活の背景には、今年(2025年)が渡辺宙明生誕100年、『鋼鉄ジーグ』放映50周年のダブル・アニバーサリーの年にあたる、という事情がある。加えて、本作が海外(特にイタリア)にも熱狂的なファンが多い、という事情もあるだろう。それにしても快挙だ。CDが売れないと言われる時代に、CDでのリリースが実現したこともうれしい。ぜひ、たくさん売れて、シリーズの継続が実現してほしい。
 『鋼鉄ジーグ』の音楽(劇伴)は過去にも商品化されたことがある。代表的なものは、1979年発売のLPレコード2枚組「テレビ・オリジナルBGMコレクション 渡辺宙明作品集」。1991年には同アルバムをCD化した「渡辺宙明BGMコレクション」がリリースされ、ボーナストラックに未収録BGMが追加された。さらに、1996年発売のCD「渡辺宙明BGMコレクション “CHUMEI”ブランド」にて、わずかながら未収録BGMが初商品化されている。
 上記3タイトルのアルバムに収録された『鋼鉄ジーグ』のBGMは合計35曲。では、全部で何曲のBGMが作られていたかというと、NGテイクを除いて全81曲である。つまり、これまで全体の半分以下の曲数しか商品化されていなかったのだ。
 今回の「鋼鉄ジーグ オリジナル・サウンドトラック」では、未収録曲を含むBGM全曲を、オリジナルテープからの最新マスタリングで完全収録した。本アルバムの最大のセールスポイントはそこだろう。劇中で印象深い使われ方をしながら未収録だった楽曲や、豊富に作られた同一モチーフのバリエーションなどが商品化され、『鋼鉄ジーグ』の音楽の全貌がようやく明らかになったのである。
 構成にあたっては、全46話に及ぶ物語の大きな流れを意識するとともに、本アルバムがCDと配信の同時リリースであることも考慮した。というのも、CDと配信では、構成の考え方も変えるべきではないか、と最近考えているからだ。CDは基本的にその作品に興味にある人が買って聴いてくれるものである。しかし、配信を聴く人、特にサブスクで聴く人は、作品のことをよく知らないことも多いはずだ。そういう人にも聴いてもらい、楽しんでもらうためには、頭から「聴いてみたい」と思わせる工夫や、音楽的な気持ちよさを重視した構成が必要になる(と思う)。今回は、配信を意識した構成と、作品世界の再現を意識した昔ながらの構成の両立を試みた。うまくいったかどうかは、お聴きになったみなさんの高評を仰ぎたいところである。
 今回初収録となったBGMをいくつか紹介しよう。
 ディスク1に収録された「悲しき雪女チララ」は、第10話に登場する雪女チララのテーマ。チララは、本来はヒミカの部下ではないのにハニワ幻人にされて散っていく、悲劇的なゲストキャラクターである。フルートの幻想的な旋律がチララの妖しさと悲哀を表現する曲だ。
 「明日なき戦いのバラード」「明日なき戦いのバラード〈愛の悲しみ〉」「明日なき戦いのバラード〈孤独〉」などは、同一のモチーフ(メロディ)によるバリエーション。シーンに合わせて、さまざまな変奏が使用された。アレンジの変化によるニュアンスの違いを味わっていただきたい。
 ディスク1に4つのタイプを収録した「次回予告音楽」は、本放映時にキー局でのみ使用された15秒サイズの次回予告用音楽。本作は本放映時の放映枠がキー局が25分、ローカル局が30分であったことから、オープニング・エンディング・次回予告の長さを変えることで、放映時間を放映枠に合わせていたのである。本アルバムでは、ディスク1でキー局の、ディスク2でローカル局の放映フォーマットを再現してみた。現在の再放映や配信は30分フォーマットに統一されているため、25分枠で使用された15秒サイズの次回予告音楽は、なかなか聴く機会がないだろう。なお、ローカル局の次回予告音楽は、オープニング主題歌の歌入りとカラオケを編集したものが使われている。
 ディスク2に収録した「竜魔帝王あらわる」は、第29話からヒミカに代わって邪魔大王国の首領となった竜魔帝王のテーマ。意外にも今回が初収録である。重量感のあるリズムとシンセサイザーを主体にしたサウンドが、冷酷な竜魔帝王のキャラクターを表現している。
 同じくディスク2に収録した「異次元科学の恐怖」と「決戦!ビルドベース」は第2回録音で追加されたバトル曲。打楽器が奏でる荒々しいリズムが激しい戦闘シーンを演出した。
 商品化済の曲の中からも、聴きどころをいくつか紹介しておこう。いずれもディスク2の収録曲である。
 「花の将軍フローラ」は、第32話から登場する邪魔大王国の女幹部フローラ将軍のテーマ。フローラは宙の敵として現れるが、やがて宙に共感し、竜魔帝王に反旗を翻す。敵側の人間ドラマを盛り上げた重要なキャラクターだ。シンセサイザーによる女声スキャット風の音色とビブラフォンの幻想的な音色を組み合わせ、妖しくも魅力的なキャラクターを表現している。
 「ビッグシューター発進」は、鋼鉄ジーグのパーツを射出するビッグシューターの発進シーンに多用されたアクション曲。本作の音楽の中でもとびきりカッコいい曲である。この曲調は、次作『マグネロボ ガ・キーン』に受け継がれていく。
 「明日を賭けた戦い」は「明日なき戦いのバラード」の変奏曲のひとつ。力強いリズムとシンセサイザーを使ったアレンジで、宙の強い決意や闘志を描写する。竜魔帝王との最終決戦や強敵との戦いの場面などにたびたび使用された印象深い曲だ。
 ディスク2の末尾には、主題歌・挿入歌のレコードサイズのオリジナル・カラオケを収録した。すべてコーラスなしカラオケ(いわゆる純カラオケ)で収録したかったのだが、オープニング主題歌「鋼鉄ジーグのうた」だけは、コーラス入りでの収録になった。実は「鋼鉄ジーグのうた」のコーラスなしカラオケ音源はマスターテープの中に見つからなかったのである。ブックレットに書けなかったので、この場を借りて説明しておく。ご了承いただきたい。
 「鋼鉄ジーグ オリジナル・サウンドトラック」は、TVアニメ『鋼鉄ジーグ』の初の単独サウンドトラック盤であると同時に、渡辺宙明の音楽がよりモダンなスタイルに変化していく時期の作品を収録した重要なアルバムである。CDと配信で同時リリースされるので、CDを買おうか迷っている方は配信で聴いてみて、気に入ったらCDを購入していただきたい。CD付属のブックレットには音楽の発注メニューを記したBGMリストや楽曲の使用場面などを紹介した解説を掲載しているので、本作の音楽をより深く楽しみたいという方にはCDがお奨めだ。もちろん、配信で聴きたいという方も歓迎である。

 すでに紹介したとおり、本アルバムは「Columbia Sound Treasure Series」の最新タイトルと位置づけられている。くり返しになるが、これを機に同シリーズが継続し、新たなタイトルがあとに続くことを期待したい(筆者は『マグネロボ ガ・キーン』の完全版サントラ実現を熱望している)。未商品化の名作サントラを世に出す「発掘サントラ」の灯を消さないために。そのためにも、ぜひ多くの人に知ってもらい、聴いていただきたい。今回のアルバムはCDと配信による世界同時発売。『鋼鉄ジーグ』のファンはイタリアをはじめ、世界各国にいる。世界中のファンの力でヒットをねらうのも夢ではない。エンディング主題歌でも歌われているように、「ジーグの力見せてやる」のだ。

鋼鉄ジーグ オリジナル・サウンドトラック
Amazon

第922回 『沖ツラ』制作話~7話 “バナナ”と“標準語”

喜屋武さんの母、今回のアニメ化時点では原作同様、正体が明かされていません!

 という訳で、“バナナの樹液は乾燥すると赤くなる”が実際に見てみたかった板垣です。バナナ編ラストの走る子供らは篠衿花作監による全修でした。元気に動く芝居は絶対の信頼値で、現在制作中『キミ越え』でも同様にお任せしています。
 そして、長いCパート“標準語喜屋武さん”編。ここもコンテが真っ赤……。喜屋武さんが標準語を喋るってことは当たり前な話、本シリーズ初めての鬼頭(明里)さんによる標準語という訳です。もちろん、前作『いえれべ』の鬼頭さん(佳織役)は標準語ですが、お嬢様台詞なので、喜屋武さんとは全然違いましたから、今回はとても新鮮でした。そしてこの辺は市川(真琴)作画。手の描き方・デッサンに特徴有り。例えば、OPのラスト辺りやED「Best Friend」のラスト“延々と歩く二人~胸並びカット”までも市川さん。このCパートも“首を振って熱く訴えるてーるー”や“うちなーぐち比嘉さん”などの作画が光ってます! ただ、アクションの経験値が足りない分、“足元崩れて落下するてーる―”とかは俺の方で手伝いました。
 で、8話の話は次回(短くてゴメンナサイ)!

 『キミ越え』へ(汗)!

【新文芸坐×アニメスタイル vol.194】
1980年代のまんが映画『名探偵ホームズ』

 10月12日(日)にお送りする上映イベントは「【新文芸坐×アニメスタイル vol.194】1980年代のまんが映画『名探偵ホームズ』」です。

『名探偵ホームズ』はコナン・ドイルの「シャーロック・ホームズ」を原作とした冒険活劇。TVシリーズとして1980年代前半に制作された作品で、宮崎駿さんが初期制作話数で監督を務めたことでも知られています。

※宮崎駿の「崎」の文字は、正確には「大」の部分が「立」になった「たつさき」です。

 今回上映するのは、過去にも劇場公開された「青い紅玉(ルビー)の巻」「海底の財宝の巻」「ミセス・ハドソン人質事件の巻」「ドーバー海峡の大空中戦!の巻」の4本。いずれも初期制作のエピソードです。
 トークのゲストは『名探偵ホームズ』に脚本、演出助手の役職で参加した片渕須直さん。この作品のメイキングなどについて話をうかがう予定です。トークの聞き手はアニメスタイル編集長の小黒祐一郎が務めます。

 なお、当日は新文芸坐のロビーでアニメスタイルの新刊「名探偵ホームズ 資料集」を先行販売する予定です。「名探偵ホームズ 資料集」については以下の記事をご覧になってください。

【新刊告知】初出資料満載!『名探偵ホームズ』の資料集を刊行 制作初期の全26話エピソード構成案も収録!!
https://animestyle.jp/news/2025/09/18/29861/

 「【新文芸坐×アニメスタイル vol.194】1980年代のまんが映画『名探偵ホームズ』」のチケットは10月5日(日)から発売。チケットの発売方法については新文芸坐のサイトで確認してください。

●関連リンク
新文芸坐オフィシャルサイト
http://www.shin-bungeiza.com/

新文芸坐オフィシャルサイト(本イベントチケット販売ページ)
https://www.shin-bungeiza.com/schedule#d2025-10-12-1

【新文芸坐×アニメスタイル vol.194】
1980年代のまんが映画『名探偵ホームズ』

開催日

2025年10月12日(日)12時30分~15時05分予定(トーク込みの時間となります)

会場

新文芸坐

料金

2200円均一

上映タイトル

劇場版 名探偵ホームズ 青い紅玉(ルビー)の巻/海底の財宝の巻(1984/46分)
劇場版 名探偵ホームズ ミセス・ハドソン人質事件の巻/ドーバー海峡の大空中戦!の巻(1986/47分)

トーク出演

片渕須直(脚本・演出助手)、小黒祐一郎(アニメスタイル編集長)

備考

※トークショーの撮影・録音は禁止

第921回 今日はヤバい! すみません!

 作画修正で大忙し!スタッフ全員で原画を直して直して直しまくるのです! 出来の悪い原画を描いたアニメーターに恨み言はありません。ミルパンセは

不出来な原画に対して、描いた本人も含む全スタッフで幾度も修正を重ねていく!

制作スタイルです! 各カットを指差し「どこがどう悪いのか?」をラフを描いて説明して、作監チーム分配するのが作画プロデューサー(作監兼任)。

 ということで、今週は仕事——『キミ越え』、描き続けます(汗)!

第920回 『沖ツラ』制作話~7話 “ナマコ”と“スナックパイン”と“バナナ”

 “満を持してマングース!!”の件も、結構自分の方でコンテを直してありますね。改めて見るとコンテが真っ赤っか! いや、『沖ツラ』のコンテチェックは元のコンテ上りをバッサリ消して、そこに“赤”で修正を入れていたので、今見返すとパッと見で“赤多っ!”となる訳。
 この話もハブとマングースとヤンバルクイナと勉強になることが多いだけでなく、それらを楽しくネタにしてて、やっぱり原作が秀逸! カニやらヤドカリやらと、次々てーる―の肩に並べていくすず。ラスト、画面いっぱいにナマコを突き出す~のすずは、自分の方でコンテ調整した部分。すずによるタイトルコールにも、“そっと置く感じで”と指示しました。で、次——

“スナックパイン”は本当に手軽に食べられるパインで驚きました(実食済み)!

前半と後半、原作上では別々の話を時間経過で順に繋げて一本化するため、その間起こる喜屋武さんの髪型変化に対し、てーる―のモノローグで「いつの間に!?」と突っ込みを入れたのだと思います。家に帰って軽く髪を纏めた、という体で。「突如ねじ切ったあああっ!!」のてーるーツッコミは、これもアフレコ時爆笑しました(笑)。本当にてーるー役・大塚剛央さんは良い!
 喜屋武さんの「バナナ取って来ようね~」の後、ここに至るまでの経緯を1カット、

肩のカニやらを外しているてーるーを誘う喜屋武さん! 奥に走り去る安慶名とすず!

の止め画で回収する案もコンテチェック時に俺の方で足しています。こーゆートコ、分かりにくくても説明しとかないと、「お客(視聴者)に対してフェアじゃない!」とか思ってしまうタチなんです、自分。

そして、バナナが庭になる沖縄ってやっぱスゲー!!

ということで、今回も短くてすみません! 『キミ越え』に戻ります(汗)!

第246回アニメスタイルイベント
ANIMATOR TALK 本田雄 2

 「ANIMATOR TALK」はアニメーターの方々に話をうかがうトークイベントシリーズです。10月5日(日)に開催するのは「ANIMATOR TALK 本田雄 2」。『君たちはどう生きるか』『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』『千年女優』等で知られる本田雄さんをメインのゲストに迎えるプログラムの第二弾となります。

 昨年4月21日(日)に開催した「第220回アニメスタイルイベント ANIMATOR TALK 本田雄」では、本田さんの学生時代から、作画監督や原画で参加した『ふしぎの海のナディア』の頃までを、影響を受けた作品などを交えて語っていただきました。今回のトークはその続きとなります。

 もう1人のゲストとして井上俊之さんも出演。井上さんのお話も沢山うかがえるはずです。また、最近のアニメスタイルの作画系イベントでは関係者席にいる方からコメントをいただくことが多いのですが、今回も同様のかたちでトークが進行する予定です。
 また、当日は会場でアニメスタイルの新刊「本田雄 アニメーション原画集 vol.1」を特典小冊子「本田雄ラクガキ本」付きで販売します。



 会場は新宿のLOFT/PLUS ONEです。チケットは9月20日(土)昼12時から発売。購入方法についてはLOFT/PLUS ONEのサイトをご覧になってください。
 イベントは「メインパート」のみを配信します。配信はリアルタイムでLOFT CHANNELでツイキャス配信を行い、ツイキャスのアーカイブ配信の後、アニメスタイルチャンネルで配信します。
 なお、ツイキャス配信には「投げ銭」と呼ばれるシステムがあります。「投げ銭」による収益は出演者、アニメスタイル編集部にも配分されます。アニメスタイルチャンネルの配信はチャンネルの会員の方が視聴できます。

■関連リンク(チケット関係)
告知(LOFT)  https://www.loft-prj.co.jp/schedule/plusone/332883
会場&配信チケット(LivePocket)  https://t.livepocket.jp/e/jvw90
配信チケット(ツイキャス) https://premier.twitcasting.tv/loftplusone/shopcart/396251

■関連リンク(書籍関係)
【新刊情報】スーパーアニメーター 本田雄さんの原画集を刊行!! 『崖の上のポニョ』『青の6号』『ふしぎの海のナディア』等の原画を収録
https://animestyle.jp/news/2025/07/25/29609/

■関連リンク(アニメスタイルチャンネル)
「第220回アニメスタイルイベント ANIMATOR TALK 本田雄」
https://www.nicovideo.jp/watch/so43726900
※前回のイベントのアーカイブ配信です。アニメスタイルチャンネルの会員が視聴できます。

第246回アニメスタイルイベント
ANIMATOR TALK 本田雄 2

開催日

2025年10月5日(日)
開場12時/開演13時 終演15時~16時頃予定

会場

LOFT/PLUS ONE

出演

本田雄、井上俊之、小黒祐一郎(アニメスタイル編集部)

チケット

会場での観覧+ツイキャス配信/前売 2,300円、当日 2,500円(税込·飲食代別)
ツイキャス配信チケット/1,800円

■アニメスタイルのトークイベントについて
 アニメスタイル編集部が開催する一連のトークイベントは、イベンターによるショーアップされたものとは異なり、クリエイターのお話、あるいはファントークをメインとする、非常にシンプルなものです。出演者のほとんどは人前で喋ることに慣れていませんし、進行や構成についても至らないところがあるかもしれません。その点は、あらかじめお断りしておきます。

第313回 新旧ガンダム音楽の共演 〜機動戦士Gundam GQuuuuuuX〜

 腹巻猫です。8月27日にTVアニメ『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』のサウンドトラック・アルバムがリリースされました。先行配信で一部の楽曲が公開されていたものの、音楽の全貌が明らかになったのは初めて。ちょっと驚いたのは、音楽の多くが特定のシーンに合わせたフィルムスコアリング的な手法で作られていたこと。そして、劇中に流れる歌ものの多くを、劇伴を担当した照井順政が作詞・作曲していたことです。さまざまな意味で、現代的だなあと思います。今回は『GQuuuuuuX』の音楽について語ってみます。


『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』は、2025年4月から6月まで放映されたTVアニメ。監督・鶴巻和哉、アニメーション制作・スタジオカラー、サンライズのスタッフで制作された。「エヴァンゲリオン」シリーズのスタジオカラーが「ガンダム」シリーズの制作に参加したことで話題になった作品だ。
 宇宙世紀0085年。スペースコロニーで暮らす女子高生アマテは、運び屋の少女ニャアンと出会ったことから非合法なジャンク屋に関わってしまい、人生が一変する。最新鋭のモビルスーツ・GQuuuuuuXに搭乗し、モビルスーツ同士の対戦競技クランバトルに、「マチュ」を名乗って参加することになったのだ。マチュと一緒にクランバトルを戦うパートナーは、赤いガンダムに乗る少年・シュウジ。マチュとニャアンとシュウジの3人は、正体を隠してクランバトルを戦ううちに、謎の遺物「シャロンの薔薇」をめぐる計略とジオン軍の内紛に巻き込まれていく。
 物語の舞台設定は、TVアニメに先行して劇場公開された『機動戦士Gundam GQuuuuuuX -Beginning-』で明かされている。本作は、『機動戦士ガンダム』第1作で描かれた「1年戦争」でジオン軍が勝利し、地球連邦軍が敗れたパラレルワールド(今風に言えばマルチバース)を舞台にした作品なのである。古くからのガンダムファンにとっては、シャアやキシリア、シャリア・ブルといったおなじみのキャラクターが、正史(従来の「宇宙世紀」の世界)とは異なる世界線で活躍するのが大きな見どころになっている。
 いっぽう、主人公のマチュやニャアンやシュウジたちは、現代の若者らしいキャラクターとして描写されている。特に初期のエピソードでは、3人の揺れ動く心情や関係性の変化が軽快なテンポで描かれ、青春ものの雰囲気が濃い。これも新鮮で魅力的だった。

 音楽は照井順政と蓮尾理之が共同で担当。以下、サウンドトラックCDの解説書に掲載された、鶴巻監督・照井順政・蓮尾理之の鼎談を参考に、本作の音楽の成り立ちをふり返ってみよう。
 鶴巻監督は「若い世代の青春を表現する、現代的な感覚の楽曲が欲しい」と考え、アニメ『呪術廻戦』の音楽などに参加していた照井に音楽を依頼したという。照井は、スケジュールや楽曲のボリュームなどを考えると、1人で音楽を担当するのは厳しいと思い、旧知の音楽家・蓮尾理之に声をかけた。ふたりはロックバンド・siraphのメンバーであり、一緒に活動してきた仲なのである。照井はギタリスト、蓮尾はキーボード奏者。演奏する楽器の違いは音楽性の違いにつながり、2人の音楽が補完しあう、絶妙な共作になった。

 「ガンダム」シリーズの音楽といえば、壮大な世界観を表現するオーケストラサウンドという印象が強い。しかし、『GQuuuuuuX』の音楽は、シンセサイザーの電子的なサウンドを基調にしている。照井はキャラクターデザインやコンセプトアートを見た印象から、オーケストラよりも電子音を中心とした音楽がフィットすると考えたという。サウンドトラックの1曲目に収録された「薄暮のハイフロンティア」に、本作の音楽の特徴がよく表れている。筆者は劇場版『Beginning』でこの曲を初めて聴いたとき、「これまでにないガンダムの音楽だ!」と強い印象を受けた。もちろん、これまでのガンダムシリーズにもシンセサイザーの曲はある。『ガンダム』第1作には「スペースコロニー」という曲があり、宇宙の情景やスペースコロニーの生活を電子音で彩る演出は、そこから後続の作品に受け継がれているといってもいい。ただ、音楽全体を電子音中心に作った作品はこれまでなかったと思う。
 『GQuuuuuuX』の音楽のもうひとつの特徴は、コーラスや歌が入った曲が多いことである。解説書の鼎談とは別の、Webサイト・OTOTOYに掲載されたインタビュー(下記URL)によれば、もともと照井順政への依頼は「挿入歌を作ってほしい」というものだったそうだ。
https://ototoy.jp/feature/2025082703
 照井も蓮尾もロックバンド出身であり、アニメ作品やアーティストへ楽曲提供を行うなど、ボーカル入りの曲作りは得意分野と言える。本作では電子音を基調にしたサウンドと生の女声ボーカルを組み合わせることで、宇宙を舞台にした青春群像という本作独自の世界観を表現することに成功している。先に紹介した「薄暮のハイフロンティア」も、その手法で作られた楽曲である。
 物語が進むにつれて、本作の内容はクランバトルをメインにしたものから、本格的な宇宙戦を描くものに変化していった。それに合わせて、音楽も従来の「ガンダム」シリーズのような弦楽器やブラスを使ったスケールの大きなものが増えていった。シリーズを通しての音楽のテイストの変化も聴きどころである。
 また、劇中の1年戦争を描くパートでは、『ガンダム』第1作(TV版、劇場版)の音楽が使用されている。この演出は劇場版『Beginning』でも大きな話題を呼んだ。過去パートと現代パートとで、音楽の印象が大きく異なる点も本作の特徴である。それが、「旧作とは異なる世界線への分岐」という本作の設定に合っていた。当コラムでは字数の都合もあり、旧作音楽には詳しく触れないが、『Beginning』で使われた旧作の楽曲は公式プレイリストにまとめられているので、関心のある方は音楽配信サイト等でチェックしていただきたい。
 本作のサウンドトラック・アルバムは、「『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』オリジナル・サウンドトラック」のタイトルで、2025年8月27日にバンダイナムコミュージックライブからリリースされた。CDは通常盤が2枚組、初回限定盤が本編未使用曲を含む3枚組。配信版はCD通常盤と同じ内容である。
 収録曲は下記を参照。
https://www.sunrise-music.co.jp/list/detail.php?id=1324

 初回限定盤・通常盤共通のディスク1、ディスク2から、印象的な楽曲を紹介しよう。
 全体はストーリーに沿った構成で、全48曲を収録。次回予告のフルサイズや、挿入歌のフルサイズ、カラオケなど、本編では流れなかったバージョン違いの音源も収録されている。
 解説書の鼎談によれば、本作の音楽の大半は、絵コンテを撮影した映像に音楽をつけていくフィルムスコアリング的な手法で制作されたという。そのため、楽曲と使用されたシーンとが密接に結びついている。アルバムには、ほぼ劇中使用順に楽曲が収録されているので、曲を聴きながら本編を追体験することができる。また、本編では楽曲の一部しか使われていないケースも多いため、アルバムではフルサイズの楽曲を純粋に音楽として楽しむことができる。1枚で2度おいしいアルバムなのである。
 シーンに合わせて書かれた楽曲の中には、一度きりの使用に終わらず、ほかのシーンで使われる曲もあった。つまり、フィルムスコアリング的でありながら、溜め録り的な演出も行われているのだ。これは、なかなかうまい手法だ。TVシリーズの場合、同じ曲を流すことで、キャラクターやシチュエーションを印象づけることができるからである。
 ディスク1の1曲目「薄暮のハイフロンティア」は、第1話の冒頭でマチュとニャアンが出会うシーンに流れた曲。すでに紹介したとおり、本作の音楽イメージを象徴する曲であり、初出から強烈な印象を残す、出色の楽曲になっている
 トラック4の「クランバトル」はリズムとシンセサウンドを主体にしたバトル曲。大義も名分もないゲーム的なモビルスーツ戦のシーンに、明快なメロディを持たない無機質な曲がフィットしていた。この曲は第1話で使用されて以降、クランバトルのシーンにたびたび使われたほか、後半のエピソードではクランバトルではない本物の(軍事的な)戦闘シーンにも何度か使われている。
 トラック5「目覚めたい魂たち」は、第1話でマチュが初めてGQuuuuuuXに乗り、軍警察のモビルスーツを倒す場面に流れた曲。ストリングスのメロディで盛り上がる曲調は従来のガンダムシリーズの楽曲を思わせる。しかし、バックトラックには電子音がきらめき、『GQuuuuuuX』らしいサウンドになっている。第5話ではニャアンがGQuuuuuuXに乗って出撃し、パイロットとして覚醒する(オメガサイコミュを起動する)場面に、この曲が流れていた。曲名が「目覚める魂たち」ではなく「目覚めたい魂たち」とつけられているのが、青春ものっぽくて、すごくいいと思う(構成・曲名づけは鶴巻監督)。
 トラック6「コロニーの彼女」は、キラキラしたシンセサウンドの中に「ラララ」と歌う女声コーラスが入ったテクノポップ風の曲。「薄暮のハイフロンティア」と並ぶ『GQuuuuuuX』らしい曲だ。使用されたのは第3話でニャアンがデバイスの売人と接触するシーン。本作の音楽には、現代の若者っぽさを感じる曲が多いのだが、この曲もそのひとつである。
 トラック8〜トラック13は第4話「魔女の戦争」で使われた曲。1年戦争で活躍した女性パイロット、シイコ・スガイが登場するエピソードである。シイコとマチュのふれあいを描写するギターとシンセの曲「運河脇の帰り道」(トラック9)、シイコの想いを表現するチェロとピアノとシンセの曲「残り香」(トラック11)など、曲調がぐっと情感豊かになって、「これまでと何か違うぞ」と感じさせる。クランバトルのシーンに流れる曲「魔女の戦争」(トラック12)は、緊迫した弦のフレーズに始まり、ブラスやパーカッション、シンセなどが加わって、スケールの大きな音楽に発展していく。作曲は、本作の音楽に参加している3人目の作曲家・徳澤青弦。徳澤はチェリストでもあり、いくつかの楽曲の編曲も手がけている。シュウジの赤いガンダムと戦うシイコが「キラキラ」を見る場面に流れる「欲しいものすべて」(トラック13)は、「ラララ」と歌う女声コーラスの入ったきれいな曲。曲調が美しいぶん、シイコの心情の切なさや戦闘の無情さが際立つ。本作の中でも特に記憶に残る曲のひとつである。
 ディスク1の後半には「夏の現在地」(トラック15)と「水槽の街から」(トラック18)という、2曲の歌もの(歌詞のあるボーカル曲)が収録されている。「夏の現在地」は第5話でマチュがヘッドフォンで聴いている曲。「水槽の街から」は同じく第5話で、自分がいないのにクランバトルが開始されたことを知ったマチュが、急いで駆けだす場面に流れている。どちらも挿入歌と言えるのだが、むしろ筆者は、近年増えてきた「歌入りの劇伴」の一種ではないかと考えている。解説書の鼎談で鶴巻監督は「シーンに当てすぎていない」ボーカル曲が好きだと発言している。歌詞に意味がないわけではないが、シーンと密接に関係している(シーンを説明している)わけでもない。つまり、歌詞を聴かせることを重視していないボーカル曲である。
 「挿入歌」というと「歌」に重点があり、歌が流れているあいだドラマは止まっていることが多い。しかし、歌入りの劇伴は、曲が流れているあいだもドラマが進行し、セリフも入る。そのため、視聴者(観客)は歌詞を聴いていない。あとでサントラ盤などで歌詞を知って、こういう曲だったのかと気づく。アニメ『進撃の巨人』などの音楽を手がける澤野弘之がこうしたタイプの楽曲を積極的に書いているし、ほかにも同じような試みをする作曲家が増えてきた。
 鶴巻監督はこう語る。
「そういう曲(注:ボーカル曲)が流れると、自然とシーンに幅と奥行きが出る。(中略)歌詞と重なると、セリフに集中できないという人もいるけれど、歌詞をあとで読めば画面に映るものと二重でストーリーが進み、奥行きに繋がると考えています。(中略)手法としては、ストーリーのあるミュージックビデオに近い感覚かもしれません」
 『GQuuuuuuX』は、マチュやニャアンの心情描写に、歌入りの劇伴を効果的に使っている。注目したいのは、照井順政がこれらの楽曲の作詞・作曲を担当していることである。劇伴の担当作家が歌ものも書くことで、ドラマと乖離しない曲が生まれるのだ。
 余談になるが、こうした歌入りの劇伴が増えてきた背景には、キャラクターの心情をセリフや音楽で直接的に表現することが、わざとらしい、演出過剰だ、と思われるようになってきたことがあるのではないか。その代わりに、歌入りの劇伴を背景に流し、雰囲気で心情を感じ取ってもらう。あとで歌詞を読んだときに、そういう意味もあったのかと気づいてもらえるようにする。そんな思惑があるのではないだろうか。
 話を戻そう。ディスク1の終盤は、戦闘ものらしい重厚な音楽が多くなってくる。「正面突破」(トラック22)、「イオマグヌッソ」(トラック25)、「オーバーピーク」(トラック26)など、いずれも物語が大きく動き出す第6話、第7話で使用された曲である。
 解説書の鼎談の中で、「裏取り」(トラック24)と題された曲が、実は第7話のサイコ・ガンダム出現シーンのために書かれた曲だったことが明かされている。実際の第7話のそのシーンには、『機動戦士Zガンダム』の曲(「モビル・スーツ」中間部)が流用された。新しい音楽も悪いわけではないが、『Zガンダム』の音楽には鬼気迫るような迫力がある。旧作の音楽のパワーをあらためて考えさせられる話である。

 続いて、ディスク2の収録曲から。
 1曲目に収録された「フォールアウト」は、第7話でGQuuuuuuXがスペースコロニー内を飛ぶ場面に流れたアップテンポの曲。シンセサウンドとリズムを重ねたスピード感のある曲調が高揚感を生む。『GQuuuuuuX』ならではのカッコいい曲とは、こういう方向性なのだろう。
 ディスク2で印象深い曲といえば、第9話でマチュが水底に沈んだシャロンの薔薇を見つける場面に流れた「水底の星」(トラック9)、そのシャロンの薔薇が引き上げられる場面に流れた「シャロンの薔薇」(トラック10)がある。どちらもシンセ主体の幻想的な曲で、「向こう側の世界」から来たというシャロンの薔薇の神秘性が表現されている。シンセの音色が生かされた曲だ。
 ディスク2のトラック11以降は、第10話から第12話で使われた楽曲である。緊迫した戦闘をダイナミックに描写する「Damage Per Second」(トラック11)、女声コーラスと管弦楽器による前衛音楽のような「ゼクノヴァ」(トラック12)、上下動する弦が焦燥感をあおる「宇宙世紀のクロニクル」(トラック14)、最終話の巨大な白いガンダムとの戦闘シーンに流れた弦楽器主体の「マチュとジークアクス」(トラック15)など、大詰めを飾るにふさわしいスケールの大きい楽曲が並んでいる。ただ、聴きごたえがある反面、初期の「薄暮のハイフロンティア」のような曲の出番がなくなったのは、もったいなかった気がする。
 とはいえ、最後のバトルシーンに歌入りの「Far Beyond the Stars -GQuuuuuuX ver.-」(トラック16)が流れたのは『GQuuuuuuX』らしくてよかった。この曲の歌詞は英語なので、劇中で流れているときは、歌詞の意味はほとんど意識されない(少なくとも筆者はそう)。サントラにはフルサイズが収録され、歌詞も掲載されている。さわやかなポップスとしても聴けるこの曲がクラマックスに流れたことで、『GQuuuuuuX』は青春ものの香りを残したまま完結したと思う。

 『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』は、「ガンガム」シリーズの音楽史をたどるような作品だった。劇中では第1作の音楽や『Zガンダム』の音楽が流れ、同時に現代的なシンセサウンドの曲やボーカル入りの曲も流れる。サウンドトラック・アルバムには新曲しか収録されていないが、本編で使用された旧作の曲は各話のエンディングクレジットにすべて表記されている。それを参考に自分で音源を集めてプレイリストを組むことが可能だ。新しい世代のファンには、ぜひ、エンディングクレジットや公式プレイリストを手がかりに、旧作の音楽にも触れてもらいたい。映像を演出する音楽の原点、原型のようなものが、そこにあると思うのである。
 そして、古くからのガンダムファンには、旧作の音楽だけでなく、『GQuuuuuuX』のサウンドトラックに収録された新曲もぜひ聴いていただきたい。新しい『ガンダム』の音楽には、映像音楽の新しいスタイルが反映されている。『ガンダム』の世界を現代の手法で表現しようとした作曲家のこだわりは、きっと心に響くと思うのだ。すぐには伝わらなくても、いつかきっと……。マチュのセリフにあるように「私たちは毎日進化する」のだから。

『機動戦士Gundam GQuuuuuuX』オリジナル・サウンドトラック(初回限定盤)
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第919回 先週に続き……

作監修正必須カットが、あっちにもこっちにも! まだ、現状それ……!

 現代のアニメは線だけではなく、例えば背景や貼り込みなども含む“画面の情報量”が多過ぎる故、一口に「作画修正」とは言い切れない品質管理に奔走するのがアニメ監督の仕事になりつつあります。毎週放送されている内、半分出来の悪い話数があっても納得して観ていた我々が慣れ親しんだ1980~1990年代のアニメ。その頃の毎週1回放送して“消費”されるだけの大らか基準で、今のシリーズを制作する訳には行きません。1990年代後半~2000年以降、デジタル仕上げからデジタル撮影へ徐々に移行し、セルに筆で絵具を塗っていた職人や、1コマ1コマシャッターを押していたカメラマンは姿を消し、スタジオ内にはPCとオペレーターが並び、ラッシュ時に見つかった“色パカ(塗りミス)”“口パクズレ”などは後からでも簡単に直せるようになり、それら以前のアニメに付き物だったテクニカルミスも同時に姿を消すこととなりました。そのお陰で“作画ミス・失敗がないことが良いアニメの最低条件”になったのでしょう。さらに2020年以降CGやデジタル作画を駆使し、“配信”という視聴形態のバケモノに戦いを挑む制作体制になり、それは“如何に繰り返しの視聴に耐え得るアニメを作れるか?”という、

スタッフ一同ハイビジョン対応のキメの細かい作業に突入した!

のです。つまり、80年代のアニメ作品はマニアでない現代の普通・一般の方々から見ると、「荒くて観てられない!」と。もう一度言います、古作品マニアは別です! 俺が大好きな出﨑(統)・杉野(昭夫)コンビのアニメも、俺自身は一生観られますから! でも、昨今のアニメファンからは粗雑に見えるかも知れません。それこそ、

1990年代~の所謂“巧いアニメーターの崩し作画”はいくら気持ち良く動いても、令和の世ではただの作画崩壊に受け取られる可能性を秘めている!

し、その納品を受け取るスポンサー(委員会)さんらもどんどん若返っています。その事を肝に銘じて、我々ロートル監督は自分の仕事内容を見直さなければなりません(警鐘)!
 すなわち、若手スタッフと同じ目線に立って監督自らが作画直しをするのは、アニメ監督を生業にするなら当然の話で、作画崩壊は作画スタッフ及びアニメ会社のせいだとかは言ってはいけないのです、監督は。そして、

「作監修正が1日1カットしか上がらない(汗)」と聞いた時も、「昔は作監と言えば1日10カット以上で、○○さんに至っては1日30カット上げてたぞ!」などと、己世代の仕事速度武勇伝を後輩に語って聞かせたところで、この現状に何も寄与しません!

 今の若手スタッフらは、親や学校の教育も違えば周辺のテクノロジーも違い、さらに仕事の得意分野もそれに望まれる正確さも、努力・根性・学歴至上主義の我々世代とは違います! その上、前述のような細部まで正確さを要される画面を作らなければならない訳で、大雑把80年代アニメに於ける大雑把作画で大量生産した作監修の質・量とも比べるべきではないからです。結局、古いアニメの作り方そのものを見直す時期にきているのだと思います。

 で、今回も短くてすみません! 修正に戻ります(汗)!

第918回 『キミ越え』の日々

直さなきゃならないカットが、あっちにもこっちにも! それが今の現状……

 『キミと越えて恋になる』、放送1ヶ月前になると、日々作画修正の毎日!
公式より“メインPV第2弾”も上がっているので、是非ご覧ください。総作監修の入っていない、剝き出しの板垣作監修正したカットがいくつも入っています。どれか分かるでしょうか?

という訳で、今回はすみません! また仕事に戻らせて頂きます(汗)!

第245回アニメスタイルイベント
アニメマニアが語る『芝山努とAプロ』

 9月28日(日)にトークイベント「アニメマニアが語る『芝山努とAプロ』」を開催します。

 芝山努さんは『ドラえもん』シリーズ、『ちびまる子ちゃん』、『ど根性ガエル』といった様々な作品を、長きに渡って手がけてきたアニメクリエイターです。その作品の素晴らしさは読者の皆さんもよくご存知のことでしょう。
 今回のイベントでは芝山さんの仕事について、さらに彼が所属していたAプロダクションについて、アニメマニアの目線(あるいはアニメ研究家の目線)で語っていきます。マニアックな内容のトークになるはずです。
 トークの出演はアニメスタイルの小黒祐一郎編集長と、国産商業アニメ研究の第一人者である原口正宏さん。聞き手としてプロデューサーであり、元アニメ雑誌編集者であった高橋望さんにも出演していただきます。

 実現してもごく短い時間になると思われますが、このイベントで、芝山努さんご本人の出演があるかもしれません(ご出演していただけない場合もあり得ます。ご了承ください)。

 今回のイベントはトークのメインパートを配信します。配信はリアルタイムでLOFT CHANNELでツイキャス配信を行い、ツイキャスのアーカイブ配信の後、アニメスタイルチャンネルで配信します。なお、ツイキャス配信には「投げ銭」と呼ばれるシステムがあります。「投げ銭」による収益は出演者、アニメスタイル編集部にも配分されます。アニメスタイルチャンネルの配信はチャンネルの会員の方が視聴できます。

 チケットは2025年9月6日(土)正午12時から発売となります。チケットについては、以下のロフトグループのページをご覧になってください。

■関連リンク
告知(LOFT)  https://www.loft-prj.co.jp/schedule/plusone/331549
会場&配信チケット https://t.livepocket.jp/e/x04rk
配信チケット(ツイキャス)  https://premier.twitcasting.tv/loftplusone/shopcart/393886

第245回アニメスタイルイベント
アニメマニアが語る『芝山努とAプロ』

開催日

2025年9月28日(日)
開場12時30分/開演13時 終演15時~16時頃予定

会場

LOFT/PLUS ONE

出演

小黒祐一郎(アニメスタイル編集長)、原口正宏(リスト制作委員会)、高橋望(プロデューサー)

チケット

会場での観覧+ツイキャス配信/前売 1,500円、当日 1,800円(税込·飲食代別)
ツイキャス配信チケット/1,300円

■アニメスタイルのトークイベントについて
 アニメスタイル編集部が開催する一連のトークイベントは、イベンターによるショーアップされたものとは異なり、クリエイターのお話、あるいはファントークをメインとする、非常にシンプルなものです。出演者のほとんどは人前で喋ることに慣れていませんし、進行や構成についても至らないところがあるかもしれません。その点は、あらかじめお断りしておきます。

第312回 最高のおもてなし 〜アポカリプスホテル〜

 腹巻猫です。9月13日に蒲田studio80にてサントラDJイベント「Soundtrack Pub【Mission#48】」を開催します。特集は「生誕100周年・渡辺宙明スペシャル」。2022年に亡くなった渡辺宙明先生の生誕100周年を記念し、音楽の魅力と後世に残した影響(あるいは残すべき音楽性)をあらためてふりかえる企画です。ぜひ、ご来場ください! 詳細は下記URLから。
https://www.soundtrackpub.com/event/2025/09/20250913.html


 今回は、前回紹介した『タコピーの原罪』の作曲家・藤澤慶昌が音楽を手がけたアニメ、『アポカリプスホテル』を取り上げたい。『タコピーの原罪』とは違ったタイプの音楽の魅力が味わえる作品である。

 『アポカリプスホテル』は2025年4月から6月まで放送されたテレビアニメ。監督・春藤佳奈、シリーズ構成&脚本・村越繁、アニメーション制作・CygamesPicturesのスタッフで制作されたオリジナル作品だ。

 人類にだけ効果を及ぼす致死性のウイルスが地球に蔓延した。生き延びるために人類は宇宙へ旅立ち、それから長い年月が経った。日本の銀座にあるホテル「銀河楼」では、残されたロボットたちが、いつ人類が帰ってきてもいいように毎日ホテルを管理し、客が訪れるのを待っていた。支配人代理の代理を務めるアンドロイド、ヤチヨもそのひとり。100年ぶりに銀河楼を訪れた客は、人類ではなく、地球外生命体(宇宙人)だった。ヤチヨたちは宇宙人も大切な客としてもてなそうとする。

 キャラクター原案を漫画家の竹本泉が手がけている。ちょっと懐かしい絵柄のキャラクターが、ユーモラスでほのぼのした味わいを出していて、実にいい。
 すでに誰かが言っていることだと思うが、「人類がいなくなったあとにロボットだけが客を待ち続けるホテル」という設定は、50〜60年代の古典的なSFを思わせる。クリフォード・D・シマックあたりが書きそうな話である。シマックは遠い未来や田園を舞台にした味わいのあるSF小説を書いた。『アポカリプスホテル』にも同じような雰囲気がただよっている。何が言いたいかというと、本作にはオールドSFファンがよろこびそうなSFマインドが感じられる、ということである。

 音楽は藤澤慶昌が担当。SFとはいえ、日常的なシーンが多く、ホテルの華やかな雰囲気も盛り込んだ本作に、藤澤慶昌の音楽はぴったりだった。
 銀座の一等地にある正統派ホテル・銀河楼を描写するのは、女声スキャットが入ったミュージカル音楽みたいな華やかな曲。そこにロボットたちをコミカルに描くテクノポップ風の曲や、ミステリー・サスペンス・バトルなどを表現する映画音楽風の曲、ロボットの人間的なふるまいに情感を添えるリリカルな曲などが加わり、バラエティに富んだ、魅力的な音楽世界を作り出している。
 『タコピーの原罪』とは対照的に、本作には明るく軽快な曲が多い。『ラブライブ!』『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』などを手がけた藤澤慶昌の持ち味が発揮された作品である。

 本作で特に印象深いのは、銀河楼を華やかに彩る女声スキャットの曲だろう。ヤチヨたちがホテルで客を迎える準備をしている場面などに流れて、往時のにぎわいを想像させる。音楽だけでホテルの格式やファッショナブルなイメージまで表現しているのがうまい。
 次に印象的なのが、しみじみしたシーンに流れるピアノや弦楽器による抒情的な音楽。ヤチヨたちはロボットだから感情はないはずなのだが、言動は人間以上に人間的だったりする。抒情的な音楽が流れることで、視聴者はロボットに感情移入し、ロボットに人間性を感じるようになる。
 それからもうひとつ、筆者が特に記憶に残った音楽がある。長い時の流れや宇宙空間の広がりを感じさせる、効果音的な音楽である。これについては、あとで詳しく語りたい。

 本作のサウンドトラック・アルバムは、「アポカリプスホテル ORIGINAL SOUNDTRACK」のタイトルで2025年6月25日にサイバーエージェントから配信開始された。配信のみでCDでの発売はない。ただし、ブルーレイ特装限定盤の第2巻と第3巻にはサウンドトラックCDが同梱されている。
 少し長くなるが、曲目を以下に書いておこう。

  1. アイキャッチ
  2. ようこそ、ホテル『銀河楼』へ
  3. 愛すべきお客様に、ハートフルな今日と最高の笑顔を
  4. なかなかうまくいきませんね
  5. 悠久の時
  6. メンテナンス
  7. 人類はいつか帰ってきます
  8. 自然に還った街
  9. 女子会
  10. 美味しいものが食べたい!
  11. 男ってバカよね…
  12. これはどういう事でしょう?
  13. 私たちは人間です!(タヌキです
  14. ア゛ーーーーーーーー!!!
  15. ピポポピポピポピポポピピ
  16. シャンプーハットがない!?
  17. 宇宙人のブルース
  18. シャンプーハット大作戦
  19. シー…気づかれないように…
  20. 大切なこと
  21. 触れ合う心
  22. ロケットを飛ばすんだ!
  23. 別れ
  24. 宇宙に想いを馳せて
  25. なんでわかってくれないの…
  26. いったいどうすれば…
  27. 諦めてはいけません
  28. 約束
  29. おかしいですね…
  30. 謎が謎を呼ぶ
  31. 暗躍
  32. ヌデル来襲!
  33. ヌデル補完計画
  34. ついに来たかこの時が…
  35. まずいZE!
  36. 電子戦
  37. 拳でカタをつけましょう
  38. 生きて帰るんだ!
  39. 今日こそ貴様を倒す!
  40. 結婚行進曲
  41. そうだ、銀座へいこう
  42. 大人への階段
  43. プロジェクト・ウィスキー
  44. 静寂
  45. 結婚披露宴
  46. 木曜サスペンス劇場
  47. 休暇
  48. 余暇
  49. 生命
  50. 贈りもの
  51. アポカリプス(歌:朴ロ美)※「ロ」は王偏に「路」
  52. ぽんぽこうた(歌:ムジナ/CV:榊原良子)

 トラック52と53は、それぞれ第6話と第9話で流れた挿入歌。
 トラック1〜51が劇伴である。おそらくこれで全曲だろう。

 基本的に1話完結のエピソードで構成された作品なので、曲順は使用順にはあまりこだわっていないようだ。
 トラック1のアイキャッチに始まり、トラック2「ようこそ、ホテル『銀河楼』へ」とトラック3「愛すべきお客様に、ハートフルな今日と最高の笑顔を」で、舞台となるホテルを紹介する。この2曲は女声スキャットの入った華やかなビッグバンド風の曲である。ミュージカルの序曲のような雰囲気で「銀河楼」がにぎやかだった時代をイメージさせる。本作の劇伴の代表曲といえば、この2曲あたりになるだろう。

 トラック4〜8は、人類が地球を去ってからの時の流れをイメージした構成のようだ。
 トラック5「悠久の時」は毎回のように使われたピアノソロの曲。サティのピアノ曲のような落ち着いたトーンで、廃墟となった街の情景やヤチヨたちの日常を描写している。感情を感じさせない、淡々とした曲調が、人類が消えた世界の静かな雰囲気をよく伝えている。
 トラック6「メンテナンス」はシンセサイザーのリズムと無機的なメロディーに女声ヴォーカルが重なるテクノポップ風の曲。働くヤチヨの場面によく流れている。アンドロイドとしてのヤチヨの個性を表現した曲とも受け取れる。
 トラック8「自然に還った街」は、ヤチヨが湖で釣りをする場面などに流れた、ギターとパーカッション、笛などによる素朴な曲。使用回数は多くないが、本作の世界観を表現する重要な曲だ。

 トラック9からは、ユーモラスな曲やしゃれた曲が続く。地球外生命体の客が訪れ始めてからの銀河楼の日常を描写する音楽である。
 女声スキャットが入った「女子会」(トラック9)は、第3話でタヌキ星人の一家がヤチヨと対面する場面に流れた曲。以降は、タヌキ星人の少女ポン子のテーマ的に使われている。4ビートのジャズ「男ってバカよね…」(トラック11)はホテルのバーカウンターの雰囲気。続いて収録された「これはどういう事でしょう?」(トラック12)、「私たちは人間です!(タヌキです」(トラック13)、「ア゛ーーーーーーーー!!!」(トラック14)、「ピポポピポピポピポポピピ」(トラック15)、「シャンプーハットがない!?」(トラック16)などは、人類とは異なる宇宙人の習性に困惑し、動作不良を起こす(人間風に言えば、うろたえる)ヤチヨを描写するコミカルな音楽だ。

 演歌風の「宇宙人のブルース」(トラック17)はタヌキ星人の老婦人(ポン子の祖母)ムジナの場面に使われていた。
 戦争映画音楽風の行進曲「シャンプーハット大作戦」(トラック18)とピンクパンサー風の「シー…気づかれないように…」(トラック19)の2曲は、難題に対処するヤチヨたちをユーモラスに描写する、おなじみの曲である。

 トラック20からは雰囲気が変わり、ピアノや弦楽器によるリリカルな曲が紹介される。
 ピアノとチェロによる「大切なこと」(トラック20)は第9話でムジナのビデオメッセージが流れる場面などに流れた感動的な曲。弦合奏とオーボエがしみじみと奏でる「触れ合う心」(トラック21)は、第8話のラストでグレていたヤチヨが職場復帰する場面や第12話で人類の帰還を素直によろこべないヤチヨをポン子が励ます場面などに使われた。
 ほかにも、第11話でヤチヨがペガサスに乗って飛ぶ場面の「夢」(トラック23)、第9話でポン子が祖母ムジナとの思い出を回想する場面の「別れ」(トラック24)、第8話でヤチヨがポン子に虚しさを訴える場面の「宇宙に想いを馳せて」(トラック25)、第1話でヤチヨが「すぐに帰ってくる」というオーナーの言葉を思い出す場面の「約束」(トラック29)など、心に残る曲は多い。
 これらのトラックは、藤澤慶昌が得意なタイプの、繊細な心情を描く曲である。本作ではロボットや宇宙人の感情を直接的に表現するというよりは、視聴者が自身の心情を重ねて感情移入することを助ける曲として機能している。

 トラック30〜32の「おかしいですね…」「謎が謎を呼ぶ」「暗躍」の3曲は、ホテルの密室殺人事件(?)を扱った第10話で印象的に使われたミステリー・サスペンス曲。
 トラック33〜40はアップテンポのアクション曲や危機描写曲が集められている。第4話の巨大生物ヌデルとポン子の戦いや、第8話でのポン子対ヤチヨの対決場面に流れた曲である。曲名からパロディになっている「ヌデル補完計画」(トラック34)をはじめ、あえてシリアスになりすぎない(笑える余地を残した)曲調で作られているのが本作らしいところ。

 トラック41「結婚行進曲」は第9話のポン子の結婚披露宴で流れた曲。メンデルスゾーン作曲の「結婚行進曲」である。たぶんヤチヨの選曲なのだろう。この場面はポン子の結婚披露宴とポン子の祖母ムジナの葬儀を同時に行っているので、結婚行進曲に男声ヴォーカルが歌うタヌキ星人のお経が重なり、変な曲になっている。曲だけを聴くとコミカルなパロディ曲と思われるかもしれないが、実は地球人の文化と異星人の文化がまじりあって生まれた、SF的なポリフォニー(複数の旋律が同時進行する)曲だ。こんなところにも本作のSFマインドが感じられる。

 続くトラック42〜47は、バラエティに富んだ楽曲が続く。ビッグバンド風の「そうだ、銀座へいこう」(トラック42)、ピアノとウッドベースによるジャズ「大人への階段」(トラック43)、第5話のウイスキー造りのシーンに流れたマーチ「プロジェクト・ウィスキー」(トラック44)、シンセとピアノによる「静寂」(トラック45)、優雅な弦合奏による「結婚披露宴」(トラック46)。ポン子の成長や披露宴のにぎわいを表現した構成のようでもあるし、銀河楼の歴史をフラッシュバックしているようでもある。本作の音楽の多彩をあらためて実感する流れだ。
 この中に、ちょっと異質な曲がある。トラック45の「静寂」だ。明確なメロディーはなく、シンセの響きとピアノのタッチだけによる、環境音楽ともヒーリングミュージックとも聞こえる曲である。この曲が、このコラムの始めのほうで書いた「長い時の流れや宇宙空間の広がりを感じさせる、効果音的な音楽」のひとつだ。

 「静寂」のような曲は、ほかにふたつある。トラック7の「人類はいつか帰ってきます」とトラック50の「生命」である。
 「人類はいつか帰ってきます」はシンセの長いフレーズが積み重なっていく空間系の曲。第2話で環境チェックロボットがヤチヨに「人類はもう帰って来ないだろう」と伝える場面や、第12話で地球に帰還した人間の女性トマリが「人類は今も恒星間宇宙船で宇宙を旅している」とヤチヨに話す場面に流れていた。
 「静寂」は第3話で1度だけ使用された。タヌキ星人が地球人と接触したことがあるとヤチヨに話す場面である。回想シーンで描かれる地球の宇宙船の中には宇宙服を着た人間が浮かんでいるが、彼らは遠い昔に死んでいた。宇宙と時間の非情さが描かれた場面だ。
 「生命」は、第11話で休暇をもらったヤチヨが馬(?)と一緒に廃墟の街を歩く場面に使用。人類がいなくなっても、地球は植物や動物などの生命にあふれていることが、映像と音楽だけで表現される。
 これらの楽曲は、音楽だけを聴いて面白いタイプの曲ではない。しかし、映像とともに流れたとき、あるいは『アポカリプスホテル』という作品をふりかえるとき、本作の世界観に密着した、なくてはならない曲であると思う。SFでしか描けない、悠久の時間と空間、その中の人間という存在の儚さが、こうした効果音的な、空間系の音楽で表現されていると思うからだ。

 アルバムの終盤は、第11話と第12話で使用された楽曲で構成されている。
 トラック48「休暇」は、第11話でヤチヨが銀座の街を歩く長いシーンに使われていたピアノの曲。第11話は筆者が本作の中で、もっとも印象に残った、お気に入りのエピソードである。大きな事件が起きるわけではないが、ヤチヨと一緒に銀座や東京の街を歩くことで、見慣れた風景が相対化され、文明や生命について考えさせられる。この回だけで、短編SFとして完成している。世界が水没したあとの世界を猫が旅する『Flow』という海外アニメ映画があったが、それと同じ空気感がこのエピソードにはある。曲の話に戻ると、「休暇」は約4分50秒あり、曲の展開が映像とぴったり合っている。おそらくはこのシーン用に絵に合わせて作られたのだろう。
 トラック49の「余暇」は「休暇」の別ヴァージョン。ほとんど同じ曲だがピアノのタッチとコーダが異なっている。第12話で、待ち望んでいた人類の客を迎えたヤチヨが理由のわからない違和感を抱く場面に使われていた。
 トラック50の「生命」はすでに紹介した。これも5分以上の長い曲で、やはり曲の展開が絵にぴったり合っている。本作の音楽は基本的に溜め録りなのだが、一部は絵に合わせて作られているようだ。
 トラック51の「贈りもの」は、第12話でヤチヨとポン子がホテルで人類の客(トマリ)を迎える場面に流れたピアノソロの曲。第12話のラストは、ヤチヨが宇宙に飛び立っていくトマリを見送る場面で終わる。しかし、サントラの締めくくりにこの曲が置かれたことで、トマリが約束した通り、人類が地球に帰って来たような印象が残る。うまい構成である。

 『アポカリプスホテル』は、ロボットが運営する未来のホテルを舞台にした、コミカルで、ときどきほっこりするアニメ作品である。そして、実はなかなか深いテーマを秘めた、良質なSF作品だと思う。SFの本質である価値観の相対化や認識の拡大をうながす場面が、さりげなく、しばしば登場するからだ。そういう観念的な要素は、なかなか音楽には反映されづらい。しかし、本作では華やかな曲や軽快な曲、リリカルな曲の中に、感触の異なる効果音的な曲を混ぜることで、SFのエッセンスを印象付けている。そういう意図はないのかもしれないが、結果的に、そういう効果をあげている。本作の音楽は、華やかでユーモラスで、リリカルで、同時にSFマインドを感じさせる音楽になっている。SF少年だった筆者のような視聴者にとって、この音楽は最高のおもてなしである。

アポカリプスホテル ORIGINAL SOUNDTRACK
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【新文芸坐×アニメスタイル vol.193】
押井守映画祭2025《Avalon 編》

 上映イベント「押井守映画祭」は押井守監督が手がけた作品を連続して上映するシリーズプログラムです。他の【新文芸坐×アニメスタイル】のプログラムと同様に新文芸坐とアニメスタイルの共同企画でお届けしています。
 「押井守映画祭2025」の第三弾として、9月13日(土)に《Avalon 編》を開催します。上映作品は「Avalon アヴァロン」(2000年)と「アサルトガールズ」(2009年)。いずれも実写映画ですが、「Avalon アヴァロン」はアニメーションの作り方を実写に持ち込んだとも言える意欲作。そして、「アサルトガールズ」は「Avalon アヴァロン」と世界設定を共有した作品です。どちらも、なかなか劇場で観ることができない作品です。
 今回も作品上映の前にトークコーナーを予定しています。ゲストは押井監督と佐伯日菜子さんのお二人。佐伯さんは「アサルトガールズ」のカーネル役。また、押井監督の「真・女立喰師列伝」の 「ASSAULT GIRL ケンタッキーの日菜子」ではケンタッキーの日菜子役で主演を務めています。トークの聞き手はアニメスタイル編集長の小黒祐一郎が務めます。
 チケットは9月6日(土)から発売。チケットの発売方法については新文芸坐のサイトで確認してください。 なお、今回の「押井守映画祭」でも押井守映画祭オリジナルグッズを販売する予定です。

●関連リンク
新文芸坐オフィシャルサイト
http://www.shin-bungeiza.com/

新文芸坐オフィシャルサイト(本イベントチケット販売ページ)
https://www.shin-bungeiza.com/schedule#d2025-09-13-1

緊急告知!押井守映画祭オリジナルグッズを販売します!!
https://animestyle.jp/news/2025/04/30/29056/

【新文芸坐×アニメスタイル vol.193】
押井守映画祭2025《Avalon 編》

開催日

2025年9月13日(土)13時10分~17時55分予定(トーク込みの時間となります)

会場

新文芸坐

料金

3300円均一

上映タイトル

Avalon アヴァロン(2000/106分/35mm)
アサルトガールズ(2009/70分/35mm)

トーク出演

押井守(監督)、佐伯日菜子(出演)、小黒祐一郎(アニメスタイル編集長)

備考

※トークショーの撮影・録音は禁止

第917回 『沖ツラ』制作話~7話“ハブ”と~

 『沖ツラ』7話の続き。あれ、台風の件はやりましたよね? じゃ、“ハブ”話!
 のっけから“ハブ”→“羽●名人”→“ハブ捕り名人”のややこしいリレーに笑わされました。もちろん、原作から笑わせてもらいましたが、アフレコで声が入って尚のこと、てーるーと喜屋武さんの間抜けなやり取りに改めて爆笑してしまいました。ハブ捕り名人のキャラも秀逸! 本当に空(えぐみ)先生のコメディー(ギャグ)センスには脱帽です。
 が、このBパート冒頭、“通りかかる喜屋武さんと比嘉さんの“ハブ”の噂話を立聞きするてーるー“の場面、

マンガだと1コマにいくつも台詞(情報)がぶち込めるのに対して、アニメ(フィルム)は時間と共に流れていってしまうため、カット割りで整理するのが大変でした(汗)!

 元のコンテがあまり上手くいってなかったので、俺の方で全面的に修正させてもらいました。原作をお持ちの方はアニメ版と比べて見てください。このシーンこそ、

マンガのコマはそのままアニメのコンテに引き写すことができない!

という良い例だと思いますし、上記の苦悩の意味が分かっていただけるかと。ま、でも言うほど悩まなかったかも。
 あと、実在する“羽●名人”のビジュアルも見せられる部分ギリギリまで寄った気がします。「眼鏡まで入れたらダメ」とかなんとか、製作委員会から何度か注意された挙句が現状。
 イタチ役比嘉さん登場のシーンで食べてるものが、演出か作画の勘違いで最初カボチャで描かれていて、空先生より「できたらミカンでお願いします」と委員会を通して要望いただきました(汗)。確かに原作のコマを見ると「イタチとの対比的にカボチャではなかろう」と演出に作画直しを発注。その際に“ミカン”を分かりやすくするために足下に“皮”を置く指示を俺の方で加えました。

なんにしても、メインキャラが各動物の着ぐるみで解説を進めるのは可愛くてナイスアイディア!

 ま、結局『沖ツラ』は原作が凄く良くできてるので、どこまで読み込んでその面白さを再現できるか? が我々の腕の見せ所でした。当然の話ですが……。

 さて、そろそろ『キミ越え』の続きやります!

第916回 『沖ツラ』制作話~7話、コンテ修正とは?

 2~3週ほど前の続き、コンテ修正の話。改めて見ると、これまでの話数同様7話も例外なく、容赦ない修正をしています。ほぼ“描き直し”と言ってもいいくらい。
 チェック内容は

アングル・キャラのサイズ・カット尺取り直しほか。やっぱり、まあ“全部”になります!

スタッフ表記にあるとおり、今作も田辺(慎吾)監督を置いての総監督というのが自分の立ち位置。本来ならコンテ・チェックも一旦監督に任せるのがいいのかも知れませんが、前作『いせれべ』同様今回もそうしませんでした。なぜなら彼本人のコンテを見ても「自分はカットを絶対こう割る!」と言う傲慢さが感じられなかったからです。
 俺は監督は傲慢であるべきと提唱しています。なぜならスタッフ・キャストの方々から「これどうするの?」と質問が飛んできた場合、素早い決断が必須。皆さん仕事場で楽しく遊びたがってる訳じゃなく、早く終わらせて帰りたがっているのです。だから、監督は「俺はコレが良い!」と早く答える傲慢さが必要不可欠! これはアフレコ現場に於いて音響監督にも確認したところ、「良い人装って、その実優柔不断な監督こそ本当に困る! 傲慢が良い」と仰っていました。
 コンテの話で言うなら、“それぞれのコンテマン(演出)の個性を尊重する”大らかな現場を作りたいを大義名分に、“面白くないコンテ”でもスルーするつもりの演出家にコンテを預けても、結局後で俺が直すハメになります。だったら監督は全設定発注と自前のコンテを多く切って(描いて)、全員(監督も含む)のコンテを俺がチェック・修正する! と。そして、全般直しが多いためコンテ連名になっているのです。

監督にとってコンテ修正とは、容赦なしの戦場!

だと思っています、板垣は。だって「面白いフィルムの流れを作る」って音楽に例えるなら作曲するようなもの。5~10人の民主制で譜面書きます? スケジュール上、一旦描き手を分けたにしても一本に統括する仕事はやっぱり一人でやるべき! それが一番誠実な仕事の仕方だと信じています。

 という訳で、『キミ越え』制作中!

第311回 おはなしがハッピーを生む 〜タコピーの原罪〜

 腹巻猫です。今回は、6月から配信されたアニメ『タコピーの原罪』の音楽を取り上げたいと思います。タコ型宇宙人タコピーと地球人の少女との交流を描く、ほのぼのした日常SF……かと思っていたら、どんどんシビアな展開になっていく衝撃作でした。音楽もユニークな工夫を凝らした意欲作です。


 『タコピーの原罪』は2025年6月から8月にかけて全6話が配信されたアニメ。タイザン5によるマンガを原作に、監督&シリーズ構成・飯野慎也、アニメーション制作・ENISHIYAのスタッフでアニメ化された。
 ハッピーを広めるためにハッピー星から地球にやってきたタコピーは、小学4年生の女の子・久世しずかと出会う。しずかをハッピーにしようとさまざまな「ハッピー道具」を駆使するタコピーだが、しずかは同じクラスの雲母坂まりなからひどいいじめを受けていて、どうしても笑顔になってくれない。タコピーがしずかに会って7日目、しずかは愛犬チャッピーを失った絶望から、タコピーのハッピー道具を使って自殺してしまう。ショックを受けたタコピーは時間を7日前に巻き戻し、やり直そうとするのだが……。
 憎しみや悪意といった地球人のネガティブな感情を知らないタコピーは、楽天的な言動をくり返し、それが逆にしずかたちの日常の残酷さを浮かび上がらせる。筆者は原作を読んでいなかったので、毎回「ここでこうなるの?」と驚きながら全6話を観終わった。最終話で解決はないが救いはある終幕になってほっとした。気楽に「観て」とは言いにくいが、観れば心を大きくゆさぶられる作品だ。

 本作の音楽は大きく分けると、底抜けにハッピーなタコピーと過酷な日常を生きるしずかたち、という対照的なふたつの視点で作られている。タコピーの視点の曲は、ほのぼのしたメルヘンチックな曲調で書かれ、ネガティブな感情を感じさせない。しずかたちの視点の曲は人間的な喜怒哀楽を表現していて、その中でも特に不安感や恐怖感を描写する曲が「ホラー映画か?」と思うほどの振り切った曲調になっているのが印象的だ。
 音楽を担当したのは『ラブライブ!』『宇宙よりも遠い場所』『アポカリプスホテル』などの音楽を手がけた藤澤慶昌。どちらかといえば、ほのぼのした作品やキラキラした作品が多い印象の藤澤慶昌が、本作では容赦なく胸をえぐるような心情表現に挑戦している。本作の聴きどころのひとつである。
 本作の音楽の大きな特徴は、女声ボーカルを取り入れた曲が多いこと。サウンドトラック・アルバムには37曲が収録されているが、そのうち12曲が女声ボーカル入り。ボーカルはTVアニメ『薬屋のひとりごと』などの音楽にも参加している歌手、きしかな子が担当している。タコピー視点の曲にもしずか視点の曲にもボーカルが入っており、違うテイストで歌い分けられている。ボーカルが入ることで、タコピーやしずかたちの心情が、直接声を聞くように生々しく伝わってくる。ボーカルはタコピーやしずかの「心の声」なのだろう。
 本作のサウンドトラック・アルバムは、2025年8月13日に「アニメ『タコピーの原罪』オリジナル・サウンドトラック」のタイトルでAnchor Recordsよりリリースされた。配信のみで、音盤(CD・レコード)の発売はない。
 収録曲は以下のとおり。

  1. どうせ何も変わらないし(Vo:きしかな子)
  2. チャッピーがいれば大丈夫
  3. 学校というところ
  4. 僕はハッピー星人!(Vo:きしかな子)
  5. おはなしがハッピーを生むんだっピ!(Vo:きしかな子)
  6. ものすごい笑顔にしてみせるっピ!
  7. 今日もがんばるっピ!(Vo:きしかな子)
  8. きみたちがきっと大人になれるように(Vo:きしかな子)
  9. ハッピー道具
  10. ハッピー星の掟(Vo:きしかな子)
  11. 歪んだ日々
  12. 劣った存在
  13. まじめでバカ
  14. 今度こそ
  15. お前さえいなければ
  16. 家族を返せ(Vo:きしかな子)
  17. ママ
  18. ねえ、私のせいだっていうの
  19. きみにしてあげられること
  20. きみに笑ってもらえるように
  21. 最近はちょっと悪くないんだ
  22. ごめんね
  23. 懺悔
  24. 家族
  25. 喪失
  26. 後悔
  27. 憎悪
  28. 魅惑の瞳(Vo:きしかな子)
  29. ああ、無理だ(Vo:きしかな子)
  30. 疑心暗鬼
  31. これで大丈夫だっピ!(Vo:きしかな子)
  32. 変えられない未来
  33. 魔法
  34. Lucky Days(Vo:きしかな子)
  35. 役立たず
  36. 行こう、東京へ
  37. 捜しもの(Vo:きしかな子)

 劇中で流れる曲はほとんど収録されている。未収録は、おそらくタコピーがハッピー道具を出すときに流れるファンファーレぐらいだろう。未使用に終わった曲もいくつか含まれているようだ。
 曲順は劇中使用順にこだわらず、大きな流れで『タコピーの原罪』の世界観を再現する構成。
 トラック1の「どうせ何も変わらないし」は、あきらめに彩られたしずかの日々をけだるいムードで表現する曲。第1話で、しずかがまりなに呼び出される場面に流れていた。さっそくこの曲から女声ボーカルが入っている。何かを歌っているようだが歌詞はわからない。楽曲のクレジットには作詞者が表記されていないので、おそらくは造語のような、意味のない言葉で歌われているのだろう。しずかの辛さは言葉にできない、という比喩的な曲ととらえることもできる。
 トラック2「チャッピーがいれば大丈夫」は、愛犬チャッピーと一緒にいるときのしずかの安心感を表現する曲。しずか視点の曲の中では数少ない、やさしくほのぼのした曲である。トラック3「学校というところ」は第1話でしずかとタコピーが学校に行く場面で流れた。明るい曲調だが、中盤や終盤では緊張感のある曲調に変化する。一見おだやかに見える学校生活に暗い影が落ちていることを音楽で表現しているのだ。
 トラック4〜10にはタコピー視点の曲(タコピーの曲)がまとめられている。「おはなしがハッピーを生むんだっピ!」(トラック5)、「ものすごい笑顔にしてみせるっピ!」(トラック6)、「今日もがんばるっピ!」(トラック7)など、曲名だけでもすごいハッピー圧力が感じられる。
 タコピーの曲には女声ボーカルが「ラララ」「ランランラン」といった楽しげなスキャットで歌うものが多い。タコピーが見ている、憎しみも悪意もない善意に満ちた世界が、メルヘンチックな曲調で表現されていて、まぶしいくらいだ。トラック31の「これで大丈夫だっピ!」も同じ仲間に入る曲である。
 トラック11からは雰囲気が変わり、どんどん不穏になっていく。トラック13「まじめでバカ」は勉強が得意な同級生、東直樹のテーマ的に使われたピアノ主体の曲。トラック14「今度こそ」は、第4話でしずかから頼りにされた東が「今度こそうまくやってみせる」と決意する場面に流れていた。シンセ、ピアノ、弦などによるメランコリックな曲調で、東の抱える劣等感と無力感を表現している。トラック35の「役立たず」も同様に東の屈折した心情を表現した曲である。
 トラック15〜18は、しずかをいじめるまりなにフォーカスした曲。「お前さえいなければ」(トラック15)は第2話でまりながしずかを追及する場面に流れたサスペンス的な悲哀曲。まりなは自分の家庭の不和の原因はしずかの母親にあると考えて、しずかに怒りをぶつけているのである。「家族を返せ」(トラック16)と「ママ」(トラック17)は、まりなが母親といる場面に流れたホラー音楽風の心情曲。不協和音を響かせる弦合奏と「はあ〜」とささやくような女声ボーカルによる「家族を返せ」が強烈。こういう曲を聴くと、まりなに同情する気持ちになってくる。
 トラック19からまた雰囲気が変わり、少し希望が見えてくる。
 トラック19「きみにしてあげられること」とトラック20「きみに笑ってもらえるように」は、しずかたちをハッピーにしようとするタコピーの気持ちをしみじみとした曲調で表現する曲。どちらも最終話の重要な場面で流れている。ここでは「ラララ」などの女声ボーカルは使われず、ピアノや弦、木管などのアンサンブルで、重層的な旋律が奏でられる。明るいだけでない複雑な心情を描く曲だからだろう。
 トラック21の「最近はちょっと悪くないんだ」は、キラキラした音色のフレーズのくり返しと弦楽器の旋律で、おだやかな日常を表現する曲。第1話のラスト近くでしずかがタコピーに「(タコピーのおかげで)最近はちょっと悪くないんだ」と話すシーンに流れていた。前の2曲を受けて、しずかがタコピーに感謝している雰囲気である。
 しかし、いい雰囲気になったのも束の間、次の曲からは、またどんどん暗くなっていく。
 トラック22「ごめんね」は、第1話でしずかが死んだことに気づいたタコピーが「ごめんね」と話しかける場面に流れた、衝撃と動揺を表現する曲。トラック23〜27の「懺悔」「家族」「喪失」「後悔」「憎悪」は、しずか、まりな、東たちがしだいに追い詰められていく過程で使われた心情・状況描写曲。続けて聴くのはなかなか辛いものがある。
 トラック28「魅惑の瞳」は、弦の駆け上がりからアップテンポのリズムと女声ボーカル、弦などの合奏に発展していく、高揚感のある曲。事態の好転を連想させるが、劇中ではしずかが意外な一面を見せる、背筋がぞくっとするようなシーンに選曲されている。
 次のトラック29「ああ、無理だ」も忘れがたい印象を残す曲。第1話でしずかに変身してまりなに会ったタコピーが、まりなから何度もけられて動けなくなる場面に流れていた。ノイズ的な背景音に、ため息のようなボーカルが重なり、悪夢の中をさまよう気分にさせられる。
 トラック32「変えられない未来」は、ピアノと弦による現代音楽風の曲。第2話で、タコピーが何度時間を巻き戻してもしずかの運命を変えられない絶望感を表現していた。
 トラック33「魔法」は第2話のラストで流れた弦合奏の曲。ビバルディの「春」の演奏が挿入されている。その部分だけを聴くと明るいのだが、この曲が流れるのは、「魅惑の瞳」と同様に背筋がぞくっとするような怖いシーン。傷つき歪んだ心情を音楽と映像のギャップで表現する演出である。
 トラック34の「Lucky Days」は藤澤慶昌の作詞による挿入歌。楽しい気分を表現するポップで軽快な曲で、第3話でしずかたちが東京へ行く計画を立てる場面に流れていた。
 トラック36「行こう、東京へ」は、弦やピアノの軽快な演奏が期待感、高揚感を表現するさわやかな曲。第4話のラストと第5話冒頭の、しずかが東京にいる父のもとへ向かうシーンで使われている。
 こうした明るい曲をアルバムの終盤に持ってきたのは、アルバム全体の印象を暗くさせない意図があるのだろう。
 最後の曲「捜しもの」は、第6話で使われた挿入歌。地球に来た本来の目的を思い出したタコピーが、しずかに寄り添い、一緒にすごす場面に流れていた。この曲にはしっかりと日本語歌詞がつけられている。作詞は『薬屋のひとりごと』の挿入歌などを手がけた内田ましろが担当。1曲目の「どうせ何も変わらないし」にはなかった日本語詞の採用は、タコピーとしずかのあいだに「おはなし」が成立したことを反映しているのではないか。深読みしすぎかもしれないけれど、そう思うとよけい泣けてくる。「心の声を捜している」と歌う、このシーンと本作のテーマに沿った歌詞が感動的だ。

 『タコピーの原罪』の音楽では、ハッピーと絶望の両極端が、めいっぱい振り切った曲調で表現されている。その振り幅が広いほど、タコピーがめざすハッピーと、しずかたちの絶望的な境遇の落差が強調される。しかし、希望がないわけではない。アルバムのラストに収録された挿入歌「捜しもの」が希望の象徴である。なぜなら「おはなしがハッピーを生む」のだから。

アニメ『タコピーの原罪』オリジナル・サウンドトラック
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