COLUMN

第88回 並べ直す

 会議室へ移した本棚への本の移動、つづく。
 そもそも『この世界の片隅に』だけでなく『マイマイ新子と千年の魔法』など合計4作品分の資料本があったのだが、8割がたが『この世界の片隅に』のものだ。それ以外のものは、使わない順に本棚の奥に押し込め、その手前にも本を置いて埋め込んでしまう。全部は埋めきらないので、『マイマイ新子』関係だけは表に出しておくことにする。あれだけ調べものして作ったみたいな『マイマイ新子』だけれど、本棚を埋めているのは『この世界の片隅に』関係の7分の1くらいに過ぎないことがわかる。まあ、なんというか、そうした比較用という意味合いで。
 『この世界の片隅に』の資料として集まってしまったものとしては、本のほかに色々な実物の類がある。防空頭巾だとか、焼夷弾の弾体だとか、ガスマスクだとか、蓄音機だとか。そうしたものも会議室に持ち込んで、もうひとつあった部屋に造りつけの棚に収める。
 松原さんが、本の移動がほとんどできあがってきたあたりの本棚を眺めて、「もっとこう迫力が欲しいなあ。本が押し寄せて来る感じが欲しいなあ。ちょっと整然としすぎてるのかなあ」という。
 まあ、本棚自体が以前より増えてるので、前みたいにぎっちぎちに詰め込んでいた印象ではちょっとない。途中から参加してきた松原さんにとって、あの壁一面の資料本の印象がよほど強烈だったということなのかもしれない。


 本棚の移動が全部終わった7月9日水曜日、机の移動を始める。
 電源の位置、消防署から指定された消防隊進入口の確保、壁に埋め込まれた電気メーター函、柱なんかが妨げになるので、完全に思いどおりに机を並べることなど望めない。
 起点になるのは、撮出し用のパソコンで、これは暗室めいた真っ暗な環境にしなければならないから、置ける場所が限られる。暗幕で囲うにしても二面が壁面になっている部屋の角がよいのだが、まさにその角に柱が出っ張っている。撮出し机を置くと、柱のおかげでその後ろにちょっと空間ができてしまう。これを好都合と思うことにして、そこにスチール棚をひとつ突っ込んで、そこに当分はあまり開けそうにない段ボール箱を置いてしまう。
 撮出し机自体は、自宅でうちの娘が小学校高学年の頃に使っていたものなのだが、その机で娘に抱かれたまま病気の子猫が死んでしまったことがあって、墓碑銘がマジックで書きつけてある。これはそういう意味のものなので消さないでね、と制作にも頼んでおく。まあ、猫が化けて出てくることはないだろうと思う。

 次いで配さなけばならないのは、アクションチェッカー用の机とパソコンで、これは原画の動きのチェックをする浦谷さんが「自分のそばに置いてほしい」というのだが、どう考えても、動画机より長くて置き場所の制限のあるアクションチェッカー机をまず置いて、浦谷さんの机のほうをその近くに寄せてもらうしかない。
 ということで、元々本棚があった壁に面してふたつのパソコン用の机が並び、そのあいだに挟まれて監督の机を置くことになってしまった。引っ越し前の本棚なんかに囲まれて籠った感じだったのよりは、はるかに現場作業向きで実戦的な感じだ。右斜め後ろに松原さんの背中があり、左斜め後ろに浦谷さんの背中がある。振り向けば、2人と連絡ができる。そういうふうになりたくって今回の机の再配置をしようと思い立ったわけなので、ここまではうまくいっている。
 たぶん2年半くらいになると思うあいだ座っていた位置から机を動かす。
 溜まっていたゴミもそれなりの量を出して、少しだけ身軽になる。段ボール箱3個くらい、自分の動画机にもその横のスチール棚にも収まらなかったあれやこれやがあったのだが、色々やって上手く収まるようにしていって、最終的には、スチール棚を1段分残した状態で(回ってくるカットを置かなければならない)、まだ段ボールに入ったままの資料類があと1箱というところまで整理した。この最後の1箱の中身は地図類なので、いずれその辺に貼ってしまおうかとも思っている。
 絵コンテを途中でやり直して第2稿にしているので、古いものは撮出し机のうしろの上に片づけてしまう。これから終盤まで使ってゆくことになる自分用のコンテは、コピーした紙をクリップで束ねただけの体裁ではなくて、表紙をつけたい。
 これは昔から大塚康生さんがやっていたものだ。几帳面な大塚さんは自分のコンテには必ずカット袋をバラした紙を裏に使って表紙を作り、大型ホッチキスで留めて「製本」していた。「あんたのもやってやろうか?」とほかの人のコンテもどんどん製本してくれた。大塚さんの御自宅の書斎には、雑誌の中から必要なページだけを切り取って同じように製本したものがずらっと並んでいた。
 今は、アニメーションの制作現場に大型ホッチキスがないことも多くなってきたので、自分では表紙だけつけてクリップどめにした「仮製本」にしてしまっている。ちょうどそうやって表紙をつけた『マイマイ新子』の絵コンテが1冊あったので、「これと同じにやってみて」と制作の若い山本君に自分の絵コンテ6冊を渡してみる。そういうことで何かが伝えられていくのだとよいのだが。

 引っ越しは部屋の奥から始まって、次々机を並べ直していって、最後に制作2人の机を入り口近くに並べて一段落した。制作も演出作画と同じ室内にいてほしいとかねてより思っていたし、当の制作もそうであることを望んでいたので、これはよい配置になったと思う。
 作打ちも徐々に進んでいる。空いている動画机も埋まって行ってくれれば、と思う。

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