COLUMN

第87回 ふつうの人々の運命、ふつうの家々の運命

 「あまちゃん」以来すっかり習慣になってしまった毎朝の連ドラ視聴なのだが、再放送で観ている「カーネーション」の空襲の場面は久しぶりに堪えた。
 朝ドラに典型的な、女性の一代記ものなのだが、シリーズのちょうどど真ん中に空襲から終戦までが描かれるようになっている。
 このドラマは、自分たちが『この世界の片隅に』を手がけるようになった後で本放送されてたのだが、点けたらいきなり戦時中の場面だったりしたので、なんだかTVの中でまでこの時代のものに追いかけられたくなくって、消してしまってそれっきりになっていた。
 あらためて観直してみて、ここ数年の朝の連ドラの中でも出色の出来だということはわかったのだが、自分がいたたまれなくなってしまったのはそういうことと関係ないのかもしれない。ちっちゃな希望を心に秘めていたり、ごく当たり前に暮らしているただの人たちの頭の上に、焼夷弾や爆弾が降らせられるそのこと自体が我慢ならなくなってしまうのだ。
 彼女ら自身のささやかさとまるで引き合わない問答無用の破壊兵器を頭の上に撒き散らされてしまう人たちのことが、かわいそうでしかたなくなってしまう。義憤だとか主義だとかそういった次元の話ではなく、もっと原初的な部分で心が揺さぶられてしまう。
 自分自身はずっと同じに生きているつもりでも、世の中の方が奇妙に捩くれていって、そのあげく「AN-M66 2000# G.P.(1トン通常爆弾)」だとか、「AN-M69 4# I.B.(収束焼夷弾)」だとか、「AN-M47A2 100# I.B.(45キロ炸裂型膠化ガソリン焼夷爆弾)」などというものが、彼ら目がけて降り注がれるようになってしまう。ごくふつうの人生と、それとはあまりにも異質な破壊兵器。なぜそんなものを頭の上から落とされなくてはならないのか。
 かわいそうでかわいそうでたまらない。

 われわれの作業も本格化しつつあり、いつまでも準備班配置の机の並びでは支障が予想されるようになってきている。
 机の並び順を変えなくてはならないのだが、ネックになるのは「ここまで調べた『この世界の片隅に』」イベントでも写真を紹介した本棚の置き場所だ。今までは、まず本棚を置けるところに置き、ついでそれを起点に各人の机を置いてきた。とにかく、本棚を別の場所に移したい。
 同じMAPPAの2スタの中で行われていた『はじめの一歩 Rising』の制作も終わって、宍戸くんや西村さんたちも撤収して、ここは今、『この世界の片隅に』班の占有になっている。打ち合わせ用の会議室だって独占状態なので、そこへ本棚を運び込みたい。
 「本は何冊集められたんですか? 写真は何枚くらい?」
 などと、取材に来た方に聞かれてしまったりもするのだが、これくらい、と答えられるようなものではない。
 とりあえずでかい本棚4個分あった本を、まず本棚ひとつ分だけこちらで段ボールに移しておく。すると、夜のあいだに空になった本棚を制作の松尾、山本が会議室に移しておいてくれる。ついで本を運び込み、それからふたつ目以降の本棚で同じことを繰り返してゆく。
 ようやくほぼ全部を運び終わった。
 本棚はひとつ増やしてもらって、さらに会議室自体にも作りつけの棚があったので、本は今までよりは少しだけゆったりしている。そんなに二重三重に詰め込まなくてもよい感じ。
 ひとつの世界をできるだけありのままに描こうというのは、やはり「経済的」などという観点からしたら、おおよそまともなものではないのだろう。
 その当時に撮られた写真をできるだけ集め、これとこれは同じ場所が写っている、というのを見つけ出しては分類してゆく。
 ロケハンと称して現地に行って自分たちでも写真を撮るのだが、その時点では自分らが何を撮っているのかよくわからないでいる。
 昔の写真、今の写真を撮影場所ごとにホルダー分けして分類し、突き合わせるうちに何かが見えてくる。今現在の写真に写っているこれは、68年前の写真に写っているこれではないのか。
 ひとつわかってくると芋づる式に、いろんなものがつながってゆく。今は存在しないただのふつうの1軒の民家を色々な方向から撮った写真がいつの間にか集まっている。中にはB-29とやらがはるかな空の高みから撮り下ろした写真も混ざっている。
 戦中や戦後すぐの空中写真と、地上から現在を写したロケハン写真とが徐々に照合できるようになってゆく。
 ああ、空中写真に写ったこの家は今もまだそこにある。この家もまだ存在している。これも、これも、これも。
 現地に立っても何気なくにしか見れなかっとある通りの風景が、70年以上前のふつうの家々に今も彩られていることがわかって、なぜか安心を感じてしまう。
 そんなところにせめても不変のものがあったことに、安堵感を覚えてしまうのだった。

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