腹巻猫です。リメイク版の「ロボコップ」を観ました。グッときたのは、ベイジル・ポールドゥリスが作曲したオリジナル版「ロボコップ」(1987)のメインテーマがしっかりフィーチャーされていたこと。やはりあのテーマ曲がなければ『ロボコップ』ではない!
前回の枕にした『アナと雪の女王』つながりで『雪の女王』の話。
アンデルセン童話「雪の女王」のアニメ化作品ではロシアの長編劇場アニメーション『雪の女王』(1957)が名高いが、日本でも2005年に連続TVアニメが制作されている。
監督・出崎統、キャラクターデザイン・杉野昭夫の名コンビで制作された『雪の女王 』だ。
制作はNHK、アニメーション制作はトムス・エンタテインメント。NHKアニメ劇場で全39話が放映された。
この音楽を担当したのが千住明。アニメでは『機動戦士Vガンダム』(1993)、『鋼の錬金術師[新]』(2009)、『革命機ヴァルヴレイヴ』(2013)などの音楽を手がけた作曲家だ。
1960年生まれで東京藝術大学作曲科卒業。同大学院を首席で修了。この連載でも取り上げた佐橋俊彦と同世代で同じ藝大出身ということになる。が、佐橋俊彦が「サントラは聴くのも書くのも大好き」というタイプなのに対し、千住明はどちらかというと「サントラも書くが純音楽も書きたい」というタイプ——ではないかと筆者は感じている。兄の千住博は日本画家、妹の千住真理子はバイオリニスト、という芸術家ファミリー。千住明もドラマや映画の音楽で活躍するかたわら、バイオリン協奏曲や交響曲など多くの純音楽作品を発表している。だから、というわけではないが、千住明の書く音楽には、ぐっと内面に切り込んでくるような鋭さと思索的な色合いを感じるのだ。千住明には「死」や「運命」といったテーマがよく似合う。
TVドラマ「砂の器」(2004)やTVアニメ『RED GARDEN』(2006)なんかは、そんな千住明らしさがよく出た作品だった。が、今回は『雪の女王』の話。
『雪の女王』のサントラ。透明な美しさにあふれた音楽である。余分なものをそぎ落としたサウンドからは雪国の自然の厳しさまでもが伝わってくる。
サウンドトラック・アルバムは2005年6月15日に東芝EMIから発売された。収録曲は以下のとおり。
- スノーダイヤモンド〈Main theme〉 featuring 千住真理子
- ウィンターワールド
- ホワイト・アンド・ブルー〈Vocalize ver.〉 featuring 涼風真世
- 草原の風、収穫の夜宴
- スノーダイヤモンド〈Violin solo ver.〉 featuring 千住真理子
- ダイヤモンドダストの夢
- 市場の朝
- 吟遊詩人ラギ
- いたずらざかり
- 氷の城
- 女王と鏡
- ゲルダとカイ
- 雪と氷と女王の冷笑
- 悲しみは突然
- 白い幻想
- 氷の心、女王の視線
- 女王の怒り、冬の嵐
- スノーダイヤモンド〈Piano solo ver.〉
- 山と川と草原と
- 底にはう陰謀
- ゲルダの祈り
- スノーワールド
- 信じるままに、力のかぎり
- ゲルダの涙、カイの微笑み
- 夢であえるね featuring 川澄綾子
- 雪解けの水 featuring 千住真理子
- ホワイト・アンド・ブルー featuring 涼風真世
- スノーダイヤモンド〈TV size Main theme〉 featuring 千住真理子
管弦楽編成のクラシカルな曲が並ぶ。雪国を舞台にしたファンタジー作品らしく、美しい情景音楽やファンタジックな曲が豊富だ。そして、美しい中にどこか寂しい感じと凛とした厳しさがただよう。そういう文学的な香りが千住明らしいし、本作のイメージにぴったりだ。
収録曲の中では、雪に包まれた山や森の情景をイメージさせる「ウィンターワールド」、素朴な笛の音が奏でるメルヘンタッチの「ゲルダとカイ」、 マンドリンとアコーディオンで描かれるアニメ版オリジナルキャラクター・ラギのテーマ「吟遊詩人ラギ」、メインテーマのしっとりとしたアレンジ曲「ゲルダの祈り」など、美しくきりっとしたたたずまいの曲が聴きどころだ。
そして、本作の音楽をひと味違ったものにしているのが、千住真理子と涼風真世の参加である。
千住真理子はクラシックの世界でソリストとして活躍するバイオリニスト。涼風真世は宝塚出身の女優で、本作に雪の女王役で出演。2人ともタレント性を持ったアーティストであり、いわゆるスタジオミュージシャンではない。それが特異な味わいを出している。
オープニング曲として使われた「スノーダイヤモンド」は、千住真理子のバイオリンをフィーチャーしたメインテーマ。歌うように、舞い踊るように奏でられるバイオリンの音色、表情がすばらしい。
「スノーダイヤモンド 〈Violin solo ver.〉」はバイオリン・ソロで奏でられるメインテーマの変奏曲。雪をまとった森、凍てつく空気、空中にきらめくスノーダイヤモンド。冷たく美しい情景が音になって聴こえてくる。
「雪解けの水」もメインテーマの変奏曲だが、「スノーダイヤモンド」と対照的にやさしく暖かい曲調になっている。千住真理子のバイオリンはそっとささやくように始まり、しだいに春の息吹を讃えるよろこびの歌に変化していく。
どの曲も、はっと耳をそばだてたくなるほど、バイオリンの音色が存在感を持っている。
「ホワイト・アンド・ブルー」は涼風真世が歌うボーカル曲。宝塚時代は男役で人気を博した涼風の演技と歌声は、「雪の女王」のイメージにぴったりだ。
3曲目に置かれた「ホワイト・アンド・ブルー 〈Vocalize ver.〉」では、同じ曲が涼風真世のボーカリーズ(歌詞をともなわない歌唱。スキャットと呼ばれたりするが、ほんとうはボーカリーズが正しい)で歌われる。『宇宙戦艦ヤマト』の「無限に広がる大宇宙」に代表されるようにアニメのサウンドトラックにボーカリーズ(スキャット)はよく使われるが、ここでは雪の女王役の涼風がみずから歌っているのが特徴だ。
サウンドトラックは「背景音楽」と呼ばれることもあるように、本来、映像を目立たないように支える自己主張しない音楽だ。でも、本作で千住真理子や涼風真世が参加した曲は音楽としてしっかり主張していて、CDで聴くぶんにはよいが、「映像のじゃまになるのでは?」と心配になる。
しかし、本作の場合、この「主張する音楽」が生きているのである。
本作の雪の女王は人の姿はしているが人間ではない。魔法を使い、空とぶ馬車を駆り、悠久の時を生きているように見える。おそらく、女王は文字通りの雪の化身=大自然の精霊なのだろう。「ホワイト・アンド・ブルー〈Vocalize ver.〉」で聴こえる声は、音楽としての女声スキャットではなく、空から聴こえてくる雪の女王の声だ。涼風真世の声で歌われていることに意味があるのである。
そして、千住真理子のバイオリン。これもまた大自然の声だ。旅行く少女・ゲルダが出会う自然の猛威と美しさ。その自然の精霊が歌う声が千住真理子のバイオリンなのだ、と筆者は思っている。「スノーダイヤモンド 〈Violin solo ver.〉」や「雪解けの水」は、バイオリンの響きを借りて歌う雪や水や風の精の歌なのである。メインテーマ「スノーダイヤモンド」もまた、空と大地を旅する雪と氷の歌に聴こえる。
千住明版『雪の女王』の音楽は、厳しい雪国を生きる人間の音楽であり、自然界の精霊たちの歌である。ゲルダやラキといった登場人物と同じくらい、自然が存在感を持った世界にふさわしい音楽。ある意味、日本のアニメ作品だからこそ生まれた名曲だと思う。
雪の女王 オリジナルサウンドトラック
TOCT-25667/3000円/EMIミュージック・ジャパン
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