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第31回 虚空に響く音楽 〜プラネテス〜

 腹巻猫です。ディズニー作品『アナと雪の女王』を観ました。「雪の女王」というタイトルから想像したのとぜんぜん違う話だったのでびっくり。でも、アカデミー賞の歌曲賞を受賞した主題歌をはじめ、ふんだんに使われている歌、そして音楽はすばらしいです。原語で観るのがお勧め。


 第86回アカデミー賞の監督賞、作曲賞ほか7部門を受賞した実写劇場作品「ゼロ・グラビティ」のサウンドトラック盤には「Debris(デブリ)」というタイトルの曲がある。デブリとは人工衛星の破片など、宇宙に浮かぶ人工的なゴミのこと。「ゼロ・グラビティ」では宇宙ステーションを襲うデブリの脅威が描かれている。
 この「デブリ」という言葉をはじめて知ったのが、TVアニメ『ΠΛΑΝΗΤΕΣ(プラネテス)』だった。

 TVアニメ『プラネテス』は幸村誠による同名マンガを原作に谷口悟朗監督で映像化した作品。2003年10月からNHK BS2で初放映された。主人公・ハチマキは宇宙空間にただようデブリの回収を職業とする専門家。宇宙ものではあるが派手なアクションやSF的な異星人などは登場せず、近未来のリアルな宇宙が舞台になっている。宇宙と人間のかかわりを日常と地続きの感覚で描いた作品だった。
 『プラネテス』の音楽を担当したのは中川幸太郎。谷口悟朗監督とは『スクライド』(2001)、『ガン×ソード』(2005)、『コードギアス 反逆のルルーシュ』(2006)などでもコンビを組んでいる作曲家だ。『プラネテス』では、「ゼロ・グラビティ」の音楽に負けないくらい、中川幸太郎の音楽が絶妙の効果を上げている。
 中川幸太郎は1969年生まれ。東京藝術大学音楽学部の作曲科卒業し、同大学院の音楽研究科を修了している。父親がトランペット奏者(中川喜弘)、弟もトロンボーン奏者(中川英二郎)という金管一家(!?)で、ブラスをガンガン鳴らす生きのよい音楽を書かせると抜群にうまい。『絶対可憐チルドレン』(2008)や「轟轟戦隊ボウケンジャー」(2006)、「仮面ライダーW」(2009)などは、中川の豪快な作風がよく出た快作である。
 しかーし! 藝大の大学院修了という経歴からもわかるとおり、実は中川幸太郎の音楽の半分は現代音楽からできているのである。本作『プラネテス』や『GOSICK』(2011)といった作品を聴くと、中川幸太郎のもうひとつの顔——娯楽音楽とは対極的な現代音楽を書く作家としての顔——が鮮烈に見えてくる。
 『プラネテス』のサウンドトラック・アルバムは2003年12月に第1弾が、2004年3月に第2弾が、いずれもビクターから発売された。
 サントラ1の収録曲は以下のとおり。

  1. Outside Atmosphere
  2. Dive In The Sky (オープニング・テーマ)
  3. Jupiter Highway
  4. Urgent Mission
  5. Floating Ruin
  6. Music For Universe
  7. A Secret Of The Moon(挿入歌)
  8. My Address
  9. Work With Dance
  10. Circular Style
  11. True Stories
  12. My First Experience
  13. Paradise And Cola
  14. Terrible Workplace
  15. Fb
  16. The Enterprise
  17. Fate Of Man
  18. Turn Into Space
  19. There Is No
  20. Our World
  21. Wonderful Life (エンディング・テーマ)

 オープニング・テーマ、エンディング・テーマと挿入歌の3曲を除く18曲が中川幸太郎による劇中音楽。本作の録音には中川喜弘と中川英二郎も参加している。
 宇宙時代を舞台に等身大の人間が生き生きと活躍する本作では、主人公たちの日常場面にバンジョーや金管をフィーチャーしたアメリカン・テイストの曲が活躍している。が、聴きどころはやはり、宇宙を表現した曲だ。
 第1話冒頭で使用された1曲目「Outside Atmosphere」からぞくぞくする。「大気圏外」を意味するタイトルがつけられたこの曲、電子楽器と生楽器、男声コーラスが静かに、緻密にからみあい、宇宙空間の広大さと神秘を緊迫感たっぷりに表現している。かの名作「2001年宇宙の旅」(1968)に使用されたリゲティなどの現代音楽作品のサウンドをほうふつさせる曲だ。
 3曲目「Jupiter Highway」もいい曲だ。陽気な日常曲のように始まるが、途中から曲調が変わり、ストリングスと合唱がダイナミックかつ哀感漂う旋律を奏でる。第1話のクライマックスでデブリが燃えながら地球に落下する場面や、第10話「星屑の空」でユーリがコンパスをつかむ場面など、きわめつけの印象深いシーンに使用された。筆者はこの曲を聴くたびに、本編中で幾度かフラッシュバックされる高高度旅客機のデブリ衝突事故の場面を思い出す。本作を一度でも通して観た人には忘れられない曲である。
 4曲目「Urgent Mission」はさまざまな音色が複雑にからみあう曲。ブラスとストリングスが演奏する緊迫感漂うメロディは、デブリの脅威に立ち向かう人間のテーマのようだ。その中にどこかさびしげな音色が忍び込み、味わい深い。
 6曲目「Music for Universe」はずばり「宇宙の音楽」と題された曲。明確なメロディを持たない現代音楽風の曲だが、精巧にデザインされた音響は最後まで緊張感が途切れず、聴かせる。こういう効果音的音楽は派手さはないが、本作のリアルな宇宙の描写に大きく貢献している。
 7曲目「A Secret Of The Moon」は中川幸太郎の曲ではなく、黒石ひとみ作詞・作曲によるボーカル曲。宇宙で生まれ育った少女ノノを描いたエピソード、第7話「地球外少女」での使用が印象深い。第10話のラストシーンにも選曲されている。神秘的で美しい挿入歌だ。
 10曲目の「Circular Style」は「Jupiter Highway」の主旋律をワルツのリズムに乗せてリリカルに演奏した曲。中川喜弘のトランペットが渋く甘く響く。宇宙遊泳しながら宇宙に浮かぶ地球を見おろしているような気分になる情感に満ちた音楽だ。中川幸太郎はこういう曲を書いても実にうまい。
 18曲目「Turn into Space」は尺八が印象的な曲。リズムはなく、金管、ストリングスのうねるような響きをバックに呼吸するような尺八の音が断続的に旋律を奏でる。これもまた、「宇宙に生きる人間」を表現する曲だ。
 エンディング・テーマの前に置かれた「Our World」は宇宙時代に生きる人間の賛歌。トランペットとトロンボーン(中川喜弘・中川英二郎の親子共演)のかけあいは暖かく、不安を超えてなお「虚空に生きる」ことを選んだ人間の決意をそっと応援しているように聴こえる。
 独特の楽器編成である。トランペット、トロンボーン、ストリングスなどの生楽器に電子楽器と和楽器を加えた編成。電子楽器はシンセサイザーのほかに電子楽器の元祖とも呼べるテルミン(演奏:やの雪)が参加している。そこに笙、三味線、尺八、和太鼓などの和楽器が加わり、独特のサウンドを創り出している。
 宇宙に和楽器、これがふしぎと合う。人間の息づかいを感じる尺八の音、天空を貫くような笙の音。宇宙という「この世ならざる空間」の広がりと神秘的な雰囲気を表現するのに、この上ない効果を上げている。シンセサイザーの音では「いかにも」という感じがして、この圧倒的な「異空間」感は出ないだろう。
 そして、日本人になじみ深い和楽器の音は、本作の宇宙が生命を排除する死の世界ではなく、人間が暮らす生活空間の延長なのだという表現にもなっている。
 そうなのだ。「ゼロ・グラビティ」と対照的に、本作は「宇宙に生きること」を選んだ人間たちの物語である。宇宙を表現するサウンドに共通点はあるが、宇宙で生きる不安と希望とある種の死生観を音に込めたという意味で、『プラネテス』の音楽はより深く、複雑な要素をたたえていると言ってもいい。
 なにより、本作の音楽は美しい。現代音楽的な要素を盛り込みながら、サウンドもメロディも、虚空に生きる人間に寄り添っている。真空の宇宙に音楽は響かないが、宇宙に生きる人びとの頭の中にはこんな音が鳴っているのかもしれない。そんな風に思わせる音楽だ。藝大時代には現代音楽にのめりこんでいたという中川幸太郎ならではのサウンド・デザイン——現代音楽的手法と映像音楽との絶妙の融合——が光る作品である。

 日本のアニメでは「ゼロ・グラビティ」より10年も前にこんなすごい音楽を作っていたんですよ。アカデミー賞の選考委員にも聴かせたいくらい。日本のアニメ音楽の底力を示す名盤のひとつである。

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