これを書いている2014年の2月には、結構な量の雪が続いた。雪が降ってはその翌日くらいに暖かくなるので、春も近い三寒四温ということなのかもしれないのだけれど、それにしても災害級の雪になってしまった。
原作のマンガ「この世界の片隅に」の中にも雪の日のエピソードがある。「20年2月」の回で、やはり2月の雪なのだった。
ところで、前に呉に入出港する艦船の整理をしたくって、軍艦がらみの本を片っ端から読んでいたとき、昭和20年3月25日の呉が雪だった、と書いてあるのがあった。それも1冊ではなく2冊、同じことが書かれていた。
2010年4月のこと、『マイマイ新子と千年の魔法』が吉祥寺バウスシアターにかけてもらえることになって、おまけに宣伝のために日中の吉祥寺の街中でいわゆる「ドカン菓子」、あの爆発音を立てて米を爆ぜさせてポン菓子にするのまで映画の宣伝のためにやっていただいてしまった。『マイマイ新子』の中にそのドカンが登場したりしたもので。そのときの写真を眺めて思い出したのだけれど、その日は4月も17日だというのに雪が降って、せっかくのドカン・イベントが危ぶまれたのだった。たぶん誰かの行いがよかったせいで、イベントを始める頃にはお日様が出てきて暖かくなり、雪もほとんど融けてしまっていた。その融け残りの雪がそのときの写真に写っていて、懐かしかった。
というように、4月中旬にもなって雪が降ることもあってしまうのだけれど、昭和20年3月25日の呉に雪は降っていない。海軍の第17駆逐隊(駆逐艦雪風などが所属していた)の戦時日誌のその日を見てみると、
所在 呉
午前6時 快晴 風向東 風速1 気温5.5度 視程8km
正午 快晴 風向東 風速1 気温8.0度 視程10km
午後6時 快晴 風向東 風速5 気温10.8度 視程10km
となっていて、前日正午が14.3度あったのに比べてたしかに薄寒いことはあるが、雪が降るような感じではなかった。
じゃあなんで3月25日に雪が降っていたことになってしまったのかというと、ひと月前の2月25日がけっこうな雪だったもので、誰かがその日付を取り違えてしまったのじゃないだろうか、と思った。1冊がそういうふうに書いてしまって、もう1冊がその記述を信じ込んでそのまま孫引きしまったのだろうなあ、と想像している。この2冊が2冊とも真面目な本なのは間違いないのだけれど、3月28日に大和が呉から最後の出港をし、巡洋艦矢矧や17駆逐隊ほかの駆逐艦がそれについてゆくという場面につながるその直前の描写であってしまう。真面目な本だけに、それを読む人が「ああ、そういう感じだったんだ」と信じ込んで、さらに孫引きを繰り返してゆくことになるのかもしれない。
自分らの仕事の影響なんて微々たるものかもしれないのだけれど、自分が元でそんなことになるのもなんなので、なんだか今回は調べものづくしになってしまってるのだった。
というところで、実際の20年2月、呉鎮守府戦時日誌に残された毎日正午の天気。
1日高曇5.2度/2日高曇5.8度/3日本曇2.3度/4日本曇0.2度/5日晴1.0度/6日高曇0.3度/7日高曇1.1度/8日晴1.4度/9日本曇0.8度/10日本曇3.0度/11日薄曇2.1度/12日快晴3.9度/13日薄曇3.7度/14日高曇3.1度/15日薄曇4.4度/16日薄曇4.9度/17日晴4.7度/18日快晴3.4度/19日薄曇6.2度/20日晴3.6度/21日晴3.7度/22日薄曇3.1度/23日晴5.2度/24日晴3.2度/25日雪1.0度/26日快晴3.7度/27日晴4.6度/28日高曇7.6度
2月25日だけ雪が降ったことになっている。それにしても、ほかの日も気温が低い日が多い。ところで、これは毎日正午の天気の記録なのだが、それ以外の時間帯はどうだったのだろう。と、同じようなものをいろいろ眺めていくと、こんな感じだった。
- 2月3日 昼過ぎから雪。この日は広島では「広島で15センチ積雪、底冷え厳しい」
- 2月4日 広島では「曇時々小雪」
- 2月5日 広島では「曇時々雪のち晴」ややこしい
- 2月7日 呉で昼過ぎに雪。広島では「曇から雪へ」
- 2月8日 呉で雪があったらしい
- 2月9日 呉に住んでいた人の日記に「地上の雪は今日も終日解けない」
と、月前半の正午でも気温の低い日はほとんど雪がちらつくか、あるいは積もるほど降ったらしい。そこからしばらくは気温がちょっと上がり、
- 2月21日 広島で「快晴から薄曇、夜小雪」。呉でも「日没時快晴、夜雪」
- 2月22日 呉「昨夜は、思い掛けない雪で今朝は美しい銀世界」、ちょっと南へ行った松山も大雪。
それから東京では大雪。広島で「快晴から薄曇、夜小雪」 - 2月25日 広島「終日雪、積雪30センチ」。呉でも、午前6時雪、10時曇、正午雪、午後6時雪。
広島の降水量36.4ミリ、呉では27.3ミリ
広島近辺としてはものすごく雪の多い1ヶ月だったみたいだ。
25日は日中ずっと降りつづけて、その近年にない大雪となったらしい。翌26日の昼までは寒く、午後より気温上がり、月末の28日には日中気温が上がって小春日和めいた感じにまでなったという。なんだか、2014年の沿岸低気圧の通過に似ているのだが、昭和20年2月25日に日本の南海上にあった低気圧はふたつ目だったりした。
暖房用の燃料がない中でこの冷え込みは、などと想像してみたり、こうした雪の合間を見ては「総員被服洗濯」なんて命令を出していた駆逐艦の甲板の水兵は手が凍えただろうなあ、などと想像してみたり。
すずさんが竹槍を握って街へ下ったのはどの日だったのだろう、と「この日とこの日が雪で……」と、まとめたものをこうのさんにお見せしたら、
「あれ? この日も雪だったんですか?」
といわれた。やっぱりちゃんと調べた上での、すずさんのあの描写だったのだ。
ところで、今回は結構細かいことまで書いてしまったのだけれど、鵜呑みにして孫引きだけはなさいませんように。ついさっき読み直してみるまで、自分の原稿の上では2月が29日まであることになっていて、あわてて修正した。29日まであったのは昭和19年だ。そんな感じなので、どこかに落とし穴みたいな誤記があってしまうかもしれない。
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