腹巻猫です。一度は発売中止になった『サザエさん 音楽大全』がいよいよ発売! 長年アニメファン、サントラファンが夢見ていたオリジナルBGMが初商品化されます。主題歌・挿入歌も収録。発売日12月4日を首を長くして待て!
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1983年に公開された劇場アニメ『クラッシャージョウ』は、安彦良和が監督・脚本・作画監督を務めた作品。原作は高千穂遥が1977年から書き続けているスペースオペラ小説だ。
朝日ソノラマから発売された原作本(現在は早川書房から改訂復刊)のカバーと挿絵は安彦良和が手がけている。第1巻「連帯惑星ピザンの危機」が発売されたとき、筆者は挿絵目当で発売と同時に購入。内容の面白さにたちまちファンになってしまった。そのとき、高千穂遥=スタジオぬえの代表者(当時)・竹川公訓であることを知って驚いたのを覚えている。スタジオぬえといえば、『宇宙戦艦ヤマト』のデザイン・リファインや『超電磁ロボ コン・バトラーV』のメカニック・デザインなどで、SFアニメファンから注目されていたクリエイター集団。「クラッシャージョウ」はもともとアニメに縁の深い作品だったのである。
小説版「クラッシャージョウ」は新作が次々と発表される人気シリーズとなったが、アニメ化が実現したのは1983年。折しも、『宇宙戦艦ヤマト』『機動戦士ガンダム』『超時空要塞マクロス』といったSFアニメが当たっていた時期。満を持して、という言葉がぴったりくるタイミングだった。
ストーリーは高千穂遥による新作。作画監督を安彦良和自身が担当し、メカニカルデザインを河森正治、美術監督を中村光毅が務めている。ビジュアル面の充実は申し分ない。気になる音楽は……?
音楽を担当したのは前田憲男。これには驚いた。
前田憲男といえば、当時すでにジャズ・ピアニストとして、また、ポップス界の名アレンジャーとして活躍していた大ベテラン。しかし、実は映像音楽、いわゆる「劇伴」の仕事は少ないのだ。アニメではTVシリーズ以前に作られた『ルパン三世』のパイロット・フィルムの音楽が前田憲男の仕事。しゃれたジャズ・タッチの音楽がいかにも前田憲男らしい。しかし、TVシリーズ(1971)では前田ルパンは実現せず、山下毅雄が音楽を担当することになった。また、1978年に放映された円谷プロ製作のSFドラマ「スターウルフ」の音楽も前田憲男の作。このときはストリングス・セクションを含まない管楽器だけのアンサンブルで音楽が録音され、「組曲スターウルフ」として発売されている。
その「スターウルフ」の記憶がスタッフにあったのかなかったのか、和製スペースオペラ『クラッシャージョウ』の音楽を前田憲男が担当することになった。音楽は前田憲男得意のジャズ……ではなく、交響楽団を使った本格的なシンフォニック・サウンドである。
『クラッシャージョウ』の音楽はちょっと変わった方式で作られている。まず、映像とは独立した「交響組曲」が作曲・録音され、次に劇場用のサウンドトラックが録音された。サントラをもとに「交響組曲」を作る例は多いが、本作の場合、逆である。
録音がぜいたくだ。「交響組曲」は東京交響楽団によるホール録音。サウンドトラックは東京フィルハーモニー交響楽団によるスタジオ録音。どちらもスタジオ・ミュージシャンに頼らず、常設の交響楽団によって演奏されている。ちなみに東京フィルハーモニー交響楽団は現存する日本最古のオーケストラ。東京交響楽団は東宝が設立した東宝交響楽団が前身で、映画音楽の演奏も多いオーケストラだ。日本のスタジオ・ミュージシャンの演奏能力はすばらしく高いが、常設の楽団による演奏にはほかには代えがたい味がある。何度も演奏をともにしているため、いわゆる「息のあった演奏」が生まれる。オーケストラ全体がひとつの楽器となって鳴るアンサンブルの統一感。それが『クラッシャージョウ』の音楽の魅力のひとつである。
「交響組曲クラッシャージョウ」の収録曲は次のとおり。
- MAIN TITLE クラッシャージョウのテーマ
- SLEEPING BEAUTY スリーピング・ビューティ
- PANIC IN DISCO ディスコ・パニック
- U.G.S.F 連合宇宙艦隊
- JUNGLE NIGHT ジャングル・ナイト
- CRUSHERS’ THEME 宇宙(そら)翔ける者
- THE TERROR OF MURPHY PIRATE マーフィー・パイレーツ
- CRUSHER ALFIN アルフィンのテーマ
- BATTLE IN DARK SPACE バトル・イン・スペース
- END TITLE エンド・タイトル
指揮:前田憲男
演奏:東京交響楽団
コンサート・マスター:荒井英治
前田憲男らしいゴージャスで芯の太いサウンドが楽しめる、聴き応えのある名盤だ。
前田憲男は、『宇宙戦艦ヤマト』の音楽を手がけた宮川泰、『超時空要塞マクロス』の音楽を手がけた羽田健太郎とも親交が深かった。TVで活躍する前から関西で腕を競った宮川泰は前田憲男を「天才」と呼んで賞賛し、羽田健太郎は先輩格の前田、佐藤允彦とともに「トリプル・ピアノ」というユニットを組んで活動している(羽田健太郎の作品集「ハネケンランド」のジャケット・イラストは前田憲男が書いたもの)。よき音楽仲間であり、ライバルでもあった2人が先に宇宙SFアニメの分野で成功していたことは前田憲男を発奮させたかもしれない。『クラッシャージョウ』では、『ヤマト』とも『マクロス』とも異なる独自の宇宙SFサウンドを作り上げている。メロディアスな『ヤマト』、軽やかな『マクロス』と比べると、『クラッシャージョウ』は骨太で豪快。さすがの貫禄なのである。
本編のために録音されたサウンドトラックのほうは「クラッシャージョウ 音楽編」のタイトルでレコードになった。こちらは「交響組曲」のスコアをサントラ用に改訂した楽曲と新曲で構成されている。本編で使用された楽曲をストーリーに沿って並べた良心的な構成で、映像を思い浮かべながら楽しめるファン向けのアイテムだ。
「交響組曲」と「音楽編」、それぞれによさがあるが、筆者は「交響組曲」のほうが気に入っている。本編の物語とキャラクターをもとに純粋な音楽作品として書き下ろされただけに、音楽の完成度は抜群だ。
「スター・ウォーズ」のように重厚で高揚感のある「MAIN TITLE クラッシャージョウのテーマ」、リズム隊が活躍するガーシュインばりのシンフォニック・ジャズ「PANIC IN DISCO ディスコ・パニック」、レス・バクスターを思わせるエキゾチカ「JUNGLE NIGHT ジャングル・ナイト」など、音楽を知り尽くした前田憲男ならではのオーケストレーションの妙が味わえる。SFアニメらしいカッコよさを求めるなら、マーチ調の「U.G.S.F 連合宇宙艦隊」、勇壮な「CRUSHERS’ THEME 宇宙(そら)翔ける者」、そして激しい宇宙戦を描写する「BATTLE IN DARK SPACE バトル・イン・スペース」が聴きどころ。この3曲のモチーフは本編用音楽にもさまざまにアレンジされて使われている。
本編の2人のヒロインをテーマにした楽曲がいい。「SLEEPING BEAUTY スリーピング・ビューティ」は女性科学者・マチュアのテーマ。やさしくも切ない、昔のロマンティックな恋愛映画の音楽をほうふつさせるような楽曲だ。いっぽう、元王女のクラッシャー、アルフィンを主題にした「CRUSHER ALFIN アルフィンのテーマ」は木管楽器が愛らしいメロディを奏でるキュートな曲。ストリングスの優雅な旋律がアルフィンの「王女様」の面をさりげなく表現しているのが素敵だ。どちらの曲も前田憲男らしい小粋なセンスを感じる名曲である。
しかし——しかしである。ここまでほめておいてなんだが、前田憲男の音楽はあまりにゴージャスすぎて、作品に合ってない気がする。19歳のジョウ、17歳のアルフィン、15歳のリッキーと若きクラッシャーたちが前面に出て活躍する『クラッシャージョウ』という作品には、もっと軽快で躍動感のある音楽のほうがよかったのではないかなあ……と思えてならないのだ。これほど本格的なシンフォニックサウンドではなく、むしろ、前田憲男本来の持ち味であるジャズ・サウンドとか、ポップスのアレンジで押し通していたら、また別の魅力を持った『クラッシャージョウ』の音楽が生まれていたのではないか? そんな風につい思ってしまうのである。
合ってない気がするのは主題歌も同じで、西松一博が歌う主題歌「飛翔」はスケールの大きな、いい歌だけど、原作からのファンであった筆者は当時から「『クラッシャージョウ』ってこういうイメージ?」と首をかしげていた。けして詞や曲がよくないわけではない。ただ、イメージにあわない、気がするのだ。
いい音楽だけど、いい歌だけど、ちょっとしっくりこない。筆者にとって『クラッシャージョウ』の音楽はそんな作品である。けれど、「交響組曲」はすばらしいと思うし、気に入っている。ひとつ残念なのが、愛らしい「アルフィンのテーマ」が本編に使われなかったことだ。劇場のアルフィンはアニメっぽいキャラクターになりすぎていて、これも少しイメージが違う(本編のファンの人ごめんなさい)。もしかしたら、しっくりこないのはそのせいかもしれない。
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劇場用音楽にはまだ未CD化曲が存在し、完全版はいまだリリースされていない。
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