COLUMN

第22回 ロックのビートとナイーブさ 〜劇場版 じゃりン子チエ〜

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 最新作『かぐや姫の物語』の公開が近づき、TVなどで高畑勲監督の作品が紹介されることが多くなった。『太陽の王子 ホルスの大冒険』『パンダコパンダ』『アルプスの少女ハイジ』『母をたずねて三千里』『火垂るの墓』『おもひでぽろぽろ』……。名作が紹介される中、なぜかほとんど取り上げられない高畑作品がある。『じゃりン子チエ』である。
 アニメ版『じゃりン子チエ』は1981年4月に劇場版が公開、同年10月から高畑勲総監督によるTVアニメ版が放映されている。仏文科出身で『ハイジ』などヨーロッパを舞台にした作品のイメージが強い高畑監督が、大阪が舞台のこてこての人情ギャグ……? と制作ニュースを聞いたときは驚いた。しかし、高畑監督の『じゃりン子チエ』はすばらしい。名作劇場と同じくらい好きといっても大げさでないくらいだ。
 音楽は劇場版が星勝、TVアニメ版が風戸慎介。どちらも魅力があり、作品によくマッチしている。今回は劇場版の音楽について書いてみたい。

 星勝と書いて「ほし・かつ」。星勝は1960年代にグループサウンズ・モップスのギタリスト兼ボーカリストとしてデビューし、解散後、作・編曲家、音楽プロデューサーに転身して活動の場を広げた。アレンジは独学だが、井上陽水、小椋佳、浜田省吾らの作品のサウンド・プロデューサーとして腕をふるい、高い評価を受けている。70〜80年代の音楽が好きな方なら、きっと星勝サウンドを体験したことがあるだろう。
 歌謡界出身の音楽家であるが、映像音楽も何作か手がけている。有名なのは薬師丸ひろ子が主演した「セーラー服と機関銃」(1981)の音楽(主題歌アレンジも)。また、劇場アニメ『うる星やつら2 ビューティフルドリーマー』(1984)の音楽も星勝の手になるものだ。
 星勝の音楽の原点はロックである。ロックが原点なのに、井上陽水や小椋佳など、フォークソング出身のアーティストのプロデュースを手がけているのが面白い。ハードなリズムとナイーブな情感、ふたつの対照的な要素が出会って2倍3倍の効果を上げるサウンド。その特徴は『じゃりン子チエ』にもみごとに生かされている。
 『じゃりン子チエ』のオリジナル・サウンドトラック盤は、劇場公開時にキティレコードから発売された。収録曲は次の通り。

  1. イントロダクション—約束—[m-4A]
  2. じゃりン子チエ(歌:ビジーフォー)
  3. ガリンバテツ[イントロ1]
  4. ひみつのデイト[m-5]
  5. ジャリ ジャラ タイム[m-9]
  6. MY LOVE チエ[m-6]
  7. ファイティング小鉄[m-10]
  8. 春の予感(歌:ビジーフォー)
  9. ハッピー・タイム、ハッピー・モーニング[m-21]
  10. おもしろ遊園地 [m-24]
  11. もぐら叩き[m-25]
  12. 宿命の対決(アントンJr.VS小鉄)[m-27,29,30]
  13. 小鉄序曲[m-33]
  14. スプリング ワルツ[m-26]

※レコードでは7までがA面。
※[ ]内はM-No. アルバムの表記にはなく、筆者が補記した。

 本作の音楽は映像に合わせて作曲・録音されている。収録曲の中には劇中で流れた曲と構成や音の印象が異なるものがあるが、MIXやマスタリングの違いによるもので、演奏は同じだ。サウンドの印象はアルバム版のほうが格段にいい。曲順も本編で流れた順序に忠実ではないけれど、よく考えられたセンスのいい構成で楽しめる。アルバムとして申し分ない1枚である。
 1曲目の「イントロダクション—約束—」はチエと母ヨシ江の心の交流を描く曲。本編では物語が中盤に入るころに使われる音楽だ。この曲をプロローグのように1曲目に持ってくるのがうまい。
 2曲目の「じゃりン子チエ」はビジーフォーが歌う主題歌。ビジーフォーのレコード・デビュー曲で、シングル盤はCBSソニーから発売されていた。阿久悠の作詞に、岡本一生の作曲、編曲は星勝。明るく元気な曲調はチエのイメージだ。
 「ガリンバテツ」はテツのテーマ。ガキ大将的イメージをロックのサウンドに仕立てた星勝らしい曲だ。男声ボーカルが「テツ!」と叫ぶ合いの手がユーモラス。チエがテツをお好み焼き屋の用心棒にしようとする場面に流れている。
 リリカルな「ひみつのデイト」はタイトルどおりチエがテツにないしょでヨシ江とデートする場面の曲。やさしい曲調ながらバッキングはミディアム・テンポのロック・バラード調。チエの心の高揚感が伝わってくる。
 「ジャリ ジャラ タイム」はチエのテーマ。主題歌「じゃりン子チエ」のメロディが引用されている。アレンジ違いのバリエーションがあり、サントラに収録されたのはチエがマラソン大会で走る場面に使用されたバージョンである。
 「春の予感」はビジーフォーが歌うエンディング主題歌。来生えつこ作詞、来生たかお作曲、そして編曲が星勝という、大ヒット曲「セーラー服と機関銃」のトリオの作である。ただし、発表されたのはこちらのほうが半年以上早い。高畑版『じゃりン子チエ』の叙情的な一面を代表する曲だ。
 「ファイティング小鉄」は小鉄のテーマ。「ガリンバテツ」の「テツ!」と対をなすような「小鉄!」の合いの手が印象的だが、劇中ではごく短くしか使用されていない。マカロニウエスタン調+演歌調の「宿命の対決」も小鉄がらみの曲。本作のクライマックス、アントニオJr.との対決に向かう小鉄の場面に流れている。ここはやりすぎなくらいの音楽でユーモラスな効果を上げている。続く「小鉄序曲」は、決闘を終えたアントニオJr.が小鉄に「負けたよ」と声をかける終盤の曲。じんわりと胸にしみるけれどべたべたしない。星勝ならではのセンスのいい曲だと思う。
 アルバムのラストに置かれた「スプリング ワルツ」は「春の予感」のアレンジ曲だ。「春の予感」のメロディをアレンジした曲は劇中いくつか登場するが、「スプリング ワルツ」は物語の中クライマックス、チエがテツとヨシ江と3人で遊園地で楽しくすごす場面で流れたバージョン。アルバムの1曲目と最後の曲がちょうど対をなすような構成になっている。ここも「うまいなあ」と思う。
 あらためて聴くと、星勝サウンドのセンスのよさとうまさを堪能できる1枚である。本編では細かい音が聴きとりづらいが、アルバムで聴くとどの曲も緻密にアレンジされていることがわかる。
 高畑勲と『じゃりン子チエ』の組み合わせがそうであるように、星勝と『じゃりン子チエ』の組み合わせも、聴いてみるまでは「それ大丈夫なの?」と思う意外な取り合わせだ。ロックと浪花の人情ギャグ。合いそうもないふたつが、合わせてみると「カレー+うどん=カレーうどん」のようにしっくりくる。ロックのビートとナイーブさ。星勝サウンドの持ち味は、そのまま劇場版『じゃりン子チエ』の持ち味に通じている。『じゃりン子チエ』が高畑勲監督作品でなかったら、ここまで音楽がしっくりこなかったかもしれない。情感豊かだけど実は緻密な高畑演出と、ロックがベースだけどやはり緻密な星勝サウンド。これもまた、作品と音楽の幸福な出会いだろう。
 この『じゃりン子チエ』の記憶があったのかどうか、高畑監督は『おもひでぽろぽろ』(1991)でふたたび星勝とタッグを組んでいる。

 音楽的にもすばらしい本作だが、なぜかCD化の機会には恵まれなかった。オリジナル・サウンドトラックは一度もCD化されたことがなく、フルサイズ主題歌も20年ほど前に「じゃりン子チエ」がオムニバスCDに再録されたことがあるだけ。聴こうと思ったら中古レコード店で探すしかない。復刻が待ち望まれる1枚である。
 かろうじて劇中音楽の一部はCD「アニメ・ミュージック・カプセル じゃりン子チエ」(ウルトラヴァイブ)で聴くことができる。ただし、モノラル音源だ。このCDはTVアニメ版『じゃりン子チエ』の音楽を収録したアルバムだが、劇場版の音楽もあわせて収録されている。なぜかというと、TVシリーズでは風戸慎介の新録音楽とともに、星勝の劇場版音楽も使用されているからだ。だから劇場版の音楽を聴くと「TVシリーズのあの場面が目に浮かぶ」というファンもいると思う。
 2011年に「じゃりン子チエ SPECIAL BOX」というTVシリーズの廉価版DVD-BOXが発売された際、「じゃりン子チエ メモリアル・サウンドトラック」という特典CDがついた。筆者が選曲・構成を担当して、『じゃりン子チエ』の決定版的サントラをめざして作ったものだ。前半がTV版音楽、後半が劇場版音楽という構成で、「アニメ・ミュージック・カプセル じゃりン子チエ」に未収録だった曲も大幅に増補収録した。特に劇場版パートは、劇場版で使われたほぼ全曲を使用順に並べてサントラとしても聴けるように構成してみた。ファンとしてのちょっとしたこだわりである。劇場版の話ばかりしてきたが、『じゃりン子チエ』はTVシリーズの音楽もすごくいい。DVD-BOXはちょっと高価だけど、アニメ版『じゃりン子チエ』の音楽ファンはサントラめあてに買って損なし、と宣伝しておきたい。

アニメ・ミュージック・カプセル じゃりン子チエ

CDSOL-1269/2520円/SOLID RECORDS
※TV版音楽集だが星勝の劇場版音源も収録。
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TV放送開始30周年記念 じゃりン子チエ SPECIAL BOX[DVD]

キングレコード/29800円
※メモリアル・サウンドトラックを同梱
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じゃりン子チエ 劇場版[Blu-ray]

バンダイビジュアル/8190円
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