腹巻猫です。7月27日(土)にアニメ主題歌ソノシートをテーマにしたトークイベントを阿佐ヶ谷ロフトで開催します。ゲストに元朝日ソノラマの橋本一郎さんを迎えて、黎明期のアニメ主題歌の誕生秘話をうかがう予定。詳細は下記URLのページで。よろしくお願いします! http://www.loft-prj.co.jp/schedule/lofta/16894
前回の『宝島』と並んで70年代後半の思い出深い作品のひとつが『赤毛のアン』だ。作品自体にも感銘を受けたし、音楽もすばらしかった。その感動が忘れられず、のちに筆者はコロムビアに企画を持ち込んで2枚組音楽集を作る機会を得る。そういう意味でも忘れがたい作品だ。
『赤毛のアン』は1979年1月から同年12月までフジテレビ系で放映された日本アニメーション制作のTVアニメ作品である。『ペリーヌ物語』(1978)に続く「世界名作劇場」の1本、と言ったほうが古くからのアニメファンにはわかりやすいだろう。監督は同じ時間枠で『アルプスの少女ハイジ』(1974)、『母をたずねて三千里』(1976)を手がけた高畑勲。音楽は、主題歌を三善晃、劇中音楽(BGM)を毛利蔵人が担当している。
三善晃も毛利蔵人も純音楽畑の作曲家で、TVアニメの音楽を手がけるのは本作がはじめてだった。ただし、三善晃は大河ドラマ『春の坂道』(1971)や映画『翼は心に』(1978)などで劇中音楽を担当しているし、子どものための合唱曲をはじめとする多くの歌曲作品があった。その音楽に注目して三善に『赤毛のアン』の音楽を依頼したところ、多忙のためBGMまでは手が回らないとのことで、三善に師事した若手作曲家の毛利蔵人が推薦されたのだそうだ。結果、それまでのTVアニメの音楽の型やスタイルにとらわれない、独特の雰囲気を持つ音楽が生まれた。
この作品、音楽がとても豊かだ。美しいとか、ぜいたくとかいうよりも「豊か」と言うほうがぴったりくる。
まず、主題歌「きこえるかしら」(オープニング)と「さめない夢」(エンディング)がすばらしい。「メロディ」と「伴奏」という単純な構造ではなく、オーケストラと歌が渾然一体となって力強い風のように響いてくる。クラシックの作曲家ならではの、精巧な建築物のような楽曲だ。歌っている大和田りつこは幼児向け番組の歌のお姉さんとして活躍していたが、もともとは武蔵野音楽大学音楽学部声楽科卒という本格派。筆者がひそかに気に入っている『ろぼっ子ビートン』(1976)の主題歌も歌っていて、本作品での登板はうれしかった。『赤毛のアン』の主題歌・挿入歌ではその歌唱力・表現力がみごとに生かされている。
挿入歌も名曲ぞろいである。挿入歌は6曲あり、三善晃が3曲、毛利蔵人が3曲と半分ずつ作曲。繊細でときにロマンティック、ときに叙情的、ときにちょっとセンチメンタルな旋律が、『赤毛のアン』の世界観をみごとに伝えている。本作の歌は「ことば」がとても大切にされていて、自然な発音にそうように1番と2番でメロディが変わっていたりする。詩人・岸田衿子ならではのシンプルだけど想像力をかきたてる歌詞もすばらしい。とりわけ、アンと“心の友”ダイアナの友情の誓いの場面に使われた「忘れないで」は、聴くたびに、「ああ、なんて美しい……なんて、愛おしい……なんて、やさしい……!」と身もだえしてしまう名曲で、放映当時に発売された「うたとおはなし」のアルバムを買ったときは、何度もリピートして聴いていた。
劇中音楽は、少女が主人公の作品にふさわしく、古典的でロマンティックな曲調が中心になっている。あえて誇張した曲調にしあげてユーモラスな効果をねらった楽曲もあるが、マンガっぽい表現のコミカルな曲やドタバタ曲は作られていない。あくまで品よく、クラシカルに、というのが『赤毛のアン』の音楽である。
大きな特徴は、楽器編成にポピュラー音楽のリズム隊(ドラムス、エレキベース、エレキギター)を含まない、古典的な生楽器だけで作られていること。実はこれはアニメ音楽としてはとても異例の編成なのである。「交響組曲」と銘打たれた「交響組曲 宇宙戦艦ヤマト」や「交響組曲 宇宙海賊キャプテンハーロック」だって、オーケストラにリズム隊が加わった編成で録音されているのだから、本作の音楽のこだわりがわかるだろう。この楽器編成は『赤毛のアン』という作品の雰囲気を作るのに大きな役割を果たしている。
『赤毛のアン』の音楽を聴くときは、ひととき現代の喧騒を忘れ、100年前のプリンスエドワード島にタイムスリップしたような気分で聴きたい。ゆったりと室内楽のコンサートを聴くように音のタペストリーを味わうのが最良の楽しみ方だ。
本作のサントラ盤は2種類ある。ひとつは放映終了後まもなく発売されたLPアルバム「TVオリジナルBGMコレクション 赤毛のアン」(1981年発売:CX-7033)。もうひとつが筆者が手がけた2枚組CD「赤毛のアン 想い出音楽館」(2004年発売:COCX-32784〜85)。「BGMコレクション」はよくできたアルバムで、LPレコードの収録時間いっぱいに代表的な楽曲を巧みな構成でまとめてある。ファンとして何度も繰り返し聴いたアルバムであり、その構成は「想い出音楽館」を作る際にも参考にさせていただいた。
しかし、ファンであれば「劇中流れたあの曲が入ってない」という不満が出てくるものだ。その思いが「赤毛のアン 想い出音楽館」の企画につながった。
「赤毛のアン 想い出音楽館」の収録曲は以下のとおり。
[DISC1]
〈SONG COLLECTION〉
- きこえるかしら
- あしたはどんな日
- 森のとびらをあけて
- 涙がこぼれても
- 花と花とは
- 忘れないで
- ちょうちょみたいに
- さめない夢
〈BGM COLLECTION〉
- 前奏曲
- オープニング〜きこえるかしら〜[TVサイズ]
- プリンス・エドワード島へ
- よろこびの白い道
- 湖と妖精のワルツ
- あしたはどんな日(instrumental)
- 夢のかけら
- グリーン・ゲイブルズのアン
- そばかすだらけの女の子
- おごそかな誓い
- 忘れないで(instrumental)
- アイドルワイルドの木陰で
- 精霊たちの森
- 秋の訪れ
- 沈痛なコーデリア姫
- わが心高原に〜ギルバート・ブライス舞台に立つ〜
- はしってもはしっても
- 小品集〜ブリッジ・コレクション〜
[DISC2]
- 風のふるさとへ
- めぐる季節〜光と風の中で〜
- 心の友ダイアナ
- 乙女心のメヌエット
- マシュウとふくらんだ袖
- 雪降る聖夜
- クリスマスのコンサート
- 夏の光・海辺の夢
- 夢見る頃を過ぎても
- 悲歌(エレジー)〜想い出に捧ぐ〜
- 花と花とは(instrumental)
- 十五歳の春
- クィーン学院への旅立ち
- 冬のセレナーデ〜アヴォンリーの雪〜
- 栄光と夢
- 死と呼ばれる刈入れ人
- レクイエム
- マシュウの愛
- 神は天にいまし
- フィナーレ〜さめない夢〜[TVサイズ]
ここからは構成者としての思い出話もまじえつつ内容を紹介したい。
本アルバムはBGM数曲をひとつのブロックにまとめて表題をつけるスタイルで構成している。が、実はトラックはブロックごとではなく、BGM1曲ごとに分けてある(上記のリストに付した番号もブロックの番号であって、トラック番号ではない)。1曲1トラックの収録は構成者としてこだわった点である。
筆者お気に入りの曲をいくつか紹介しよう。
「プリンスエドワード島へ」は『赤毛のアン』の世界への導入の音楽。1曲目は第1章(=第1話:本作では話数が「第○章」と表記されている)の冒頭で流れた曲で、島の情景とともに羽佐間道夫のナレーションが聞こえてくるようだ。2曲目はアンが想像をめぐらす場面で使われた「想像のテーマ」とも呼べる幻想的な曲。
優雅な「湖と妖精のワルツ」は島の美しい自然を描写する音楽。クラシック音楽のようにゆったり聴いてもらいたくて、同じモチーフの変奏曲をひとつのブロックにまとめた。
「はしばみ谷のネリー」は第10章でアン(山田栄子)とダイアナ(高島雅羅)が歌う劇中歌。フィルムからの採録ではなく、幸運にもマスターテープが残っていて収録できた。
「めぐる季節」の1曲目はたびたび使われたリコーダーの音色が印象深い曲。冒頭のソロの部分はマスターテープでは別音源になっていて、「オリジナルBGMコレクション」収録の同曲では省かれているが、本盤ではマスターテープの指示どおりに編集して収録している。
「マシュウの愛」は深い慈愛を感じさせる感動曲。重要な場面で流れ、構成上も大きなポイントとなる曲なので、このブロックはあえて1曲だけで構成した。
「神は天にいまし」は最終回をイメージしたブロック。3曲目は本編最後に使われたBGMで、星空を見ながら思いにふけるアンの姿が目に浮かぶ。派手な展開はないものの忘れがたい曲である。
「フィナーレ」は本作の白眉とも呼べる楽曲。挿入歌「忘れないで」のアレンジ曲だが、後半になって主旋律が弦の低音に引き継がれ、ハープのアルペジオとともに奏でられていく展開がぐっとくる。まるでたゆたう大河の流れを表しているようで、本作のテーマのひとつである「時の流れ」とみごとに呼応している。BGMの最後をこの曲で締めくくる構成は「オリジナルBGMコレクション」が原点。あまりに秀逸な構成だったので、そのまま使わせていただいた(この場を借りて感謝します)。
本アルバムは『赤毛のアン』の音楽完全収録をめざして構成した。どうしてもCD2枚では全曲が収録できず、本編で使用されていないいくつかの曲は割愛せざるをえなかったが、マスターテープに残る本編使用曲はあますことなく収録している。「TVで流れた曲で未収録曲がある」との意見をいただくが、それは残念ながら『赤毛のアン』のオリジナル曲ではない(Amazonのレビューに「タイトル曲が未収録」との指摘もあるがこれは誤り。ちゃんと収録している)。
「赤毛のアン 想い出音楽館」はやりがいのある仕事だった。作品も音楽も大好きで、「この素材をどう組み合わせればよいだろう?」と悩む時間も楽しかった。ジャケットを桜井美知代さんが描き下ろしてくれることになり、ラフデザインも描かせてもらった。大和田りつ子さんと音響監督の浦上靖夫さんに取材できたのもありがたかった。いちばんうれしいのは、手をかけて作ったアルバムが今でも現役商品として売られ、ファンに聴いてもらえていることだ。
劇中音楽を担当した毛利蔵人は、その後、映画やTVドラマの音楽でも活躍し、1992年にはNHK大河ドラマ『信長』の音楽を手がけている。しかし、TVアニメの音楽を再び担当することはなく、1997年に46歳の若さで急逝。『赤毛のアン』が唯一のアニメ作品となった。本作のスタッフでは、キャラクターデザイン・作画監督の近藤喜文、美術監督の井岡雅宏も、40代の若さで他界している。書いていて思い出したが、実は筆者も、この仕事をしている当時、大切な家族を喪って間もない時期だった。このアルバムを作りながら、若くして世を去った人への鎮魂の思いを込めていたような気がする(ブックレットの解説にその気持ちが少し表れている)。
『赤毛のアン』の音楽を聴くとき、ひととき過去に戻ったような気分になる。その気分には、「もう戻らない時間」への哀惜もちょっぴり含まれている。
赤毛のアン 想い出音楽館
COCX-32784/5/4200円/日本コロムビア
Amazon
オリジナルBGMコレクション 赤毛のアン
COCC-72029/1260円/日本コロムビア
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