COLUMN

第13回 ハネケンの青春 〜宝島〜

 腹巻猫です。6月27日に発売されたムック「語れ!マクロス」(KKベストセラーズ)で羽田健太郎の音楽について書いています。生前、羽田先生にインタビューしたときのテープを聴き直して、初公開となる証言もまじえて構成しました。よろしくです!


 ということで今回は羽田健太郎=ハネケンの作品から1枚を選んで紹介したいと思う。
 ハネケンの話題はサントラファンの間でも盛り上がるテーマのひとつだ。「戦国自衛隊」「復活の日」「さよならジュピター」といったSF劇場作品の話なら作品自体の話も含めてにぎやかになるし、『宇宙戦士バルディオス』『超時空要塞マクロス』『スペースコブラ』『宇宙戦艦ヤマト完結編』などのSFアニメの話もネタが尽きない。また、『夏への扉』『おにいさまへ…』といったちょっとマニアックな作品でもハネケンはすばらしい仕事を残している。もちろん、「西部警察 PartII」「渡る世間は鬼ばかり」などのTVドラマや唯一の特撮ヒーローもの「爆竜戦隊アバレンジャー」も忘れてはならないし、ハネケンがピアニストとして参加した『宇宙海賊キャプテンハーロック』『宇宙戦艦ヤマト 新たなる旅立ち』『伝説巨神イデオン』などの見事なピアノ・プレイだって語り草だ。
 では、筆者にとって忘れられないハネケンの1枚とは?
 これはもう、だんぜん、なんといっても『宝島』である。

 『宝島』は1978年10月から1979年3月にかけて日本テレビ系で放映された東京ムービー新社製作のTVアニメ作品である。海洋冒険小説の古典的名作を出崎統が大胆なアレンジで映像化して、TVアニメ史上に残る傑作に仕上げた。今も根強いファンのいる作品だ。
 その音楽を担当した羽田健太郎は、当時29歳。スタジオ・ミュージシャンの業界では抜群の技量を持ったピアニストとして名が知られていたが、映像音楽の作曲を本格的に担当するのはこれがはじめてだった。作曲家としての実績がほとんどないハネケンが抜擢されたのは、当時、日本テレビ音楽出版のプロデューサーだった飯田則子氏の後押しが大きかったという。この時期、飯田則子氏は『ルパン三世[新]』の音楽に大野雄二を起用したり、「西遊記」の音楽にゴダイゴを起用したり、『新・エースをねらえ!』の音楽に馬飼野康二を起用したりと、大胆な音楽づくりでTVアニメやTVドラマの音楽に新しい風を吹き込んでいた。『宝島』へのハネケンの起用も、そのひとつだったようだ。
 若き日のハネケンが挑んだ作曲の大舞台『宝島』。瑞々しい感性と野心と情熱が込められた、ハネケンの「青春の1作」である。
 『宝島』には3枚のサントラ盤がある。1枚目は放映中に発売されたLPレコード「宝島 ヒット曲集」(1978年11月発売:CS-7082)。2枚目は放映終了後に発売されたLPレコード「TVオリジナルBGMコレクション 宝島」(1980年1月発売:CQ-7038)。3枚目がCD時代になってからの「FOREVERシリーズ 宝島」(1992年12月発売:COCC-10544)だ。
 「ヒット曲集」は主題歌・挿入歌とオーケストラ編成のインストゥルメンタル曲が収録された音楽集。インスト曲は本編にもBGMとして使用されている。
 「TVオリジナルBGMコレクション 宝島」は、番組で使用されたBGMを収録したアルバム。「ヒット曲集に収録されていないオリジナルBGMが聴きたい!」というファンの声が届いて発売されたアルバムである。
 3枚目の「FOREVER SERIES」は氷川竜介氏がNIFYフォーラムで意見を集めて構成した、これもファンの声を反映した1枚。「ヒット曲集」の内容にオリジナルBGMのハイライトを加え、さらに未収録だったBGMを補完して1枚にまとめたアルバムである。
 3枚それぞれに魅力があるが、今回は2枚目の「オリジナルBGMコレクション」を紹介したい。現在もっとも入手しやすい1枚であるし、筆者にとっても思い出深いアルバムだからだ。
 「TVオリジナルBGMコレクション 宝島」が発売されたときの感動はよく覚えている。「ついにオリジナルBGMが聴ける!」というよろこび。杉野昭夫描き下ろしジャケット画のすばらしさ。「日本アニメサントラ・ジャケット・ベスト」みたいな企画があったら、ベスト3に入る名ジャケットだと思う。ライナーノーツでは羽田健太郎自身が各曲のコメントを書いていて感激だった。現在手に入るCD(ANIMEX1200版)では、このコメントが割愛されているのが残念だ。

 収録曲は以下のとおり。

  1. 宝島(TVサイズ)/朝の海/村の情景/昼間の海
  2. 無邪気な遊び/夕方の海/恐怖の一夜
  3. 苦悩/母の愛/シメタ!/わーッうれしい/ジムの決意
  4. 出航だ/大海原/シルバー船長はすごい奴
  5. 友情/いたずら1/いたずら2/海賊達の行動
  6. 魔の手/暴力1/暴力2/海賊の合唱/海賊の合唱
  7. 恐怖/冷たい視線/変だぞ?何か/衝撃の乱打/にらみ合い/悲しみ/死
  8. 陸が見えた!/居酒屋/仲間の死/別離/船乗り
  9. 大海戦〜夕陽の大船団/喜びの帰国/小さな船乗り(TVサイズ)

 本アルバムの魅力は「未完成だけど勢いにあふれたハネケン」が聴けることである。のちの『超時空要塞マクロス』のシンフォニックなハネケンや『スペースコブラ』のカッコいいフュージョンのハネケンに至る前の、粗削りのハネケン・サウンドがたっぷり詰まっている。その勢い、若さ、音楽が書けるというよろこびに裏打ちされたわくわく感が『宝島』という作品にはまさにぴったりだった。
 『宝島』の音楽は大きく、情景描写曲、心情描写曲、サスペンス・アクション曲に分類できる。曲調はクラシック風、ポピュラー・ミュージック風、ジャズ・ファンク風など多彩で、海のイメージを表現するためにピアノやチェンバロ、グロッケンシュピール(鉄琴)、ウィンドチャイムなど、「きらきらした音」を得意とする楽器が巧みに使用されているのが特徴だ。
 まず、海を描写する情景音楽がすばらしい。1に収められた「朝の海」「昼間の海」、2に収録された「夕方の海」、それぞれに違うイメージで書かれた海の情景である。いずれの曲も番組序盤の宝島へ旅立つ前のエピソードでよく使用されている。ハネケンが「ベンチャーズ風」とコメントした「昼間の海」の活気あふれる雰囲気もいいし、サックスがムーディに奏でる「夕方の海」なんて、夕方の浜辺でビールでも飲みながら聴くのにぴったりの曲調である。
 心情描写では3に収録の「母の愛」が泣ける。弦と木管のアンサンブルが慈愛たっぷりに奏でるこの曲は、第7話で主人公ジムの母カレンが夫の墓に花をそなえる場面に使用されている。8に収録された「別離」は本編を観たことがある人なら忘れがたい曲だろう。第25話「潮風よ、縁があったらまた逢おう」でジムが囚われたジョン・シルバーに「いちばん大切なものは何?」と聞く場面に使用された哀愁に満ちたバラード曲だ。同じく8に収録された「仲間の死」も25話のジムとシルバーの別れの場面に使われた印象深い曲。こうした情感曲がヨーロッパ映画音楽風のしゃれた香りをただよわせているのがハネケンらしい。
 そして、『宝島』の音楽のいちばんの聴きどころといえば、サスペンス・アクション曲である。2に収録された「恐怖の一夜」は使用頻度の高いサスペンス曲。ディスト−ションの効いたエレキギターとパーカッションで緊迫感を盛り上げる、シンプルながら効果抜群の曲。3の冒頭の「苦悩」は筆者お気に入りの曲で、「ヒット曲集」を買ったとき「なぜ、この曲が入ってないんだ!?」と地団太をふんだ覚えがある。それだけ、思い入れのある曲だ。もっとも印象的な使用場面は第10話「リンゴ樽の中で聞いた!」でジムがシルバーの正体に気づくシーン。ジムの衝撃と苦悩とともに、この曲は耳に刻み込まれている。6に収録された「暴力1」「暴力2」は本作を代表するアクション音楽。特にトランペットとエレキギターのソロが炸裂する「暴力2」のワイルドなカッコよさは筆舌につくしがたい。スタジオ・ミュージシャンとして数々のセッションに参加してきたハネケンならではの作曲と演奏である。
 9に収録された「大海戦〜夕陽の大船団」はキャッチ—なフレーズのイントロが印象的な曲。もともとは「ヒット曲集」に収録されていた曲だ。前半の「大海戦」の部分が第12話や14話のアクションシーンに使用された。本編ではこの曲の別バージョンもたびたび使用されている。イントロからストリングス〜サックス・ソロ〜トランペット・ソロ〜とめまぐるしく展開する「大海戦」に対し、別バージョンは同じイントロのあとにエレキギターとピアノの激しいアドリブ・ソロが続く構成。残念ながら別バージョンのほうは一度も音盤化されていない。こうしたアクション音楽の数々は、のちの『スペースコブラ』などで聴かれる洗練されたハネケン・サウンドと比べると粗削りで未完成だけど、熱気と勢いにあふれている。若きハネケンだからこそ作れた楽曲である。
 終幕を飾る「喜びの帰国」はオープニングのメロディとエンディングのメロディを交互につなげた大団円の曲。最終回のラストシーンに使われた、ファンなら感涙の1曲だ。
 このように、オリジナルBGMは本編のシーンと密接に連携して印象に残っている。音質がよくなくても、音楽として物足りなくても、オリジナルBGMには、組曲にアレンジされた再録音盤や最新レコーディングによる再演奏盤では得られない感動がある。それが、ファンが望むホンモノの音なのだ。「TVオリジナルBGMコレクション 宝島」は、あらためてそんなことを気づかせてくれる名盤——ファンの宝物たる1枚である。

 このアルバムにはひとつ秘密がある。6の最後に収録された「海賊の合唱」は、初回プレス盤のみ、再プレス以降と異なる音源が収録されているのだ。CDで聴けるのは再プレス以降のもの。興味と時間のある方は中古レコード店で初回プレスのアナログ盤を探してみるのも一興だろう(まさに宝探し!)。
 若きハネケンの情熱が詰まった『宝島』。聴くたびに心がかきたてられる作品である。惜しむらくは、「大海戦」の別バージョンや、番組後半から使われ始めた追加録音とおぼしきBGMなど、いまだ商品化されていない音楽が残っていること。それらをあますことなく収録した「『宝島』完全版サントラ」がファンの悲願だろう。死ぬまでに、ぜひ実現したいと思っている。

●コンサート情報
「前田憲男プレゼンツ 羽田健太郎と仲間たち」
※ハネケン七回忌の年のメモリアル・コンサート
2013年8月3日(土)18:00開演 浜離宮朝日ホール
前売券はチケットぴあ等で発売中!

TVオリジナルBGMコレクション 宝島

COCC-72018/1260円/日本コロムビア
Amazon

FOREVER SERIES 宝島

COCC-10544/2548円/日本コロムビア
Amazon

ハネケンランド〜羽田健太郎その映像音楽の世界〜

COCX-32379-80/3360円/日本コロムビア
※「ヒット曲集」から3曲を収録。
Amazon