腹巻猫です。「『忍風戦隊ハリケンジャー』10年の時を経てVシネで復活!」のニュースに衝撃。長澤奈央ファンとしては胸のキュンキュンが止まりません。
日本初の本格的な連続TVアニメ『鉄腕アトム』の放映が始まってから、今年(2013年)で50年。
節目の年を記念して、特別番組が放送されたり、イベントが開催されたりしている。フジテレビのWEBサイト「フジテレビ オンデマンド」では、『鉄腕アトム[第1作]』を全話配信中だ。
今回は、この『鉄腕アトム』の音楽について触れてみたい。
『鉄腕アトム』は1963年1月1日からフジテレビ系で放映されたTVアニメである。当時は不可能と思われていたTVアニメの毎週放映を実現し、爆発的な人気を呼んだ作品だ。放映は1966年12月まで4年間にわたって続き、全193話のロングランになった。本作の成功が、日本に「TVアニメ」という独自の文化を根づかせたといってもよい。その音楽は——といえば、誰もが高井達雄が作曲した主題歌を思い出すだろう。
しかし、今回取り上げたいのは主題歌の話題ではない。
1975年、現代音楽の独立レーベル・コジマ録音(現・ALMレコード)から1枚のLPレコードが発売された。タイトルは『鉄腕アトム・音の世界』。音響デザイナー・大野松雄が『鉄腕アトム』のために作った「音」をまとめたサウンド・アルバムである。
『鉄腕アトム』には「音楽」としてクレジットされている作曲家・高井達雄のほかに、もう1人の音の作り手がいた。音響効果を担当した大野松雄である。ロボットなのに「ピュキ ピュキ」という不思議な音で歩くアトム。この足音を「未来の音」として刷り込まれた子どもたちは多いはずだ。その音をはじめ、『鉄腕アトム』の劇中に登場するあらゆる音をデザインしたのが大野松雄だった。
大野松雄は1930年、東京生まれ。劇団・文学座を経てNHK効果団に所属。NHKを退局後、映画や黎明期のテレビ作品の音響制作を数多く手がけて、後続のアニメ・サウンドに大きな影響を与えた。『宇宙戦艦ヤマト』の波動砲やワープの音を創り出した特殊効果技術者・柏原満も大野松雄に師事し、そのサウンド作りに多大な影響を受けた1人だ。
放映終了から10年近く経って発売されたアルバム『鉄腕アトム・音の世界』。いったい、どんな内容なのだろうか。
「アトム登場」と題されたトラックから『音の世界』は始まる。まず聞こえてくるのはアトムの足音だ。足音はしだいに大きくなり、アトムが近づいてくるようすが想像できる。続いてジェット噴射の音。アトムが飛び立ち、大空を飛び回る音が聞こえる。ふたたびジェット噴射の音が響き、着地したアトムの足音で曲(?)は終わる。
「アクセント集」と題されたブロックでは、「円盤」「電話ベル」「戦闘」などの音を聴くことができる。『鉄腕アトム』の劇中で現実音として使用された音である。
「アトムの音」は主人公アトムに関する音をまとめたブロック。「火炎放射」「サーチライト」「マシンガン」などのアトムの特殊能力の音や、「着地」「急降下」「旋回」といったアトムの動きにつけられた音が収録されている。
「Electric Sound —アトムのB.G.M.」は劇中音楽を収録したブロック。といっても、メロディやリズムを伴った一般的な意味での「音楽」ではない。明確なメロディを持たない電子音で構成された音楽——アトムが活躍する21世紀の世界を描写する背景音楽である。
いわゆる「アニメ・サントラ」を期待してこのアルバムを聴くと、頭の上に「?」がいくつも浮かんでしまうだろう。
『鉄腕アトム・音の世界』は一般的な意味での「音楽集」ではない。『鉄腕アトム』で使用された電子サウンドをまとめたアルバムなのだ。
では、これは「効果音集」なのだろうか。
それも正確ではない。音楽・効果音というくくりを超えて、『鉄腕アトム』のサウンドを1枚のディスクにまとめたアルバムなのである。そのことを理解するためには、「アニメの音」について、もう少し突っ込んで考えてみる必要がある。
映像作品の音は、一般的に台詞と効果音と音楽のみっつから構成されている。われわれが映画やTV番組を観るとき、この3種類の音を頭の中で分離して解釈しているはずだ。
しかし、実は効果音と音楽の間に明確な線引きをすることは難しい。たとえば男Aが男Bをなぐると「ポカリ」という音がする。この「ポカリ」の音を劇中で鳴らすとき、実際に何かを叩いた音をマイクで拾って使うとリアルな感じになるし、打楽器などを叩いて模倣した音を使うとユーモラスな感じになる。さらに叩き続ける音がメロディを奏で始めると、これは効果音なのか、音楽なのか? 「劇中の現実の音」であるはずの効果音も、実は演出意図をもって「作られた音」という意味では音楽と同等なのである。
とりわけアニメにおける音は、初期のディズニー作品の時代から効果音と音楽が一体になった例が多かった。細かい動きにぴったり合わせて音楽をつけることを「ミッキーマウシング」と呼ぶのはそのなごりだ。
『鉄腕アトム』では、劇中の音響を大野松雄がすべてゼロから作り上げている。アトムの足音をはじめ、ジェット噴射の音、パンチの音、マシンガンの音、エアカーの飛行音、バックにずっと流れているいわゆる背景音にいたるまで、大野松雄の創作である。
大野が作り出した『鉄腕アトム』の音には通常のドラマの音と大きく異なる点があった。大野はすべての音を電子音響(ここでは「電気的装置を使って作った音」ぐらいの広い意味)で制作したのだ。たとえば、アトムの足音はテープに録音したマリンバの音を細工・加工したものだし、アトムの飛行音はオシレータから発生させた音とテープディレイを組み合わせて作ったものだ。シンセサイザーもパソコンもない時代に、大野松雄はオシレータやモジュレータといった電子機器とテープレコーダーを駆使して、SF感覚あふれる「21世紀のサウンド」を作り出した。
奇しくも『鉄腕アトム』の放映開始と同じ1963年に公開された長編劇場アニメ『わんぱく王子の大蛇退治』(東映動画制作)では、音楽監督の伊福部昭が効果音にまで踏み込んだ音楽設計を行い、多くの場面で自然音をオーケストラで表現する試みを行っている。音楽と効果音という区分けはそこにはなく、すべての音が音楽として鳴っている。
同じことが『鉄腕アトム』にも言える。大野はアトムが活躍する21世紀——1960年代に子どもと大人たちが夢見ていた未来——の世界をまるごとを電子音響で表現したのである。それは、効果音であると同時に、まだ誰も聴いたことがない未来の音楽でもあった。
アトムが活躍する時代の音楽。それは、電子サウンドが「ピュキ ピュキ」と愛らしい音を鳴らし、「シュワワー」というジェット噴射音にも似た音が鳴っている音楽なのではないか。そんな想像が大野の頭に浮かんでいたかもしれない。
そう思って聴くと、アトムの足音がなぜあのような音になったのかわかるような気がする。アトムの足音は効果音であると同時に音楽なのだ。アトムの世界では、ロボットもエアカーも音楽を奏でながら動いているのである。それは夢の21世紀を満たす音楽だった。1980年代に流行したテクノミュージックでは、本当にアトムの電子サウンドのようなピコピコ音が音楽として流れ出したのだから、その先見性に頭を垂れるしかない。
大野松雄は電子音響が「この世ならざる音」を作り出せることに魅力を感じて音響効果の道に進んだという。『鉄腕アトム』は、大野にとって、自分のやりたい分野で存分に腕がふるえる実験場だった。「音楽集」とも「効果音集」とも言い切れない不思議な1枚『鉄腕アトム・音の世界』。それは、大野松雄の生み出した夢のサウンドの集成である。これも立派な「アニメ・サントラ」なのだ。
『鉄腕アトム・音の世界』は、現在、オリジナル・マスター・テープから復刻されたCDで完全版を聴くことができる。
大野松雄の仕事をさらに知りたいという方は、ぜひ、「アトムの足音が聞こえる」(2010)を観てほしい。現在も現役の音響デザイナーとして活躍する大野松雄の姿をさまざまな証言とともに記録したドキュメンタリーだ。このドキュメンタリーに記録されたイベント「〈東京の夏〉音楽祭 2009」に参加した筆者も最後にちらっとだけ映っている。
鉄腕アトム・音の世界
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アトムの足音が聞こえる 〜THE ECHO OF ASTRO BOY’S FOOTSTEPS [Blu-ray]
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●関連サイト
大野松雄の音響世界
※『鉄腕アトム・音の世界』の初版ライナーを読むことができる。
http://homepage3.nifty.com/musicircus/main/ohno/
●イベント
大野松雄 音の世界
※2013年5月25日(土)18時 京都 龍谷大学アバンティ響都ホールで開催
http://www.af-plan.com/oto/