腹巻猫です。第9回東京アニメアワード功労賞顕彰者の1人に作曲家・菊池俊輔先生が選ばれました。『タイガーマスク』「仮面ライダー」『ゲッターロボ』『ドラえもん』『DRAGON BALL』など、数々のヒット作を手がけた日本の映画・TV音楽の第一人者。ファンの1人としてもほんとうにうれしい。おめでとうございます!
アニメ音楽を聴くきっかけの多くは、「好きな作品の音楽を聴きたい」というものだろう。主題歌から挿入歌・キャラクターソング、そして劇中音楽(BGM)へと音楽の探求は進み、次のステージが「この作曲家の作品をもっと聴いてみたい」という段階になる。筆者も70年代にアニメ音楽を意識して聴き始めて以来、渡辺岳夫、菊池俊輔、渡辺宙明といった作曲家の作品を追い求めてきた経験がある。
作曲家で聴く。これぞ、ぜひお勧めしたいアニメ音楽リスニングの楽しみ方である。
アニメの音楽を手がけている作曲家の多くは、さまざまなジャンルの作品を担当している。作品による作風の違いや、作品をまたがって共通する作曲家の個性を見つける楽しみがある。
さらに、作曲家つながりでTVドラマや劇場作品、歌謡曲、ゲーム、CMなど、アニメ以外の作品に触れるチャンスでもある。作曲家が広大な映像・音楽の世界への水先案内になってくれるのだ。
今回は、60年代末から70年代前半にかけてTVアニメ、TVドラマの音楽を手がけた作曲家・三沢郷の作品を紹介したい。アニメファンなら、三沢郷の名前は知らなくとも、彼が書いた曲を一度は聴いたことがあるだろう。『デビルマン』『ミクロイドS』『ジャングル黒べえ』『エースをねらえ!』。いずれも、三沢郷が音楽を担当したアニメ作品である。TVドラマでは、「サインはV」「アテンションプリーズ」「流星人間ゾーン」といった作品の音楽を担当した。
しかし、日本における三沢郷の活躍時期は短い。70年代の後半に、三沢はアメリカに移住し、ふたたび日本に住むことはなかった。2007年にカリフォルニアで生涯を終えるまで、アメリカを舞台に活動し続けたのである。日本で三沢郷が作曲家として活躍したのは、1969年から1976年までのわずか8年間。だが、その8年間に三沢が書いた音楽はどれも宝石のような輝きを放っている。
三沢の死の翌年、2008年に日本コロムビアから発売された作品集「三沢郷大全 GOH MISAWA SONGBOOK」を聴きながら、三沢郷が遺した音楽を振り返ってみよう。
「三沢郷大全 GOH MISAWA SONGBOOK」(以下「三沢郷音楽大全」と略)は、TV番組のテーマ曲を集めたDISC1とオリジナル曲を中心にしたDISC2の2枚組で構成されている。
TV世代にとっつきやすいのはDISC1のほうだ。岩谷時子の詩をリズミカルなメロディに乗せた「サインはV」(同名番組主題歌)は、当時のTV主題歌としては日本の歌とは思えないほど斬新なものだった。その後番組「アテンションプリーズ」の主題歌「アテンションプリーズ」は、飛行音のSEや英語のナレーションがかぶさる劇場作品的な作り。飛行機旅行がまだぜいたくだった時代に、空へのあこがれを大いにかきたてた。
「赤い靴」(同名番組主題歌)は筆者が愛する曲のひとつ。バレエを題材にした少女マンガ原作のドラマらしく、叙情的な旋律にクラシカルかつロマンティックなアレンジがほどこされている。特に間奏の美しさは筆舌に尽くしがたい。
「デビルマンのうた」(『デビルマン』主題歌)はアニメファンにもっともよく知られた三沢郷作品だろう。ダイナミックなイントロ(レコード版ではTVよりも長く、パワーアップしている)から「誰だ」をくり返すスリリングな歌いだしを聴いただけで、「いったい何が始まるんだ?」と想像力をかきたてられる。求心力のある「つかみはOK」の歌だ。そして、この歌でも『デビルマン』というタイトルから不釣合いなほど哀感にあふれた美しい間奏が聴ける。歌部分のパワフルなメロディとは対照的な大人びた間奏が曲全体をひきしめている。
その『デビルマン』の7ヶ月ほど前に三沢郷が手がけた初めてのアニメ作品が『正義を愛する者月光仮面』だった。50年代に放映された人気TV番組「月光仮面」をアニメでリメイクした作品だが、主題歌はオリジナル版と同じ歌詞に異なるメロディをつけるという変わった手法で作られている。これがまたのけぞるような傑作で、「デビルマンのうた」同様、イントロから歌いだしの訴求力、ダイナミックな歌メロと流麗な間奏の対比が見事だ。
「流星人間ゾーン」は三沢郷が主題歌とBGMを手がけた唯一の特撮ヒーロー番組。主題歌「流星人間ゾーン」は歌手・子門真人の持ち味を十二分に引き出した曲で、伸びのある子門の歌唱もすばらしい。そして、またしてもイントロと間奏に聴きほれてしまう。三沢郷がこの分野でもっと多くの仕事をしていたら、燃えるヒーローソングの名曲がたくさん生まれていたことだろう。
「エースをねらえ!」(同名番組主題歌)は大杉久美子の熱唱が耳に残る名曲。少女マンガらしい華やかさと叙情を帯びながら、凛とした決意と情熱を感じさせるメロディはアニメソング史に残る傑作のひとつと思う。
駆け足で三沢郷のTV主題歌の名作を紹介してみたが、どうだろう。ここまで聴いてくると、「この作曲家の作品をもっと聴いてみたい」という気持ちにならないだろうか?
「三沢郷大全」のDISC2には、三沢郷が書いたCMソング、歌謡曲、映画や小説にインスパイアされたオリジナル曲などが収録されている。三沢郷のTV主題歌以外の作品を知ることができる貴重な1枚である。
J・ガールズが歌った一連の歌謡曲は音楽ファンの間でも評価の高く、いっとき中古盤市場で高値を呼んでいたものだし、007シリーズの原作から想を得て作曲されたオリジナル曲は「もし三沢郷が映画音楽を書いていたら」という歴史のIfを想像させてくれるゴージャスな仕上がりだ。筆者もついついDISC1に収録されたTV主題歌をリピートして聴いてしまうのだが、DISC2を聴いていると、「こんな曲も書くんだ」「こういうのが先生が本来やりたかったことなのか」「フルート好きだなあ」「同じ時代に作られた曲にはやはり共通する雰囲気があるぞ」などといろいろ発見があったり、想像が広がったりする。
知らない曲に出会い、知っている曲を再発見する。そして、作曲家という人物を知る。これが「作曲家で音楽を聴く」楽しみである。ぜひ、自分の好きな作曲家を見つけて、出会いと発見を楽しんでほしい。
三沢郷は日本の音楽界を彗星のように駆け抜けた男だった。ひときわ大きな光を放ったあと、遠くへ飛び去り、ふたたび帰ってくることはなかった。彼に会って話をすることはもうかなわないが、音楽を通して三沢郷という人間に触れることはできる。「三沢郷大全」を聴く時間は、筆者にとって三沢郷とひととき対話ができるような至福のときである。
三沢郷大全 GOH MISAWA SONGBOOK
COCP-35285-6/3500円/日本コロムビア
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