腹巻猫です。『すずめの戸締まり』を観てきました。心をざわざわさせるテーマを扱いながら、幅広い世代にアピールする娯楽性も追求した意欲作。席の隣の並びに高校生らしきグループが座っていて、終わったあと「めちゃめちゃ面白かったなあ」「すごかった」と話し合っていたので、相当心に刺さったみたいです。音楽はおなじみのRADWIMPSに加えて「ULTRAMAN」『攻殻機動隊 SAC 2045』などの陣内一真が参加。けっこうスペクタクルシーンがあるのでオーケストラ音楽が効果を上げています。
今年(2022年)6月に劇場上映されたアニメ『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』のBlu-rayが11月25日に発売される。その特装限定版には劇場限定で発売されたものと同様にオリジナル・サウンドトラックCDが同梱されている。
実はサウンドトラックは劇場公開と同時に配信でもリリースされており、音源のみなら入手可能だ。しかし、音盤として手元に持っていたい人には格好のチャンスだろう。
『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』は当時劇場で観て、音楽にとても感心したことを覚えている。劇中で『機動戦士ガンダム』第1作(いわゆるファーストガンダム)の音楽をアレンジして使用しているのだが、選曲とアレンジの仕方にぐっときたのだ。
今回はその音楽を紹介したい。
『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』は『機動戦士ガンダム』の第15話「ククルス・ドアンの島」を翻案した作品。『機動戦士ガンダム』でキャラクターデザイン・作画監督を担当していた安彦良和が監督・絵コンテ・キャラクターデザインと一部のカットの原画を担当し、「ガンダムの映像を作るのはこれが最後」と語ったことでも話題になった。
任務のためにガンダムで無人島に降り立ったアムロは、突然現れたザクと戦闘になり、気を失ってしまう。目覚めたアムロは、ザクを操縦していた元ジオン軍の兵士、ククルス・ドアンと対面する。彼はこの島で身寄りのない子どもたちと共同生活を行っているのだった。行方不明になったガンダムを探しながら、子どもたちと交流を深めていくアムロ。しかし、ドアンを裏切り者として追うジオン軍が島を発見し、ドアンと子どもたちの平和な生活に危機が迫る。
音楽は服部隆之が担当。服部隆之は、安彦良和が総監督を務めたOVA『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』(2015〜2018)の音楽を手がけており、2019年に開催された「劇場版『機動戦士ガンダム』シネマ・コンサート」でも編曲と指揮を担当しているので、この上ない人選だ。
『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』では服部隆之が作曲した新曲とともに、渡辺岳夫と松山祐士が手がけた『機動戦士ガンダム』のオリジナルBGMをアレンジした曲も使用されていた。旧作音楽の使用は、懐かしいキャラクターがオリジナルキャストで登場するのと同じくらいファンの涙腺を刺激する。もちろんそれだけでなく、音楽によってふたつの作品世界がつながっていることを示す演出にもなっていた。
『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』でも同様の音楽演出が行われている。大半の場面は服部隆之のオリジナル曲が使用されているが、随所に『機動戦士ガンダム』のBGMをアレンジした曲が流れる。特に驚いたのは、オリジナルのTVシリーズでもあまり使われたことのない、主題歌「翔べ!ガンダム」をアレンジした曲が2回も登場すること。ほかにも「おおー」と思った曲がある。『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』とは異なるコンセプトで旧作音楽を使っているようなのだ。
本作のサウンドトラック・アルバムはサンライズミュージック/バンダイナムコミュージックライブからリリースされた。収録曲は以下のとおり。
- ククルス・ドアンの島 メインタイトル
- ホワイトベースの乗組員たち
- 任務開始
- 島に降り立つガンダム(『機動戦士ガンダム』より「苦き故郷 M-45」)
- たたかう子供たち
- ザク現る
- 撤収命令
- アムロの悪夢
- 迷い込んだ世界
- 招かれざる客
- 捜索するアムロ
- 賑やかな食卓
- カーラの優しさ(『機動戦士ガンダム』より「安堵」)
- 明日の約束
- 任務と葛藤
- 暗雲の気配
- 褐色のサザンクロス隊
- 眠れぬ夜
- 少女の願い
- 日々の労働
- 生命力と包容力
- 辿る記憶(『機動戦士ガンダム』より「苦き故郷 M-45」)
- 恵みの雨
- 意外な助っ人
- ドアンの外出
- それぞれの目的
- 不審な行動
- サザンクロス隊の裏切者
- 出撃準備(『機動戦士ガンダム』より「長い眠り」)
- 恐怖と雷鳴
- 和解の灯
- 逃れられない過去
- 望まぬ展開(『機動戦士ガンダム』より「戦いへの恐怖」)
- 急行するアムロたち
- 宿命の戦い
- 忍び寄る敵
- ガンダム突撃
- ブランカの逃亡
- ドアンの危機
- ガンダム登場
- 緊迫の刻
- 安堵(『機動戦士ガンダム』より)
劇中で流れたほぼ全曲を使用順に収録(未収録が数曲あるようだ)。楽曲はすべてフィルムスコアリング、つまり映像に合わせて作られている。
『機動戦士ガンダム』のオリジナルBGMをアレンジした曲は、曲名のうしろにカッコで原曲名を表記している。が、実はそれ以外にも『機動戦士ガンダム』のBGMをアレンジした曲がある。それについてはあとで紹介したい。
1曲目「ククルス・ドアンの島 メインタイトル」は、アバンタイトルの戦闘シーンの曲とメインタイトルが出るシーンの曲を続けたもの。『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』では暗く重厚なメインテーマが作品を象徴する曲として設定されていたが、本作のメインタイトル曲は希望を感じさせる曲調で書かれている。このメロディは島の畑でドアンとアムロが話をする場面のトラック21「生命力と包容力」の後半でも顔を出す。ドアンのテーマとも受け取れるが、ドアンのシーンにいつもこのメロディが流れるわけでもない。むしろ重要な場面には『機動戦士ガンダム』のBGMのアレンジ曲が使われている。メインタイトル曲ではあるが「メインテーマ」と名づけられていないのはそのためだろう。
子どもたちが登場する楽しい場面が多いため、明るい曲が多いのも本作の特徴のひとつ。トラック5「たたかう子供たち」、トラック12「賑やかな食卓」、トラック20「日々の労働」、トラック23「恵みの雨」、トラック31「和解の灯」、トラック38「ブランカの逃亡」などは、同じメロディをアレンジした明るくはずんだ曲。「子どもたちのテーマ」とも呼べるメロディである。服部隆之のインタビューによれば、実写劇場作品「ホームアローン」がイメージのヒントになったという。
本作のヒロインである島の少女カーラの場面にはリリカルな曲がつけられている。トラック19「少女の願い」はハープやフルートが奏でるドリーミィな曲。カーラが外出するドアンを心配する場面のトラック25「ドアンの外出」(前半部分)はフルートとピアノを主体にした曲。ただし、カーラには決まったモチーフは与えられていないようだ。
ガンダムらしいサスペンス曲や戦闘曲も多い。トラック16「暗雲の気配」はマ・クベのイメージをサックスの旋律で表現した曲。ジオンのモビルスーツ部隊「サザンクロス隊」の登場場面に流れるトラック17「褐色のサザンクロス隊」は、メカニカルなリズムと緊迫感たっぷりの曲調が印象的だ。この曲の後半には女声スキャットが入って、悪漢イメージが強調される。
服部隆之によるオリジナル音楽は、映像に寄りそった映画音楽らしい曲が多い。アンダースコア(背景音楽)に徹しているとも言える。その中で、『機動戦士ガンダム』のBGMをアレンジした曲は、どれも明解なメロディを持っていて耳に残る。どちらがよいということではなく、映画音楽とTV用音楽の違いである。
トラック4「島に降り立つガンダム」は物語の序盤で、島に降り立ったアムロが調査を始める場面に流れる曲。
劇場で聴いて最初に「おおー」と思ったのはこの曲だ。
曲タイトルで表記されているように、これは『機動戦士ガンダム』の「苦き故郷 M-45」をアレンジした曲。といっても「苦き故郷 M-45」と聞いてすぐ原曲が思い浮かぶ人は少ないと思う。もともとは劇場『機動戦士ガンダム』の曲で、公開当時発売されたサウンドトラック・アルバム「MOBILE SUIT GUNDAMU II」では「ぬくもり」と名づけられていた。「苦き故郷」は、のちに発売された3枚組CDアルバム「機動戦士ガンダム 劇場版 総音楽集」に収録された際につけられた曲名だ。さらにその原曲は、TVシリーズのBGM「アムロの旅立ち」である。とここまで書くと「あの曲か」とピンとくる人も多いだろう。
作曲は渡辺岳夫。いかにも渡辺岳夫らしい独特のうねりを持ったメロディが特徴で、TVドラマ「白い巨塔」のテーマ曲ともイメージが重なる。
TVシリーズの「アムロの旅立ち」は、アムロがマチルダにほのかな恋心を抱く場面(第9話)やアムロが母と訣別する場面(第13話)などに流れた重要な曲。劇場版のM-45もホワイトベースがマチルダ隊から補給を受けるシーンに使用されている。
『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』の第5話「V 激突 ルウム会戦」と第6話「VI 誕生 赤い彗星」の音楽を収録したサウンドトラック・アルバム「機動戦士ガンダム THE ORIGIN 〈ルウム編〉ORIGINAL SOUNDTRACK」には、「苦き故郷 M-45」をアレンジした曲が収録されている(曲名は原曲と同じ「苦き故郷 M-45」)。筆者は当然、『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』の本編でこの曲が流れているのだと思い込んでいた。
ところが、あらためて『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』を観直してみると、実は全エピソードを通して一度も「苦き故郷 M-45」は使用されていないのだった。劇中で使用する予定、もしくは使用候補の1曲として録音したが、使われなかったのだろう。
それが『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』でふたたび取り上げられ、使用されたことには意味があると思う。
『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』はシャアに焦点を当てた物語である。いっぽう、『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』にはシャアは登場せず(アムロの夢の中に現れるだけ)、アムロが主人公だ。想像だが、服部隆之は「苦き故郷 M-45」=「アムロの旅立ち」のメロディを「アムロのテーマ」ととらえて使用したのではないか。
トラック4の「島に降り立つガンダム」は緊張感のあるリズムの上でストリングスがメロディを奏でるアレンジ。「おおー」と思った理由は、このアレンジにもある。「アムロの旅立ち」のメロディをこんなサスペンスタッチのアレンジで聴かせる作品は(筆者の知る限り)過去になかったからだ。
トラック11「捜索するアムロ」はアムロがガンダムを探して島を歩き回る場面の曲。曲名には明記されていないが、この曲の後半も「苦き故郷 M-45」のアレンジである。こちらはチェロのメロディとストリングスや木管の伴奏で奏でられる情感豊かなアレンジ。過去の渡辺岳夫作品ではあまり聞いたことのないアレンジになっている。
トラック22「辿る記憶」も同じメロディを使った曲。アムロが島での戦闘の記憶を思い出すシーンに流れた曲である。チェロのソロと不安なストリングスとティンパニがアムロの揺れ動く心を表現する。これもまた、過去に聴いたことのないタイプのアレンジで、フィルムスコアリングならではの変奏だ。服部隆之はインタビューに答えて「癒やしの音色のような曲を厳しいマイナーに落とし込み、(中略)アムロの葛藤や絶望を表現」したと語っている。
以上3つのシーンで、「苦き故郷 M-45」のメロディがアレンジを変えて登場する。アムロの心情に応じて曲の表情を変える音楽演出が絶妙だ。
トラック29「出現準備」とトラック33「望まぬ展開」で引用されている『機動戦士ガンダム』のBGM、「長い眠り」(後半部分)と「戦いへの恐怖」は、どちらもTVシリーズで使用頻度の高かった曲。「『機動戦士ガンダム』といえばこの曲」と呼べるような代表的な楽曲である。『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』では使用されなかったのだが、本作で久しぶりに復活することになった。これまた劇場で「おおー」と思った曲である。
TVシリーズの主題歌「翔べ!ガンダム」をアレンジした曲はふたつある。どちらもTVシリーズのBGM「安堵」が原曲として表記されている。トラック13は「カーラの優しさ」と名つけられ、トラック42はずばり「安堵」と原曲名がそのまま採用された。
「安堵」は「翔べ!ガンダム」のメロディをゆったりしたバラード調にアレンジした曲。TVシリーズではアムロが戦死したマチルダを悼んで心の中で「マチルダさん」と叫ぶシーン(第24話)に流れていたのが思い出深い。
『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』で流れた2曲は、いずれも原曲を踏襲したアレンジ。「カーラの優しさ」はアムロがカーラから水をもらう場面、「安堵」はアムロがドアンのザクを海に投げ込むラストシーンに流れている。80年代に作られた劇場版『機動戦士ガンダム』三部作では「翔べ!ガンダム」をアレンジした曲は使われていない(「束の間の休息」という曲が録音されたが使用されなかった)ので、これは劇場版『ガンダム』で初めて流れた「翔べ!ガンダム」のアレンジ曲ということになる。
劇場でこの曲を聴いたときは、「おおー」を通り越して「うわー」と思った。
これは、本作がTVシリーズ『機動戦士ガンダム』の延長上にある作品だと示すアイコンのような曲ではないだろうか。そして、あらためて聴くと「翔べ!ガンダム」っていい曲だと思う。渡辺岳夫には珍しい、ちょっととっつきにくいメロディなのだが、聴いているうちに味が出てきて、真価がわかってくる。
さてもう1曲。曲名に表記されていないがTVシリーズのBGMをアレンジした曲がある。アムロがドアンを助けるためにガンダムで登場する場面のトラック40「ガンダム登場」である。劇場で初めて聴いたときは、「うわー」どころか、椅子から転げ落ちそうになってしまった。
曲の前半に『機動戦士ガンダム』のBGM「ガンダム大地に立つ」が引用されている。「ガンダム大地に立つ」はTVシリーズの次回予告に使われた曲。本編では冒頭のナレーションのバックに数回使われたことがあるだけで、曲名のようにガンダム登場シーンに流れたことはない。しかし、音楽メニューでは「ガンダム登場。重く、かっこ良く」と指定されているので、本作での選曲はまさに曲の意図に沿った使い方である。
こうしてTVシリーズのBGMの使い方、アレンジの仕方を確認してみると、『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』という作品は、『機動戦士ガンダム』を「観てスカッとするロボットアニメ」として生まれ変わらせた作品なのだと思えてくる。主題歌アレンジBGMや主役ロボット登場のファンファーレみたいな曲が堂々と使用され、しかもそれが違和感なくはまっている。明解なメロディを持った音楽の魅力にあらためて気づかせてくれる作品でもある。
そして、「苦き故郷 M-45」=「アムロの旅立ち」の大胆なアレンジにも感心した。こうした作品で旧作の音楽をアレンジして使用する際は、原曲をなるべく忠実に再現するケースがほとんどだ。ゴジラ作品における伊福部昭の曲の引用がそうだし、『宇宙戦艦ヤマト2199』における宮川泰の曲の再現もそうだ。ところが、『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』では原曲のメロディを生かしながら、違う印象の曲にアレンジして使用している。
ポップスの世界でスタンダードと呼ばれる曲は、さまざまなスタイルにアレンジされ、アーティストがそれぞれの個性を発揮して歌える曲、演奏できる曲なのだという。『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』の渡辺岳夫音楽の引用は、映像音楽(劇伴)もスタンダードになりうることを証明しているのではないか。『機動戦士ガンダム』は40年以上前の作品(!)。音楽も、それだけの歴史を重ねてきたのだ。
機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島 (Blu-ray特装限定版)
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機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島 (オリジナルサウンドトラック)
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