COLUMN

第241回 音楽も時間旅行する 〜四畳半タイムマシンブルース〜

 腹巻猫です。小学生の頃は模型作りや工作大好き少年だったので、10月からスタートしたTVアニメ『Do It Yourself!!』に注目しています。舞台が「ものづくり」の街として有名な新潟県三条市。空にドローンが飛び、市内を自動運転バスが走る近未来的な街に描写されていて、SFなの? リアルなの? とドキドキ。オープニング&エンディング主題歌の作詞・作曲と劇中音楽を佐高陵平がひとりで担当していることに驚きました。アコースティックサウンドの音楽がいい感じです。


 9月30日から3週間限定で劇場公開されている『四畳半タイムマシンブルース』を観た。

『四畳半タイムマシンブルース』公式サイト
https://yojohan-timemachine.asmik-ace.co.jp/

 『四畳半タイムマシンブルース』はTVアニメにもなった森見登美彦の小説「四畳半神話大系」と、実写劇場化もされた上田誠の戯曲「サマータイムマシン・ブルース」がコラボした作品。
 『四畳半神話大系』がアニメ化された際に上田誠がシリーズ構成・脚本を手がけ、また同じく森見登美彦原作の劇場アニメ『夜は短し歩けよ乙女』『ペンギン・ハイウェイ』でも上田が脚本を担当した縁もあって、2作品のコラボが実現したのだとか。森見登美彦が小説「四畳半タイムマシンブルース」を2020年に発表し、それをアニメ化したのが今回の作品。単純にTVアニメを劇場用にした作品ではないわけだ。
 『四畳半神話大系』は大学三回生の「私」が「もし入学したときに違うサークルを選んでいたら」と異なる可能性を考え、それを体験する物語。時間ループと並行世界(今風に言えばマルチバース)の要素を取り入れた不思議な世界観の作品である。実験的な映像表現も観られる意欲作だった。
 いっぽうの『サマータイムマシン・ブルース』は、クーラーのリモコンを求めてタイムマシンで時間旅行を試みる大学生たちのスラップスティックなSFコメディ。筆者も好きな作品だ。
 その2作がコラボしたという話を最初に聞いたときは、込み入ったプロットの作品がふたつ合体して、話がこんがらがるのではないかとちょっと心配した。
 しかし、作品を観て感心した。ドタバタはあるけれど正攻法のタイムトラベルSFになっている。驚くほどTVアニメ版(便宜上TVアニメ『四畳半神話大系』をこう呼ぶ)の雰囲気が再現されているし、キャストも2020年に逝去した藤原啓治以外はオリジナルメンバーが集結した。TVアニメ『四畳半神話大系』が放映されたのは2010年。10年以上経っているとは思えないのがすごい。
 今回はTVアニメ版にあった実験的な映像表現やシュールな描写が抑えられ、ぐっと観やすい作品になっている。さわやかな後味の青春ものとしても観ることができる。TVアニメ版を観てない人も、きっと楽しめるはずだ。
 本作はDisney+でも配信されていて、配信版は5つのエピソードに分けて公開している。でも、できれば劇場で一気に観ることをお奨めしたい。タイムトラベルにからむ伏線の回収や謎解きなどは一気に観たほうが面白いはずだし、カタルシスがあると思うからだ。
 ただ、Disney+では劇場版に含まれないエピソードを第6話として配信しているので悩ましい。事情が許すなら両方観てほしいところだ。

 音楽にも感心した。TVアニメ『四畳半神話大系』の音楽を手がけた大島ミチルが本作でも音楽を担当。TVアニメ版の雰囲気を受け継いだ楽曲を提供している。劇場版のために書かれた新曲もあるし、TVアニメ版のBGMをアレンジした曲もある。音楽が流れてくると「ああ、『四畳半』だ!」という気分になる。
 劇場版のために書かれたメインテーマは、ギターが奏でるブルージーな曲。「タイムマシンブルース」のタイトルにちなんだ曲想だろう。また、タイムトラベルのサスペンスを表現する曲、新たに登場するキャラクター「もっさりくん」のテーマなどが設定され、それらのアレンジが全編に散りばめられて、映画音楽としての統一感を生んでいる。
 劇場版のための新曲とTVアニメ版をふまえた曲、2種類の音楽が流れることで、過去と現在の『四畳半』の世界が混然となる。物語と同様に音楽も時間を行き来しているようだ。絶妙の音楽設計なのである。
 本作のサウンドトラック・アルバムは「四畳半タイムマシンブルース Original Soundtrack」のタイトルでFABTONE/フジパシフィックミュージックより2022年9月28日に発売された。
 収録曲は以下のとおり。

  1. 京都の夏
  2. タイムマシンサスペンスの始まり
  3. 責任者はどこか2022
  4. 小津と明石さんのテーマ2022
  5. 日常がそこにある
  6. 城ヶ崎と蚊帳の外の相島
  7. ワクワク!のんきなタイムトラベラーズ
  8. もっさりくんと樋口さんのシャンプー
  9. 私のテーマ
  10. タイムマシンサスペンス
  11. タイムマシーンブルースにおける相島と小津
  12. タイムマシン製作委員会
  13. もっさりくん
  14. 宇宙の摂理に反する
  15. 京都、左京区
  16. 不毛な日常
  17. ピンチ!宇宙崩壊の危機!!
  18. 私の焦りと不毛なループ
  19. 一生の不覚
  20. 宇宙崩壊やばい〜カッパ伝説
  21. ピンチ!宇宙崩壊の危機!! 絶望バージョン
  22. 四畳半主義者
  23. 押し入れの中で
  24. 壮大な時空の旅路
  25. 四畳半の終わり
  26. Time Machine Blues〜Ending Version
  27. 薔薇色のキャンパスライフ〜四畳半タイムマシンブルースVer.
  28. 四畳半の甘い生活〜四畳半タイムマシンブルースVer.
  29. 憧れの黒髪の乙女〜四畳半タイムマシンブルースVer.
  30. 責任者はどこか?〜四畳半タイムマシンブルースVer.
  31. 「私のテーマ」〜四畳半タイムマシンブルースPianoVer.
  32. 夏休みへ続く儚い想い
  33. Time Machine Blues

 フィルムスコアリングで作られた音楽を使用順に収録した構成(ただし、完全収録ではないもよう)。TVアニメ版の音楽をアレンジした曲のタイトルは、原曲のタイトルを踏襲してつけられている。TVアニメ版のサントラをお持ちの方は、新旧の演奏を聴き比べてみるのも一興だろう。
 1曲目の「京都の夏」が本作のメインテーマ。ギターが奏でる、もの憂いムードの曲である。冒頭、京都の夏の暑さにうんざりする「私」のモノローグとともに流れていた。トラック11「タイムマシーンブルースにおける相島と小津」やトラック24「壮大な時空の旅路」は同じメロディをアレンジした曲だ。
 トラック2「タイムマシンサスペンスの始まり」は時間旅行をめぐるトラブルを描写する曲。このモチーフはトラック10「タイムマシンサスペンス」に発展する。緊張感とコミカルさが同居する曲調が『四畳半』らしい。
 さらに困った状況を描写する音楽がトラック17「ピンチ!宇宙崩壊の危機!!」とトラック21「ピンチ!宇宙崩壊の危機!! 絶望バージョン」。
 物語が進むにつれて、同じモティーフがよりダイナミックなアレンジで反復されるのが映画音楽ならでは。サントラを聴く楽しみのひとつである。
 トラック7の「ワクワク!のんきなタイムトラベラーズ」も本作のための新曲。弦・パーカッションによるリズムとクラリネットのとぼけた音色のアンサンブルが楽しい。
 トラック8「もっさりくんと樋口さんのシャンプー」で初登場するのが、新キャラクター「もっさりくん」のテーマ。このテーマはトラック13「もっさりくん」でも聴ける。クラシカルでユーモラス、謎めいているが妙に親しみを感じるキャラクター「もっさりくん」のイメージがうまく表現されている。
 TVアニメ版のBGMをアレンジした曲にも注目してみよう。
 TVアニメ版に由来する曲のタイトルは基本的に原曲のタイトルを踏襲している。その曲名のつけ方にはいくつかのパターンが見られる。
 トラック3「責任者はどこか2022」とトラック4「小津と明石さんのテーマ2022」は曲名のあとに「2022」がついたパターン。「責任者はどこか2022」はTVアニメ版の「責任者はどこか?」のアレンジ。「小津と明石さんのテーマ2022」はTVアニメ版の「小津のテーマ」と「明石さんのテーマ」を合体してアレンジした曲である。2曲が1曲になっているのは、同じシーンで小津と明石さんが続いて登場するから。いずれもTVアニメ『四畳半神話大系』でよく流れたおなじみの曲だ。
 TVアニメ版のBGMと同じ曲名が付いた曲もある。
 トラック9「私のテーマ」、トラック15「京都、左京区」、トラック16「不毛な日常」、トラック22「四畳半主義者」は、TVアニメ版に同じタイトルの曲がある。メロディや楽曲の構成も同じで、アレンジ曲というより、同じスコアで演奏された「新録版」のようである。
 といっても、原曲と新録版とではミュージシャンも録音環境も異なっているから、曲のニュアンスも異なる。
 TVアニメ版との大きな違いは、本作の音楽の大部分が海外で録音されていること。TVアニメ版は日本のスタジオとミュージシャンで録音されたが、劇場版はブダペスト、パリ、ニューヨーク、東京の4都市で録音が行われている。オーケストラはブダペスト、バオリンソロはパリという具合だ。近年は世界を飛び回ってレコーディングやコンサートを行っている大島ミチルならではの仕事である。
 劇場版の音楽はTV版よりクラシック的というか、広がりのある、まろやかな音に仕上がっている。劇場に映える音楽(音だから「映える」はおかしいけど)、劇場の音響システムで体験してほしい音楽である。
 トラック25「四畳半の終わり」はラストシーンに流れるピアノソロの曲。TVアニメ版に「四畳半紀の終わり」という似たタイトルの曲があるが、そのアレンジではない。「私」と明石さんが河原で語らうシーンに流れる、しみじみと心に残る曲である。
 ここまでが劇場版で使われた音楽で、トラック26以降は実は劇場版では使用されていない。Disney+のみで観られる配信版で使われた曲である。
 トラック26「Time Machine Blues〜Ending Version」は配信版のエンディング主題歌。メインテーマに歌詞をつけて歌にした曲だ。トラック33「Time Machine Blues」はそのフルサイズ。
 トラック27〜32は配信オンリーの第6話で使用された曲である。
 そのうち、曲名に「四畳半タイムマシンブルースVer.」と付けられたトラック27〜31はTVアニメ版の音楽をアレンジした曲。「薔薇色のキャンパスライフ」「四畳半の甘い生活」「憧れの黒髪の乙女」など、『四畳半神話大系』で耳になじんだ曲が選ばれている。「四畳半タイムマシンブルースVer.」としたのは劇場版の曲と区別するためだろうか。シーンに合わせて演奏されているため、曲の長さも30秒程度から2分を超えるものまでさまざまだ。
 トラック32の「夏休みへ続く儚い想い」は第6話のラストシーンに流れる、3分を超える曲。「明石さんのテーマ」の変奏から始まり、メインテーマのピアノソロに展開、ストリングスとピアノのリリカルな演奏で締めくくられる。本アルバムの中でも「四畳半の終わり」と並ぶ感動的なナンバーになっている。

 『四畳半タイムマシンブルース』のサウンドトラックは、劇場用新曲とともにTVアニメ版の代表曲を新アレンジ・新演奏で聴くことができる、TVアニメ『四畳半神話大系』のファンにも魅力的なアルバム。TVアニメ版のサントラが入手困難になっているだけに、遅れて『四畳半』のファンになった人にもぜひ聴いてほしい作品である。配信版もリリースされており、一部の音楽配信サービスではハイレゾ版も選択可能だ。

四畳半タイムマシンブルース Original Soundtrack
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