腹巻猫です。アニメ制作を題材にした劇場作品「ハケンアニメ!」を観ました。感想は賛否あるようですが、私は大いに楽しみました。ドラマが単純な視聴率対決におさまらず、フィクションを作る意義にまで斬り込んでいくのがとてもいい。池頼広さんの音楽も意欲作です。
今年は沖縄本土復帰50周年。今回は沖縄を舞台にしたTVアニメ『白い砂のアクアトープ』の音楽を聴いてみたい。
『白い砂のアクアトープ』は2021年7月から12月まで放送された、P.A.WORKS制作によるオリジナルアニメ作品。
海咲野くくるは、両親をなくし、祖父母と一緒に暮らす女子高校生。夏休みのあいだ、祖父が館長を務める「がまがま水族館」の館長代理として働いている。ある日、がまがま水族館にひとりの少女がやってきた。岩手から上京してアイドルになったものの、挫折して居場所を失い、逃げるように沖縄行きの飛行機に乗った宮沢風花だ。がまがま水族館でふしぎな幻を見た風花は、くくるに「ここに置いてください」と頼み込む。しかし、経営難のがまがま水族館は閉館を迫られていた。「がまがま水族館を救いたい」というくくるの夢を聞いた風花は、その夢をくくると一緒にかなえようとする。
連続2クールの2部構成。1クール目では、くくると風花が親友となり、がまがま水族館を立て直すために奮闘する姿が描かれる。2クール目は、がまがま水族館が閉館したあと、高校を卒業して働き始めたくくると風花たちの物語だ。
沖縄の自然や水族館の生きものの描写がていねいで、観ていて癒やされる。飼育の苦労や客集めの苦心など、水族館の舞台裏が描かれるのも興味深い。
しかし、見どころはやはり、くくると風花が夢を追い、さまざまな経験をして成長していく姿。2人が挫折の先に新しい夢を見出す展開は、すがすがしく感動的だ。
話はそれるが、筆者が生まれ育った町は太平洋が近く、水族館のある浜辺が定番の遠足コースだった。今でも、旅先などで水族館を目にすると入りたくなる。そんなこともあって、本作は心惹かれる作品だった。
監督の篠原俊哉とシリーズ構成の柿原優子は、2018年放送のTVアニメ『色づく世界の明日から』を手がけたコンビ。
その『色づく世界の明日から』の音楽を担当していたのが、本作でも音楽を手がける出羽良彰である。
出羽良彰は1984年生まれ。2006年に音楽ユニット「樹海」でメジャーデビューし、現在は作曲家、編曲家、音楽プロデューサー、ギタリストと、幅広く活躍する音楽家だ。映像音楽では、TVドラマ「問題のあるレストラン」(2015/羽深由理と共作)、「下剋上受験」(2017)、「私たちはどうかしている」(2020)、TVアニメ『凪のあすから』(2013)、『ふらいんぐうぃっち』(2016)、『キノの旅 -the Beautiful World- the Animated Series』(2017)などの音楽を担当している。
映像音楽には、海や水を表現する定番的なサウンドがある。海の広大さや波のうねりを表現するストリングス。はじける泡や水面にきらめく光を連想させるハープ、ビブラフォン、ウィンドチャイムなど。
が、本作の音楽には、そういった定番的な表現はほとんど使われていない。楽器編成は、ピアノ、フルート、オーボエ、クラリネット、ギター、小編成のストリングスがメイン。水のイメージにつながる爽快さ、流麗さはあるが、どちらかといえば、ピアノや木管楽器のやさしい響きが印象に残る。くくると風花の心情にフォーカスした音楽になっているのだ。
沖縄が舞台の作品ではあるが、音楽に沖縄的な要素はあまりない。いくつかの曲に沖縄の三線の音が使われているくらいである(「三線」と書いたが、ミュージシャンクレジットに三線の表記がないので、これが生の三線の音かどうかは定かでない)。
また、青春もののアニメやドラマの音楽では金管楽器やエレキギターを使って躍動感を表現することが多いが、本作ではどちらも使われていない。それが上品でさわやかな印象につながっている。
全体に、とてもシンプルでさわやか。ときどきユーモラス。からっとして透明感のあるサウンドは、沖縄の空と海にふさわしい。
本作のサウンドトラック・アルバムは2022年1月に「TVアニメ『白い砂のアクアトープ』オリジナルサウンドトラック」のタイトルでランティス/バンダイナムコアーツ(現・バンダイナムコミュージックライブ)から発売された。
2枚組で、1枚目が1クール目、2枚目が2クール目のサウンドトラックになっている。
1枚目を聴いてみよう。収録曲は以下のとおり。
- まくとぅそーけ、なんくるないさ
- 新しいスタート
- アクリルガラス
- くくる
- 導かれるままに
- 風花
- あきらめきれない夢
- アクアトープ
- がまがま水族館
- 夏休み館長
- ひるまさん、、
- うどんちゃん
- くちばしの傷
- なくしかけてるくくるの夢
- 夢を守るため
- ふたりの再出発
- ブルー
- フラッシュバック
- 母と子
- バックヤード
- 不審者
- 隠せない動揺
- 重なる心
- 予感
- 不穏な空気
- よんな〜 よんな〜
- まだ、大事な仕事が
- 悲しみを堪えて
- ファーストペンギン
- 久しぶりの休日
- 真帆とくくる
- チョコ
- 揺らぐ心
- 漂流
- くくるの絶望
- 夢の終わりと始まり
1クール目に使用された曲はすべて収録されている。また、収録された曲はすべて1クール目で使用されている。曲順は1クール目の物語に沿って、ほぼ使用順に並べられている。美しい構成のサントラである。
トラック1〜9は第1話で使用された曲。
1曲目の「まくとぅそーけ、なんくるないさ」は第1話冒頭に流れた。沖縄の情景描写に続いて、くくるが登場し、道路わきの祠に手を合わせて「まくとぅそーけ、なんくるないさ」と祈る。「正しいこと(誠のこと)をしていれば、なんとかなるさ」という意味の沖縄方言(ウチナーグチ)だ。この「なんくるないさ」はくくるの気持ちを支える言葉であり、本作を貫く通奏低音でもある。ピアノの伴奏をバックに、三線の音がシンプルなフレーズを刻んでいく。沖縄の風に吹かれているような気分になる曲である。
トラック2「新しいスタート」は、アイドルを辞めた風花が沖縄に旅立つ場面に流れた曲。ストリングスが刻む軽快なリズムとフルートのさわやかな旋律が風花の解放感を表現する。この曲はのちのエピソードでも、くくるたちが新しい挑戦を始める場面に使用されている。
トラック3「アクリルガラス」はアコースティックギターとストリングス、木管楽器のアンサンブルによる軽やかな曲。くくるがスクーターに乗って登校する場面に流れた。特定の心情や状況を表現するというより、さまざまな場面に使えるニュートラルな曲のひとつだ。
トラック4「くくる」は元気いっぱいのくくるのテーマ。
風花ががまがま水族館にやってくる場面の「導かれるままに」、ピアノとストリングスがしっとりと奏でる風花のテーマ「風花」、水族館の魚を見て風花が思いにふける場面の「あきらめきれない夢」。繊細で美しい音楽とともに物語が動き始める。
トラック8「アクアトープ」は、がまがま水族館を訪れた風花が、水と魚たちに包まれる幻を体験する場面の曲。幻想的というより、心に秘めていた想いや記憶があふれだすような、抒情的な音楽だ。のちのエピソードでも同様のシーンで使用されている。
そして、トラック9「がまがま水族館」は第1話のラストに使用された、がまがま水族館のテーマ。この曲にも三線の音が使われている。
トラック10から3曲はユーモラスな曲が続く。「夏休み館長」は第4話で初使用。パーカッションとピアノ、シンセ、三線などによる陽気な曲だ。
「ひるまさん、、」は第1話で風花がなぞの占い師(実は後述の「うどんちゃん」の母)に「あなた、悩みごとがある」と話しかけられる場面で初使用。その後も怪しい人物の描写によく使われた。「ひるまさん」とは「あやしい」「めずらしい」という意味の沖縄方言だそうだ。
「うどんちゃん」はくくるの同級生の「うどんちゃん」こと照屋月美のテーマ。ノリのよい曲調が月美の明るいキャラクターにぴったり。第2話で初使用された。
トラック13〜16も第2話で使用された曲。
「くちばしの傷」はピアノソロによる悲しみの曲。水族館を手伝い始めた風花が、ペンギンのえさやりに失敗して落ち込む場面で使われた。
トラック14「なくしかけてるくくるの夢」はアコースティックギターとエレピが奏でる心情曲。タイトル通り、くくるが、がまがま水族館の行く末を心配する場面に流れていた。くくるの水族館への想いを象徴する曲でもある。
トラック15「夢を守るため」と次の「ふたりの再出発」は、第2話終盤からラストにかけて使われた。ピアノと木管楽器、ストリングスが奏でる希望的なメロディが、くくると風花の友情と決意を表現する。「夢を守るため」は第12話の、「ふたりの再出発」は第11話の重要な場面でも使用された印象深い曲である。
ここからは重要な曲を拾って紹介しよう。
トラック19「母と子」は、第3話でがまがま水族館を訪れた獣医の竹下先生が、これから生まれてくる自分の子どもの幻を見る場面に使用された。シンセとピアノがやさしく語りかけてくるような曲だ。のちのエピソードでは、くくるが亡くなった双子の姉妹の話を聞く場面に使われている。本作における「家族のテーマ」とも呼べる曲である。
トラック23「重なる心」は、第4話で、くくると風花が互いに「もっと仲良くなりたい」という気持ちを伝えあい、ふたりの絆が深まる場面に流れた。ピアノソロが奏でる、しっとりと美しい友情のテーマである。初出は第3話のラストシーン。第11話では、風花がくくるに「くくるを手伝うことで私が元気をもらっていた」と話す感動的なシーンに流れている。
トラック27「まだ、大事な仕事が」は、第5話で、自分を探しにきた母親から身を隠していた風花が大事な仕事をやり残していることを思い出し、がまがま水族館に戻る場面で使用。風花のまっすぐな性格が描写された名シーンだ。この曲はこの場面でしか使われておらず、場面の展開と曲の展開もぴったり合っている。こんなふうに、フィルムスコアリング的に作られた曲が本作にはいくつかある。実際に映像に合わせて書かれたのか、シナリオ段階で場面を想定して書かれたのかは不明だが、名場面と分かちがたく結びつき、記憶に残る曲になっている。
トラック34からの3曲も、そうした1回しか使われなかった曲である。
トラック34「漂流」は、第11話でくくるががまがま水族館にたてこもる場面に使用。
トラック35「くくるの絶望」は同じく第11話で、くくると風花が停電したがまがま水族館の中の生きものたちを守ろうとする場面に使われた。厳しい現実に直面したくくるの折れそうな心と、それを支えようとする風花の想いが、ピアノとストリングスの愁いを帯びたサウンドで表現される。
トラック36「夢の終わりと始まり」は第12話のラストシーンに流れた。がまがま水族館を離れて再出発しようとする、くくると風花の心情を表す曲だ。ピアノとストリングス、フルートが奏でる音楽に、ふたりが読む工藤直子の詩「おわりのない海」が重なる。
夢はかなわなかったけれど、終わりではない。「またあした」。そんな気持ちが心にこみ上げてくる。しみじみとした余韻が残る、第1部締めくくりの曲である。
『白い砂のアクアトープ』の音楽は、澄んだ水のように、すっと心に入ってくる。青春の日々で出会う、夢、葛藤、羽目をはずす楽しさ、友情、切なさなどが、シンプルなサウンドとメロディで表現されている。
その源流は、美しい沖縄の海のイメージと本作の主人公であるふたりの少女のキャラクターだろう。
本作の音楽を聴いていると、夢を信じて、口にしたくなる。「まくとぅそーけ、なんくるないさー」と。
TVアニメ『白い砂のアクアトープ』オリジナルサウンドトラック
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