腹巻猫です。今年もよろしくお願いします。新年早々、構成を担当したサントラが発売されました。1月5日発売「大正オトメ御伽噺 音樂集」です。音楽は高梨康治さん。得意のヘビィメタルを封印して挑んだ音楽はハートウォーミングかつノスタルジック。ほっこりします。
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最近楽しみに観ていた作品が昨年(2021年)9月から12月まで放送されたTVアニメ『見える子ちゃん』だ。
ある日突然、化物が見えるようになってしまった女子高校生・四谷みこ。バス停にも学校にも商店街にも化物が現れて、「見える?」と話しかけてくる。それが見えているのは自分だけらしい。みこは恐怖におびえながら、化物を完全に無視することで状況を乗り切ろうとする。
超自然の存在が「見えてしまう」少年少女の話は多いが、そのほとんどは化物退治の話になる。それに対して『見える子ちゃん』は化物を徹底的にスルーするのがユニーク。みこは何も見えてないふりをして化物をやりすごそうとしたり、唐突な理由をつけてその場を離れようとしたりする。ホラーなのにコミカルだ。コミカルだけどじわじわと怖くなる。
しかし、これはとても現代的なホラーだと思う。今の世の中、見たくないものが目に飛びこんできたり、聞きたくないことが耳に入ってきたりする機会が多い。正体のわからない者が近寄ってくることもある。そんなとき、真正面から対抗すると相手に気づかれてかえって状況が悪化する。スルーすることが最善だったりするのだ。みこの行動はとても身につまされるし、共感する。本作がなんだか心にひっかかるのは、だからかもしれない。
そんな『見える子ちゃん』の音楽を担当したのは、うたたね歌菜。幼少期よりピアノを習い、18歳から作曲を始めて半年後には「アイドルマスター」のメインキャラのキャラソンコンペに採用された(公式プロフィールより)という才媛である。安田悠基と共に作家ユニット「KanadeYUK」を結成し、アーティストやアニメ作品への楽曲提供、アレンジなどで活躍。また、単独でTVアニメ『RE-MAIN』(2021)、『明日ちゃんのセーラー服』(2022)等の劇中音楽も担当している。
この1月から放送が始まった『明日ちゃんのセーラー服』ではリリカルなピアノの曲などが映像をやさしく彩っていた。おそらく、こういう音楽がうたたね歌菜本来の持ち味なのだろう。
それに比べると、『見える子ちゃん』の音楽はなかなか挑戦的だ。大きく分けると「怖い音楽」と「怖くない音楽」に大別できる。「怖くない音楽」はキャラクターテーマや日常曲、心情曲などのオーソドックスな楽曲。弦や木管、ピアノなどの生楽器中心の編成で親しみやすいメロディを聴かせてくれる。
いっぽう「怖い曲」は明確なメロディを持たない効果音的、あるいは実験音楽的な曲が多い。さまざまな工夫を凝らした恐怖サウンドは一般的なポピュラー音楽では聴けない映像音楽ならではの表現にあふれている。筆者の大好物のジャンルである。
本作のサウンドトラック・アルバムは2021年12月にKADOKAWAから発売された。収録曲は以下のとおり。
- お分かり頂けただろうか
- 恐怖の交信
- 見える? 見えてる?
- 出現
- 見えてない見えてない
- 目があったらさようなら
- 我慢するみこ
- 迫り来る恐怖
- ハナ
- 占いの館のマザー
- ユリア
- 善
- 怪しい神社
- さんかい
- さんかいの怒り
- 不穏な気配
- 困惑のみこ
- 発見
- 見えているんだろ?
- 水面下の作戦
- ほっこり子猫
- 耐えるみこ
- 助けてあげないと!
- 心配
- センチメンタル
- 困ったな
- 一安心
- 対峙
- 追い込まれた!
- 戦う化物
- 緊急事態
- 暴走する化物
- 束の間の日常
- お友達
- お買い物
- るんるんご機嫌
- 見えないふり
- あっちとこっち
- 恥ずかしい
- 優しい気持ち
- ありがとう、さようなら
帯には「劇中音楽を全トラック収録!」とあり、ボリュームたっぷりの内容。ただ、劇中で流れた曲がすべて入っているわけではないので、完全収録ではないようだ。
なお、CD版と配信版ではなぜか一部の曲名が違っている。上記の収録曲リストは配信版の曲目表記。CDのブックレットに掲載された曲リストではトラック35の曲名が「ありがとう、さようなら」(上記のトラック41)になっていて、以下、36が「お買い物」、37が「るんるんご機嫌」という具合に配信版と1曲ずつ曲名がずれている。曲順が違っているのではなく、曲は同じで曲名だけが異なっているのだ。曲調から考えて、配信版のほうが正しくてCDのほうが表記ミスだと思うのだが……。
さて、アルバムの序盤は「怖い曲」の連発である。
第1話の本編冒頭、バス停でバスを待っていたみこが不気味に乱れるスマホの画面におびえる場面。流れてくるのが1曲目の「お分かり頂けただろうか」。ビブラフォン風の音色が奏でるシンプルなメロディに不安な効果音が重なり、「日常に割り込んでくる恐怖」を表現する。物語の始まりにふさわしい音楽だ。この曲についてはまだ語りたいことがあるが、それはあとで。
「ピーピーガーガー」という耳ざわりな電子音が連続する「恐怖の交信」、緊迫感をあおるパーカッションと電子音に混じって人のささやき声らしきものが聞こえる「出現」、不気味で重苦しいリズムと弦の特殊奏法を組み合わせた「迫り来る恐怖」など、ホラーものらしい音楽が続く。
第1話で自宅の洗面所の鏡の中に化物を見てしまったみこが、「目が痛いなあ」とつぶやいて化物を無視しようとする。そこに流れるのがトラック5の「見えてない見えてない」。アルペジオ風のピアノのメロディとノイズ風のサウンドがミックスされた曲で、これも日常の中に出現する恐怖を演出している。こういう、日常描写的なサウンドが恐怖に浸食されていく表現が、本作の音楽の真骨頂と言えるかもしれない。
トラック9の「ハナ」からは、みこをとりまくキャラクターのテーマ。シタールの音色を使ったエキゾチックな「占い館のマザー」、ストリートオルガンが奏でるサーカスミュージック調の「ユリア」(ダニー・エルフマンっぽい)、怪しさ全開の「善」など、どれも個性的だ。なかでも印象に残るのは、みこの親友・百合川ハナのテーマ「ハナ」。弦のピチカートとピアノ、木管などの愛らしいサウンドがハナの天真爛漫さを表現する。みこにとってハナは化物の恐怖を忘れさせてくれる心のよりどころ的存在。劇中でもこの曲が流れてくるとほっとする。トラック34「お友達」も同様の曲調の日常曲だ。
アルバム中盤ではふたたび恐怖音楽が並んだあと、しっとりした心情描写曲が登場する。
ピアノとチェロが奏でるトラック26「困ったな」は、第8話のラスト近く、産休に入る先生にまといつく白い影の正体をみこが気づく場面に流れた曲。みこが見えるのが悪い化物だけでないことがわかる印象深いシーンだ。
パーカッションとハープのアンサンブルが奏でる「心配」は第8話の金庫を開けようとするおばあさんのエピソードで流れた曲。第4話のエピローグでみこが父にプリンをあげるシーンの「センチメンタル」や、タイトルどおりのほっとひと息つくシーンに流れる「一安心」もしみじみとしたいい曲である。
トラック28の「対峙」からはまた恐怖ムードへ。「追い込まれた!」「戦う化物」「緊急事態」などは、みこが化物から逃げる場面、神社に現れたなぞの巫女姿のもの(霊的存在らしい)が化物を消滅させる場面などに使われた。怖い雰囲気よりも直接的な恐怖や緊迫感を表現するアクティブな楽曲である。
トラック33の「束の間の日常」からラストまでは明るい日常曲やユーモラスな曲が収録されている。怖い曲に始まり、ほっとする曲で終わるアルバムの構成はなかなかいい。
アルバム終盤で印象深い曲はトラック37の「見えないふり」。木管と弦のピチカート、パーカッションなどが、ちょっととぼけたメロディを奏でる曲だ。第8話で、いったんは化物に「ちゃんと向き合おう」と思ったみこだが、現れた化物を目にして「やっぱり無理」と思い直す。その場面にもこの曲が使われた。このメロディをアレンジした別の曲も劇中で流れており、次回予告にも同じメロディが使われている。「見えないふり」という曲名ともども、本作を代表する楽曲と呼べるだろう。
最後に収録された「ありがとう、さようなら」は、ピアノとストリングスが奏でる温かくやさしい曲。最終回のラストシーンで使われた。物語を締めくくる曲であり、アルバムのラストナンバーとしても味わい深い。
こういうリリカルな曲が『明日ちゃんのセーラー服』でも聴けそうだと筆者は期待しているのである。
その「ありがとう、さようなら」だけど、曲中に「チリチリ」というノイズっぽい音がときどき混じるのが気になる。曲の終盤には楽曲に似つかわしくないような電子音も聴こえてくる。思うに、しっとりした日常曲の中に違和感を潜ませるためにこうした音作りをしているのではないか。
で、1曲目の「お分かり頂けただろうか」である。
この曲、すごく不思議なところがある。不思議というか、ドキッとするところがある。曲の中で音が一瞬途切れたり、レコードの針が飛ぶように音が飛んだりする箇所があるのだ。CDにキズがついていたり、デジタルコピーに失敗したりするとこういう現象が起きる。筆者は、これが再生ミスやコピーミスでないことを確認するために、CDのリッピングをやり直し、配信版のデータも買ってしまった。波形レベルで確認するとCD版も配信版も同一。つまり、エラーではなく、こういう曲なのだった。
恐怖を表現するために、映像音楽は古くからいろいろな工夫を重ねてきた。楽器の特殊奏法、民族楽器やミュージックソー、テルミンなど特殊な音を出す楽器の導入。シンセサイザーが普及してからは、不安感や恐怖感をあおるサウンドを人工的に合成する試みも進んだ。
近年進化したのが、デジタル技術による音の加工である。アナログの時代ではレコードやテープの回転をコントロールしたり、テープを切断編集したりして行っていた加工が、今はデジタルで自在にできるようになった。そうして生まれた音楽の代表がブレイクビーツだ。
「お分かり頂けただろうか」で行われている音の加工も、ブレイクビーツ的と言えなくもない。が、ブレイクビーツがカッコよさを追求しているのに対して「お分かり頂けただろうか」は気持ち悪さを追求している。映像の分野では、フィルムの傷やブロックノイズを模した表現で恐怖を演出する試みが行われている。それと同じ方向性だ。
けれど、これはとても勇気のいる試みである。なぜかというと、こういう音を聴いたら、ユーザーは「楽曲もしくはCDの制作ミスではないか」「ダウンロードに失敗したのではないか」と疑うと思うからだ(実際、筆者がそうだった)。購入者から問い合わせが来る可能性もある。
でも、『見える子ちゃん』ではあえてそれをやっている。結果、とても気持ち悪い、怖い曲ができた。メロディや音色が気持ち悪いのではない。デジタルエラーを連想させるサウンドが恐怖を呼ぶのである。ハードディスクやメディアに保存していた大切なデータが壊れてしまったときの衝撃を想像すれば、その怖さがおわかりいただけると思う。これこそ、デジタル時代の恐怖サウンドでないかしら。
「見える子ちゃん」オリジナルサウンドトラック
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