腹巻猫です。NHKで放映中のドラマ「古見さんは、コミュ症です。」にハマってます。コミュニケーションに不器用な少年少女たちの姿に痛かゆいような気持ちになりながら、青春の悩みは昔も今も変わらないのだなーと、ほのぼの。10月からはテレビ東京ほかでアニメ版が放映されるそうで、こちらも楽しみです。
ドラマ版「古見さんは、コミュ症です。」の音楽は瀬川英史。「勇者ヨシヒコと魔王の城」や「アオイホノオ」など、ちょっとクセの強いドラマの仕事が多い印象がある。しかし、アニメではもっぱらオーソドックスな少年向け作品を手がけているのだ。
今回は瀬川英史の『うしおととら』の音楽を聴いてみよう。
『うしおととら』は2015年7月から2016年6月まで、全39話が放送されたTVアニメ。藤田和日郎によるマンガを原作に、監督・西村聡、アニメーション制作・MAPPA&VOLNのスタッフでアニメ化された。
原作は『週刊少年サンデー』に連載された人気作品。1992年から1993年にかけて全10話のOVAが発売されたが、そのときは物語は完結していなかった。TVアニメ版はあらためてストーリーを最初から最後まで描いた初の映像作品である。シリーズ構成に脚本を担当する井上敏樹とともに原作者自身が参加し、長大な原作を39話のボリュームに収めている。
中学2年生の少年・蒼月潮(うしお)は、ある日、自宅の蔵の地下室で虎のようなバケモノと出会う。バケモノは体に刺さった「獣の槍」の力によって500年にわたって動きを封じられていたのだ。バケモノの妖気に誘われて集まってきた妖怪を退治するために、潮は獣の槍を引き抜いてバケモノを解放した。槍の力で自身も妖のような姿になり、バケモノと協力して妖怪を撃破する潮。獣の槍の伝承者となった潮は、「とら」と名付けたバケモノとともに、人間を襲う妖怪を次々と退治していく。やがて潮ととらは、人間と妖怪の運命を握る強大な敵との戦いに巻き込まれていくのだった。
不思議な縁で結ばれた潮ととらのコンビ。度重なるピンチを勇気と友情と強い意志で乗り越え、仲間を増やしていく。正道の少年マンガ的展開に胸が熱くなる。
音楽を担当した瀬川英史は岩手県盛岡市出身。1986年から作曲家として活動を開始し、2500本以上のCM音楽を手がけた。現在は劇場作品、TVドラマ、ドキュメンタリー等の音楽で活躍する作曲家だ。TVドラマ「勇者ヨシヒコ」シリーズ(2011〜2016)や「コドモ警察」(2012)、「アオイホノオ」(2014)、「極主夫道」(2020)、劇場作品「HK 変態仮面」(2013)、「ヲタクに恋は難しい」(2020)など、福田雄一監督作品を多く手がけているほか、TVドラマ「最高の離婚」(2013)、「推しの王子様」(2021)、劇場作品「ビリギャル」(2015)などの音楽を担当。近年ではNHK朝の連続テレビ小説「エール」(2020)が印象深い。
実写作品に比べるとアニメの仕事は少なく、7本を手がけた「バトルスピリッツ」シリーズと『戦国乙女〜桃色パラドックス〜』、本作『うしおととら』があるくらい。
『うしおととら』の音楽は、妖怪退治を題材にした正道の少年アニメらしい作り。妖怪を表現する怪しく不気味な曲とバトルシーンを盛り上げる激しく熱い曲が聴きどころだ。
音楽全体は大きく4つのテーマを中心に構成されている。
まず主人公である潮のテーマ。少年マンガらしいまっすぐで元気な少年のテーマが、コミカル系、ほのぼの系など、さまざまな曲調にアレンジされている。面白いのは、潮の登場場面だけでなく、潮の同級生の少女・麻子や真由子の場面などにも選曲されていること。本作の日常シーンを彩る曲という位置づけだ。
次に、潮が獣の槍の力で変身した「槍の男」のテーマ。いわば本作のヒーローのテーマであり、メインテーマと呼んでもいい。悲壮感をともなう力強いメロディが設定され、さまざまなバトルシーンに対応した曲調にアレンジされている。
そして、潮のバディとなるとらのテーマ。こちらは、サントラを聴く限りでは、サスペンス系とバトル系の2種類があるだけで、バリエーションはないようである。
最後に、潮ととらが戦う妖怪のテーマ。共通のモチーフ(メロディ)はなく、琵琶や三味線などの邦楽器や人の声を取り入れた多彩なサウンド、曲調で作られている。瀬川英史は音色にこだわる作曲家で、ドラマ「アオイホノオ」では80年代の空気感を表現するために当時のビンテージもののシンセサイザーを使用、「エール」では戦前に使われていたカーボンマイクを録音に使って当時のサウンドを再現している。本作の個性的な妖怪音楽にも、そうしたこだわりと、キャッチーな曲作りが要求されるCM音楽の豊富な経験が活かされている気がする。
この4種類のテーマをメインに、ドラマに必要なサスペンス曲、心情曲、状況描写曲などを加えて、『うしおととら』の音楽世界が構築された。少年冒険アニメの音楽といえば、「わかりやすく、元気になる曲」というイメージがあるが、本作では、その伝統が現代的なセンスとテクニックでアップデートされている。
本作のサウンドトラック・アルバムは2015年10月に「TVアニメ『うしおととら』オリジナルサウンドトラックI」のタイトルで徳間ジャパンから発売された。タイトルに「I」と付いているが「II」は発売されていない。代わりに、2017年12月発売の「アニメ『うしおととら』ブルーレイ&CD完全BOX」に同梱される形で「サウンドトラック2」がリリースされた。
「オリジナルサウンドトラックI」の収録曲は以下のとおり。
- オープニングテーマ 混ぜるな危険 〜TV Mix Version〜(歌:筋肉少女帯)
- 槍の男1
- 妖気
- うしおのテーマ1
- うしおのテーマ5
- 浮遊
- 妖艶
- うしおのテーマ7
- とらのテーマ
- うしおのテーマ2
- 敵2
- 恐怖
- 槍の男3
- うしおのテーマ6
- 不安
- 事件発生
- とらのテーマ2
- 敵3
- 怨み
- 敵7
- 槍の男5
- 不穏
- 心配
- 希望
- うしおのテーマ4
- 邪教
- 敵8
- 槍の男4
- 対峙
- 精査分析
- うしおのテーマ3
- 敵4
- うしおのテーマ9
- 敵1
- 槍の男2
- エンディングテーマ HERO(TV size)(歌:ソナーポケット)
1曲目にオープニングテーマを、ラストにエンディングテーマを収録したオーソドックスな構成。BGMは34曲を収録している。
本アルバムは、TVアニメの1クール目を意識した内容になっている。「うしおのテーマ」「槍の男」「とらのテーマ」「敵(妖怪)」と、4つの主要なテーマをたっぷり収録。その代わり、2クール目以降に登場するキャラクター関連の楽曲は収録されていない。おそらく、順調にいけば2枚目、3枚目とサントラを発売する予定があったのではないか。そこは残念なところである。
曲名もちょっともったいない。「うしおのテーマ」をはじめ、音楽メニューの仮タイトルをそのまま使ったような曲名が並ぶ。曲名のあとに「1」「2」などの数字がついた表記も味気ない。マニアックなファンが買うサントラならそれもよいかもしれないが、こういう少年向けアニメのサントラは、物語をイメージさせる曲名がついていてほしいと思うのだ。余談だが、CDのジャケットではトラック4と5が「うしおとテーマ」と誤記されていて、それも残念な感じをいや増している。
ただ、少しマニアックなファンにとっては、音楽がどのような意図で作られているかが曲名からうかがえて、とても興味深い。
曲名に注文をつけてしまったが、楽曲は文句なしにすばらしい。
「うしおのテーマ」は1から9まで8曲を収録(8が未収録)。「うしおのテーマ1」は軽快なリズムとさわやかなメロディによる躍動的な少年のテーマだ。「2」はラテン風のはじけた曲調で、潮がサッカーをする場面や海で遊ぶシーンなどに使用。「3」と「4」はピアノを中心にしたやさしい曲調のアレンジで、ほのぼのしたシーンに使われた。「3」は第24話のラストシーンに真由子のモノローグとともに流れたのが印象的。「5」「6」は木琴や弦のピチカートを使ったユーモラスなアレンジ。潮や麻子、真由子たちの会話シーン、潮ととらのけんかのシーンなどによく使われている。「7」は弦とビブラフォンなどによるコミカルなアレンジ。第10話で潮ととらが温泉につかっているシーンでの使用が面白かった。「9」はピアノの伴奏にギターのメロディが重なるしみじみしたアレンジ。第10話のラストシーン、白い髪の少女・小夜に見送られて旅立つ潮ととらの場面が思い浮かぶ。
ひとつのメロディを多彩な表情に変化させる瀬川英史のアレンジの巧みさにも注目したい。
「槍の男」は1から5まで5曲を収録。「槍の男1」が劇中でもよく使われたメインのアレンジである。冒頭の緊迫したリフの部分はアバンタイトルのナレーションバックにも使われた。
基本はバトルシーンを想定した曲なので、「うしおのテーマ」ほどにはアレンジの幅は広くない。が、どの曲もキャッチーな導入部、テーマ部分のサウンドの組み立て、コーダの処理などに工夫がこらされており、聴きごたえがある。叩きつけるようなパーカッションと高速で上下する弦のフレーズが潮の闘志を表現する「1」、緊迫したサウンドに悲壮感がみなぎる「2」、ピアノと弦を主体にした哀感ただよう「3」、重い苦戦ムードの「4」、シンセサウンドを取り入れたスピード感のある「5」。それぞれに、ドラマを感じさせるアレンジになっている。
なかでも鮮烈な印象があるのは「槍の男3」である。第7話で潮の父・紫暮(しぐれ)がとらと立ち会う場面、第9話でのかまいたちとの戦い、第17話と18話で麻子、真由子ら潮ゆかりの少女たちが「獣」に変貌してしまった潮を助けようとする場面など、痛みをともなうバトルの場面に選曲されて抜群の効果を上げていた。
「とらのテーマ」は、「とらのテーマ」と「とらのテーマ2」の2曲のみ。「とらのテーマ」は第1話で潮がとらと初めて出会う場面に使用された不気味な曲。「とらのテーマ2」のほうがメインとなる曲で、とらが妖怪と戦うシーンに使われた。心を熱くするビートの上でブラスとストリングスが勇壮なメロディを奏でる。妖怪の曲というより、「槍の男」と並ぶヒーロー活躍曲という印象だ。潮や麻子や真由子がピンチに陥ったときに、とらがこの曲とともに登場するシーンは文句なしに燃える。
そして、妖怪のテーマである「敵」は1から8まで6曲を収録(5、6が未収録)。「1」は尺八の音や低音の弦、パーカッションなどによるミステリアスな曲。潮が妖怪の伝承を聞く場面などに使われた。「2」はパーカッションのリズムと不気味にうなる金管、緊迫した弦のフレーズなどが危機感を盛り上げる「妖怪登場!」という雰囲気の曲。妖怪との戦いの場面にもよく使われた。「3」は琵琶、「4」はホーミー風の男声ボーカル、「8」は三味線と太鼓をフィーチャーした楽曲。いずれも、エキゾチックでユニークなサウンドの怪異表現曲である。「7」は緊張感ただよう導入部からブラスが重量感なフレーズを奏する中間部を経て、女声コーラスが妖しくも神秘的な雰囲気をかもしだす終盤へと曲調が変化するドラマチックな曲。第6話の海中から現れる巨大な「あやかし」、第8話の旅客機を襲う空の妖怪「衾(ふすま)」など、強力な妖怪が出現する場面に選曲されている。
そのほかの曲では、恐怖描写に欠かせない「恐怖」、重苦しいサスペンス曲として使われ、強敵「白面の者」の脅威を表現する曲としても使用された「怨み」、悲しみややりきれなさを伝える曲としてしばしば選曲された「不安」などが印象に残る。女声スキャットをフィーチャーした「妖艶」は、タイトルから艶っぽい場面を連想してしまうが、実際には第10話に登場する少女の姿をした妖怪オマモリサマ(座敷童)のテーマとして使用されていた。
ドラマを支える楽曲として忘れてはならないのが「心配」と「希望」である。
深いリバーブがかかったピアノの音がリリカルなメロディを奏でる「心配」は、しみじみした情感や哀感を表現する曲。第8話のラストで父を亡くした少女・勇のわだかまりがとけるシーンや第9話でのかまいたちの十郎の最期、第11話で麻子が真由子に子どもの頃の潮の思い出を語る場面などに選曲されている。不安な「心配」ではなく、心の奥深くにある大切な想いを表現する曲として使われている印象だ。
ピアノの切ない旋律から始まり、ストリングスや木管が奏でるやさしいメロディに展開していく「希望」は、数々の感動シーンを彩った曲。第3話で画に宿った妖怪が浄化されて消えていく場面、第6話での少年タツヤと潮たちとの別れのシーン、第13話の潮の旅立ち、第16話で人間の体内に入って妖怪と戦った潮ととらが生還する場面など、「ここぞ」と言う名場面に使われている。本アルバムの中でも、きわめつけの「泣ける曲」である。
アルバム全体の流れは、本編の楽曲使用順にはこだわらず、妖怪退治のサスペンスを表現する曲と潮ととらのユーモラスな日常を描く曲をバランスよく配してアニメの雰囲気を再現する構成。曲名はともかく(しつこい)、第1クールで印象的な楽曲をほぼ収録した、ツボを押さえたアルバムだ。
しかし、アニメ本編を観ていたファンなら、第2クール、第3クールで流れていた重要曲が収録されていないことに不満を覚えるに違いない。
この「オリジナルサウンドトラック1」は、現在、音楽配信サイト等で圧縮音源とハイレゾ音源の2種がダウンロード販売されている。どうせなら「サウンドトラック2」も配信してくれよー、と思うのである。瀬川英史のアニメ音楽の代表作であり、少年アニメ音楽の意欲的な後継作品なのだから。
TVアニメ「うしおととら」オリジナルサウンドトラック1
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