COLUMN

第215回 21世紀の青春 〜Free!〜

 腹巻猫です。1977年に放送された日本アニメーション制作のロボットアニメ『超合体魔術ロボ ギンガイザー』のデジタルアーカイブ化をめざすクラウドファンディングがスタートしています。筆者にとっても、サウンドトラック・アルバムの企画・構成を手がけた思い出深い作品。実現を祈りたいです。支援募集は11月5日まで。詳細は下記を参照ください。

超合体魔術ロボ ギンガイザー 全28話保存プロジェクト
https://readyfor.jp/projects/ginguizer-2021


 『劇場版 Free! -the Final Stroke-』前編が9月17日からロードショー公開される。2013年から放送されているTVアニメ『Free!』の劇場版である。
 今回は、その『Free!』の音楽を聴いてみよう。
 『Free!』は2013年7月から9月まで放送されたTVアニメ。おおじこうじのライトノベル『ハイ☆スピード!』を原案に、監督・内海紘子、アニメーション制作・京都アニメーション、アニメーションDoのスタッフで映像化された。
 小学生時代に同じスイミングクラブに通っていた4人の少年、七瀬遙、橘真琴、松岡凛、葉月渚。小学校卒業前に水泳大会のメドレーリレーで優勝したのを最後に、4人はそれぞれの道へ進んでいた。水泳競技から離れていた遥は、高校2年の春に偶然、凛と再会。勝負を挑んできた凛とプールで対決するが、僅差で破れてしまう。それをきっかけに4人の止まっていた夏が動き出す。
 水泳競技を題材にしたスポーツ青春アニメ。かつてともに汗を流した少年が、成長してライバル同士になり、競技で対決する……という王道パターンをふまえているように見えて、実は勝敗には重きが置かれていないのが本作の特徴。ドラマの主軸は少年たちの友情である。
 2014年にTVアニメ第2期『Free! -Eternal Summer-』を、2018年に第3期『Free! -Dive to the Future-』を放送。劇場版もこれまで4作が公開されている。息の長い人気作品だ。

 音楽は第1作から一貫して加藤達也が担当している。加藤は1980年生まれ。父がレコード会社に勤務していたことから幼少時より洋楽に親しみ、少年時代からバンド活動や作曲を開始。東京音楽大学音楽学部に進学し、作曲指揮専攻 映画放送音楽コースで学んだ。卒業後、三枝成彰のアシスタントを経て作曲家デビュー。これまで、『聖痕のクェイサー』(2010)、『境界線上のホライゾン』(2011)、『食戟のソーマ』(2015)、『ラブライブ!サンシャイン!!』(2016)、『キラッとプリ☆チャン』(2018〜2021)、『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』(2018/藤澤慶昌と共作)など、多くのアニメ作品の音楽を手がけている。
 水泳を題材にしたアニメの音楽となれば、スピード感のあるリズムに流麗なストリングス、ピアノの高音できらめきを表現した爽快なサウンド……みたいなイメージが思い浮かぶ。
 が、21世紀のスポーツ青春アニメである本作の音楽は、実に現代的。「今、スポーツ青春アニメの音楽を作るとこうなるのか」とうならせるサウンドになっている。
 加藤達也の証言によれば、のどかな田舎の港町を舞台にしたアニメなので、ほんわかした曲を書けばよいのかと思っていたら、打ち合わせで監督からは提示されたのは「モダンでポップな作品」というコンセプト。それを受けて、音楽作りは「POPさ、オシャレ感、軽快感、そして通常の劇伴音楽とは一味違うトンガッた音楽」をコンセプトに挑んだという。ダンスミュージック的なリズムやデジタルサウンドを積極的に取り入れて、モダンでポップな音楽を聴かせてくれる。
 本作を象徴する楽曲が3つある。
 ひとつは物語の舞台となる港町をテーマにした「Rhythm of port town」という曲。加藤達也によれば、この曲が「全体の方向性を示した曲」になったという。「のどかな田舎の港町の雰囲気」から思い切って離れた、ポップで都会的な曲に仕上がっている。それでいて、温かい生活感もほのかに漂わせているあたりがうまい。
 もうひとつは、遥たちが立ち上げる岩鳶高校水泳部のテーマ「Melody of ever blue」という曲。本作の音楽はメロディよりもサウンドやリズムで聴かせるタイプの曲が多いのだが、この曲は、明解なメロディをオーケストラが力強く奏でる、ストレートな「青春アニメ!」という雰囲気の曲。同じメロディは劇中の感動的なシーンに流れる曲「Night sky & ever blue」にアレンジされ、また、歌詞をつけて、第12話のエンディングテーマ「EVER BLUE」にもなった。本作のメインテーマと呼べる曲である。
 そして3曲目は、本作の要となる「泳ぎ」を表現した曲「Brilliant swim」。
 競技の緊張感とスピード感、水を切って泳ぐ浮遊感や爽快感、飛び散る波しぶきと泡のきらめき。さまざまな要素を表現する音がひとつにまとまり、聴いていると水の中を進んでいるような気分になる。
 実はこの曲が流れるシーンは多くない。第2話で遥と凛がプールで泳ぐシーンと第12話で遥たち4人が県大会のリレーで泳ぐシーンの2回使われただけである。しかし、いずれも重要なシーンであり、特に第12話はクライマックスシーンに長く使われているので、本編を観た方は深く印象に残っているはずだ。本作を代表する楽曲のひとつと言えるだろう。
 本作のサウンドトラック・アルバムは2013年10月に「TVアニメ『Free!』オリジナルサウンドトラック Ever Blue Sounds」のタイトルでランティス(現・バンダイナムコアーツ)から発売された。2枚組、全64曲収録のボリューム。主題歌のTVサイズや予告用音楽、PV用音楽なども収録された完全版である。
 ディスク1から聴いてみよう。収録曲は以下のとおり。

  1. Rage on (TV size) / OLDCODEX
  2. A boy in the water
  3. Taste the satisfaction
  4. Rhythm of port town
  5. Innocent boy
  6. Revelry of student
  7. Funny group
  8. Woe is me!
  9. Formal horror
  10. Old days
  11. Words that changed my life
  12. Aggressive groove
  13. Diving & Spray
  14. Sparks crackled
  15. Great nostalgia
  16. To depths of blue
  17. Painful incident
  18. Analysis mania
  19. Comical theory
  20. Otoboke time
  21. Timid boy
  22. Strong rival team
  23. Rival and friendship
  24. Let’s go to camp
  25. Enjoy the tropical
  26. Beautiful sea
  27. Dangerous situation
  28. Crisis of life
  29. Memory of the past
  30. I need you
  31. Night sky & ever blue
  32. Melody of ever blue

 アルバム全体の構成は、ディスク1が前半(1〜6話)のストーリー、ディスク2が後半(7〜12話)のストーリーをイメージした内容。
 物語の前半は水泳競技のシーンはほとんどなく、遥たちが水泳部を立ち上げ、新入部員を勧誘し、練習を重ね、チームの絆を深めていく過程がユーモアをまじえて描かれる。同じ京都アニメーションが制作を手がけた『けいおん!』や『響け!ユーフォニアム』を思わせる「部活もの」の雰囲気が楽しい。
 そのため、音楽も日常シーンを彩る明るい曲やコミカルな曲が多め。競技シーンに流れるスポーツものらしい曲はディスク2にまとめて収録されているため、「いちばん『Free!』らしい曲が出てこない」と感じるかもしれない。しかし、ディスク1に収録された曲の多くは物語の後半でも多用されている。まったりと作品世界に浸ることができる内容なのである。
 オープニング主題歌に続く2曲目「A boy in the water」は第1話のアバンタイトルに使われた導入の曲。「水は生きている……」という少年時代の遥のモノローグとともに流れた。シンセとピアノで水のイメージを表現したSE的な曲だ。
 トラック3「Taste the satisfaction」からは、遥たちの日常を描く曲が並ぶ。水泳部の練習シーンなどに流れる軽快な「Taste the satisfaction」、町の情景をさわやかに描く「Rhythm of port town」、とぼけたシーンによく使われた脱力系の「Innocent boy」、はじけたラテンムードの「Revelry of student」などなど。ポップなリズムを生かした曲が多く、曲調もバラエティに富んでいて飽きさせない。
 トラック9「Formal horror」は第1話で遥たちが夜のスイミングクラブを訪れる場面に流れた曲。ホラー映画音楽風の曲調がくすっとさせる。
 トラック10「Old days」は曲名通り、回想シーンにたびたび使われた曲。ピアノとアコーディオンなどがノスタルジックに奏でる青春アニメらしい曲である。
 次の「Words that changed my life」はピアノとストリングスによる心情曲。リリカルなメロディが胸にしみる。遥たちの想いを表現する曲として、全編を通してよく使われた。これも、本作を代表する楽曲と言ってよいだろう。
 トラック12からは、遥と凛の再会と、ふたりの対決場面に流れる曲が続く。凛の登場シーンに流れるヘヴィなロック「Aggressive groove」、ふたりの高揚した感情を表現する「Diving & Spray」と「Sparks crackled」。「Sparks crackled」は、以降のエピソードでも遥と凛の対決シーンに使われている。緊張感とともに、ちょっとユーモラスな空気がただよう曲である。この絶妙な味の出し方がうまいなあと思う。
 トラック15「Great nostalgia」は、ギターとストリングスにコーラスが絡む、さわやかでノスタルジックな曲。遥たちの友情を表現する曲としてよく使われた。「Words that changed my life」とともに、本作の青春ドラマの側面を支えた曲である。
 トラック18の「Analysis mania」は、渚に勧誘されて水泳部の仲間に加わる竜ヶ崎怜のテーマ。理論を重視する頭脳派で、その理屈っぽい性格が音楽でもコミカルに描かれている。続く「Comical theory」「Otoboke time」も怜がらみのシーンで使われたユーモラスな曲だ。
 トラック24からは第5話と第6話で描かれた水泳部の夏合宿をイメージした曲がまとめられている。合宿への期待感やキャンプの楽しさをラテンのリズムで表現する「Let’s go to camp」、トロピカルムードの「Enjoy the tropical」「Beautiful sea」。一転して、緊迫した曲調で嵐の海の危機を描く「Dangerous situation」「Crisis of life」と続く。
 トラック30「I need you」は、第6話、夜の無人島の洞窟で、渚と怜、真琴と遥が語らう場面に流れた、やさしい心情曲。ピアノとストリングスが、4人の心が通い合う様子をしっとりと描写する。使用されたのはこの回だけだが、少年たちが絆を深めていくシーンに流れて忘れがたい曲になった。
 トラック31「Night sky & ever blue」は、第6話で、遥、真琴、渚、怜の4人が夜空いっぱいの星を見上げる感動的な場面に流れた曲。ピアノとストリングスが奏でるメロディが4人の友情を歌い上げる。本作の音楽の中ではオーソドックスな「ベタな曲」と言えるかもしれないが、そこがいい。この曲は、第4話で凛の妹・江が遥に「なんのために泳いでいるんですか?」とたずねる場面や、第11話で遥と渚が夜の公園で語らう場面にも使われた。
 ディスク1のラストは、本作のメインテーマと呼べる「Melody of ever blue」。劇中では、第8話で遥たち4人がメドレーリレーを泳ぐ場面に流れている。

 ディスク2は、先に紹介した「Brilliant swim」からスタート。「Strong swim」「Swim toward the hope」と「泳ぎ」をテーマにした曲が続き、以降もクライマックスに向けた曲が並ぶドラマティックな内容。
 最終回(第12話)では映像に合わせたフィルムスコアリングで新曲が制作されている。長いシーンに合わせて流れる「Real feeling」と「Feelings and emotions」は聴きごたえたっぷり。曲の中には、ディスク1に収録された「Words that changed my life」「Melody of ever blue」のメロディが登場する。そのメロディを聴くと、さまざまなシーンが頭の中をよぎり、じーんとしてしまう。溜め録りとフィルムスコアリングの組み合わせでドラマを盛り上げる音楽演出もうまい。
 『Free!』第1作で作られた楽曲のメロディは、以降のシリーズでもアレンジされて再登場する。キャラクターとともに音楽も成長しているのだ。
 21世紀のスポーツ青春アニメ『Free!』。音楽はオシャレでポップ。けれど、シンプルでオーソドックスな楽曲もしっかりとドラマを支えている。新作映画も音楽に注目しながらお楽しみいただきたい。

TVアニメ『Free!』オリジナルサウンドトラック Ever Blue Sounds
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