COLUMN

第188回 音楽と映像のラリー 〜ピンポン THE ANIMATION〜

 腹巻猫です。8月15日(土)開催予定の「資料性博覧会13」に参加します。TVアニメ『赤毛のアン』の音楽研究本(既刊)ほかを頒布予定。ご縁がありましたら会場でお会いしましょう。
 詳細、一般参加方法等は下記を参照ください。

資料性博覧会13
https://www.mandarake.co.jp/information/event/siryosei_expo/


 Netflixで配信中のアニメ『日本沈没2020』が話題になっている。70年代の「沈没ブーム」直撃世代である筆者は、小松左京が原作で提示した「日本人とはなにか?」「日本人はどこへ行くのか?」という問いに現代的な視点と解釈で回答を示した快作と受け止めた。
 その『日本沈没2020』の音楽を担当しているのが牛尾憲輔。筆者が最近注目している作曲家である。
 今回は牛尾憲輔が初めて単独で音楽を手がけたアニメ作品『ピンポン THE ANIMATION』を取り上げよう。
 『ピンポン THE ANIMATION』は2014年4月から6月まで放送されたTVアニメ。松本大洋の原作マンガを湯浅政明監督が映像化した。
 主人公は片瀬高校卓球部に所属するペコこと星野裕とスマイルと呼ばれる月本誠。子どもの頃から一緒に卓球をしてきた2人だが、今は2人とも心に屈託を抱え、全力で卓球に打ち込んでいない。その2人がライバルやコーチとの出会いを通して卓球への情熱を取り戻していく。見た目はクールだったり、へらへらしたりしているが、心中には熱い思いを持つ少年たちの闘いを描く、現代的なスポーツ(根性)アニメである。
 松本大洋の個性の強い絵が湯浅監督ならではのダイナミックなアニメーションで動く。それだけでも感動的だ。その映像に独特の香りを添えているのが牛尾憲輔による音楽である。

 牛尾憲輔は本作以前にTVアニメ『スペース☆ダンディ』(2014)の音楽に参加している。が、そのときは「スペース☆ダンディバンド」の一員としての参加。アニメ全編の音楽をひとりで担当するのは本作が初めてだった。
 牛尾憲輔は2003年よりテクニカル・エンジニアとして石野卓球、電気グルーヴらの音源制作やライブをサポート。2008年から「agraph」名義でソロ活動を開始した。また、ナカコー、フルカワミキ、田渕ひさ子とともに結成したバンド「LAMA」や、ミト(クラムボン)とのアニソンDJユニット「2 ANIMEny DJs」でも活躍。CMやアニメ作品への楽曲提供など多彩な活動を展開する音楽家だ。
 映像音楽では『ピンポン THE ANIMATION』を皮切りに、アニメ『映画 聲の形』(2016)、『リズと青い鳥』(2018)、『DEVILMAN crybaby』(2018)、『ブギーポップは笑わない』(2019)、実写映画「モリのいる場所」(2018)、「麻雀放浪記2020」(2019)、TVドラマ「フェイクニュース」(2018)などを手がけている。
 牛尾憲輔がソロでクリエイトしている楽曲は、本人曰く「ダンスミュージックではない電子音楽」。ひとりぼっちで聴くような音楽だという。いわば「内省的な電子音楽」が『ピンポン』という作品の方向性にマッチした。
 『ピンポン』の登場人物たちは、みなどこか屈折している。昭和のスポ根マンガのように、ストレートに感情を表したりしない。自分の気持ちがわかっていなかったり、わかっていてもあからさまに表に出すのは恥ずかしいと思っている。
 その現代的な青春の屈折が無機質なリズムを刻む電子音楽によって浮かび上がってくる。海の底から浮かんでくる泡のように。
 たぶん、生楽器によるリズムや音色だと生々しすぎて、この屈折はうまく伝わらない。といって、チープな電子音楽だとだいなしだ。牛尾憲輔が作り出す緻密なサウンドだからこそ表現できた心の機微である。
 といっても、『ピンポン THE ANIMATION』の音楽は難しいものではない。試合場面を盛り上げる音楽、クセの強いキャラクターを描写する音楽、本作のキーワードである「ヒーロー」をテーマにした音楽など、「劇伴」として必要な楽曲が用意されている。
 選曲担当の合田麻衣子の証言によれば、音楽発注にあたっては複雑なメニューは作らず、キャラクターごとのテーマやそのアレンジなど、35曲ほどのオーダーをしたという。牛尾憲輔は自分から音楽のアイデアを出し、曲を追加していった。「勝手にいろんな曲を作った結果」、納品した曲数は50曲以上になった。
 本作の音楽を象徴する楽曲が「Ping Pong Phase」と題された曲である。
 ピンポン球が跳ねるラリーの音から始まり、それがしだいにリズムを形作っていく。ミニマル・ミュージックの先駆者として知られる現代音楽家・スティーブ・ライヒの楽曲を思わせる実験的な(あるいは遊び心に富んだ)楽曲だ。
 この曲を聴いた湯浅監督は、「頭の卓球ラリーの音を何秒にして、何秒目からパーカッションのリズムが入るようにして」と注文をつけてきた。牛尾がそのとおりに作り直した曲が第3話のインターハイ予選会場の場面で使われている。卓球選手がピンポン球を打ちあって練習している。その音がいつの間にか音楽になっていく。「SEではなく音楽だったのか!?」と観ていて驚く場面だ。いわゆるフィルムスコアリングとはちょっと違う。音楽と映像が触発しあって生まれた名場面だ。
 『ピンポン THE ANIMATION』では、こんなふうに、音楽サイドと映像サイドがアイデアを出し合い、影響しあいながら作品が作り上げられている。まるでラリーをするように。とてもスリリングで刺激的だ。

 本作のサウンドトラック・アルバムはアニプレックスから2種類がリリースされている。ひとつは2014年8月に発売されたBlu-ray BOX「ピンポンCOMPLETE BOX」完全生産限定盤の特典CD「EXTRA SOUNDTRACK」(2枚組完全収録盤)。もうひとつは、2014年11月に配信開始された配信版アルバム「ピンポンSOUNDTRACK Standard Edition」(ハイレゾ版と通常音源版)。「EXTRA SOUNDTRACK」のほうが曲数が多いが、入手しやすい「Standard Edition」から紹介しよう。
 収録曲は以下のとおり。

  1. Hero Appears
  2. Hero Theme
  3. Moon Base
  4. A Day of Peco
  5. Katase High School Ping Pong Club
  6. Obaba Tamura
  7. China
  8. Like A Dance
  9. Old Joe
  10. Butterfly Joe
  11. Game Analyst
  12. Smile Monster
  13. Ping Pong Phase
  14. Four-Eyes Attacks
  15. Rivals
  16. In Mirrors
  17. Akuma
  18. Out of Control
  19. Dragon
  20. Nothing Happens
  21. Yurie
  22. Poseidon CF
  23. The Melancholy of Dragon
  24. Wish Upon A Star
  25. His Noise
  26. Tenderness
  27. A Recipe of Hero
  28. China’s Kitchen
  29. Sweet Pain
  30. Night Crusing
  31. The Heat
  32. Sanada
  33. Say My Name
  34. My Home,China
  35. Childhood
  36. The Other Side of Dragon
  37. Peco
  38. Ping Pong Phase2
  39. 手のひらを太陽に
  40. Tenderness(5years after)
  41. Farewell Song
  42. Hero Appears(Reprise)

 音楽を携帯プレーヤーに入れてランダムに聴くことが多くなった昨今、もはやアルバムを曲順どおりに聴くことは稀なのかもしれない。が、本アルバムはぜひ一度は曲順どおりに聴いてもらいたい。
 よく考えられた曲順だ。頭にメインテーマ的な楽曲を置き、以降は、ほぼストーリーを追う形で曲を並べている。終盤のトラック38からの5曲は、最終話で流れた楽曲を使用順に収録。物語のクライマックスとエピローグを音楽で再現する。ファンにはこたえられない構成である。
 1曲目の「Hero Appears」と2曲目の「Hero Theme」はともに「ヒーロー」をテーマにした曲。「Hero Appears」は劇中印象的な「ヒーロー見参!」の場面に流れる。「Hero Theme」はタイトルどおりヒーローのテーマだ。どちらも高揚感のある曲だが、昭和的な「燃える曲」とはひと味違う。クールなリズムとサウンドが「熱狂」の一歩手前で踏みとどまらせる。冷めた視線を内包した現代的なヒーローのテーマである。
 続く「Moon Base」「A Day of Peco」「Katase High School Ping Pong Club」は日常場面を彩る楽曲。日常曲ではあるが生活感はなく、抽象度が高い。こういう曲も実に『ピンポン THE ANIMATION』らしい。「Katase High School Ping Pong Club」は、やる気なさそうな卓球部員の日常がユーモラスに伝わるナンバー。
 キャラクターのテーマは、それぞれに特徴的な楽器編成やスタイルで書かれている。第1話でペコに圧勝する中国人留学生チャイナのテーマ「China」は疾走感のあるテクノ、スマイルを鍛えようとする卓球部コーチ・小泉のテーマ「Old Joe」はアコーディオンの音色による哀愁ただようワルツ、本気を出したスマイルのテーマ「Smile Monster」はノイズミュージック風、ペコに対抗心を燃やす選手・アクマのテーマ「Akuma」はわかりやすいヘビーメタル、最大の強敵・ドラゴンのテーマ「Dragon」は重いリズムとボイスを使ったモンスター音楽風という具合だ。
 ドラゴンが所属する海王学園卓球部の描写によく使われた「Rivals」も面白い。民謡調のリズムとかけ声がからみ、笑ってしまうくらいの「強豪感」を表現している。
 試合場面でよく流れたのが「In Mirrors」だ。四つ打ちのテクノサウンドでラリーの緊張感を表現。70年代の『エースをねらえ!』なんかだと、躍動感のあるリズムにトランペットのメロディを使って息詰まる熱戦を表現するのだが、本作の試合BGMはぐっとクールだ。心理戦の一面もある卓球の試合を、あえて高揚感を抑えた曲調で描く。現代的であるし、本作らしい。対戦スタイルを分析する場面に流れる「Game Analyst」や熱戦を描写する「The Heat」も同様のコンセプトで作られている。
 試合の曲については牛尾憲輔がインタビューで興味深いことを語っている。卓球はパッと見、どっちが優勢なのかわかりにくいスポーツなので、それを音楽で表現してほしいと言われ、実際の卓球のラリーを観てBPM(Beats Per Minute=1分間の拍数)を割り出し、そのBPMでさまざまなテクノの曲を作ったのだそうだ。さらにその曲の音源をドラムだけ、ベースだけ、上モノだけといったセクションごとにバラして納品。音響監督が試合の局面や展開に応じて、自由に組み合わせて使えるようにしたという。
 同じ試合の曲でも、第1話のペコ対チャイナの場面に流れた「Like A Dance」は、よりスピード感のある曲に作られている。チャイナの圧倒的な強さを表現するためだろう。その同じ曲が、第8話でペコがチャイナを逆に追い詰める場面に流れるのが爽快だ。選曲の妙である。
 心情曲では、ドラゴンの孤独を表現する曲としてよく使われた「The Melancholy of Dragon」が耳に残る。「Melancholy」というタイトルであるが、憂鬱な曲ではない。特定の心情を表現するというより、「どう感じる?」と問いかけてくるような曲だ。このニュートラルな感触はほかの曲にも共通する。友情のテーマとも呼べる「Tenderness」、苦い傷心の曲「Sweet Pain」、チャイナの郷愁を表現する「My Home,China」、ペコとスマイルの子ども時代の回想場面に流れた「Childhood」など、いずれも感情を押し付けず、聴く者に解釈をゆだねるような曲調だ。その距離感が心地よい。
 37曲目の「Peco」は、第10話でペコがドラゴンに反撃を始める場面に流れるペコのテーマ。この曲は牛尾憲輔ではなくオオルタイチ(TVアニメ『映像研には手を出すな!』の音楽を担当)が作曲している。明るくユーモラスな曲調はアルバムの中でも特異。ペコの中にある純粋に卓球を楽しむ気持ちを象徴する曲だ。
 「Ping Pong Phase2」は最終話(第11話)前半のペコとスマイルの回想シーンに流れる。第3話で使われた「Ping Pong Phase」をリアレンジした曲である。決勝戦でのペコ対スマイルの場面に流れた「手のひらを太陽に」を経て、エピローグに使われた3曲「Tenderness(5years after)」「Farewell Song」「Hero Appears(Reprise)」が続く。ラストの3曲は本編尺を聞いた上で、その尺に合わせてアレンジしたという。アルバム全体が「Hero Appears」で始まり、「Hero Appears(Reprise)」で終わる構成が美しい。
 テクニカル・エンジニアとしての顔も持ち、さまざまな電子音楽や実験的な音楽を作ってきた牛尾憲輔ならではのアイデアと手法が、『ピンポン THE ANIMATION』の音楽には詰め込まれている。さらに、映像制作と並走しながら、映像に合わせて音楽を追加したり編集したりして、映像と音楽の密着度を上げている。作品への愛情とこだわりが生んだ斬新で意欲的な音楽である。

 本作以降の牛尾憲輔の活躍はめざましい。
 音楽メニューのない白紙の状態から音楽作りに挑んだ『映画 聲の形』、フィールドレコーディング(屋外録音)を採り入れ、現実音と音楽との融合を試みた『リズと青い鳥』、テクノで描く黙示録の世界『DEVILMAN crybaby』、自身も影響を受けたと語る先行作品『ブギーポップは笑わない〜Boogiepop Phantom』(2000)へのオマージュを込めた『ブギーポップは笑わない』、そして、カタストロフィに抗うような温かく静かなサウンドで綴る『日本沈没2020』。1作ごとに工夫をこらし、新しい音楽を作り出していて目が離せない。
 2020年5月の劇場公開が予定されていたフライングドッグレーベル設立10周年記念作品『サイダーのように言葉が湧き上がる』の音楽も牛尾憲輔が担当している。残念ながら公開が延期されているが、劇場で観られる日が楽しみだ。

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