腹巻猫です。新型コロナウイルスの影響で、楽しみにしていたコンサートやイベントがことごとく中止・延期になり、引きこもりに拍車がかかっています。一日も早い終息を祈ります。
当コラムでも何度か話題にしたディスクユニオンの《CINEMA-KAN》レーベルから5月に発売される新譜のタイトルが発表された。『太陽の子エステバン』の放送当時発売された音楽集2枚の復刻盤である。
「そう来たか!?」と思わず声を上げてしまうセレクトだ。同時期のアニメの中ではちょっと地味な印象の作品。しかし、筆者のような「名作アニメ好き」「NHK放送作品好き」にはたまらない。CINEMA-KANレーベルらしい、マニア心をくすぐる商品である。
『太陽の子エステバン』は1982年6月から1983年6月までNHK総合テレビで放送されたTVアニメ。『未来少年コナン』に始まるNHK連続TVアニメ枠の1本だ。
舞台は16世紀。スペイン・バルセロナの少年エステバンが、行方不明になった父の手がかりを求め、黄金都市エルドラドをめざして旅をする物語。古代文明が遺した巨大船やコンドル型の飛行艇が登場するSF冒険ファンタジーである。謎の船乗りメンドーサ、インカ帝国の娘シア、ムー大陸人の血を引く少年タオらとともに、エステバンは壮大な冒険を繰り広げる。
音楽は60年代からアニメや放送音楽で活躍したベテラン・越部信義が担当している。
南米や南の島を舞台にした作品とあって、民族楽器を取り入れたエキゾティックな楽曲が耳に残る。が、全体としてはオーケストラ主体のオーソドックスなスタイルの音楽である。60年代の『マッハGoGoGo』や70年代の『ジェッターマルス』などでもおなじみの越部サウンドの特徴——歯切れのよいリズミカルなメロディとただようペーソスは健在。そんな中に80年代らしい新しい試みがあるのが聴きどころだ。
本作の音楽は、越部信義ファンにとっても、アニメ音楽史の上でも注目すべきものだと筆者は考えている。
ひとつは、シンセサイザーを積極的に取り入れた作品であること。60〜70年代のアニメ音楽では生楽器中心の音作りを続けてきた印象がある越部だが、本作を担当した直後の1983年から、日本コロムビアが発売する「デジタル・トリップ・シリーズ」に参加。「宇宙刑事シャリバン」『聖戦士ダンバイン』『宇宙海賊キャプテンハーロック』など、アニメ音楽や特撮音楽のシンセサイザー・アレンジ・アルバムを次々に発表している。そんなサウンドの変革期に担当したアニメ音楽が『太陽の子エステバン』だった。
もうひとつは、越部信義にとっては、本作が放映中に音楽集が発売された唯一のアニメ作品であることだ。
越部作品のサントラ盤は『マッハGoGoGo』『紅三四郎』『サザエさん』『ジェッターマルス』などが発売されているが、いずれも放映終了後に熱心なスタッフが音源を発掘して商品化したもの。映像作品の公開とタイミングを合わせて発売された音楽集は、劇場作品「上海バンスキング」(1984)のサントラ盤があるくらいだ。本作は、越部が手がけたアニメ作品の中でも、放映当時に音楽が商品化された貴重な作品なのである。
本作の音楽集は、1982年11月に「太陽の子エステバン BGM集 Vol.1」が、1983年4月に「同Vol.2」が、いずれもキングレコードから発売された。CD化は今回のCINEMA-KANレーベルの復刻が初めてである。
BGM集1枚目から紹介しよう。
収録曲は以下のとおり。
- 冒険者たち(歌:パル)
- エステバンのテーマ
- 新大陸をめざして
- シアのテーマ
- 想いははるか
- おかしな島
- 不安な夜
- 大冒険
- ムーの巨船出航
- 大草原の旅
- おかしな仲間
- 静かな海
- アマゾンの密林
- 不思議な夢
- せまりくる危機
- 黄金都市をめざして
- いつかどこかであなたに会った(歌:パル)
LPレコードでは8曲目までがA面、9曲目以降がB面だった。
1曲目と最後に収録された2曲の主題歌——「冒険者たち」「いつかどこかであなたに会った」は越部信義の作曲ではない。これは越部が音楽を担当した作品では珍しいことである。主題歌は2曲とも、作詞を阿久悠、作曲を大野克夫が手がけている。沢田研二の楽曲などでおなじみのヒットメーカーコンビの作だ。大野克夫がアニメ主題歌を作曲するのは「ヤマトより愛をこめて」(1978年公開『さらば宇宙戦艦ヤマト —愛の戦士たち—』主題歌)以来であり、TVアニメでは本作が初になる。
この2曲、80年代アニメソングの中でも特に印象深い、筆者お気に入りの作品だ。辰巳出版から発売された「日本懐かしアニメソング大全」でも、巻末に「思い出の曲」として取り上げたくらいである。
歌唱を担当したパルは、TVドラマ「ちょっとマイウェイ」(1979)の主題歌「夜明けのマイウェイ」や『劇場版 エースをねらえ!』主題歌のキングレコード・カバー・バージョン等で知られる、男性3人、女性1人の4人組ポップス・グループ。メンバーの1人であった新井正人はグループ解散後、ソロで活躍。『機動戦士ガンダムΖΖ』(1986)主題歌「アニメじゃない」を歌った。現在も作曲家・歌手として活動を続けている。
2枚目のBGM集に収録された2曲の挿入歌「黄金のコンドル」「それぞれのユートピア」も同じ作詞・作曲コンビと歌手による曲。アルバムに収録されたのはTVサイズ(ショートサイズ)だが、CDにはボーナストラックとしてレコードサイズが収録される予定だ。
個人的には、越部信義にも挿入歌を書いてほしかった。越部信義のメロディメーカーとしての本領は、歌モノでこそ発揮されると筆者は思っているのだ。本作の音楽で唯一残念な点である。
BGMは複数曲を1トラックにまとめて収録するスタイル。物語前半の内容に沿ったイメージアルバム的な構成になっている。
最初の登場するBGM「エステバンのテーマ」は、タイトルどおり、主人公エステバンをイメージした曲。第1話のエステバン初登場のシーンから流れている。チャランゴ風のギター(?)がテーマを提示し、弦〜トランペット〜トロンボーンによって展開される。越部音楽の特徴=「歯切れのよいリズミカルなメロディとペーソス」が凝縮された、「これぞ越部節!」とひざを叩きたくなる曲である。
次の「新大陸をめざして」はエステバンたちの旅立ちをイメージしたトラック。前半では金管、木管、弦楽器が雄大な曲想で新大陸への憧れと希望を歌い、後半は軽快なリズムと勇壮なメロディで血沸き肉躍る冒険の旅を表現する。
「旅」は越部音楽と縁の深いテーマだ。『紅三四郎』は父の仇を追う三四郎の旅を描いた作品だし、『昆虫物語みなしごハッチ』も『ジムボタン』も『風船少女テンプルちゃん』も旅から旅への物語だ。本作は、そんな「越部信義・旅ものアニメ」の系譜につながる作品である。
トラック4「シアのテーマ」は本作のヒロイン・シアをイメージした曲。ケーナ(もしくはケーナ風の笛)と弦楽器が哀愁を帯びたシアの主題を変奏していく。シアがふと見せる大人びた横顔にぴったりの曲調だ。この曲で聴けるような、思わず胸がキュンとなるペーソスの香りも越部音楽の大きな魅力である。
続いて、「想いははるか」「おかしな島」「不安な夜」と冒険の旅のさまざまな場面を彩る曲が続く。「おかしな島」はユーモラスな曲を集めたトラックで、『サザエさん』にも通じるとぼけた曲調が楽しい。「おかあさんといっしょ」「ひらけ!ポンキッキ」などの幼児番組に多くの曲を提供した越部信義にとっては、この手の曲は得意分野だったのだろう。
トラック8「大冒険」はLPレコードのA面を締めくくる曲。朝日に輝く大地をイメージさせる悠々たる曲調の導入部から、追いつ追われつの追跡劇をコミカルなタッチで描写する中間部、そして危機感に富んだクライマックスへと展開する。冒険活劇に不可欠の要素をドラマティックに構成したトラックである。
B面の1曲目は「ムーの巨船出航」。第6話から登場するムー文明が遺した巨船「ラ・ムー号」のテーマだ。
この曲では、本作の音楽の特徴のひとつ、シンセサイザー・サウンドがフィーチャーされている。本作の音楽では、シンセサイザーは古代文明が遺したスーパーテクノロジーの象徴なのだろう。越部音楽といえば、歯切れのよいブラスサウンドの印象が強いが、このトラックではブラスとシンセの音が融合した新しい越部サウンドを聴くことができる。
もうひとつ注目すべき点は、この曲がラ・ムー号という「のりもの」をテーマにしていること。「のりもの」は「旅」と並んで越部音楽と縁の深いテーマなのだ。『マッハGoGoGo』『ジムボタン』は、いずれものりもの(マッハ号と機関車エマ)が主役とも言えるアニメだし、キッズソングの分野では「はたらくくるま」シリーズという大傑作がある。ほかにも、「ぼくは電車」「ぼくはきかんしゃ」「ピポピポ救急車」「ダンプカー」「パトカーのうた」「のろうよ地下鉄」など、「のりものソング」は越部信義の代名詞と言ってもよいジャンルなのである。
本作では、ラ・ムー号をテーマにしたBGMと飛行艇・大コンドルをテーマにしたBGM(2枚目に収録)を聴くことができる。歌ではないのが淋しいが……。うーん、やっぱり越部信義に「進めラ・ムー号」とか、「とべとべ大コンドル」といった挿入歌を書いてほしかったなぁ。
次の「大草原の旅」はアンデスの情景をイメージしたトラック。抒情的で土の匂いが感じられる民族音楽風の曲だ。『母をたずねて三千里』の音楽が大好きな人(筆者のことだ)にはたまらない。後半は天空にそびえる都マチュピチュのテーマである。
旅の楽しい一面を描写するユーモラスな曲を集めた「おかしな仲間」をはさんで、「静かな海」と題されたトラックが続く。牧歌的な前半部分から、チェレスタがしっとりと奏でるリリカルな曲想に転じる。本アルバムの中では「シアのテーマ」と並ぶ美しい曲だ。
次の「アマゾンの密林」はタイトルの印象とはうらはらの抒情的な曲想のトラック。ケーナやシンセサイザーが、シアのテーマを美しく変奏する。「大草原の旅」とイメージが重なる、民族音楽風のリリカルな曲だ。「アマゾンの密林」とは結びつかない。もしかしたら、次のトラック「不思議な夢」とタイトルが入れ替わっているのではないか……とも想像するが、真相は不明である。
その「不思議な夢」はシンセサイザーと管弦楽のアンサンブルによる緊張感に富んだ曲を集めたトラック。終盤にはラテンパーカッションがリズムを刻むアップテンポの追跡曲が現れる。緊迫感を残したまま、次のトラック「せまりくる危機」へ。じわじわとサスペンスが盛り上がり、シンセとオーケストラが絡み合う大ピンチ描写で終わる。
BGMパートのラストを飾るトラックは「黄金都市をめざして」。トランペットがエステバンのテーマを朗々と奏で、未知の世界への憧れを描写する。中間部からはアップテンポのアクティブな曲調に変わり、金管と弦、パーカッションのかけあいでエステバンたちの活躍を軽快に描いてフィナーレとなる。
アルバムの締めくくりとしては、最後にもう1曲、抒情的なトラックを配したほうがよかった気がするが、エンディング主題歌「いつかどこかであなたに会った」がその役目を果たしている。
『日本懐かしアニメソング大全』でも書いたことだが、「いつかどこかであなたに会った」は、歌が終わったあとにバイオリン・ソロが歌のメロディをゆったりと繰り返すアレンジがすばらしい(この部分はTVサイズにはない)。うまく口に出せない友への想いが、このヴァイオリン・ソロで表現されている。深い余韻とともに、アルバムも終わるのだ。
2枚目のアルバム「BGM集 Vol.2」では飛翔する大コンドルのテーマや神秘の都エルドラドのテーマが登場。SFファンタジー色が濃くなり、シンセサイザー・サウンドも多めになっている。また、1枚目にはなかった主題歌のアレンジBGMが収録されているのも聴きどころだ。ぜひとも、2枚セットで聴きたい。
『太陽の子エステバン』が放映された1982年〜1983年は、『宇宙戦艦ヤマト』の大ヒットをきっかけに始まったアニメブームの絶頂期。宇宙を舞台にしたSFアニメやロボットアニメが大人気で、地上の冒険を名作アニメ風に描いた本作の注目度はいまひとつだった。そんな中で、キングレコードが本作の音楽をアルバム化(それも2枚!)してくれたことは、本当によかった。おかげで、われわれは越部信義が遺したアニメ音楽をステレオ録音で聴くことができるのである。CD化を機会に、多くのアニメファン、音楽ファンに聴いていただきたい。
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