腹巻猫です。このたびの京都アニメーションの事件で被害に遭われた方に心より哀悼の意を表し、お見舞いを申し上げます。あまりに哀しく、痛ましく、無念の思いでいっぱいです。
7月28日に開催した第58回日本SF大会・彩こん内の企画・空想音楽大作戦2019では、哀悼の意を込めて『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の音楽を1曲紹介させていただいた。
『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』は2018年1月から4月まで全13話が放映されたTVアニメ作品である。2018年春からはNetflixで世界に配信されている。原作は京都アニメーションが主催する京都アニメーション大賞の大賞受賞作(小説)。アニメーション制作はもちろん京都アニメーションが担当した。生粋の京アニ・ブランドの作品だ。
舞台は第一次大戦頃のヨーロッパを思わせる架空の国。戦場で活躍する「武器」として育てられた少女ヴァイオレット・エヴァーガーデンが、終戦後に手紙を代筆する代書屋(自動手記人形)として働き始めるところから物語が始まる。重い傷を負った体と空虚な心を抱えたヴァイオレットが、手紙を書くことを通して、人間らしい心を取り戻し、癒されていく。人は辛い出来事と悔恨の想いを乗り越えて生きる意味を見出せるのか。深いテーマを美しい映像と丁寧な描写で綴った作品である。
音楽はアメリカ出身の作曲家・EVAN CALLが担当している。
EVAN CALLは1988年生まれ、カリフォルニア州出身。バークリー音楽大学でフィルムスコアリングを学んだあと、日本で作曲家になる道を選んだ。アメリカでは「音楽家が多すぎて、かなりレベルの高い人でも簡単には仕事が得られない状況」だったため、日本のほうがチャンスがあるのではないかと、最初は観光ビザで来日したのだそうだ。運よく、音楽制作チーム・Elements Gardenに所属することができ、アニメ・ゲーム作品の音楽制作に参加する。現在はミラクル・バスに所属。EVAN CALL単独名義で担当した作品には『東京ESP』(2014)、『シュヴァルツェスマーケン』(2016)、『ビッグオーダー』(2016)、『時間の支配者』(2017)、『ハクメイとミコチ Tiny little life in the woods』(2018)などがある。
ジャズやファンクなど作品によってさまざまなスタイルの音楽を聴かせるEVAN CALL。本作では、生楽器をふんだんに使ったオーケストラ音楽で、ヨーロッパの香りただよう落ち着いた雰囲気を紡ぎ出している。本人によれば、実は「こういう音楽の方が得意」で、ずっとやりたいと思っていたのだそうだ。
本作の音楽は実にぜいたくに、手間をかけて作られている。最初にPV用の音楽が作られたあと、TVシリーズ用の音楽が3回に分けて録音された。第1回録音のメニューは第1話の映像に合わせたもの。2回目は以降のエピソードのための溜め録りの音楽。3回目は、第10話から最終話に向けた向けたエピソード用の音楽だ。録音は、広いスタジオに50人ものオーケストラがそろい、一斉に音を出して行われた。
音楽へのこだわりはサウンドトラック・アルバムにも表れている。本作のサントラ盤は2018年3月28日にランティスからCD2枚組で発売された。驚くのはブックレットの厚さで、32ページもある。中には、EVAN CALLと主題歌歌手、音楽プロデューサー、音響監督、監督、演出家らとの対談インタビューをたっぷり掲載。さらにEVAN CALL単独のインタビューまであって、音楽制作の背景やEVANのプロフィールを知ることができる。近年のサントラ盤には珍しい、熱心なファンのニーズに応えた商品だ。また、ブックレットはつかないが、ハイレゾ音源のダウンロード販売も行われている。
収録曲は下記のランティス商品ページを参照。
https://www.lantis.jp/release-item/LACA-9573.html
アルバムの構成(選曲・曲順・タイトル決め)は作曲者のEVAN CALL自身が行った。「Automemories」というアルバム・タイトルもEVANがつけたものだ。
ストーリーに沿った曲順であるが、厳密に本編で使用された順というわけではない。音楽アルバムとしての曲の流れが重視されている。
ディスク1の1曲目に置かれたのは、PV用に書かれた「Theme of Violet Evergarden」。ピアノとボーカリーズによる導入部にタイプライターのタイプ音が重なる。本作の内容を音で表現する工夫だ。曲は管弦楽の合奏となって盛り上がり、その中にもタイプ音が挿入されてアクセントになっている。この曲で使われたメロディが本作のメインテーマとなり、TVシリーズの音楽にも使われていく。
前述のように、TVシリーズ用の第1回録音の楽曲は第1話の本編に合わせて作曲・録音された。
第1話の冒頭、兵士時代のヴァイオレットが上官・ギルベルト少佐にエメラルドのブローチを買ってもらう場面から流れる曲がディスク1のトラック2「A Doll’s Beginning」。曲名の「Doll」とは、作中で代筆を行う女性たちを呼ぶ「自動手記人形」の通称「ドール」にちなんだものだ。音楽は、戦闘で傷つき病院で目覚めたヴァイオレットがギルベルト少佐に報告書を書こうとする場面まで続いて流れる。曲の後半は物語の舞台である大陸の情景と海辺の都市を描写する雄大な音楽になり、PV用の曲と同じく、タイプ音が聴こえてきて終わる。ヴァイオレットの紹介と物語の始まりを伝える、プロローグにふさわしい曲である。
続いて、第1話でギルベルトの旧友ホッジンズが病院にヴァイオレットを迎えに来る場面に流れたのが、ディスク1のトラック4「Unspoken Words」。淡々としたピアノの音から始まる、やや不安で寂しげな曲だ。「無言の言葉」という意味の曲名には、ヴァイオレットにギルベルトの消息を伝えることができないホッジンズの気持ちが込められている。
ヴァイオレットがホッジンズの会社、C.H郵便社(クラウディア・ホッジンズ郵便社)に案内されて、ここで働くようにと言われる場面には、ディスク1のトラック7「The Voice in My Heart」が流れる。ニーノ・ロータを思わせるような哀愁を帯びた3拍子の曲で、以降のエピソードでも、ヴァイオレットやドールたちが代筆の仕事をする場面にたびたび流れている。働くドールのテーマとも呼ぶべき、印象的な曲である。
第1話の終盤、ホッジンズはヴァイオレットの心の傷を気遣い、「いつか、自分がたくさんやけどをしていたことに気づく」と言う。その場面に流れる「Rust」(ディスク1のトラック8)は、ヴァイオレットの抱える心の虚無を第三者の視点から描く音楽である。「Rust(錆)」という曲名が意味深い。第2話で、ヴァイオレットが依頼人の言葉の裏を想像することができず、初めての代筆の仕事に失敗してしまう場面にもこの曲が流れている。
第1話の続く場面では、ヴァイオレットが先輩ドール・カトレアが綴る手紙の言葉を聞きながら、戦場を回想する。ハープの爪弾きから始まる「Ink to Paper」(ディスク1のトラック10)はそのシーンに流れた、弦とピアノ、管楽器が絡み合うスリリングな曲。何かが起こりそうな緊張感のある曲調が耳に残る。第2話で、カトレアがヴァイオレットの両手が義手であることを知って驚く場面や、第5話で、ヴァイオレットが公開恋文を書くために王宮を訪れる場面などに使われている。
第1話のラストシーン、ヴァイオレットがホッジンズに「ドールの仕事がしたい」と告げる場面に流れる曲がディスク1のトラック3「One Last Message」。管楽器の合奏から始まる、希望的な曲である。この場面では、ヴァイオレットがギルベルト少佐の最後の言葉「愛してる」の意味を知るためにドールの仕事を選ぶという動機が語られる。いわば、ヴァイオレットの第2の人生の始まりを告げる曲だ。第3話でヴァイオレットがドール育成学校の教師からドールとして認められる場面にもこの曲が流れて、ヴァイオレットの成長を伝えていた。
フィルムスコアリングを本格的に学んだEVAN CALLにとって、絵に合わせた音楽作りは得意な分野だったはずだ。が、第1話のために作られた曲は一度使われただけで終わらず、その後のエピソードにも使用されて、みごとな効果を上げている。シーンに合わせながらも、曲としてもしっかり自立しているのが、EVANの音楽の特徴だ。
第2回録音では、第4話の誕生パーティのシーンなどで使われた軽快な「To The Ends of Our World」(ディスク1のトラック12)、ブラスを使った躍動感のある曲「Back in Business」(同トラック13)、ヴィオラ・ダ・ガンバを使ったカントリー風の「A Place to Call Home」(同トラック14)など、さまざまな楽器・スタイルの曲が用意されて、本作の物語世界を彩っている。
中でも印象に残る曲のひとつが、ディスク2の1曲目に置かれた「Across the Violet Sky」。第7話のクライマックス、ヴァイオレットが劇作家オスカーの言葉に応えて、湖を飛んで渡ろうとする場面に流れた、高揚感のある美しい曲である。ピアノの細かいフレーズから始まり、ゆったりと流れる弦が情感をかき立てる。後半からリズムが加わり、心の解放を表すような爽快な曲調に展開する。第3話でドール育成学校に通うヴァイオレットが同窓のルクレアと友だちになる場面、第4話で、里帰りした同僚アイリスの家族にヴァイオレットが優雅にあいさつする場面などに使われている。
ハープとバイオリン、ピアノのアンサンブルがしっとりと奏でる「Never Coming Back」(ディスク2のトラック3)も心に残る曲だ。第2話、思い出のブローチを手にしたヴァイオレットを見たホッジンズが、沈痛な思いで「あいつはもう戻ってこない」とつぶやくラストシーンに流れた。曲名もそれに由来する。ほかにも、ヴァイオレットがギルベルト少佐を想う場面や手紙を通して家族の想いが伝えられる場面などにしばしば選曲されている。
第9話では、ヴァイオレットが過去と対峙し、苦悩する姿が描かれる。そのラストシーン、ヴァイオレットが手紙を受け取るよろこびを知り、生きる意味を見出していく場面には「私たちを結ぶ愛」と名づけられた「The Love That Binds Us」(ディスク2のトラック7)が流れた。ピアノと弦の合奏から始まり、中盤から管楽器が加わって力強く盛り上がる。希望を予感させる、勇気の湧いてくる曲だ。3分55秒と、アルバムの中でももっとも長い、力の入ったナンバーである。
ほかにも、第2話のラストで雨に濡れたヴァイオレットが同僚のエリカに「『愛してる』を知りたいのです」と言う場面の弦の悲痛な曲「Inconsolable」(ディスク2のトラック6)、第6話、ヴァイオレットが天文台の若き職員リオンと一緒に夜空に輝く彗星を見る場面の「Wherever You Are, Wherever You May Be」(ディスク2のトラック2)、第9話の回想シーンで、ギルベルト少佐がヴァイオレットに「心から愛してる」と告げる場面の弦とピアノによる愛のテーマ「The Ultimate Price」(ディスク2のトラック5)など、本作には、画と音楽とが一体となって記憶される名場面が多い。
監督の石立太一は「音楽が先に上がっていたシーンは、劇伴ありきで演出を考えていたところもあった気がします」と語っており、本作における音楽の役割が非常に大きかったことがうかがえる。
第3回録音は第10話以降のエピソードを想定した音楽が収録された。
病気の母親のためにヴァイオレットが手紙を代筆するエピソード=第10話のために作られたのが、ディスク2のトラック11「Innocence」とトラック12「Always Watching Over You」。前者は母親を気遣う少女アンとヴァイオレットとの出逢いの場面に、後者はヴァイオレットがアンと遊ぶ場面に選曲されている。いずれもボーイソプラノをフィーチャーした、やさしく胸にしみる音楽である。
同じエピソードの終盤、ヴァイオレットとアンの別れの場面に流れたのがディスク2のトラック18「Letters From Heaven」。ストリングスがたおやかに奏でる慈愛に満ちた曲だ。本編を観てからだと涙なしには聴けない名曲のひとつ。
そして、本作を観たファンが忘れられない曲が、最終話のラストシーンに流れた「Violet’s Letter」(ディスク2のトラック20)だろう。物語の締めくくりの曲として書かれた曲で、アルバムでもBGMパートの最後に置かれている。
曲はヴァイオレットが書くギルベルト少佐への手紙の言葉とともに流れ始める。ピアノと弦によるしっとりした導入からゆるやかに盛り上がり、第1話の冒頭に流れた「A Doll’s Beginning」の旋律が再び奏でられて、静かに終わる。ヴァイオレットの人生の次のステージの始まりを祝福する、愛情に満ちた調べだ。
失ったものは戻らないけれど、それでも希望を捨てず、痛みを抱いて生きていくしかない。今できることをひとつひとつ進め、その先に光があると信じて。『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』の音楽は、その道しるべとなるような、愛と再生の祈りを伝える音楽である。
ハイレゾ版
(mora)
https://mora.jp/package/43000152/LACA-9573_HI-24_96/
(e-onkyo)
https://www.e-onkyo.com/music/album/laca9573/
(レコチョク)
https://recochoku.jp/album/A2001192534/