COLUMN

第161回 音楽の虹のかけ橋 〜わんぱく王子の大蛇退治〜

 腹巻猫です。7月27日〜28日にさいたま市ソニックシティで開催される第58回日本SF大会「彩こん」内の企画「空想音楽大作戦2019」に出演します。企画の開始は28日15時から。サントラ研究家の早川優さんをゲストに、近年のSF映像音楽、埼玉県出身の作曲家のSF音楽作品、サントラ制作の舞台裏などを語ります。SF大会参加者のみなさま、ぜひご来場ください。詳細は「彩こん」公式サイトからどうぞ。
https://www.scicon.jp/


 1968年に公開された高畑勲監督、東映動画(現・東映アニメーション)制作の長編漫画映画『太陽の王子ホルスの大冒険』の2枚組サウンドトラック盤が7月24日に発売される。折しも、現在放送中のNHK朝の連続テレビ小説「なつぞら」では、アニメーターの主人公なつが勤める“東洋動画”で『ホルスの大冒険』をモデルにしたと思しき作品の制作が佳境を迎えているところ。東京国立近代美術館では高畑勲監督の初の大規模回顧展が開催中だし、「なつぞら」にも高畑監督を思わせる若き演出家が登場している。実にタイムリーな発売だ。
 『太陽の王子ホルスの大冒険』の音楽については、当コラムでも取り上げたことがある。今回は、高畑勲監督が演出助手として参加した長編漫画映画『わんぱく王子の大蛇退治』の音楽を取り上げよう。

 『わんぱく王子の大蛇退治』は1963年に公開された東映動画制作の劇場アニメ。日本神話に題材を得た、少年王子スサノオの大冒険活劇である。演出(監督)はこれが監督デビューとなった芹川有吾。原画監督の森康二以下、東映動画の総力を結集した作画は見どころ満載で、現在の目で観ても古びていない。そして、音楽は「ゴジラ」を手がけた日本映画音楽の巨匠・伊福部昭である。
 本作の音楽を担当した経緯について、伊福部昭は「監督の芹川有吾さんが日本神話の素材なら伊福部が適任ではないかと目星をつけておられたようで」と語っている。伊福部昭は1959年公開の東宝作品「日本誕生」の音楽を担当している。これもまた日本神話を題材にしたものだった。芹川有吾の頭に「日本誕生」の音楽があったことは容易に想像できる。いっぽう、伊福部昭もディズニーの長編『ファンタジア』を観て感銘を受けた経験から、アニメにも興味を持っていた。伊福部昭唯一の劇場アニメ映画音楽がこうして生まれることになった。
 『わんぱく王子の大蛇退治』は伊福部昭の映画音楽の中でも特異な位置を占める。200本を超える劇場作品の音楽を手がけた伊福部昭だが、その中で長編アニメはこの1作だけ。また、音楽の入れ方に慎重な伊福部昭には珍しく、86分の映画に73分以上もの音楽を作曲している。加えて、通常は効果音として処理される生き物の鳴き声やキャラクターの動作に伴う音、自然音なども、その多くを楽器による「音楽効果」で作り出している。「音楽ファンタジー」と呼べるような、全編、音楽にあふれた作品なのだ。
 その内容も、勇壮なマーチあり、巨大怪獣の恐怖を表現する音楽あり、エキゾティックな踊りの音楽あり、素朴な旋律の歌曲あり、スサノオが訪れるさまざまな国の情景を描くファンタジックな音楽ありと充実している。そのため、本作は伊福部昭ファン、特撮怪獣映画ファンにも人気の一本なのである。
 そういう事情もあり、本作の音楽は早くから音盤化が進められてきた。
 最初の収録盤は、1978年に東宝レコードから発売されたLPレコード「SF映画の世界 PART5」。日本の特撮SF映画音楽を集めたシリーズの1枚である。ジャケットは日活の怪獣映画「大巨獣ガッパ」。帯にも「宇宙大怪獣ギララ」「吸血鬼ゴケミドロ」といった怪獣映画のタイトルが並んでいる。しかし、中身は全24曲中19曲が『わんぱく王子の大蛇退治』で占められている驚きの1枚だった。「ガッパ」や「ギララ」の音楽を望んでいたファンには肩透かしだったかもしれないが、それだけ、『わんぱく王子』は特撮怪獣映画ファンにとっても特別な作品だったのだ。余談だが、このアルバムの中身を知ったとき、筆者は「構成って、ここまで自由にやっていいんだ……」と驚きを通り越して清々しい思いがしたことを記憶している。
 続いては、1984年に日本コロムビアから「オリジナルBGMコレクション」シリーズの1枚として発売されたLPレコード。初の単独アルバムである。このときは2枚めの発売を企図して映画前半の楽曲だけが収録されたが、残念ながら2枚目が出なかった。本編の一番の聴きどころの音楽が聴けないのでもの足りなさが残る。しかし、ジャケット画は見ごたえがあるし、アナログレコードで聴く伊福部サウンドは格別の味わいがある。愛着深い1枚だ。
 3度目は1989年にユーメックス/東芝EMIから発売された「完全収録 伊福部昭 映画音楽 東映動画編」。CD2枚に本編に使用された全楽曲とカラオケや別テイクを収めた、ファン待望のアルバムだった。
 4度目は、1996年に発売されたCD-BOX「東映動画長編アニメ映画音楽大全集」。10枚組のうちの1枚に本編使用の全楽曲が収録された。
 このほかに、本作の音楽をもとにしたオーケストラ作品、交響組曲「わんぱく王子の大蛇退治」がある。これはファンからの熱望に受けて伊福部昭がまとめたもので、2003年にキングレコードによってCD用に初演、発売された。
 かくのごとく、本作は、70年代、80年代、90年代、00年代とくり返し商品化されている人気作品なのである。
 その流れを汲む決定盤とも呼べる商品が、2018年5月にディスクユニオン・CINEMA-KANレーベルから発売された「わんぱく王子の大蛇退治 オリジナル・サウンドトラック」である。2枚組にテイク違いを含む全楽曲と効果音まで収録した「最終盤」だ。
 収録内容は下記を参照。

わんぱく王子の大蛇退治 オリジナル・サウンドトラック
https://www.amazon.co.jp/dp/B07CDFC7CQ/

 1枚目に本編で使用された音楽を完全収録、2枚めにテイク違いの楽曲と効果音、予告音楽等を収録した構成。
 すでに書いたように、本作には伊福部音楽のさまざまな魅力が凝縮されている。聴きどころをいくつか紹介しよう。
 1曲目の「メインタイトル」は映画の冒頭に流れる曲。木管と電子オルガンなどが奏でるエキゾティックで幻想的なテーマから始まる。ナレーションで国生み神話が語られるプロローグの曲だ。続いて、メインタイトルとスタッフクレジットのバックに流れる軽快なマーチの曲になる。伊福部ファンなら「きたきた!」と胸躍るところだ。このマーチは、中盤の火の神とスサノオの対決シーンでも使用されている(「火の神とスサノオ」の後半)。
 劇中にくり返し登場する「母のない子の子守唄」は、スサノオの母イザナミのテーマ。母子の情愛を表現する曲であると同時に、スサノオの郷愁の想いを表現する曲でもある。
 スサノオがひとり旅立つ場面に流れる「旅立ち」の後半では、メインタイトルとは異なる旋律のマーチが聴ける。未知の世界に船出するスサノオの高揚する心と凛々しさを表現する明るく希望に満ちた曲だ。
 海でスサノオが巨大な魚アクルと対決する場面の「怪魚アクル」は、伊福部ファン待望の怪獣出現音楽。といっても、ゴジラほどの凶暴さや巨大さはないため、表現は控えめ。本当の巨大怪獣は後半に控えている。
 本作の音楽最大の聴きどころのひとつが「岩戸神楽」だ。岩戸の中に隠れた太陽神アマテラスを誘い出すために、女神アメノウズメが躍る場面の曲である。この場面では音楽と絵を完全に合わせるために、早い段階から伊福部昭と監督、振付師らとの綿密な打ち合わせが行われた。先に音楽が作曲・録音され、その音楽をバックに生身のダンサーが躍り、その動きを参考にアニメーターが作画を行っている。音楽に合わせてアメノウズメがひらひらと舞い踊る、映像と音楽が一体となった名場面が生まれた。
 アメノウズメは芸能の神であり、その踊りは神話における日本の芸能の誕生を意味している。音楽に合わせて踊る女神の姿は、形は違えど、現代のプリキュアシリーズのエンディングで観られる、CGによるプリキュアのダンスのルーツとも呼べるだろう。伊福部昭は「このくだりの仕事は、『わんぱく王子』に限らず、私の映画音楽全体の中でも、際立って想い出深いものです」と語っている。
 もうひとつの聴きどころが、言うまでもなく、クライマックスのスサノオ対ヤマタノオロチの場面の曲である。
 「ヤマタノオロチ出現」は巨大怪獣の出現を描写する重厚な音楽。芹川有吾の巧みな演出と丹念な作画によるオロチ登場描写は息をのむような迫力だ。東宝怪獣映画にまったく負けていない。オロチが酒を飲む場面の不気味な「酒を飲むオロチ」に続き、勇壮なトランペットのメロディによる「スサノオ出撃」が流れて、スサノオ対オロチの戦いが始まる。
 スサノオとオロチの対決は、躍動感に富んだ戦いの曲で彩られる。天翔ける馬ハヤコマに乗ったスサノオが颯爽と空を駆け、オロチの長い首がそれを追う。オロチの八つの頭はどれも同じように見えて、実はすべて異なる顔にデザインされている。その頭をひとつひとつ倒していくスサノオ。スサノオが武器を矛(ほこ)から剣に持ち変えると、曲はミディアムテンポの「スサノオ対オロチI」からアップテンポの「スサノオ対オロチII」に変わる。思わず血沸き肉躍ってしまう興奮の場面だ。ここでは音楽はあえて画に細かく合わせるよりも、音楽としての流れと勢いを重視して一気呵成に突き進む。素早い弦のパッセージが緊迫感を呼ぶ危機描写曲「スサノオ対オロチIII」が続く。
 スサノオが剣を折られ、絶体絶命になりながらも最後のオロチの頭を倒す場面の「最後の戦い」で激闘は終わりを告げる。上下動する弦のオスティナート(同一モチーフのくり返し)が危機感を盛り上げ、高音のトランペットがスサノオの勇気を表現する。
 いやー、すごかった。もう満腹。ラストの曲は「勝利の朝」と「エンディング」。「母のない子の子守唄」が再び流れ、美しくよみがえる出雲の国の情景が映し出される。伊福部映画音楽の中でも際立って美しい女声コーラスの曲で映画は幕を下ろす。巷では「癒しの音楽」などと軽々しく口にする向きもあるが、本当に心が浄化される音楽とはこういう曲をいうのだ。

 伊福部昭の特撮映画音楽を愛するファンは多い。しかし、それらの多くが作品の性質上、どうしても悲劇性を帯びた音楽にならざるをえないのに対し、本作の音楽はファンタジックな美しさと躍動感に富んだ、聴くだけでも楽しく、また、心安らぐ音楽になっている。だからこそ、本作はアニメファンのみならず、特撮怪獣映画ファン、伊福部昭ファンのすべてに愛される作品になったのだと思う。
 本編が始まった当初は、森康二の愛らしいキャラクターに伊福部音楽は重厚すぎるようにも感じる。しかし、観ているうちに「この音楽しかない」と思えてくる。いにしえの香り漂う、落ち着いた響きに包まれると、そこは神話の世界。せわしく、せちがらい現代を離れた、ゆったりした時間の流れる世界が待っている。伊福部音楽は、観客を此岸(現実)から彼岸(神話世界)へと運んでくれるのだ。まさしく「虹のかけ橋」(本作の企画時のタイトル)と呼ぶべき音楽である。

わんぱく王子の大蛇退治 オリジナル・サウンドトラック
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