腹巻猫です。来週10月27日公開される劇場アニメ『HUGっと! プリキュア・ふたりはプリキュア オールスターズメモリーズ』のサウンドトラック盤が、公開3日前の10月24日に発売されます。構成・解説・作曲家(林ゆうき)インタビューを担当しました。プリキュア15周年記念作品にふさわしく、音楽にも感動的な趣向が盛り込まれています。サントラ盤が思いきりネタバレになっていますので、公開前に購入された方は作品をご覧になるまで開封せず、ぜひ劇場で不意打ちの感動を味わってください!
映画 HUGっと!プリキュア・ふたりはプリキュア オールスターズメモリーズ オリジナル・サウンドトラック
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前回も触れた劇場アニメ『若おかみは小学生!』を観て、「ほお」と思ったのが「音楽・鈴木慶一」のクレジットだった。
鈴木慶一はロックバンド「ムーンライダーズ」の活躍で知られるミュージシャン。ギター、キーボード、ボーカル、作詞、作曲、編曲、プロデュースとその活動は幅広い。80年代にはムーンライダーズのメンバーとともに「綿の国星」や「わかつきめぐみの宝船ワールド」といった少女マンガのイメージアルバムを作り、映像音楽の分野でも北野武監督の「座頭市」(2003)、「アウトレイジ」(2010)、実写劇場作品「ゲゲゲの女房」(2010)、劇場アニメ『TOKYO GODFATHERS』(2003)、『聖☆おにいさん』(2013)、TVアニメ『Dororonえん魔くん メ〜ラめら』(2011)などの音楽を担当。近年ではTVアニメ『宝石の国』(2017)への楽曲提供も記憶に新しい。だから、『若おかみは小学生!』の音楽を担当するのは意外ではない。
しかし、鈴木慶一が参加する映像作品は、実写でもアニメでも、社会からドロップアウトした者や妖怪・神様・仏様などこの世ならざるものを主役にした変化球的なものが多い印象がある。だから、児童文学を原作にした直球の感動作『若おかみは小学生!』の音楽を担当していて、「ほお」と思ったのだ。
実際、『若おかみは小学生!』の音楽は、それまでの鈴木慶一のサウンドとは違った印象を受ける。コミカルなシーンの曲はわかりやすくポップに書かれているが、ドラマを支える音楽はクラシカルでリリカルで温かい。こういうストレートな音楽は、それまでの鈴木慶一作品にあまりなかった気がする。
では、鈴木慶一らしさが出た作品は? ということで、今回は『TOKYO GODFATHERS』を取り上げたい。
『TOKYO GODFATHERS』は2003年に公開された劇場アニメ。『千年女優』(2002)に続く今敏監督作品で、精緻な美術、作画は国内外で高く評価された。
それぞれに過去を抱える3人のホームレス、ギン、ハナ、ミユキが、クリスマスの夜にゴミ溜めで見つけた赤ん坊の親を探して東京をさすらう物語。
主役は東京の街、と思えるほど描きこまれた都会の風景と、細かい芝居がつけられたキャラクターの作画が見どころ。クライマックスでは人知を超えた奇跡が起こったようにも見える演出が今敏監督らしい。
音楽は「鈴木慶一」とクレジットされているが、実際はムーンライダーズのメンバーが総出で担当している。ムーンライダーズというバンドはメンバー全員が作曲・編曲も手がけるのが特徴で、本作でも、鈴木慶一、岡田徹、武川雅寛、鈴木博文、かしぶち哲郎、白井良明の6人が作曲・編曲を分担して行っているのだ。そこが、本作の音楽のユニークなところである。
本作のサウンドトラック・アルバムは、JOY RIDE recordsという独立系レーベルから発売された。収録曲は以下のとおり。
- きよしこの夜
- 浮浪者のテーマ
- ギンのテーマ
- 東京ゴッドファーザーズ
- ギン
- 探索のテーマ
- ハナのテーマ
- 探索のテーマ2
- ドキドキのテーマ
- 3人の浮浪者
- ゴッドファーザーのように
- ドキドキのテーマ2
- 事件
- 更に事件?
- ドキドキのテーマ
- 街の清掃隊
- 揺れる心
- ハナ
- きよしこの夜
- MAUVAIS GARCON
- 三人組
- すきま風
- 探索のテーマ3
- ギンの顔
- 交響曲第9番 二短調 フィドルヴァージョン
- 優しさ
- 昔話
- ハナ、さあヴァイオリンを聞こう
- ギンと仲間達
- 一件落着
- ドキドキのテーマ4
- ドキドキのテーマ5
- 追跡
- 奪回
- 悲しいくらいにいじましく
- ギンちゃん
- No.9
- Mauvais garcon(カラオケ)●Bounus track
曲はどれも本編のシーンに合わせて書かれている。そのため1分に満たない曲も多い。サウンドトラック・アルバムを作るときは、聴きごたえのある長めの曲だけを集めて、1分未満の短い曲は割愛してしまうこともよくあるのだが、本アルバムはそうではない。短い曲も残さず、本編で流れた楽曲を完全収録している。本作のファンにとっても、ムーンライダーズのファンにとっても、うれしい仕様だ。
先に書いたように、本作の音楽はムーンライダーズ全面参加で作られた。その分担の仕方も面白い。鈴木慶一はタイトル曲「東京ゴッドファーザーズ」とエンディング主題歌「No.9」などテーマ的な部分を主に担当。「浮浪者のテーマ」「3人の浮浪者」などは岡田徹、「ギンのテーマ」「ギン」「ギンの顔」などギンがらみの曲がかしぶち哲郎、「ハナのテーマ」「ハナ」「ハナ、さあヴァイオリンを聞こう」などのハナがらみの曲は鈴木博文、サスペンスタッチのシーンに流れる「ドキドキのテーマ」とそのバリエーションは白井良明といった具合に、メンバーそれぞれに担当となるキャラクターやシチュエーションが決まっている。まるで、音楽のキャラクターシステムである。こんな作り方をした映画音楽は、ほかに例がないのではないか。
冒頭の教会のシーンで流れる「きよしこの夜」の合唱(編曲・鈴木慶一)に続いて、ギンとハナが炊き出しの鍋を分けてもらう場面に流れるのが「浮浪者のテーマ」。ゆったりしたテンポのビッグバンド風の曲調から、哀愁とおかしみが伝わってくる。
このジャジーな浮浪者のテーマの別タイプとも呼べるのが、ギンたちが自動車に押しつぶされそうになっているヤクザの親分を助ける場面の「3人の浮浪者」。こちらはクラリネットがメロディを担当するベニー・グッドマン風の曲。作曲・編曲を担当した岡田徹はアニメ『イヴの時間』の音楽も手がけている。
ゴミ溜めで捨て子を見つけたギンが、この子に比べたら……とわが身をふり返る場面の「ギンのテーマ」はアコーディオンをフィーチャーしたしみじみとした曲。ギンがハナに「娘のことは忘れたことがない……」と話をする場面の「ギン」もアコーディオンが歌うリリカルな曲で、どちらも作・編曲はかしぶち哲郎の担当だ。惜しくも2013年に他界したかしぶち哲郎は、実写劇場作品「恋する女たち」(1986)や「釣りバカ日誌」5〜10(1992〜1998)、OVA『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』(1989)等の音楽で活躍。本作でも正道の映画音楽的な曲を提供している。本編ではセリフのバックになると音量がぐっと下げられて音楽が目立たなくなるが、サントラで聴くと愁いを帯びたメロディやアレンジの妙をじっくり味わえる。
そして、街の看板にクレジットが表示される秀逸なタイトルバックに流れるのがメインテーマ「東京ゴッドファーザーズ」。軽快なリズムとトランペットのメロディ。陽気な中に切なさが宿り、それを吹き飛ばすようなアバンギャルドさが顔を見せる。いかにも鈴木慶一らしい……と筆者が感じる曲だ。
姿が消えたハナと赤ん坊をギンとミユキが探す場面の「探索のテーマ」も鈴木慶一の作。ほとんどリズムだけのようなシンプルな曲だが、ユーモラスで存在感がある。この曲は3人が赤ん坊の母親探しをする場面の「探索のテーマ2」「探索のテーマ3」と反復される。
鈴木慶一の実弟・鈴木博文による「ハナのテーマ」も重要だ。ハナが赤ん坊の母親を探し出すと決意する場面の曲「ハナのテーマ」はほとんどコードだけで明快なメロディはないが、ハナが誘拐されたミユキと赤ん坊に再会する場面の「ハナ」ではアコーディオンがワルツ風のしみじみとした旋律を奏でる。ハナが赤ん坊を警察に届けると言い出す場面の「ハナ、さあヴァイオリンを聞こう」では、同じメロディがバイオリンによって明るく変奏される。ハナの心情の変化に合わせてテーマが展開していく巧みな音楽設計だ。
白井良明による「ドキドキのテーマ」は、家出娘のミユキが父に発見される場面やギンがパーティ会場でうらみを持つ相手に遭遇して近づく場面、終盤の赤ん坊を渡した母親が偽者とわかる場面など、サスペンス調の場面を盛り上げる役割。本編中で5回も使われている。登場するたびに楽器の組み合わせやアレンジの細部が異なっているので、くどい印象はない。サスペンスだけどシリアスになりすぎない、さじ加減の絶妙な曲だ。
アルバムのラストに置かれた「No.9」は、ベートーベンの「第九」のメロディに鈴木慶一が詩をつけて、ムーンライダーズがレゲエ風にアレンジ・演奏したエンディングクレジットの曲。ほろ苦い大人のメルヘンともいうべき本作にふさわしい、ちょっとビターでアバンギャルドな曲に仕上がっている。鈴木慶一自ら「渾身の出来」と呼ぶナンバーだ。鈴木慶一はのちに自身のレーベル「Run, Rabbit, Run Records」から、この曲の映画館用5.1サラウンド版をSACD仕様のCDシングルでリリースしている。
こんな風に複数の作家の共作となっている『TOKYO GODFATHERS』の音楽だが、同じバンドで演奏やアルバム制作をともにしているメンバーの作だけに、バラバラな印象はない。鈴木慶一プロデュースのもと、ひとつの世界を創り出しているのが興味深く、映画音楽のユニークな作り方としても注目したい作品である。
実のところ、『TOKYO GODFATHERS』はそれほど音楽が記憶に残る作品ではない。音楽はアンダースコア(背景に流れている音楽の意)に徹し、作中に溶け込んでいる。それは映画音楽としてすぐれているということでもある。
その音楽をサウンドトラック盤であらためて聴くと、ムーンライダーズらしいサウンドの作り込み、こだわりが伝わってくる。本作の背景美術と同じく、裏方に徹しながら、実はしっかりと個性を発揮しているのだ。そのサウンドは、人生をドロップアウトしてしまった主人公たちに寄り添うわけでもなく、突き放すわけでもなく、大人らしい距離を取った共感と応援の音楽として奏でられているように聴こえる。その、押しつけがましくないところが魅力だ。
ひるがえって『若おかみは小学生!』の音楽を思い出してみると、出しゃばりすぎず、感動を押し売りしない距離の取り方は同じ。考えてみれば、『若おかみ』って立派な妖怪・オバケ作品じゃん。鈴木慶一の“はみだし者・妖怪作品の系譜”はちゃんと引き継がれているのだった。
東京ゴッドファーザーズ オリジナル・サウンドトラック
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