COLUMN

第123回 奇跡の思い出 〜ユンカース・カム・ヒア〜

 腹巻猫です。本年もよろしくお願いします。
 1月27日(土)に筆者も参加している劇伴専門バンドG-Sessionのライブがあります。特集「80年代ビクターアニメソング」「角川映画」他。お時間ありましたら、ぜひご来場ください! 詳しくは下記を。

http://www.soundtrackpub.com/event/2018/01/20180127.html


 今年は戌年。それにちなんで犬の劇場アニメを紹介しよう。
 1995年3月18日に公開された『ユンカース・カム・ヒア』だ。
 TM NETWORKの木根尚登が1990年に発表した同名小説を原作に、佐藤順一監督が映像化した。脚本はTVドラマ「熱中時代」(1978)、「たけしくん、ハイ!」(1985)など実写作品を中心に活躍する布勢博一。キャラクターデザインと作画監督は小松原一男が担当している。
 小学6年生の野沢ひろみの家で飼われている犬ユンカースは、人間の言葉をしゃべる不思議な犬。しかし、それはひろみとユンカースだけの秘密なのだ。仕事が忙しく留守がちのパパとママの間に別れ話が持ち上がる。心を痛めるひろみに、ユンカースは「君が願えば、ぼくは3つだけ奇跡を起こすことができるんだ」と話しかける……。
 どちらかといえば地味なアニメである。アニメ的な誇張を排したキャラクター。サトジュンらしいデフォルメやギャグも控えめだし、大きな事件も起こらない。ひろみの年上の家庭教師への憧れや留守がちな両親への複雑な想いを描きながら、淡々と物語は進む。少女の心情を丹念に描いた誠実な作品だ。唯一ファンタジーの要素であるユンカースも、格別非日常的な存在としては描かれず、ひろみと2人(1人と1匹)きりのときに話すだけ。ユンカースが人間の言葉を話すことの説明は本編にはなく、ひろみの空想ともとれるが、そうではないことを示すエピソードが挿入されている。
 ユンカースのモデルはTM NETWORKの小室哲哉がイギリス滞在時に飼っていたミニチュア・シュナウザー犬だそうだ。木根尚登の原作では主人公は16歳の女子高生。アニメ版のスタッフは人の言葉を話す犬ユンカースと「3つの願い」という部分を生かして、新しい物語を作り出した。
 公開当時は上映館数も少なく、あまり評判にならなかった。しかし、公開した年の毎日映画コンクール・アニメーション映画賞を受賞したことが本作の実力を示している。その後、作品に感動した熱心なファンが地道に上映活動を続け、本作の名は徐々に知られるようになっていった。BS、CSなどの放送を経て、2001年にようやくDVD発売。手軽に観られるようになったが、まだまだ本作の魅力は知られていないように思う。

 本作の音楽は原作者である木根尚登が担当している。小室哲哉、宇都宮隆、木根尚登の3人で結成されたユニットTM NETWORKは1984年にデビューし、1987年にはTVアニメ『CITY HUNTER』のエンディングテーマ「Get Wild」が大ヒット。80年代後半から90年代のJ-POPシーンを代表するユニットとして活躍した。劇場アニメ『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』(1988)主題歌「BEYOND THE TIME(メビウスの宇宙を越えて)」もTM NETWORKの楽曲だ。
 90年代に入ってTM NETWORKは「TMN」とリニューアルし活動を続けるが、1994年に活動終了。1999年に活動を再開するまで、3人はソロ活動に転じた。『ユンカース・カム・ヒア』はその時期の作品である。
 TM NETWORKでは作・編曲、キーボーディスト、ギタリストとして活躍した木根尚登は、本作で主題歌「ホントの君 ウソの君」「Winter comes around」とBGMの作曲を手がけている。BGMは木根尚登が書いた主題歌と「ひろみのテーマ」「パパのテーマ」などのいくつかのモティーフのアレンジが中心。CDシングル「ホントの君 ウソの君」のカップリング曲「Bye Bye Bye」のメロディも使用されている。
 本作の音楽を担当したのは、実は木根尚登だけではない。アレンジと補作曲でSYS musicians(サントラ盤の表記)というユニットが参加しているのだ。
 SYSは嶋田陽一、山下恭文、嶋田英二郎を中心としたユニット。杉真理らJ-POPアーティストのレコーディング・サポートやアレンジも担当している。本作では作曲・編曲のほかにミュージシャンとしてBGM録音にも参加し、サウンド作りに重要な役割を果たした。
 『ユンカース・カム・ヒア』の音楽は木根尚登のメロディとSYS musiciansのメロディ+サウンドの共作ともいうべき作品である。
 映像音楽の経験がない作家が作る音楽だったので、佐藤監督は音楽に若干の心配があったそうだ。しかし、仕上がりを聴いてみると杞憂だった。音響監督の斯波重治は「これは上手くいくよ!」と力強く言ったという。
 サウンドトラック・アルバムは1995年4月21日にアポロンから発売された。現在は廃盤だが、DVD同梱CDとして復刻されている。収録曲は以下のとおり。

  1. オルゴール/ホントの君 ウソの君
  2. はじめましてユンカースです。/ホントの君 ウソの君
  3. ひろみ/ひろみのテーマ
  4. 大正ロマン
  5. パパ/パパのテーマ
  6. ウエディング
  7. つまんないテニス
  8. 圭介を尾行/ひろみのテーマ
  9. 尾行、原田千恵
  10. トレンディードラマ
  11. 寂しさ
  12. パパが帰ってきた/パパのテーマ
  13. パパとの食事
  14. 寂しいひろみ/ホントの君 ウソの君
  15. 辛いひろみ
  16. ヤケ食い/ひろみのテーマ
  17. ママとの会話
  18. 洋子の人形劇
  19. 優しい夜/bye bye bye
  20. 静かな雪の朝
  21. ひろみの料理/パパのテーマ
  22. 危機感
  23. よかった、戻ってきた
  24. クリスマスパーティ
  25. 海の思い出/bye bye bye
  26. ホントの君 ウソの君(唄:木根尚登)
  27. 幻/bye bye bye
  28. ひろみの気持ち/ホントの君 ウソの君
  29. ありがとうユンカース、春
  30. Winter comes around(唄:日置明子)
  31. オルゴール/ホントの君 ウソの君

 木根尚登が書いたモティーフのタイトルが「/」のあとに表記されている。同じモティーフの曲がどれかひと目でわかる、親切なタイトルづけである。
 音楽は絵に合わせて書かれている。サントラの構成も基本的に劇中使用順だ。
 しかし例外がある。1曲目と最後の31曲目に置かれた「オルゴール/ホントの君 ウソの君」だけは劇中使用位置とは関係なく配置されている。この曲についてはあとで語ろう。
 トラック2の「はじめましてユンカースです。」は冒頭、ユンカースが登場する場面に流れる曲。町を歩くユンカースの映像をバックに軽快なタッチで主題歌のメロディがたっぷり流れる。導入とともにメインテーマを印象づける巧みな音楽設計である。
 木根尚登が作曲した「ホントの君 ウソの君」のメロディが抜群にいい。これは本作のために作られた曲で、作品と無関係に作られたタイアップ曲にはない親和性がある。本作の場合、木根自身が原作者なのだからなおさらである。このメロディはひろみの寂しさや悲しみなど切実な気持ちを描写する楽曲に使われている。ひろみの心情に寄り添うやさしく切ないメロディが耳に残る。
 トラック3「ひろみ」、トラック8「圭介を尾行」、トラック16「ヤケ食い」などに使われた「ひろみのテーマ」は明るく元気なひろみを描写するメロディ。ひろみがユンカースと一緒に帰宅する場面の「ひろみ」ではクラリネットが旋律を受け持つほんわかしたアレンジで、ひろみが家庭教師の圭介を尾行する場面に流れる「圭介を尾行」は軽快なリズムに乗った躍動感のある曲調で、圭介に失恋したひろみがハンバーガーをやけ食いする場面の「ヤケ食い」ではビッグバンド+エレキギターの編成でユーモラスに奏でられる。ひろみの表情が目に浮かぶようなアレンジが楽しい。
 トラック5「パパ」、トラック12「パパが帰ってきた」、トラック21「ひろみの料理」などに使われた「パパのテーマ」は少し優雅な雰囲気の温かいメロディ。ひろみの目から見たパパのイメージだろう。パパは撮影のために海外を飛び回っている売れっ子CM監督だ。ひろみがパパに宛てた手紙が読み上げられる場面の「パパ」はアコースティックギターが奏でるやさしい曲調。ひろみの気持ちが伝わるアレンジだ。「パパが帰ってきた」では跳ねた3拍子のピアノでひろみの高揚感を表現。ひろみがクリスマスパーティのための料理を1人で作ろうとする場面の「ひろみの料理」ではアコーディオンとマリンバの音をフィーチャーして、南ヨーロッパの香りがするちょっとユーモラスなイメージに仕上げられている。
 ひろみとパパのテーマはあるが、ママのテーマはない。ホテルチェーンに務めるキャリアウーマンで、ひろみのことを気にかけていると言いながら、ひろみの本当の気持ちに気づかないママ。ママとひろみが絡むシーンでは、気持ちのすれ違いに寂しさを感じるひろみの心情に沿った曲が流れている。ひろみがホテルのラウンジでママと会話する場面のトラック17「ママとの会話」は、ラウンジのBGMとして流れるクラシック風の現実音楽だ。ママのテーマがないのは、ひろみとママの心の距離感の表れなのだろう。
 SYS musiciansのアレンジはバンドサウンドとシンセを中心に、短い曲であっても独立したポップスの楽曲風に完成されている。劇中で流れているときは目立たないが、サントラ盤で聴くとしっかり構成されたアレンジと演奏の質の高さに驚かされる。サントラで聴く価値がある音楽だ。
 「はじめましてユンカースです。」や「パパ」「寂しさ」「静かな雪の朝」「幻」などで聴かれる80年代風のふわふわした感じのシンセの音がとても耳にやさしく響く。「時をかける少女」(1983)の松任谷正隆の音楽をちょっと思い出させる。
 「優しい夜」「海の思い出」「幻」にアレンジされた「Bye Bye Bye」は、主題歌「ホントの君 ウソの君」のカップリング曲。本編には歌入りは使用されていないが、これも作品のイメージにつながる曲だ。昨日の君にさよなら、と歌う歌詞に、小さな事件を通して少し大人になるひろみの心の成長が重なる。その曲が、ひろみを気遣うユンカースのやさしさを表現する「優しい夜」、ひろみが両親との大切なひとときを思い出す場面の「海の思い出」「幻」にアレンジされているのはなかなか意味深である。これはユンカースの視点でひろみを見守る歌ではないだろうか。
 主題歌「ホントの君 ウソの君」はクライマックスで流れる。
 ひろみが思わず口にした願いを聞いて、ユンカースが奇跡を起こす場面だ。ひろみの日常がリアルに描かれるぶん、このシーンの驚きとカタルシスは大きい。大橋学が作画を手がけ、キャラクターと背景を描いている。水彩画調の背景が動くダイナミックな映像が「奇跡」を実感させて大きな感動を呼ぶ。本作の一番の見せ場である。この場面はセリフと歌がかぶらないように苦心して何度もやり直した、と斯波重治はふり返っている。
 しかし、本当のクライマックスはそのあとなのである。ユンカースの力で思い出の場所に集まったパパとママに、ひろみが本当の気持ちを告げる場面。ギターとシンセだけのシンプルなアレンジで「ホントの君 ウソの君」のメロディを奏でる「ひろみの気持ち」が流れる。ひろみ役・押谷芽衣の名演とともに忘れがたい名場面だ。思わず感情があふれるママの芝居もいい。このシーンは何度観ても胸が熱くなる。
 エピローグに流れる「ありがとうユンカース、春」はアコースティックギターの音色が心に沁みるやさしい曲。後半はピアノが同じメロディを明るく奏でて締めくくる。
 エンディングテーマは日置明子が歌う「Winter comes around」。TM NETWORKのアルバム「CAROL 〜A DAY IN A GIRL’S LIFE 1991〜」(1988)に収録された同名曲のカバーである。オリジナルは小室哲哉がアレンジしているが、劇場版は「愛・おぼえていますか」(『超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか』主題歌)や「愛はブーメラン」(『うる星やつら2 ★ビューティフル・ドリーマー★』主題歌)のアレンジを手がけている清水信之によって新しくアレンジされた。原曲より温かい曲調のバラードに仕上がっていて、本編の余韻をゆったり味わわせてくれる。
 そして、アルバムの1曲目とラストに置かれた「オルゴール/ホントの君 ウソの君」だ。劇中でこの曲が流れるのは3回。序盤でひろみが机の上のオルゴールのふたを開くと、パパとママと3人で過した夏の思い出の写真が現れ、このオルゴールの曲が流れ始める。次は家庭教師の圭介と婚約者・洋子の仲違い、両親の不和などにひろみが小さな胸を痛める場面。3回目はひろみが口にした言葉をユンカースがかなえる終盤のクライマックスの始まりの場面。いずれも、ひろみの胸の奥に潜む気持ちがにじみ出す重要な場面に使用されている。
 1曲目と最後に置かれた「オルゴール」は同じ音源。同じ曲を2回収録するというCDとしては異例の構成になっている(アナログレコードの時代には「Reprise」と題して同じ曲をもう一度収録するケースもときどきあった)。
 しかし、アルバムの構成としてはうなずける。本作を観たファンなら、この曲とともに本編を思い出し、ひろみの物語とともに観たときの情景や感動までもがよみがえるはずである。「オルゴール」を頭と最後に配したことで、作品に忠実なサントラ盤であるだけでなく、「思い出のアルバム」として完成しているのだ。この思い切った構成には賛辞を贈りたい。

 『ユンカース・カム・ヒア』のサウンドトラックは、思い出のアルバムとして楽しめる1枚だ。それもやはり、作品の感動あってこそである。主題歌「ホントの君 ウソの君」も劇中の名場面の記憶ともに聴くことで胸にこみあげるものがある。戌年の今年、本作を未見の方はぜひDVDを手に入れて観ていただきたい。あわせて同梱のサントラを聴けば、やさしく、幸せな気分で年が始められるはず。奇跡を起こすのは君なんだ(byユンカース)。

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