腹巻猫です。前回お知らせした横山菁児先生に続いて、「仮面の忍者 赤影」(1967)、『ピュンピュン丸』(1967)などの音楽を手がけた小川寛興先生、『宇宙海賊キャプテンハーロック』(1978)、『銀河鉄道999』(1978)、『サイボーグ009』(1979)などの主題歌・挿入歌を作曲した平尾昌晃先生の訃報が相次いで飛び込んできました。アニメ音楽史に残る名曲を遺した先生方が相次いで天に。寂しい夏です。
8月2日と3日に池袋の東京芸術劇場で「セーラームーン クラシック コンサート」が開催される。『美少女戦士セーラームーン』誕生25周年を記念したオーケストラ・コンサートだ。『セーラームーン』とオーケストラといえば渡辺俊幸が編曲した「交響詩 美少女戦士セーラームーンR」があるが、今回はそれとは異なる構想による新アレンジ。『セーラームーン』の歴代アニメ、ミュージカル作品から選曲されているというから90年代アニメファンもセラミュファンも聴き逃せない。故・有澤孝紀さんのアニメBGMも演奏されるとか……。
http://sailormoon-official.com/information/25th_classic_concert.php
その「セーラームーン クラシック コンサート」にアレンジャーとして参加しているのが三宅一徳。アニメや東映特撮作品の音楽でも活躍する作・編曲家だ。今回は三宅一徳の仕事を紹介したい。
1963年生まれの三宅一徳は沖縄出身。すぐに東京に引っ越したので東京育ちだ。幼少期からピアノ、オルガンを習って音楽教育を受けたが小学校2年で辞めてしまう。その後、ロック、ポップス、映画音楽、海外TVドラマの音楽など、さまざまな音楽を吸収して育った。少年時代は音楽家より飛行機のパイロットになりたかったという。高校生になり、航空大学を目指そうとしたが視力が低下して断念。小さいころからなじんでいた音楽の道に舵を切りなおした。
少し回り道をしたが、晴れて東京藝術大学作曲科に入学。純音楽を勉強するいっぽうで商業音楽の世界に傾倒していった。本当は、アカデミックな純音楽よりも、ロックや映画音楽のような商業音楽がやりたかったのだ。
この東京藝大時代に知り合ったのが、1年先輩にいた佐橋俊彦。『機動戦士ガンダムSEED』や「仮面ライダー電王」の作曲家である。趣味が一致した2人は意気投合して現在まで続く交友がスタートする。2人のエピソードは面白いのだが字数の都合もあるので割愛しよう。
藝大卒業後、三宅は現代音楽と古典音楽のハイブリッドのようなユニークな音楽活動を始めた。シンセサイザーと邦楽器、クラシックとロック。邦楽器奏者ユニット・箏座のメンバーとして活動した時期もある。そんな中で徐々に映像音楽やオーケストラアレンジの仕事が増えていった。
実は三宅は、1995年リリースのアルバム「美少女戦士セーラムーンSuperS in Paris」(日本コロムビア)で、一度『セーラームーン』の楽曲をアレンジしている。同じ年に手がけたのがTVアニメ『ぼのぼの』(1995)の音楽。そして、三宅一徳の名をサントラファンに知らしめたのが、2002年の東映スーパー戦隊シリーズ「忍風戦隊ハリケンジャー」の音楽だ。大編成オーケストラに邦楽器。三宅の指向にぴたりとあった編成で繰り出されるダイナミックな音楽は新時代のスーパー戦隊音楽の誕生を印象づけるものだった。
その後も、「仮面ライダー剣」(2004)、「獣拳戦隊ゲキレンジャー」(2007)、「天装戦隊ゴセイジャー」(2010)と東映特撮作品の常連として活躍。アニメでは『ふたつのスピカ』(2003)、『エリア88』(2004)、『妖逆門』(2006)、『ライブオン CARDLIVER 翔』(2008)などを手がけている。
オーケストラ、ロック、シンセサイザー、邦楽器。異なる音楽要素を自在に操る三宅一徳の音楽は、ひとつの枠では語りがたい。密林の中に多様な動物や植物が共生するように、多様な音楽が渾然となって自然に共存する現代のクロスオーバー音楽のような印象がある。
そんな三宅一徳の作品から、今回は2008年に放送されたTVアニメ『二十面相の娘』を紹介しよう。
『二十面相の娘』は2008年4月から9月まで、全22話が放送されたTVアニメ作品。小原愼司の同名マンガを原作に富沢信雄が監督。アニメ制作はボンズとテレコム・アニメーションフィルムが担当した。
戦後復興期の日本を舞台に、怪人二十面相の仲間となった少女・美甘千津子(チコ)が二十面相の遺産をねらう怪人や博士を相手に活躍する冒険活劇。幾度も危機に陥りながらも二十面相を信じ、慕い続けるチコの心情が胸を打つ。チコ(声・平野綾)が二十面相を呼ぶ「おじさん」を聞いていると、『ルパン三世 カリオストロの城』のクラリスがルパンについていったらこんなふうだったのでは……と想像してしまうのは筆者だけではないだろう。
三宅一徳の音楽は時代背景に沿ったレトロな雰囲気を醸し出しつつも、それにとらわれず、二十面相のキャラクターにふさわしい変幻自在な表情を見せる。カッコよさ、サスペンス、叙情。冒険活劇の要素を押さえながら現代的なサウンドに仕上げた意欲作だ。
サウンドトラック・アルバムは2008年9月にランティスから発売された。2枚組63曲収録のボリュームがうれしい。曲数が多いため、収録曲は下記リンクを参照されたい。
TVアニメ「二十面相の娘」オリジナルサウンドトラック
https://www.amazon.co.jp/dp/B001DC6RIS
ブックレットは見開き4ページのみのシンプルなものながら、作曲者のコメント入り。「二十面相号外」と題された投げ込みリーフレットで4人のプロデューサーのコメントも読むことができる。コストを抑えながら必要な情報がしっかり入っている。
主題歌の収録はなく、全曲、三宅一徳作品で構成。サブタイトル音楽や同一テーマのバリエーションも網羅した、ファンにはうれしい内容である。
曲順は劇中使用順とは関係なく、曲調重視で並べられているようだ。本編とは別の、サントラだけのアナザーストーリーを音楽で楽しむ構成になっている。
Disc1の1曲目に配されたのは「華麗なる盗みのテーマ」。本作のメインテーマとも言うべき曲だ。サックスとブラスをフィーチャーした8分の6拍子のジャズ。バックはピアノ、ウッドベース、ドラムスという王道の編成にストリングスが加わる。レトロなビッグバンドの香りを漂わせつつ、演奏は現代風にスタイリッシュ。スリリングで優雅な雰囲気も感じさせるみごとなテーマだ。第1話アバンタイトルで二十面相が天使のオルゴールを盗み出す場面から使用。チコが二十面相の誘いに応じて外の世界へと飛び出していく名場面にも使用されて鮮烈な印象を遺した。
Disc2の最後にはこの曲のバリエーション「華麗なる盗みのテーマ Not BRASS」が配されて、シンメトリーをなしている。しゃれた構成である。
二十面相やその仲間たちが活躍する場面には「AcTionN」と題された「華麗なる盗みのテーマ」の変奏が流れる。サントラでは「AcTioN -動-」「AcTioN -動 02-」「AcTioN -迷-」「AcTioN -迷 02-」「AcTioN -静-」と5曲のバリエーションが収録されている。「動」はスマートに軽快に、「迷」はピアノでしっとりと、「静」はフルートとギターをメインにミステリアスに。メインテーマを印象づける巧みな音楽設計だ。
その「AcTionN -静-」でDisc1が締めくくられ、Disc2は「スリルの風をきって」と題された軽快なジャズナンバーから開幕する。サックスとブラスが華麗に奏でるのはメインテーマとは異なる旋律による二十面相のテーマ。第1話でチコを乗せた二十面相の車がパトカーとカーチェイスを繰り広げる場面に使用された。
「二十面相 SMOKY」はサックスが二十面相のテーマを奏でるジャズバラード。「二十面相 COOL」では、サックスの代わりにビブラフォンがフィーチャーされている。
かと思うと、同じ「二十面相」のタイトルがついた曲でも「二十面相/Arranged B-type」はメインテーマのバリエーション、「二十面相 ~香りを残して~」は劇中歌「Bonne Justice」の変奏、「二十面相 Silence」はまた別の旋律と、二十の顔を持つ男のように音楽も変幻自在なのが面白い。
メインテーマ、二十面相のテーマと並んで印象深いのが、チコのテーマである「チコ-二十面相の娘 one」だ。軽快なリズムに導かれて素朴な笛の音がフォークロア調のメロディを奏でる曲で、チコの活躍場面にたびたび使用された。
この素朴なの笛の音――クレジットにはケーナ、パンフルート、リコーダーと書かれているが曲ごとにどの楽器かは特定しづらい――が出色で、本作に懐かしさと異国情緒をブレンドしたような独特の空気感を添えている。大団円によく使われた「東の空が光るころ」にも笛がフィーチャーされているし、チコと親友の春華、チコの世話をするメイドのトメさんらがガールズトークを繰り広げる心休まる場面にも、「イスを並べて」「風に吹かれて」「スープを囲んで」など、明るい雰囲気の笛の曲が流れる。
ライナーノーツの三宅一徳のコメントによれば、自由を求めるものの象徴としてジャズとトラディショナルミュージックの要素を本作の音楽の核に置いたのだそうだ。そのトラディショナルミュージックの部分を代表しているのが、こうしたリコーダー系の笛の曲なのだろう。
二十面相一味が盗みを働く場面のスリリングな曲も耳に残る。ピアノとパーカッションのリズムが緊迫感を生む「作戦開始 Code-A」、ウッドベースとラテンパーカッションの絡みが秘密の活動を暗示する「作戦開始 Code-B」、ピアノ、ギター、ストリングスだけのシンプルな編成の「合図とともに」など。抑えた曲調が効果を上げている。
忘れてはならないのが「少女探偵団」と題された一連の曲。少女探偵団とは冒険に憧れる春華が自分とチコとトメさんの探偵活動を妄想して名づけたチーム名。ジャジーで遊び心満点の曲調に仕上がっている。スキャットこそフィーチャーされていないが、雰囲気はアルマンド・トロバヨーリの「黄金の七人」! 少女探偵団はエンディング映像にもメインで取り上げられているのに、劇中では第15話「少女探偵団」と最終話くらいしか活躍の場がなかったのが残念だ。この曲が流れる華やかな場面をもっと観たかった。
世界大戦の遺産が悲劇を招くシリーズ中盤から後半にかけての展開では、超人的な能力を身につけた怪人やマッドサイエンティストが暗躍を始める。そうした場面に流れるのが「大戦の暗部」「人間タンク」「白髪鬼」「教授」といった楽曲。いずれも、ミステリアスな曲調の中に悲しみを宿しているのが特徴だ。彼らは大戦によって人生を変えられてしまった悲しい犠牲者でもあるのだ。
本作の音楽の白眉は、実はアクション曲よりも、こうした哀感を帯びた曲ではないかと思う。チコの苦悩を表現するピアノ曲「心の瓦解」や淡々としたピアノの音色に静かな悲しみがにじむ「孤独(Sepia)」、世間の噂とは異なる二十面相の秘めた想いを暗示するメインテーマのアレンジ「巷間の噂」、チコや春華が悲壮な決意を固める場面に流れた「背に雨音が響き」、そして、第6話でのチコと仲間との別れや第14話でのチコと二十面相との別れの場面に流れた、ずばり「別れ」と題された弦合奏の曲。大人びた曲調でチコたちの複雑な心情を表現し、ドラマに深みを与えている。こうした曲が、本作を単なる冒険活劇にとどまらない人間ドラマに昇華させていると思うのだ。
ボーナストラックに収録された「Bonne Justice」は物語の鍵となる重要な曲である。フランスの詩人ポール・エリュアールの詩「よき正義」に三宅一徳が曲をつけた。劇中では秘密の暗号を宿した歌として登場し、二十面相とチコが口ずさむシーンがある。サウンドトラックに収録されたのはMeriが歌うシャンソン風のバージョン。まるでミシェル・ルグランかフランシス・レイかと思うようなおしゃれでロマンティックなサウンドに仕上がっている。このバージョンは実質的な最終話となった第21話で二十面相とチコとの最後の別れの場面で使用され、フランス映画の一場面のような名シーンを創り出している。
『二十面相の娘』は、三宅音楽の大人カッコいい一面が聴ける渋い作品である。東映特撮作品のケレン味たっぷりのストレートな音楽や『ふたつのスピカ』のハートウォーミングな音楽とはひと味もふた味も異なる、アクの強い音楽を聴くことができる。ジャズに民族音楽にオーケストラ。異なる音楽の出逢いがダイナミズムを呼び、闇と光の間でもがく人間のドラマを陰影豊かに描き出す。劇中の二十面相とチコの台詞を引くなら「何かが始まりそうな」予感に満ちた、刺激的で心を動かされる音楽だ。
TVアニメ「二十面相の娘」オリジナルサウンドトラック
Amazon