腹巻猫です。構成・解説を手がけたCD「透明ドリちゃん オリジナル・サウンドトラック」が1月25日に発売されます。渡辺宙明が1978年に手がけた実写魔法少女ドラマの初のサントラ盤。主題歌のカラオケも収録。渡辺宙明ファン待望の初商品化です。ぜひ、お聴きください!
前回取り上げた『勇者エクスカイザー』に続く勇者シリーズ第2作『太陽の勇者ファイバード』(1991)では、渡辺俊幸が音楽を手がけている。
渡辺俊幸。ご存知の方も多いと思うが、『マジンガーZ』で知られる作曲家・渡辺宙明の長男だ。
今回は渡辺俊幸が手がけた映像音楽の代表作を紹介したい。
渡辺俊幸は1955年生まれ。少年時代にビートルズの音楽に魅せられてドラムに熱中し、大学在学中にフォークグループ・赤い鳥にドラマーとして加入してプロ活動を始めた。赤い鳥では、のちに編曲、キーボードも担当する。赤い鳥解散後、さだまさしのフォークグループ・グレープと出会い、サポートメンバーとして参加。グレープ解散後は、さだまさし専属の音楽プロデューサー、編曲家として活躍を始める。
転機はレコーディングのために訪れたアメリカで映画「未知との遭遇」(1977)を観たことだった。ジョン・ウィリアムズの音楽に衝撃を受け、「こんな音楽を書いてみたい」とオーケストラ音楽の作曲を志す。アメリカに留学し、バークリー音楽大学、ボストン音楽院、ロサンゼルスで、本格的なオーケストレーション、指揮法、映画音楽作曲法を学んだ。帰国後、劇場作品、ドラマ等の音楽家として本格的に活動を開始した。
TVドラマではNHK大河ドラマ「毛利元就」(1997)、「利家とまつ」(2002)をはじめ、「大地の子」(1995)、「優しい時間」(2005)、「おひさま」(2011)など、劇場作品では「解夏」(2004)、「UDON」(2006)など、代表作は多数。
アニメファンには、近年手がけた『宇宙兄弟』(2012)、『銀河機攻隊マジェスティックプリンス』(2013)が印象深いだろう。TVアニメ処女作『銀河漂流バイファム』(1983)や世界名作劇場の『ピーターパンの冒険』(1989)、手塚治虫原作の『三つ目がとおる』(1990)、『マグマ大使』(1992/OVA)、永井豪原作の『デビルマンレディー』(1998)も記憶に残る。東映スーパー戦隊シリーズ「救急戦隊ゴーゴーファイブ」(1999)に燃えたという人もいるかもしれない。変わったところでは、『美少女戦士セーラームーンR』の楽曲(主題歌・挿入歌)をアレンジした企画アルバム「交響詩 美少女戦士セーラームーンR』(1994)の編曲も手がけている。
渡辺俊幸の作風は父の渡辺宙明と好対照だ。ジャズを基調にパンチの効いたアクション音楽を繰り出す渡辺宙明に対し、渡辺俊幸の持ち味はシンフォニックなオーケストラ・サウンドと美しいメロディ。スケール豊かで、じんわりと心に沁みる音楽が魅力である。とは言いながら、『銀河漂流バイファム』などのロボットものや「救急戦隊ゴーゴーファイブ」等のヒーローものでは「血は争えない」と思わせる勇壮なアクション曲を聴かせてくれるのがうれしい。
そんな渡辺俊幸の代表作としてぜひ聴いてもらいたいのが、1996年に公開された劇場作品「モスラ」の音楽である。
「モスラ」は1996年12月に公開された東宝制作の劇場作品。インファント島の守護神モスラと凶悪な宇宙怪獣デスギドラとの戦いを描くSFファンタジーだ。卵から幼虫、繭、成虫へと姿を変えるモスラの描写やモスラを呼ぶ小美人=妖精・エリアス姉妹の設定などは1961年に公開された劇場作品「モスラ」を継承している。
渡辺俊幸にとって、「モスラ」はジョン・ウィリアムズ風のハリウッド・スタイルの映画音楽が書ける格好のチャンスだった。「ついに『未知との遭遇』のような音楽が書ける!」と渡辺俊幸は意欲を燃やしたという。
本作のサウンドトラック・アルバムはポニーキャニオンから2種類が発売されている。ハイライトを鑑賞用にまとめた「モスラ オリジナル・サウンドトラック」(1996年11月21日発売)と、劇中使用曲を本編に忠実に収録した2枚組「モスラ オリジナル・サウンドトラック 完全版」(1996年12月16日発売)である。どちらも現在は廃盤だが、中古でも比較的入手しやすい「オリジナル・サウンドトラック」を紹介しよう。
収録曲は以下のとおり。
- Main Title
- 超高速バトル
- 冒険旅行の始まり
- 美しき惑星(ほし)の守護神
- モスラの歌
- 6500万年前の戦い、再び。
- 破壊魔獣
- pray with me
- 祈りの歌
- 幼虫の意志
- 生命の敵との戦い
- 海へ還る
- 祈りの歌・インストゥルメンタル
- モスラレオ
- 聖なる羽化
- 新モスラ誕生
- 守るために、戦う。
- 封印
- 生命の瞬間(とき)
- フォーエヴァー・フレンズ
- End Title
特撮作品らしいスケールの大きな曲が並ぶ。この1996年版「モスラ」は怪獣映画というよりも、少年少女を主人公にした冒険ファンタジーの色彩が強い。音楽も怪獣映画的な恐怖感を煽る曲よりも、幻想的な曲、ロマンティックな曲が多いのが特徴である。
1曲目の「Main Title」は冒頭のタイトルバックに流れる曲。弦楽器と女声コーラスが神秘的なモスラの姿を描写し、金管楽器が加わって盛り上がったところで「モスラ」のタイトルが現れる。短い演奏時間の中に本作のイメージが凝縮されたみごとなタイトル曲だ。
2曲目「超高速バトル」はリビング&ダイニングキッチンでの妖精同士のバトルのシークエンスに流れた曲。細かく刻まれる弦楽器と管楽器の響きが緊迫感とスピード感を表現し、フェアリー(小モスラ)に乗ったエリアス姉妹と飛行獣ガルガルに乗った黒い妖精ベルベラとの空中戦が描写される。日常的な室内を舞台にした空中バトルが新鮮だった。序盤の見せ場である。
3曲目「冒険旅行の始まり」は北海道に現れたデスギドラのもとへエリアス姉妹と大樹たちが旅立つ場面の曲。明るく躍動感に富んだ曲調がこれから始まる冒険への期待をかきたてる。人形に化けたエリアス姉妹を描写する木管楽器の調べがユーモラスな香りを加えている。本作には怪獣映画らしいサスペンス曲、破壊描写曲も登場するが、全編の基調となっているのはこうした曲調の音楽だ。ハリウッド製冒険ファンタジーを思わせるサウンドにわくわくする。
そして4曲目「美しき惑星(ほし)の守護神」は、デスギドラの出現を目にしたエリアス姉妹が「モスラを呼びます」と決意を語る場面から流れる曲。美しく奏でられるのは渡辺俊幸によるモスラ(親モスラ)のテーマである。弦楽器と木管楽器を主体にした抒情的な曲調が渡辺俊幸らしい。
エリアス姉妹の呼び声に応えて現れたモスラがデスギドラに向かって行く場面では、このテーマを勇壮なマーチ調にアレンジした「6500万年前の戦い、再び。」が流れる。1961年版と本作との雰囲気の違いが際立つ音楽演出である。
「モスラ」といえば小美人の歌だ。本作でも3曲の歌が用意された。エリアス姉妹がモスラを呼ぶときに歌うのは、1961年版で作られた「モスラの歌」(作曲:古関裕而)。2曲目は卵からモスラの幼虫が生まれる場面で歌われる「祈りの歌」。3曲目は新モスラ誕生の場面に流れる「モスラレオ」。「祈りの歌」と「モスラレオ」は矢野顕子が本作のために作曲した歌である。
3曲の歌はいずれも渡辺俊幸が編曲を手がけ、劇中音楽にも歌のメロディが引用されて本編との融合が図られている。とりわけ、4分に及ぶ「モスラレオ」はファンタジックな映像とあいまって本作の音楽的ハイライトとなった。
怪獣映画らしいスペクタクル感たっぷりの音楽も聴きごたえがある。幼虫モスラが海を渡ってくる場面の「幼虫の意思」、モスラ親子とデスギドラとの死闘を描く「生命の敵との戦い」、新モスラとデスギドラとの決戦を盛り上げた「守るために、戦う。」など、オーケストラを駆使したダイナミックな音楽は特撮作品ならではの醍醐味だ。
しかし、本作の音楽の聴きどころは抒情的で美しいオーケストラ曲である。
モスラの死の場面に流れる「海に還る」、新モスラの誕生を描く「聖なる羽化」(「モスラレオ」から続けて演奏される)、モスラの力で傷ついた自然が再生する場面の「生命の瞬間(とき)」、エリアス姉妹と大樹たちの別れの場面の「フォーエヴァー・フレンズ」。美しい大自然や家族の絆を描いた曲がぐっと胸に沁みる。
怪獣映画の体裁を取りながら、本作には家族の再生と環境破壊への警鐘のテーマが盛り込まれている。渡辺俊幸のヒューマンな音楽がまさにぴったりで、本編に温かい情感を添えている。
2016年3月に開催されたオーケストラ・コンサート「ザ・シンフォニック・ソウル」の中で、渡辺俊幸は「モスラ」の音楽を自ら編曲・構成した「組曲 平成モスラ」を初演した。それだけ、本作は渡辺俊幸にとっても重要な位置を占める作品なのだろう。「怪獣映画の音楽」という先入観なしに楽しんでいただきたい、夢と冒険心にあふれたすばらしい音楽である。