COLUMN

第96回 シンプルで力強い 〜白い牙 ホワイトファング物語〜

 腹巻猫です。12月29日コミックマーケットの1日目に参加します。東地区ノ‐29a「劇伴倶楽部」です。既刊『伝説巨神イデオン』音楽研究本、『海のトリトン』音楽研究本などのほか、委託で「平山亨 寄稿対談集」、『科学忍者隊ガッチャマン』流用音楽研究本を頒布の予定。お時間ありましたら、お立ち寄りください!


 今年の劇場作品は豊作だった。「シン・ゴジラ」『君の名は。』の衝撃冷めやらぬまま迎えた秋に『この世界の片隅に』に出逢い、深く感銘を受けた。
 『君の名は。』と『この世界の片隅に』は音楽の作り方も独特だ。『君の名は。』はロックバンド・RADWIMPSが、『この世界の片隅に』はシンガーソングライターのコトリンゴが音楽を担当している。どちらも、映像音楽(いわゆる劇伴)を専門とする作曲家ではなく、ポップスの世界をメインに活躍するアーティストだ。
 映像音楽は、注文に応じてさまざまなスタイルの曲を決まった長さできっちり作り上げる職人的な作業を要求される分野だ。この2作の音楽は、そうした作り方とも一線を画している。
 アーティストが手がける音楽には、そのアーティストの個性・作家性が強く出る。映像音楽では個性や作家性はじゃまになることも多いが、うまくはまれば、観る者の胸に深く届くメッセージとなる。今年ヒットした2作は、アニメ音楽のあり方についても考えさせられる作品になった。
 ポップス界で活躍するアーティストがアニメ音楽を——主題歌ではなく劇中音楽(BGM)を——手がけた例があるだろうか。ある。『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』の音楽を担当したREMEDIOSは、もともと麗美の名でデビューした歌手で、シンガーソングライターとして活躍後、ドラマや劇場作品のサウンドトラックを手がけるようになった。『ARIA』シリーズのChoro Clubも3人組で活躍するバンドだ。
 実は1970年代からシンガーソングライターやバンドが手がけたアニメ音楽はあった。山本正之の『タイムボカン』シリーズ(1975〜)や、SHOGUNの『大恐竜時代』(1979)、マライアが参加した『鉄人28号[新]』(1980)などだ。けれど、山本正之はまだデビュー間もない時期の音楽担当だし、SHOGUNもマライアもスタジオミュージシャンによって結成されたバンドでプロの演奏ユニットという印象が強い。ポップス界で活躍するアーティストが手がけたアニメ音楽というと——小室等の『白い牙 ホワイトファング物語』がさきがけと呼べるのではないか。

 小室等は日本のフォークシンガーの草分けの1人。1968年から音楽ユニット・六文銭を率いて活躍。TV時代劇「木枯し紋次郎」の主題歌「だれかが風の中で」(歌・上條恒彦)の作曲者といえば、「ああ、あの曲の」とピンとくる人もいるだろう。六文銭解散後はソロで活躍を続け、自らのアルバム制作、ライブ活動のほか、アーティストへの楽曲提供も数多く行っている。また、井上陽水、吉田拓郎、泉谷しげるとともに1975年に立ち上げたフォーライフ・レコード社の初代社長も務めた。現在もフォークシンガー、作詞・作曲家として幅広く活動を続ける音楽家だ。
 いっぽうで、小室等は映画やTVドラマの音楽も多く手がけている。TBS「ポーラテレビ小説」の1本「吉井川」(1972)、渡辺淳一の原作を田宮二郎主演でドラマ化した「白い影」(1973)、山田太一作、田宮二郎主演の「高原へいらっしゃい」(1976)(2000年代にリメイクされた)、同じく山田太一作の「想い出づくり」(1981)、「早春スケッチブック」(1983)、市川森一作、西田敏行主演の「淋しいのはお前だけじゃない」(1982)などなど。1970〜80年代の名作TVドラマの音楽をけっこう担当しているのだ。あまり知られていない、小室等のもうひとつの顔である。
 TVアニメ『白い牙 ホワイトファング物語』も、小室等のそうしたキャリアの延長線上にある作品だ。
 『白い牙 ホワイトファング物語』は1982年5月5日にTBS系で放送されたTVアニメ・スペシャル。ジャック・ロンドンの動物小説「白い牙」のアニメ化作品である。アニメーション制作は日本サンライズ(現・サンライズ)。監督・絵コンテを吉川惣司、キャラクターデザインを安彦良和、作画監督を二宮常雄が務めた。
 物語はインディアンの少年・ミトサァと狼の子ホワイトファングとの友情を中心に展開する。原作とは物語の細部や人物設定の一部が異なっているが、75分の尺に整理されたことで、かえって感情移入しやすい感動的な作品に仕上がった。安彦良和のキャラクターを生かした丁寧な作画も印象深い。昨年(2015年)サンライズフェスティバルで上映され、CSのアニメ専門チャンネルAT—Xでも放映されたので、そちらでご覧になった方もいるだろう。現在DVD/Blu-rayは発売されていないが、バンダイチャンネル等の動画配信で視聴することができる。
 小室等は本作の主題歌「白い牙」と劇中音楽のすべてを担当。シンプルで力強く、記憶に残る音楽だ。
 放送当時、キングレコードより「白い牙 ホワイトファング物語」と題した2枚組のLPアルバムが発売された。本編のドラマ75分をLPレコードの3面を使って完全収録。残った1面にオリジナルBGMが収録されている。
 収録曲は次のとおり。

  1. 野生の呼び声
  2. 光の壁をぬけて
  3. 人間とのくらし
  4. 闘い
  5. 長い冬
  6. ふたたび春が…

 主題歌「白い牙」はドラマの中に組み込まれる形で収録されている。
 オープニングとエンディングに同じ主題歌が流れる。それぞれ1コーラスで歌詞が異なる。シングル盤は発売されていないので、本アルバムが唯一の音源である。2コーラスを続けて歌った、いわゆるレコードサイズの音源は収録されていない。もともと作られていないのかもしれない。
 作詞は谷川俊太郎。野生の中で生きていた子狼が、ふれあいとぬくもりに出逢い、新たな生きる力とよろこびを得ていく。そんな物語が詩に刻みこまれている。
 作曲と歌は小室等。アコースティックギターの爪弾きをイントロに、序盤は語りかけるように歌われる。中盤からドラムのリズムが強調され、歌声も力強く変化していく。かたくなだった心が解放されていくよろこびと、自由への痛いほどのあこがれが、詩と曲と歌から伝わってくる。本作のテーマが凝縮されたすばらしい主題歌だ。「木枯し紋次郎」のクールな主人公の心の中に潜む孤独とあこがれを歌った「誰かが風の中で」とも共通する雰囲気が漂っている。
 小室等は自身で作詞もするが、谷川俊太郎とコラボした作品も多い。70年代後半から谷川俊太郎の詩を題材にしたアルバムを続けて発表しているし、1976年に発表した「高原へいらっしゃい」の主題歌「お早うの朝」もそうだ。
 本作では音響監督・田代敦巳のリクエストでメインテーマを歌で作ることになった。小室等は迷わず谷川俊太郎に作詞を依頼。詩が先でも曲が先でもなく、詩と曲を同時進行で作るというユニークな作り方で挑んだ。小室等の仕事場に谷川俊太郎がやってきて、互いに詩と曲を出しあいながら作り上げていったという。小室等はライナーノーツの中で、昔から原作を読んでいた谷川俊太郎が紡ぐ詩はすばらしかった、それにひきかえ、自分のメロディは……と自信なさそうに語っているが、詩に寄り添いつつも独自の情感とメッセージを練り込んだ曲もみごとなものだ。
 劇中音楽の中心となるのも、この主題歌のメロディである。本作のメインテーマとして、劇中に同じメロディが繰り返し登場する。ほとんど1テーマで1本の作品を作り上げているといってもいいくらいだ。
 ことさら音楽に注意していなくても、本編を観ていると同じ曲が繰り返し流れていることに気づく。ドラム、エレキギター、エレキベース、ピアノ、ヴァイオリン、ハーモニカ、アコースティックギター。それだけの編成で録音された「白い牙」のアレンジ曲である。
 だが、同じ曲のようでいて、注意深く聴くと、実はどれもアレンジや演奏が異なる。イメージアルバム的に10曲ぐらいを作り、選曲で画に当てはめているのかと思ったら、そうではなく、きちんと映像に合わせて編曲、演奏しているのだ。
 アルバムでは、劇中で使用された音楽をほぼ使用順に収録している。6曲目の「ふたたび春が…」を除いて、1トラックに数曲のBGMをまとめる構成である。劇中に使用された曲は約30曲。アルバムにはそのうち20曲が収録された。
 トラック1「野生の呼び声」は3曲で構成。1曲目はエレキギターのアドリブと緊迫感のあるドラムプレイが印象的な主題歌アレンジ。これは本編冒頭に流れた曲ではなく、ホワイトファングの母狼(実は犬)と父狼がオオヤマネコと闘う場面に流れた曲。「野生の叫び」というタイトルがぴったりの曲調である。2曲目はミトサァの日常に流れる楽しい曲、3曲目はミトサァと父グレービーヴァとの語らいの場面から流れ始める穏やかな主題歌アレンジだ。
 トラック2「光の壁をぬけて」は、ホワイトファングが住処の洞窟を離れ、ミトサァと出会うまでのシークエンスに流れる4曲で構成。2曲目と4曲目は主題歌アレンジ。3曲目に登場するのは本作のサブテーマとも言うべき、ホワイトファングとミトサァとのふれあいを描写する旋律である。
 トラック3「人間とのくらし」はタイトルどおり、ミトサァとホワイトファングの日常場面に流れた3曲が集められている。1曲目はサブテーマの明るい変奏。2曲目は主題歌のスローアレンジになり、少年と子狼の友情がしっとりと歌われる。
 トラック4「闘い」は、ミトサァの哀しみとホワイトファングの苦難の日々を描写する3曲で構成。1曲目はミトサァとホワイトファングとの別れの曲。中盤からエレキギターとハーモニカが奏でる泣きのメロディが胸を打つ。2曲目はグレービーヴァがミトサァに「お前は1人で生きていける」と言い残して死んでいく場面のロックバラード風のレクイエム。3曲目はホワイトファングを探し続けるミトサァの場面と興行師スミスによって闘犬として鍛えられていくホワイトファングの場面に続けて流れた主題歌アレンジ。哀しみの中から立ち上がる不屈の精神を描写する曲調が心に残る。
 トラック5「長い冬」は6曲で構成。闘犬となったホワイトファングのうわさを聞いたミトサァが、ひとり執念でホワイトファングを探し当て、再会するまでに流れた曲が集められている。ホワイトファングがミトサァを思い出す場面に流れる4曲目の主題歌アレンジが感動的だ。
 そしてトラック6「ふたたび春が…」は本編のラスト、大団円の場面に流れる3分を超える主題歌アレンジの曲。トラック1の1曲目と同じ旋律、同じ編成ながら、曲の印象は対照的だ。野生の厳しさと壮烈さを表現する1曲目に対し、終曲は明るく希望に満ちている。

 本作の音楽設計はシンプルだが巧妙だ。主題歌を冒頭と終幕に置き、本編中に主題歌アレンジを散りばめることで作品全体の世界観と雰囲気を統一している。なおかつ、同じ主題が少しずつ形を変えて変奏されていくことで、ミトサァとホワイトファングの心の変化と成長をも表現しているようだ。同じ旋律の曲でも、劇中で流れるたびに違った印象に聴こえる。ひとつの主題(テーマ)を中心に構築された映画音楽の醍醐味である。
 年はめぐり、季節は繰り返す。少年と狼の心が出逢い、別れ、ふたたび呼び合ってめぐり合う。そんな物語を、音楽も伝えている。
 演奏はドラム・鈴木茂行、エレキベース・伊藤次郎、エレキギター・洪栄龍、ピアノ・渡辺裕美子、ハーモニカ・八木伸郎、ヴァイオリン・武川雅寛、アコースティックギター・笛吹利明、小室等。現在もスタジオやコンサートで活躍する名前が並ぶ。本作では、当時の作品には珍しく、エンディングのスタッフロールにもミュージシャンの名前がクレジットされている。それだけ、ミュージシャンの力が大きいという証だろう。シンプルな編成とアレンジで作り出された音楽は、シンプルだからこそ力強く、心に深く刺さる。
 近年、映像音楽は精緻に作り込まれていく傾向が進んだが、いっぽうで、手作りの匂いのするライブ感のある音楽を聴く機会も増えてきた。観客・視聴者が、たとえ荒削りでも、作り手の情感の宿った音楽を求めるようになってきた証ではないだろうか。今年のヒット作2本の映画音楽もそうした流れの延長線上にある気がするのだ。
 残念ながら、本作の音楽は主題歌を含め、一度もCD化されていない。本編とともにパッケージ化を願いたい作品である。
 なお、小室等が手がけたTV番組の音楽は1983年に「小室等 TV-MUSIC SELECTION IN MEMORY OF 40 YEARS」のタイトルでアルバムにまとめられ、フォーライフレコードから発売された。近年ボーナストラックつきでCD化されたので、興味のある方はぜひ入手してお聴きいただきたい(「白い牙」も入れてほしかったところだ)。

小室等 TVミュージック・セレクション イン・メモリー・オブ・40イヤーズ

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