COLUMN

第268回 ギフトの気持ち 〜北極百貨店のコンシェルジュさん〜

 腹巻猫です。劇場『北極百貨店のコンシェルジュさん』を観ました。イマドキの日本のアニメっぽくない小粋な作品でした。絵作りがヨーロッパの絵本みたいで、観ていて気持ちがいい。ストーリーも、昔の、笑わせてちょっとホロっとさせる劇場作品みたいで後味がいい。実際ホロっとしてしまいました。
 派手なアクションもないし、美少女が活躍するわけでもないけれど、心に残るものがある。大切にしたいなと思わせる作品です。もう上映終了している劇場も多いようですが、たくさんの人に観てほしいです。


 『北極百貨店のコンシェルジュさん』は2023年10月に公開された劇場アニメ。西村ツチカによる同名マンガを、監督・板津匡覧、アニメーション制作・Production I.Gのスタッフで映像化した。
 従業員は人間だが、お客はすべて動物という不思議な「北極百貨店」。そこで新人コンシェルジュとして働き始めた秋乃は、慣れない接客にとまどったり、気持ちが先走ったりして失敗続き。しかし、先輩のコンシェルジュやフロアマネージャーに見守られて、少しずつ成長していく。今日も北極百貨店には、大切なプレゼントやお気に入りの品を探す動物たちがやってくる。
 ユニークな設定の物語である。北極百貨店を訪れる動物は人間と同じように話をするし、その中には「絶滅種」と呼ばれる、地球上からすでに絶滅した動物もいる。いったいどういうからくりになっているのか、SFファンとしては説明を求めたいところだが、そういう作品ではないのだろう。筆者も、メルヘン、もしくは一種の寓話として楽しんだ。
 童話を思わせる設定の作品だから、音楽もアコースティックなサウンドのほんわかとしたものが似合いそうだ。ところが、作品を観たら、シンセサウンドを中心にしたビートの効いた曲が多い。これは意外だった。

 音楽を担当したのは、音楽プロデューサー、DJ、トラックメーカーとして活躍し、多くのアーティストに楽曲を提供しているtofubeats。2018年に映画「寝ても覚めても」の音楽を担当しているが、劇場アニメの音楽を手がけるのは本作が初めてである。
 tofubeatsの参加は板津監督の希望だったという。監督が以前からtofubeatsが好きで聴いていたことから、本作の音楽を担当してもらうことになった。板津監督はインタビューで、「電子音楽のもつ、現代的であるけどちょっと懐かしいような印象がほしいと思った」と語っている。
 実はtofubeatsと原作者の西村ツチカとは高校生の頃からの知り合い。監督はそのことを知らずに音楽を依頼したというから面白い。
 板津監督が希望したとおり、本作の音楽はシンセサイザーを使ったテクノ風の曲がメインになっている。現代的なテクノではなく、少しレトロな、懐かしい感じのテクノだ。北極百貨店という現実離れした空間に、テクノサウンドが不思議となじんでいる。たぶん、舞台が牧歌的な空間ではなく、百貨店という近代的な商業施設だからだろう。メルヘンではあるけれど、現代と通底する物語であるから、電子音楽が違和感なく聴こえる。そして、テクノの音が持つクールな響きが、洗練された、小粋な印象につながっている。もし、全編生楽器の音楽だったら、もっと古風な印象になったのではないか。
 本作のサウンドトラック・アルバムは、「映画『北極百貨店のコンシェルジュさん』Original Soundtrack」のタイトルで2023年10月20日にアニプレックスから発売された。CDと配信の2形態である。
 収録曲は以下のとおり。

  1. 北極百貨店のテーマ
  2. Gift(メインテーマ)
  3. エルルのテーマ
  4. 秋乃のテーマ(真剣)
  5. 北極百貨店のテーマ(春)
  6. クジャクたちのワルツ
  7. 全力疾走
  8. 求められること
  9. 秋乃のテーマ(一歩ずつ)
  10. ピメントスとひよこ豆のジュをあしらって
  11. この曲線の美しさ!
  12. 給仕長より
  13. ワルツよりおだやかに
  14. 背中を押せない
  15. ウーリーのテーマ
  16. サプライズ大作戦
  17. 北極百貨店のテーマ(秋)
  18. 秋乃のテーマ(お客様は神様)
  19. 厄介なお客様
  20. 絶滅種と人間
  21. クリスマス
  22. 秋乃のテーマ(悩み)
  23. 百貨店の思い出
  24. JOY TO THE WORLD
  25. 背中を押してくれる場所
  26. 飛べ!エルル
  27. 北極百貨店のテーマ(冬)
  28. Good King Wenceslas
  29. 【BONUS TRACK】
  30. 先輩コンシェルジュさん
  31. 秋乃のテーマ(背中を押したい)

 最後に収録された2曲のボーナストラックは未使用曲。トラック1〜28には、本編使用曲が使用順に収録されている。
 CDのブックレットにはtofubeatsによる全曲解説を掲載。それを読めば、各曲の作曲意図や聴きどころがわかる。気になる方はぜひCDを買って読んでいただきたい。
 以下、筆者の心に残った曲を紹介していこう。
 1曲目の「北極百貨店のテーマ」は冒頭のプロローグに流れる曲。北極百貨店のCMソングである。観終わったあと、つい口ずさんでしまいたくなる曲だ。
 本作のメインテーマは2曲目に収録された「Gift」という曲なのだが、映画音楽としては「北極百貨店のテーマ」のほうがメインと言ってよい。劇中にこの曲の変奏がたびたび登場するからだ。「北極百貨店のテーマ(春)」(トラック5)、「北極百貨店のテーマ(秋)」(トラック17)、「北極百貨店のテーマ(冬)」(トラック27)などである。それぞれ、シーンに合わせたアレンジがされているのがいい。終盤に流れる「北極百貨店のテーマ(冬)」は、のちに登場する「ウーリーのテーマ」と「北極百貨店のテーマ」を合体させたもので、感動的な曲に仕上がっている。
 「Gift(メインテーマ)」(トラック2)はtofubeatsの作曲による主題歌「Gift」のインストゥルメンタル版。歌入りは別売でサントラには収録されていない。インストゥルメンタルはメインタイトルから流れるが、ここでは控え目な印象だ。
 「北極百貨店のテーマ」と同様に本編でたびたび流れるのが主人公・秋乃のテーマ。「秋乃のテーマ(真剣)」(トラック4)、「秋乃のテーマ(一歩ずつ)」(トラック9)、「秋乃のテーマ(お客様は神様)」(トラック18)、「秋乃のテーマ(悩み)」(トラック22)と4曲のバリエーションが作られている。曲調はリズム主体のテクノ。tofubeatsのコメントによれば、「シンキングタイムみたいなテイストが秋乃かなと思って」こういう曲にしたのだそうだ。「考える秋乃のテーマ」といった趣で、メロディで主張しないところが本作の音楽らしい。
 北極百貨店に現れる個性的な動物たちに付けられた曲も印象深い。
 まず、「エルルのテーマ」(トラック3)。エルルは北極百貨店内をいつも歩いている謎のペンギン。どうやら客ではなく、北極百貨店の重要人物(動物)らしい。そのテーマは、シンセサイザーによるエキゾチックな舞曲みたいな曲。初登場時の、少しコミカルで謎めいた雰囲気が表現されていて楽しい。
 「クジャクたちのワルツ」(トラック6)は、店内で求愛行動を始める孔雀カップルの曲。宝塚歌劇風のゴージャスな音楽は、いっぱいに広がった孔雀の羽根の華麗なイメージだ。
 「ウーリーのテーマ」(トラック15)は、tofubeatsが「個人的に一番好き」とコメントしている曲。ウーリーは絶滅したケナガマンモス。造形作家であり、北極百貨店内に作品が展示されている。そのテーマ曲は、キラキラした音を使った浮遊感のあるサウンドで奏でられる。ウーリーの芸術性を表現したのだそうだ。
 本作を観て心に残るシーンのひとつが、「絶滅種と人間」(トラック20)が流れる場面だと思う。なぜ北極百貨店に絶滅した動物が客として訪れ、人間がおもてなしをしているのか。そんな疑問への回答がエルルの口から語られる。この曲は「北極百貨店のテーマ」の変奏のひとつ。聴いていると、絶滅した動物への哀悼や人間の罪深さへの嘆きなど、さまざまな感情が呼び起こされる。しかし重くはなく、シンセサイザーの音色は未来に向かってすべきことを問いかけているようだ。本作の隠されたテーマを表現した曲とも言えるだろう。
 トラック24「JOY TO THE WORLD」とトラック28「Good King Wenceslas」は、クリスマスを迎える北極百貨店内のBGM。「JOY TO THE WORLD」は「もろびとこぞりて」の曲名で有名な讃美歌。「Good King Wenceslas(ウェンセスラスはよい王様)」は古いクリスマス・キャロルである。どちらも、うたたね歌菜がオーケストラ曲にアレンジしている。本編の音楽がテクノなので、オーケストラサウンドが聞こえてくるのは特別感があってよかった。特に「Good King Wenceslas」は本編のラストを飾る曲。最後に思い切り盛り上げて終わる音楽設計がうまい。
 作品はこのあとエピローグになり、プロローグに使われた「北極百貨店のテーマ」がもう一度流れる。エンディングは主題歌「Gift」の歌入り。主題歌とサントラを両方入手すれば、プレイリストを作って本作の曲順を再現することも可能だ。

 この作品、クリスマス頃に公開したほうがよかったのではないかなと思う。そのほうがクリスマスの音楽が生きるし、気分も盛り上がるだろう。
 作品の中でくり返し描かれるのは、大切な人へ贈り物を届けたいという想いである。tofubeatsらによる音楽も、劇場作品への、そして作品を観に来た観客への贈り物=ギフトだ。サウンドトラックを聴けば、ギフトをもらったときの温かい気持ちがよみがえる。その気持ちを、また誰かに渡したくなる。

映画「北極百貨店のコンシェルジュさん」Original Soundtrack
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