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第263回 いつかきっと! 〜愛の若草物語〜

 腹巻猫です。SOUNDTRACK PUBレーベル第33弾「愛の若草物語 音楽集」を8月30日に発売します。TVアニメ『愛の若草物語』の音楽(BGM)を収録した初のCDアルバムです。試聴用動画も公開中ですので、ぜひお聴きください!


 『愛の若草物語』は1987年1月から12月まで放送されたTVアニメ。日本アニメーション制作による「世界名作劇場」第13作にあたる作品である。
 原作はルイザ・メイ・オルコットが1868年に発表した小説『若草物語(Little Women)』。くり返し映像化されてきた古典的名作である。日本でも何度かアニメ化されており、1980年に東映動画制作のTVアニメスペシャル『若草物語』が、1981年に国際映画社制作のTVアニメ『若草の四姉妹』全26話が放送されている。同じ原作を全48話のTVシリーズとして映像化した『愛の若草物語』は、再放送や映像ソフト化の機会も多く、もっとも親しまれているアニメ作品だろう。
 舞台は南北戦争末期のアメリカ合衆国。マーチ家の四姉妹——メグ、ジョオ、ベス、エイミーは、従軍した父の帰りを待ちながら母とともに家を守っている。つつましい暮らしの中で、母の愛情に包まれて成長していく個性豊かな四姉妹の物語である。
 監督(演出)は『小公女セーラ』を手がけた黒川文男。脚本は『ペリーヌ物語』『トム・ソーヤーの冒険』などの宮崎晃。そして、メインキャラクターのデザインは『赤毛のアン』の近藤喜文。主人公ジョオを演じるのが『赤毛のアン』でアン・シャーリーを演じた山田栄子ということもあって、当時、楽しみに観ていた思い出がある。

 音楽は大谷和夫が担当した。大谷和夫といえば、ロックバンドSHOGUNのキーボーディスト、作編曲家として活躍し、ドラマ「探偵物語」やアニメ『CAT’S・EYE』などの音楽を手がけた人物。軽快なアクションものが得意な印象があったので、名作劇場への登板は意外にも思えた。しかし、これがすばらしいのである。
 オーケストラを使ったクラシカルな音楽を基調としながら、リズミカルな曲やジャズ風の曲を忍ばせてくる。後期にはシンセサイザーを使った曲もある。優雅でありつつ、快活でモダンな響きをまじえた音楽が、四姉妹のキャラクターにぴったりだった。
 音楽全体を見て気づくのは、本作にはキャラクターテーマにあたる曲がないこと。四姉妹のテーマや、ジョオたち1人ひとりのテーマは設定されていない。その代わり、心情や状況を表現する曲がふんだんに作られて、シーンに応じて使用されている。原作もそうだが、本作は本来、四姉妹全員が主人公と言える作品。特定のキャラクターにフォーカスしない音楽設計は作品の性格に沿ったものと言えるだろう。
 また、オリジナル音楽にまじって「故郷の人々(スワニー川)」「草競馬」といったフォスターの楽曲が挿入されているのも特徴のひとつ。『トム・ソーヤーの冒険』でも同様の試みがされていたが、本作ではフォスターの曲のフレーズをBGMに引用したり、ベスが弾くピアノの曲としてフォスターの曲(やショパンの曲)が登場したりと、より物語に密着した使い方がなされている。音楽が四姉妹の生活に溶け込んでいるのだ。

 さて、本作の音楽(BGM)の商品化は、放送当時キャニオンレコードから発売されたアルバム「愛の若草物語 音楽編」が初。同アルバムには、主題歌・挿入歌4曲、BGM18曲が収録されていた。挿入歌2曲はのちに後期主題歌として使用されている。以来、主題歌はたびたびCD化されたものの、BGMは一度も再録の機会に恵まれなかった。
 今回発売される「愛の若草物語 音楽集」は本作のBGMを収録した初のCDアルバムである。初商品化曲も含めたBGM全曲をステレオ音源で収録した。放送当時のアルバムを聴いて「18曲ではもの足りないなあ」と思っていた方も、きっと満足していただけるはずだ。
 収録曲は下記を参照。
https://www.soundtrack-lab.co.jp/products/cd/STLC052.html
 構成は筆者が担当した。
 ストーリーに沿った曲順とし、ディスク1を第1話〜第20話、ディスク2を第21話〜最終話のイメージでまとめた。
 ディスク1でまず注目してほしいのは、オープニング主題歌のすぐあとに収録した「マーチ家の四姉妹」(トラック7)から「不安な影」(トラック14)までの8曲。いずれも第1話で流れた音楽である。実は第1話の音楽は映像にタイミング合わせたフィルムスコアリングで作曲されているのだ。四姉妹が1人ずつ登場するシーンの「マーチ家の四姉妹」は場面転換やキャラクターの動きに合わせて次々と曲調が変化する。それが姉妹の生き生きとした表情や動作を思わせて楽しくなる。トラック13「ピクニック」では軽快で楽しげな曲調が、終盤で不安な曲調に変化する。これもシーンの展開に合わせたものである。
 トラック20「戦争の足音」からトラック22「燃える街」までの3曲は、ほかの楽曲とは雰囲気が異なるサスペンスタッチ、ミリタリータッチで書かれている。南北戦争の描写や兵士の登場場面に使われた音楽だ。街が戦火に包まれるなど、世界名作劇場らしからぬ緊迫した場面が描かれているのが、本作の前半エピソードの特徴。それを象徴する音楽である。
 トラック23「さよならふるさと」からトラック28「新しい町」までは、マーチ一家が故郷を離れてニューコード(原作ではコンコード)に引っ越すまでをイメージした構成。トラック26「明日への希望」は、試聴用動画の1曲目で紹介した、さわやかで躍動感のある曲。本作の代表的な楽曲のひとつである。放送当時発売された音楽編アルバムにも収録されていたから、記憶に残っている人も多いのではないだろうか。次の「ふるさとを離れて」(トラック27)はフォスターの「故郷の人々」を引用した曲。原曲のノスタルジックな雰囲気よりも旅立ちの期待感を強調した楽曲になっている。
 ディスク1の後半はニューコードに住まいを構えた四姉妹の日常をバラエティに富んだ曲で表現してみた。
 トラック32「ジョオは怒りん坊」は第9話のジョオと新聞記者アンソニーのやりとりのバックに流れたコミカルな曲。お隣の少年ローリーとの友情を快活な曲調で表現する「友情」(トラック36)、エイミーのユーモラスなシーンに流れた「おしゃまなエイミー」(トラック38)などを挟み、もの憂く大人びたムードの「夢みる乙女心」(トラック41)がメグやジョオの繊細な心情を表現する。
 次の曲からがディスク1のクライマックス。華やかなワルツを3曲続けた。
 舞踏会にあこがれるメグやジョオの場面に流れた「舞踏会に行けたら」(トラック42)と「初めての舞踏会」(トラック43)、そして、速いテンポで新生活への期待と希望を表現する「明るい新天地」(トラック44)である。
 四姉妹のちょっと背伸びしたロマンティシズム、少女たちが憧れる華麗な世界を表現していたのが、こうしたワルツの曲だった。ワルツの曲はディスク2にも収録しているのでお楽しみいただきたい。
 ディスク1の締めくくりに、女声スキャットをフィーチャーした「ニューイングランドのたたずまい」(トラック45)を配した。第11話でジョオがマーサおばさまと馬車で港へ向かう場面など、美しい情景とともに流れることが多かった曲だ。
 本作のBGMで女声スキャットをフィーチャーしたのは5曲。音楽全体に占める割合は大きくはないが、要所に挿入されて強い印象を残している。ワルツとともに華やかな香りで『若草物語』らしさを演出したのが、女声スキャットの曲だった。
 女声スキャットが入るほかの曲はディスク2に収録した。こちらもお楽しみいただきたい。
 ディスク2は、原作の冒頭で描かれたクリスマスのエピソードで流れた曲から始まる。クリスマスの朝の情景を描写する「クリスマスの朝」(トラック3)、ごちそうを貧しいフンメルさんにあげて、パンとミルクだけの朝食を食べるマーチ一家の場面に流れる「愛の贈りもの」(トラック4)、マーチ一家の行動に感心したお隣のローレンス氏からプレゼントされた夕食にジョオたちが感謝する場面の「お父さまへのララバイ(Instrumental)」(トラック5)。マーチ一家の、とりわけ母メアリーの慈愛あふれる行動に感動するエピソードだった。
 続いて、ピアノ好きのベスがローレンス氏からピアノをプレゼントされる、原作でも印象深いエピソードの曲をトラック6から4曲続けて収録。特に、はじけるようなベスのよろこびを表現する「美しい笑顔」(トラック8)とベスの純粋な気持ちが伝わる「胸いっぱいの幸せ」(トラック9)は、聴いていて幸せな気分になる。
 ジョオとエイミーの仲たがいから始まり、ジョオの不注意からエイミーが氷の張った川に落ちてしまうエピソードは衝撃的。シリーズ中盤の大きな見せ場になった。トラック13「エイミーの傷心」〜トラック19「悲しみが癒えるまで」は、第29話から第30話までで描かれた一連のシーンを音楽で再現した。音楽だけ聴いても、なかなかドラマティックで感動的である。
 メグとブルック先生との恋も本作の重要なエピソード。メグのゆれる想いをイメージして、「恋するメグ」(トラック23)、「ときめき」(トラック24)、「月夜のもの想い」(トラック25)とロマンティックなナンバーを収録した。この恋が実を結ぶシーンに流れたのがトラック44の「愛のともしび」。ピアノとストリングスによる甘く美しい曲である。
 友人から舞踏会に誘われたメグのエピソードなどを経て、物語は、父の戦場での負傷、猩紅熱にかかって生死をさまようベス、と不安な展開が続く。けれど、最後はハッピーエンドが待っている。元気になった父が帰ってきて、ジョオたちは家族そろってクリスマスを迎える。帰宅した父と娘たちが語らうシーンに流れるトラック42「父と娘たち」は、やすらぎと愛情を感じさせるしっとりした曲。華やかではないけれど、とてもいい曲だ。
 トラック48「父との再会」は、最終話で父の全快とメグの婚約を祝うパーティのシーンに流れた。次回予告にも使われたおなじみのメロディが長く演奏される。この曲も筆者が好きな曲のひとつ。クラシックにジャズの要素を加えたような、今風にいえばモダンクラシック的な曲である。大谷和夫の詳細な経歴は不明だが、マネージャーを務めていた早川泰氏は大谷和夫を「クラシックからジャズへ行った人」と語っている(『ニッポンの編曲家』DU BOOKSより)。その経験が生かされた曲だろう。
 ディスク2の締めくくりとして、最終話のラストシーンに使われた「ジョオの旅立ち」(トラック49)を収録した。ジョオが作家をめざしてニューヨークに旅立つシーンに流れた、2分30秒を超える長い曲だ。おそらく当初から最終話での使用を想定して書かれたのだろう。
 この曲の冒頭や中間部にはフォスターの「故郷の人々」のメロディが引用されている。そこで思い出してほしいのが、ディスク1のトラック27に収録した「ふるさとを離れて」。これも「故郷の人々」のメロディを引用した曲だった。2曲を比べると、「ジョオの旅立ち」の序盤部分は「ふるさとを離れて」とほぼ同じ構成であることがわかる。つまり、マーチ一家が故郷を離れて旅立つシーンに流れた曲を発展させたのが、ジョオが家族から離れて旅立つシーンに流れた曲だったのだ。1人汽車に乗るジョオの姿に家族の旅立ちの思い出が重なり、ジョオの成長を感じさせる。うまいなあ。

 原作の続編以降を読んでいる方なら、あるいは、世界名作劇場第19作『ナンとジョー先生』(1993)をご覧になった方なら、ジョオがニューヨークで作家にならなかったことをご存じと思う。しかし、『若草物語』のマルチバースのひとつである『愛の若草物語』の世界の未来では、ジョオは作家になってバリバリ活躍しているのではないか。本作のラストシーンを観ると、そして、「ジョオの旅立ち」を聴くと、つい、そんなふうに思ってしまう。筆者がジョオの(そして山田栄子さんの)ファンだからでもあるんですけれどね。

愛の若草物語 音楽集
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