COLUMN

第804回 特別編・いきあたりバッタリ座談会(1)

座談会参加者:板垣伸(アニメ監督)、小黒祐一郎(編集長)、松本昌彦(編集者)


板垣 ちなみに今のアニメってどうですか。自分は全然、新作が観れてないんですよ。
小黒 え、いきなり始まるの? 
板垣 (笑)。いきなりだとまずいですか。
小黒 普段は板垣さんが原稿を書いている連載なのに、今回はこうやって座談会になっているわけじゃない。そこから読者に説明したほうがいいんじゃない?
板垣 ああ、筋が通ったことを言いますね。さすが編集長は違いますね。
小黒 ちっとも誉められている気がしないね(笑)。では、「いきあたりバッタリ!」の編集担当の松本君に説明してもらおうか。
松本 「いきあたりバッタリ!」の連載が800回を迎えたので、アニメスタイル編集部から板垣さんにお祝いの品を贈ろうかということになったんですよ。それで何がほしいのか、板垣さんに訊いたら「連載の休みが欲しい」と。
板垣 そうです。そう言いました。連載を見てもらえば分かると思いますが、今やっている仕事が忙しすぎて、このコラムを書く時間をとるのも大変なんですよ。
小黒 編集部としては、板垣さんがひと月くらい休んでも構わないんだけど、板垣さんは休むのは嫌なのね。
板垣 ここまで続いているのを休むのも悔しいじゃないですか。
松本 それで板垣さんのほうから、座談会をやって、それを原稿の代わりに載せてほしいと言われたんです。
小黒 プレゼントでものをもらうよりも、休みがほしい。原稿を書く時間を制作中のアニメの作業に充てたいということね。了解しました。それでは最初の話に戻ろうか。
松本 お願いします。
小黒 今のアニメはどうかってことね。『異世界でチート能力を手にした俺は、現実世界をも無双する』がよくできてて感心しているよ(編注:『異世界で~』は板垣さんが総監督を務めているTVシリーズ)。
板垣 やだなあ、お世辞を言っているでしょ。
小黒 略称は『いせれべ』って言うんだね。『いせれべ』は画がしっかりしてるから、映像を観ているだけで楽しいよ。
板垣 うちの有望株の木村(博美)っていう子がやってくれているんです(編注:木村博美さんは『異世界で~』のキャラクターデザイン・総作画監督)。『コップクラフト』でキャラデをやってもらったのが20歳の時だから、今は25歳ぐらいですね。頑張って濃い画を描いてくれているので、彼女が描いてくれた画を守って、それを映像に落とし込むのが、今回の自分の仕事かなと思っています。彼女の手が届いていないところを、俺が一生懸命直してる感じですかね。
小黒 忙しそうだね。
板垣 忙しいですね。自分に関して言うと、しばらくは土日がない感じです。ただ、「何かほしい物ないですか」と訊かれて「休みがほしい」と言ったのは、忙しいからだけではないんです。今、物欲がもうないんですね。だって、出崎(統)さんの新作が出ないじゃないですか。
小黒 新作がないのは当たり前じゃない。
松本 (笑)。
板垣 過去作品のDVDでもいいんですけどね。出崎さん関係くらいしか欲しいものがないんです。去年、4Kで『コブラ(スペースアドベンチャー コブラ)』の再上映があったけれど、それも観に行けてないんですよ。仕事のことで必死で、全然観てる時間がなくって(苦笑)。どうしたら、アニメを楽しめるのかなあと思って。
小黒 今、話している内容を記事にしていいの?
板垣 自分は大丈夫ですよ(笑)。こういう機会いただいたので、今のアニメのどういうとこが面白いのかを教えてもらっておこうかと思って。小黒さん、まだアニメが面白いですか。
松本 凄いことを訊きますね。
小黒 面白いよ。
板垣 どの辺り楽しんでます?
小黒 お話を楽しんでいる作品もあるし、作画とかの良さを楽しんでいる作品もあるよ。
板垣 だって、本数めちゃめちゃ多いでしょ?
小黒 本数はめちゃめちゃ多いね。
板垣 だから、各方面のプロデューサーと話ししてても、そんな話ばっかりですよ。「いったい何本あるんだ。いつまでこの状況が続くんだ!?」って。
小黒 そうだねえ……(どう話を続けるか考えている)。
板垣 最近、今石(洋之)さんはどうしているんですか。
小黒 えっ、そっちの話? 去年、新作『サイバーパンク: エッジランナーズ』を発表したよ。Netflixで配信しているよ。
板垣 そうなんですね。全然、チェックできてないです。マズいなあ。そう言えば小黒さんは、体調を崩されたみたいですね。
小黒 (松本君に向かって)板垣さんって昔からこうでね。会話の途中でガンガン話題を変えていくのよ。
板垣 いやいや(笑)。
松本 いいじゃないですか、この座談会は録画もしてるし。後で使えるところだけ使えば。
小黒 使えるところあるかなあ。
板垣 いや、自分の中では話題は変わってないんですけど。
松本 (笑)。
小黒 体調の話だと、僕は昨年末から入院したり、手術したりとか。
板垣 大変でしたね。もう具合はいいんですか。
小黒 今はね。かなりよくなっています。
板垣 よかったです。だけど、やっぱり歳取りましたよねえ。
小黒 歳を取ったねえ。
板垣 お互い様ですけどね。
小黒 (棒読み風に)いやいや、板垣さんなんてまだまだ若いじゃないですか。
板垣 若くないですよ(苦笑)。来年で終わりかなと思ってますよ。今の働き方に、ちょっと限界が……。今はまだ結構描いてますよ。
小黒 そうなんだ。
板垣 最近は背景も直したりもしています(編注:板垣さんは『異世界で~』で背景としてもクレジットされている)。「これはCGや撮影も自分でやらないとな」と思っているくらいです。それはそれで面白いんですけどね。自分の場合、あれなんですよ。大きなスタジオで、ゴージャスにアニメ作るのって向いてなかったみたいですね。スタジオが大きいからできる事もたくさんあるんですけどね。
 この連載でも描きましたが、今のアニメって無駄が多いんですよ。例えば、やっていると同じ画を何回も描いてるという意識が出てくるんですよ。制作さんで、何人かが同じことを言っていたんですけど、レイアウトの時に作監修正を入れて、それを発展させて原画を描いて、また、作監修正を入れる。どれも同じような画なんですよ。それが訳がわかんないと言うんです。
松本 うんうん。
板垣 2000年に出た最初の雑誌「アニメスタイル」があったじゃないですか。
小黒 なにを言いたいのか分かるよ。『(機動戦艦)ナデシコ』ね。
板垣 そうです。後藤圭二さんの特集で、レイアウトとレイアウト作監と原画と原画作監の原画を並べて載せていたじゃないですか。
小黒 載せた。何度も同じ画を描いているように見えるわけね。
板垣 そうなんです。言っていいのか分からないけど、そう見えるじゃないですか。
小黒 あの時は「こだわって作っている特別な例」として載せたんだけど。
板垣 だけど、今はあれが正しいやり方とされて、アニメの制作を崩している気がするんです。
小黒 作画の工程数が増えているのは間違いないよね。
板垣 俺は無駄を減らしたいんですよね。さっきの木村の画を守る話に戻りますけど、俺が描いたラフに木村が作監修正を入れて、原画マン無しで次の工程に進めるとか、そういうやり方にしたほうが早いんですよ。そんなやり方をしているから、俺の仕事が増えていくんですけど。動かすカットについてはそういうわけにもいかないから、動かしたいアニメーターに任せますけど。極端なことを言うと、顔を描く人は何人もはいらないんじゃと思うんです。出崎さんにとって、杉野(昭夫)さん1人がいればよかったように。
小黒 言いたいことは分かるよ。
板垣 そういう事ばっかりなんか考えているんです。やろうと思えば、作り方そのものを変えられるんですよ、今はそれが楽しいというのがありますよね。今のうちの会社なら「制作進行をなくしてしまおう」とか、そういう話もできるわけですよ。それは大きなスタジオだと難しいですよね。小さい会社だから、できることもあるんですよ。

特別編・いきあたりバッタリ座談会(2)に続く