COLUMN

第247回 子どもたちのリアル 〜かがみの孤城〜

 腹巻猫です。新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
 年末年始に観た劇場作品の中で、とりわけ心に残った作品が『かがみの孤城』でした。大学生時代、児童文学研究会に顔を出していた筆者には、ひときわ刺さるものがありました。富貴晴美さんの音楽がすごくよかった。
 今回はそのお話。


 『かがみの孤城』は2022年12月に公開された劇場アニメ。辻村美月の同名ベストセラー小説を原恵一監督、 A-1 Pictures制作でアニメ化した作品である。
 学校に通えなくなり、家に引きこもっていた中学1年生の少女・こころ。ある日、こころの部屋の鏡が突然光りだし、こころは鏡の中に吸い込まれてしまう。鏡の向こうにあったのは、孤島にそびえる城。狼の面をかぶった少女・オオカミさまに導かれて、こころは6人の少年少女に引き合わされた。オオカミさまによれば、この城のどこかに「願いの部屋」があり、その部屋に入る鍵を見つけることができれば、どんな願いも叶うのだという。こころたちは、とまどいながら城で時間を過ごし、鍵を探し始める。
 異世界ファンタジーか? と思わせる出だしだが、そう思って期待するような大冒険にはならない。こころたちは鏡を通っていつでも元の世界に帰ることができる。「通える異世界」というのが『ナルニア国物語』みたいで面白い。しだいに、城は子どもたちの心の寄りどころになっていく。
 ちりばめられた謎が解き明かされ、子どもたちの真実が明らかになる終盤の展開はドラマティックで感動的。子どもから大人まで、幅広い世代の人に観てほしい作品だ。
 音楽は原恵一監督とは4作目のタッグとなる富貴晴美。といっても、1作目の「はじまりのみち」は実写作品、2作目の『百日紅』は富貴が途中で体調を崩し、音楽の大半を辻陽が補った。劇場アニメでがっつり組むのは『バースデー・ワンダーランド』に続いて2作目である。

 2022年の富貴晴美はアニメ作品の活躍がめざましかった。劇場アニメ『鹿の王 ユナと約束の旅』『夏へのトンネル、さよならの出口』、TVアニメ『新米錬金術師の店舗経営』、それに本作と、4作品を担当している。たまたま公開年が同じになったのかもしれないが、実写作品よりアニメが多いのは珍しい。
 本作の音楽を聴いて、「富貴晴美はやはり映画の人だなぁ」と思った。TV用の溜め録りの音楽でもよい曲をたくさん聴かせてくれるが、映像に合わせて作曲する映画音楽のほうが本領発揮の印象がある。作品全体を通しての音楽の構成や演出意図を的確に汲み取った音楽作りがみごとで、まさに水を得た魚のようだ。
 それだけではない。『鹿の王 ユナと約束の旅』では異世界ファンタジーらしい壮大でエスニカルな音楽、『夏へのトンネル、さよならの出口』ではリズムやシンセサイザーを多用した現代的な音楽と、作品によってスタイルやサウンドを変えている。
 『かがみの孤城』は生楽器主体のクラシカルな編成の音楽。異世界ファンタジー的な壮大な曲も一部あるが、子どもたちの日常や繊細な心情を描く小編成の曲が中心である。中盤まではしっとりした心情曲とユーモラスな曲が入れ替わり登場して飽きさせない。終盤は子どもたちの気持ちの昂りを表現するドラマティックな曲が多くなる。クライマックスに向かって徐々に気持ちを高めていく音楽設計がすばらしい。
 本作のサウンドトラック・アルバムは公開の2日前、12月21日に配信(ダウンロード&ストリーミング)とCD(SHOCHIKU RECORDSレーベル)でリリースされた。収録内容は同じで、全35曲。作品の中で使用された全楽曲を収録している。

  1. 奇跡が起こりますように
  2. The Solitary Castle
  3. 7人の子供たち
  4. 城の中
  5. かがみの外へ!
  6. こころ
  7. ティータイム
  8. 穏やかな城
  9. クッキーとウレシノ
  10. 悲しみ
  11. ゲームタイム
  12. ほっとする人
  13. とまどい
  14. 喜多嶋先生
  15. 願いの鍵探し
  16. 怖い記憶
  17. 溢れる涙
  18. 雪科第5中学
  19. 理解なき担任
  20. クリスマスとケーキ
  21. みんなは…?
  22. リオン
  23. マサムネの推理
  24. オオカミ様
  25. Friendship
  26. 5時を過ぎて狼が
  27. ×のありか
  28. 大時計への階段
  29. 全員の真実
  30. かがみの孤城
  31. 秘密の答え
  32. 姉ちゃん
  33. いつかどこかで
  34. 未来へ歩き続けて

 1曲目の「夢」は導入部に流れる短いピアノ曲。
 こころのモノローグからタイトルが出るシーンのトラック2「奇跡が起こりますように」で、本作のメインテーマのメロディが提示される。
 次の「The Solitary Castle」は城としての「かがみの孤城」のテーマ。こころが初めて城を訪れる場面に流れる曲だ。女声コーラスをともなった壮大なイントロから民族音楽風の曲調に展開する。異世界ファンタジーを思わせる音楽だが、すぐにオオカミさまが現れ、コミカルな曲調に変わる。このメリハリの付け方がうまい。
 トラック4「7人の子供たち」は7人の子どもたちが初めて勢ぞろいする場面に流れる曲。ファンタジー風味のミステリアスな曲想で「何が起きているのか?」と謎めいた雰囲気を強調する。
 しかし、緊張感は長くは続かない。次の場面で、ユーモラスな「城の中」(トラック5)が流れてほっとさせる。子どもたちが城の中で過ごす場面では、のんびりした曲や穏やかな曲がたびたび流れて「居心地よさ」を表現している。「こころ」(トラック7)、「ティータイム」(トラック8)、「穏やかな城」(トラック9)、「クッキーとウレシノ」(トラック10)、「ゲームタイム」(トラック12)などだ。子どもたちの心がほぐれていくシーンであり、音楽が果たす役割も大きい。
 子どもたちの切ない心情を表現する曲もいい。富貴晴美は心に染みるメロディを次々と繰り出して、観客の気持ちをゆり動かす。「とまどい」(トラック14)、「喜多嶋先生」(トラック15)、「理解なき担任」(トラック20)、「みんなは…?」(トラック22)などなど。子どもたちの悲しみや動揺を表現するだけでなく、音楽としても美しい曲に仕上げている。曲によって楽器編成を変えて、同じような印象にならないようにしているのも、うまいなあと思うところだ。
 映画音楽らしい「ライトモティーフ」の手法(特定の人物や状況に同じメロディを割り当てる技法)も使われている。
 サッカーが得意な少年・リオンとこころの交流のシーンに流れる「ほっとする人」(トラック13)と「リオン」(トラック23)は同じメロディで書かれている。「ほっとする人」ではピアノと中低音域の弦でやさしく演奏されていたメロディが、「リオン」では弦合奏による豊かな音色で奏でられ、こころとリオンの気持ちがより近くなったことが示される。映画音楽の醍醐味を感じさせる演出である。
 ライトモティーフの例をもうひとつ。冒頭の曲「夢」と同じメロディがあとでもう一度登場する。たぶん本作の物語の核心に触れる部分だろうから説明は控えるが、作品を観たあとで、サウンドトラックを聴きながら確認してほしい。「なるほど」と思わせる趣向だ。
 メインテーマの使い方にも注目したい。すでに紹介したように、初めてメインテーマのメロディが現れるのは2曲目「奇跡が起こりますように」。それからしばらくメインテーマは使われず、映画の中盤、トラック18「溢れる涙」でふたたび現れる。こころの心情が大きく変化する重要なシーンだ。
 次にメインテーマが現れるのはクライマックスに流れる「大時計への階段」(トラック29)。以降は、「かがみの孤城」(トラック31)、「秘密の答え」(トラック32)、「いつかどこかで」(トラック34)、「未来へ歩き続けて」(トラック35)と、堰を切ったようにメインテーマのアレンジが続く。
 本当に大事な場面でしか使わず、しかし、重要なシーンでは控えることなく積極的にメインテーマを打ち出していく。これも(くり返しになるが)映画音楽の醍醐味であり、音楽にとっても幸せな使われ方だと思う。富貴晴美はこのメインテーマが決まるまでに12回も書き直したそうである。なかなかOKをくれなかった原恵一監督も最後には絶賛してくれたそうだ。
 メインテーマのバリエーションの中でも「かがみの孤城」とタイトルがつけられたバージョンは、もっとも重要なシーンに流れる曲。女声スキャット(ボーカリーズ)と躍動的なリズムが印象的なアレンジだ。劇中のほかの曲はクラシカルなタッチで書かれているのに、この曲だけはポップス的なアレンジになっていて驚かされるが、それだけに印象に残る。こういうセンスもうまいと思うところである。
 「かがみの孤城」と並ぶ本作の音楽の聴きどころが「全員の真実」(トラック30)。なんと9分超え、10分近い長さの曲である。子どもたちの真実が明らかになる、心をゆさぶる場面。原監督は9分あまりの一連の場面を「1曲で包んでほしい」とオーダーしたそうだ。富貴晴美は次々と展開する映像に合わせて曲調を変化させながら、しっかりとひとつの曲として音楽を作り上げている。映画を観ているあいだは、どうしても映像や物語に集中してしまうが、2度目に観る機会があれば、ぜひ音楽にも耳を傾けてもらいたい。

 筆者はこの作品を劇場で2回観た。
 最初に観たときは、感動しつつも、音楽のスケール感が少し気になった。たとえば、「The Solitary Castle」「かがみの外へ」「5時を過ぎて狼が」「×のありか」といった曲は、ほかの曲よりも壮大でボリューム感のある音楽になっている。「ロード・オブ・ザ・リング」みたいな本格的異世界ファンタジー風とでも言おうか。本作のテーマや物語のスケールを考えると、壮大すぎるのではないか。もう少し抑えめの、繊細な音楽のほうがふさわしいのではないかと思ったのだ。
 しかし、一晩寝て、考え直した。
 これでよかったのだ。日常で生きづらい思いをしている子どもたちが、いきなり見知らぬ城の中に放り出される。現実にはありえない試練に向き合い、挑むことになる。音楽のスケールが大きいのは、子どもたちの心の中の衝撃や恐怖感の反映だ。それはたぶん、子どもたちが現実の世界でさまざまな不条理に出会ったときの感情と同じなのだろう。こころの回想シーンに流れる「怖い記憶」(トラック17)という曲が、やはり非日常的なスケール感で書かれていることからも、それは明らか。この音楽が子どもたちのリアルなのである。

映画『かがみの孤城』オリジナル・サウンドトラック
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