腹巻猫です。六本木・東京シティビューで開催中の「誕生50周年記念 ベルサイユのばら展」に行ってきました。マンガの原画展示が中心ですが、宝塚歌劇版、TVアニメ版の展示コーナーもあります。アニメ関係の展示はコンパクトながら、原作とアニメ版の違いや演出の変化なども解説されていて納得の内容。最後に、制作が発表されたばかりの新作劇場アニメの設定画展示があり、期待が高まります。東京会場は11月20日まで。
https://tcv.roppongihills.com/jp/exhibitions/verbaraten/
7月〜9月期放映のTVアニメの中で筆者が注目していた番組のひとつが『You 0 DECO』。サイエンスSARUがアニメーション制作を担当したオリジナル作品である。
舞台は仮想現実(VR)・拡張現実(AR)技術が発達した未来の情報管理都市トムソーヤ島。住民は視覚情報デバイス「デコ」を使ってリアルとバーチャルを行き来し、相互評価係数「らぶ」をやりとりしてさまざまなサービスを受けている。その「らぶ」を奪う怪人0(ゼロ)を探していた少女ベリィは、デコに映らないユーレイのような子ども、ハックと出会う。ベリィはハックたちが結成したユーレイ探偵団に参加し、トム・ソーヤ島で起こる怪事件を追い始める。
『攻殻機動隊』や『電脳コイル』を思わせる設定だが、作品の印象は軽快でポップ。シンプルな線で描かれたキャラクターやカラフルな電脳世界の描写は80年代ポップアートを思わせる。
島の名前が「トム・ソーヤ」。ユーレイ探偵団のリーダーの名はフィンで、主要登場人物の名前を並べ替えると「ハックルベリー・フィン」になる。物語の終盤には、『トム・ソーヤーの冒険』『ハックルベリー・フィンの冒険』の作者マーク・トウェインや『トム・ソーヤーの冒険』に登場する悪漢インジャン・ジョーの名をオマージュした施設、キャラクターも登場する。こうしたオマージュが示すとおり、本作は基本的に少年少女が活躍する冒険ものなのである。サイバーパンク的な世界を描いていながら、素朴で懐かしい雰囲気がある。児童文学好きの筆者には、そこがぐっときた。
音楽は主題歌の作詞・作曲も手がけたミトが、KOTARO SAITO(齊藤耕太郎)、Yebisu303と共同で担当。トータルな世界観を表現する曲やキャラクターの心情を表現する曲をミトが担当し、怪人0の曲や「超再現空間」と呼ばれる仮想空間の曲をKOTARO SAITO、ベリィの学校生活やハックの活躍を描写する曲をYebis303が手がける分担になっている。
バンド「クラムボン」のメンバーとしても活躍するミトは、アニメやアーティストへの楽曲提供のほか、TVアニメ『アリスと蔵六』(2017)、『ワンダーエッグ・プライオリティ』(2021)等の劇中音楽(劇伴)を担当した経験がある。KOTARO SAITOとYebisu303は劇伴の仕事が初めてということもあり、楽曲を限定した形での参加になった。
監督の霜山朋久は、現実世界と超再現空間とで、音楽も明確に分けてほしいとリクエストしたという。それを受けて、リアルな世界や心情を描写する音楽は生楽器を使った曲、バーチャルな世界の音楽はシンセサイザーをメインにした曲と、サウンド面で区別がつけられている。たとえば「トムソーヤ島のテーマ」はピアノや弦楽器が奏でるさわやかな曲、「怪人0のテーマ」はシンセの打ち込みによるリズム主体の曲という具合。シンセサウンドは80年代風の懐かしい音色に作られていて、それが『You 0 DECO』の世界観によく合っている。
ミトによれば、音楽制作は最初にメニューをもらって全曲をまとめて作る方法ではなく、1話分ずつ、監督たちとミーティングしながら作っていったという。そのため、本作の音楽は意外なほど映像に密着している。学校のシーンでは学校のテーマが流れ、怪人0が現れると怪人0のテーマが流れる。特定のシーンを想定して書かれた1回限りの曲もいくつかある。音楽演出はオーソドックスだ。こうした音楽の使い方も、本作から受ける「懐かしい感じ」を強めている。
本作のサウンドトラック・アルバムは、7月3日の放送開始と同時に各種音楽配信サービスからストリーミング&ダウンロードの形でリリースされた。ミト、KOTARO SAITO、Yebisu303の3人の作曲家別に3つのアルバムがリリースされるユニークなスタイル。リリースのタイミングも、リリース形態も、『You 0 DECO』らしい新しさがあっていい。
ちなみに各アルバムの曲数は、ミトの曲を収録した「You0 DECO SOUNDTRACK Vol.1」が35曲、KOTARO SAITOの曲を収録した「同 Vol.2」が11曲、Yebisu303の曲を収録した「同 Vol.3」が9曲。曲数から見てもミトの曲がメインになっていることがわかる。
「You0 DECO SOUNDTRACK Vol.1」を聴いてみよう。収録曲は以下のとおり。
- トムソーヤ島のテーマ
- 都市
- ベリィのテーマ
- 逃走
- ベリィのモヤモヤ
- 隠れ家
- すごく不安
- ベリィとハック
- 朝
- カスタマーセンター
- ドローン
- フィンのテーマ
- 回想
- アジト
- マダム44のテーマ
- ハンクのテーマ
- ダイヤリー
- 我らユーレイ探偵団
- 仕事依頼
- 夕方
- 感傷
- やるせないしかたない
- 過去
- フィン
- スラム
- 波止場
- 隠し事
- 絵本
- 仲間
- 大空
- マークトゥエイン
- ピンチ
- 正体
- 対決
- 未来
劇中で流れる曲が、ほぼ登場順に収録されている。放映開始日にリリースされたアルバムで、最終話に流れる曲まで順を追って収録されているのが驚きだ。配信リリースだからこそ、実現できたことだろう。制作に2ヵ月ほどかかるCDだったら、こうはいかなかったに違いない。
1曲目の「トムソーヤ島のテーマ」は第1話の冒頭に流れる曲であり、本作のメインテーマとも呼べる曲。流麗なストリングスとキラキラしたピアノの音がさわやかだ。この感じはトラック9「朝」やトラック26「波止場」でも聴くことができる。
次の「都市」は、第1話でベリィが街を歩く場面など、トムソーヤ島の街の描写にたびたび使われた。テクノっぽいシンセの音と生っぽいストリングスの音が共存するサウンドで、リアルとバーチャルが重なる街をうまく表現している。
この曲調をテクノっぽい方向に振ったのがトラック10「カスタマーセンター」やトラック11「ドローン」など。トムソーヤ島の管理システムの冷たさと脅威を描写する曲である。
トラック3「ベリィのテーマ」はもうひとつのメインテーマとも呼べる重要な曲。ピアノとストリングスの静かな導入から始まり、リズムが加わって軽快で疾走感のある曲調に変化していく。第1話でベリィがユーレイであるハックの存在に気づく場面をはじめ、ベリィの心情が大きく揺れる場面、ベリィが行動を始める場面などに使用されて、ドラマを盛り上げた。本作の音楽の中でも映画音楽っぽい、「劇伴」らしい曲のひとつ。
トラック4の「逃走」は第1話でベリィがハックを追いかける場面に流れたスリリングな追跡曲。これも典型的な劇伴らしい曲である。
次の「ベリィのモヤモヤ」は、ハックに出会ったことでベリィの胸に芽生えた疑念を表現する曲。本作の心情曲は、とてもシンプルに作られている。メロディで感情を表現するよりも、ふんわりとしたサウンドで心情を想像させる音楽になっている。トラック13「回想」、トラック21「感傷」、トラック22「やるせないしかたない」、トラック23「過去」なども同様だ。感情に溺れず、感情を押し付けない感じが、とても現代的だし、ベリィたちのキャラクターにもフィットしている。
第1話のラスト、怪人0がベリィとハックの前に登場する場面にはKOTARO SAITOによる「怪人0のテーマ」と「怪人0現る」が使われている。また、第1話でベリィがハックのあとをつける場面に流れるのはYebisu303による「ハックのテーマ Part 2」だ。怪人0とハックの曲をそれぞれ異なる作曲家が担当しているのは、重要なキャラクターゆえに音楽的にも違いを明確にしたかったためだろう。
「SOUNDTRACK Vol.1」の聴きどころのひとつは、ユーレイ探偵団の個性的なキャラクターを表現する曲だ。
トラック12「フィンのテーマ」はユーレイ探偵団の謎めいたリーダー、フィンの曲。単調なリズムから始まり、ストリングスのメロディが大きなうねりへと展開していく。クールなように見えて、実は複雑な過去と強い意志を持つフィンの人間性を表現する曲になっている。
トラック15「マダム44のテーマ」は、遠隔通信で探偵団のミーティングに参加する老婦人マダム44のテーマ。フランスの民族音楽「ミュゼット」を思わせる、エレガントでポップな3拍子の曲。
トラック16「ハンクのテーマ」はガラクタを集めてなんでも作ることができるユーレイ団の技術担当、ハンクのテーマ。エレキギターが唸るロックサウンドに重なって、男っぽい声が合いの手を入れるのが面白い。遊び心のある曲である。
トラック18「我らユーレイ探偵団」は堂々としたマーチ風に書かれたユーレイ探偵団のテーマ。2回しか使われていないが、本作の「少年少女冒険もの」の側面を象徴する楽曲として印象深い。
もうひとつの聴きどころは、アルバムの終盤に並べられた一連の楽曲。物語全体のクライマックスのために用意された曲だ。
トラック28「絵本」は第9話のアバンタイトル、幼いフィンが絵本を読む場面に使用。そのあとフィンの過去と真意が明かされる重要なシーンが続く。
トラック29「仲間」は、同じく第9話でユーレイ探偵団の仲間を遠ざけようとしたフィンに対して、ハックが「おれたちは家族だ」と怒りをぶつけるシーンに流れた曲。ピアノの澄んだ音色を生かした、しっとりとした曲調が泣ける。この曲は第12話の眠る少女のシーンにも使用されている。
トラック31「マークトゥエイン」は第10話のラストシーンに、トラック30「大空」は第11話のアバンタイトルに流れた曲。いずれもハックとベリィとフィンがドローンにつかまって空の上をめざす場面に使われている。ストリングスとリズムに管楽器の音が加わり、大空を行くベリィたちの高揚感と決意が表現される。「ベリィのテーマ」と同様のドラマティックな曲である。第11話のラストシーンにはトラック32「ピンチ」が流れて危機感を盛り上げる。
最終回となる第12話のクライマックスに流れるのが、トラック33からの3曲、「正体」「対決」「未来」だ。怪人0の正体が明らかになる場面の「正体」、ベリィとハックのとまどいと迷いを描写する「対決」、対照的な曲調の2曲が2人の心の揺れを表現する。アルバムの掉尾を飾る「未来」は、ハックの決意とこれから待ち受ける未来を表現する曲。ピアノとストリングスを中心に奏でられるこの曲は、よく聴くと1曲目の「トムソーヤ島のテーマ」の変奏である。新しいトムソーヤ島を予感させる場面だから、同じモティーフが使われているのだ。この音楽演出はうまい。
サウンドトラック・アルバムには収録されていないが、第12話のラストに流れるのはクラムボンによる挿入歌「Utopia」である。実はこの曲、ミトが本作のパイロットフィルムのために作った曲なのだそうだ。そのモチーフが、劇中のいろいろな曲に散りばめられている。最初に作った曲が音楽全体のベースになり、さらに物語を締めくくる曲になる……。なんともニクイ音楽設計である。
その「Utopia」は最終回の放送とほぼ同時、9月19日に配信開始された。このリアルタイム感は、21世紀ならでは。作品の完結とともに音楽世界も完成する趣向に、とてもワクワクさせられる。
ところで、本作の劇中ではサウンドトラック・アルバムに収録されていない曲もいくつか流れている。単に未収録なのか、配信開始時点で完成してない曲があったのか? とつらつら考えていたら、12月に発売される「ユーレイデコ Blu-ray BOX(特装限定版)」の特典として「『ユーレイデコ』の音楽をすべて収録したCD」が同梱されるのだとか(詳細不明)。円盤志向の筆者ですら、本作の音楽は配信だけで完結するのが美しいような気になっていたのだけど、やはりお宝はリアルに入手しろということかな。
You0 DECO SOUNDTRACK Vol.1 MUSIC for TOM SAWYER ISLAND mito(clammbon)
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You0 DECO SOUNDTRACK Vol.2 MUSIC for SUPER REPRODUCTION SPACE KOTARO SAITO
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You0 DECO SOUNDTRACK Vol.3 MUSIC for HUMAN BEHAVIOUR Yebisu303
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Utopia(クラムボン)
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