COLUMN

第238回 音楽がある意味 〜Sonny Boy〜

 腹巻猫です。話題の劇場作品「NOPE/ノープ」を観ました。特撮ファン、SF映画ファン必見。ヘンな言い方ですが、笑ってしまうくらい怖くて面白い。IMAX映えする作品です。恐怖感を盛り上げる音響もすばらしい。ぜひ劇場で。


 第25回文化庁メディア芸術祭のアニメーション部門の優秀賞に『漁港の肉子ちゃん』『PUI PUI モルカー』等と並んで『Sonny Boy』が選ばれた。
 というニュースを聞いて、「メディア芸術祭やるなあ」と感心してしまった。
 『Sonny Boy』は2021年7月から10月まで放送されたTVアニメ。原作・監督が『スペース☆ダンディ』『ワンパンマン』等の監督を務めた夏目真悟、アニメーション制作がマッドハウス、キャラクター原案が江口寿史。これだけでも期待が高まるが、できあがった作品は想像以上にとんがっていた。
 夏休みのある日、学校に集まっていた中学3年生の長良と希(のぞみ)、瑞穂たちは、突然、校舎ごと異世界に飛ばされてしまう。さらに長良たちは、それぞれが異なる特殊な「能力」を使えるようになっていることに気づく。異世界でのサバイバルを続けながら、長良たちはなんとか元の世界に帰ろうとする。
 とまとめると、楳図かずおの「漂流教室」みたいな話に思われるが、印象は大きく異なる。
 江口寿史のイラストを意識したと思われる独特の絵柄。どう転がるか予想がつかないストーリー。異世界転移の理由や生徒たちの能力についての説明はほとんどなく、生徒たちも不可解な状況に順応していく。シュール(不条理)にも見える作品だ。筆者は「漂流教室」よりも海外ドラマ「LOST」を連想した。
 しかし、観続けているうちに、本作のねらいは謎解きではなく、キャラクターの心情(もしくは成長)を描くことだとわかってくる。毎回、1話完結に近い形で、1人のキャラクターのドラマが描かれる。異世界漂流譚の形を借りた青春アニメなのである。

 本作は音楽も実にとんがっている。正確に言えば、音楽の使い方がとんがっている。
 第1話を観て驚くのは、劇中に音楽がほとんど流れないこと。ラストシーン、海に落ちた長良と希の目の前に島が現れる場面から主題歌「少年少女」が流れ始める。ここまで、一切音楽(BGM)がない。
 「第1話だから特別か……」と思って第2話を観ると、劇中に流れるBGMは2曲だけ。以下、ほとんどのエピソードで、劇中に使われる音楽は1曲か2曲なのだ。
 しかも、溜め録りのBGMを選曲して流しているわけではない。アーティストに発注して、エピソード用の楽曲を書き下ろしてもらっているのだ。劇場作品「トップガン」で、劇中にアーティストの歌を流してBGM代わりにしていたように。なんともぜいたくでユニークな音楽作りである。
 夏目監督はインタビューに答えてこう語っている。
「本来の劇伴(BGM)の使い方は、感情を誘導するためのものなんです。こういうふうに見てくださいと誘導したり、たまにミスリードしたりもする。ともすればノイズにもなりえる。思考を遮断、限定したくなかった。劇伴を極力なくすことで、余白が生まれます」(MANTAN WEB「Sonny Boy:「なんか面白い」の“なんか”とは? 異色のアニメは「意外にシンプル」 夏目真悟監督に聞く」https://mantan-web.jp/article/20210924dog00m200105000c.html
 映像作品の中で、音楽は本来「虚構」である。音楽を使わないほうがリアルに近づく。音楽は映像に意味や感情を付与する効果があるが、ときにはそれが「こう観てほしい」という押しつけになってしまう。
 『Sonny Boy』には音楽による誘導がない。視聴者は知らず知らず、「これはどういう意味?」「これからどうなる?」と考えをめぐらせることになる。異世界に飛ばされた不条理感と不安感をキャラクターと同じように生々しく体験できる。感覚をとぎすませて観てもらう。それが夏目監督のねらいのひとつだろう。
 しかし、それだけが目的なら、徹頭徹尾、音楽がなくてもよいはずだ。
 本作では、劇中の「ここぞ」という場面で音楽が流れる。音楽が聞こえてくることで、その場面は「特別な一瞬」として印象づけられることになる。それは多くの場合、ドラマの転換点——キャラクターが何かを感じ取ったり、心の中に変化が生じたりするときである。
 中学3年生は心も体も急速に変わっていく時期。過ぎてゆくかけがえのない一瞬を鮮やかに記憶に刻んでもらうために音楽が映像を色づけしている。筆者はそう受け取った。
 本作のサウンドトラック・アルバムは「TV ANIMATION Sonny Boy soundtrack」のタイトルで、アナログ盤(LP)、CD、音楽配信(ダウンロード&ストリーミング)の3つの形態でフライングドッグよりリリースされた。アナログ盤は2021年7月に9曲を収録した「1st half」を、9月に7曲を収録した「2nd half」を発売。同じく9月に、アナログ盤に収録された16曲に未収録の5曲を加えたフルアルバムがCDと音楽配信でリリースされている。
 フルアルバムの内容は以下のとおり。

  1. 少年少女 TV ver./銀杏BOYZ
  2. Broken Windows/落日飛車(Sunset Rollercoaster)
  3. Seagull/落日飛車(Sunset Rollercoaster)
  4. Summer Storm/VIDEOTAPEMUSIC
  5. Tune from diamond/ザ・なつやすみバンド
  6. 夜釣り/ミツメ
  7. Let There Be Light Again/落日飛車(Sunset Rollercoaster)
  8. Beacon/Ogawa & Tokoro
  9. Yamabiko’s Theme/空中泥棒(Mid-Air Thief)
  10. Kodama’s Theme/空中泥棒(Mid-Air Thief)
  11. Soft Oversight/Ogawa & Tokoro
  12. ソウとセイジ/ミツメ
  13. 今日の歌/カネヨリマサル
  14. Lightship/ザ・なつやすみバンド
  15. スペア/ミツメ
  16. サニーボーイ・ラプソディ/toe
  17. Lune/コーニッシュ
  18. Judgment/コーニッシュ
  19. Tour/コーニッシュ
  20. Soleil/コーニッシュ
  21. 旅立ちの日に/コーニッシュ

 主題歌「少年少女」のTVサイズを含む全21曲。劇中で流れた音楽は、ほとんど収録されている。トラック1〜16がアナログ盤に収録された楽曲だ。
 「トップガン」のような「コンピもの」サントラと大きく異なるのは、「歌もの」が少ないことである。主題歌を別にすると、歌が入っている曲は「Let There Be Light Again」「今日の歌」「Lightship」「スペア」「サニーボーイ・ラプソディ」の5曲だけ。「旅立ちの日に」は本来歌ものだが、インストで収録されている。
 21曲中15曲がインストということになる。複数のアーティストが参加したサントラとしては、珍しい形だ。
 トラック2の「Broken Windows」と次の「Seagull」は台湾のバンド「落日飛車」によるインスト曲。第2話で、瑞穂がいなくなった猫を探す場面と、瑞穂が希と長良から見つかった猫を受け取る場面に流れている。この2曲は映像を観ながら作ってもらったそうだ。シンプルなサウンドで、瑞穂の焦燥感や安堵が表現される。希と長良と瑞穂との友情の始まりの曲でもある。
 トラック4の「Summer Storm」は第3話で長良が見えない幕の中から生徒を解放する場面に使用。ドラムソロから始まる軽快なサウンドが、長良の決意を表現する。
 トラック5「Tune from diamond」は第4話の野球の場面に使用。ピアノソロの導入から、陽気なコーラス入りのダンサブルな曲に展開する。スティールパンやトランペットをフィーチャーした南国風サウンドが、陽光の下の野球シーンにはまっている。
 トラック6「夜釣り」はギターサウンドをメインにした3分余りの曲。4人組バンドのミツメが提供している。曲名どおり、第5話で長良と希が夜釣りをするシーンに使用。長良の気持ちが希に影響されて少しずつ変わっていくようすが描かれる。曲はのんびりムードだけど、長良の心情の変化はドラマティックだ。
 トラック7「Let There Be Light Again」は第6話に使用。卒業式のようすを映したフィルムが見つかり、それを利用して生徒たちが元の世界に帰ろうとする場面に流れた。第2話でも曲を提供している落日飛車の曲。夏目監督は、第2話と対になるイメージで発注したそうである。希望のイメージの曲だ。
 同じく第6話の卒業式の場面で生徒たちが歌っているのがトラック21の「旅立ちの日に」。この曲のみ本作のオリジナルではなく、作詞・小嶋登、作曲・坂本浩美、補作曲・松井孝夫による既成曲(編曲はコーニッシュ)。卒業式で歌われる定番の曲である。本アルバムにはピアノの演奏が収録されている。
 第7話で長良は、大勢の人が巨大な塔「バベル」の建設を続ける悪夢のような世界に迷い込む。そこで流れたのがトラック8の「Beacon」。シンセによる、ちょっとユーモラスで、けだるいサウンドの曲だ。不条理な世界そのものを描写しているようだが、長良が「流れ星」を探しに行く場面に流れたのが印象に残る。
 はるか昔に異世界に転移してきて、今では犬の姿で生きているやまびこ。第8話でやまびこが語る昔話のバックに流れたのが、トラック9「Yamabiko’s Theme」と次の「Kodama’s Theme」。ドリーミィな中に歪んだ音やノイズっぽい音がまじる不思議な曲調。幻想風味と不穏さが同居するサウンドで、やまびことこだまの奇妙で切ない物語を彩った。この回ではエンディング主題歌の代わりに「Yamabiko’s Theme」が流れた。
 第9話では、前半にトラック11「Soft Oversight」が、後半にトラック12「ソウとセイジ」が流れる。宅録ユニットOgawa & Tokoroによる「Soft Oversight」は、エキゾチックなアンビエント風テクノとでも呼びたい独特の曲調。猫のさくらの主観で語られる回想シーンに使用された。「ソウとセイジ」は、ソウとセイジ兄弟の対決場面に流れたリズムのくっきりしたバンドスタイルの曲。夏目監督によれば、性格の異なる曲を使うことで、前半と後半で差を出したかったのだとか。
 第10話で、左腕を吊った少女・骨折と一緒に「戦争」と呼ばれる場所に出かける長良と希たち。岩だらけの山道を歩く骨折と希たちの場面に流れたのがトラック13「今日の歌」。青春ロックを追い続けるガールズロックバンド、カネヨリマサルによるポップなナンバーだ。それまでの挿入曲とはひと味異なる、はじけたサウンドで骨折の気持ちを表現する。本作随一の「青春もの」っぽい場面になっている。
 第10話の終盤で、希が崖から落ちてしまう。その場面に流れるのが哀感を帯びたピアノ曲「Lune」(トラック17)。この曲はほかの挿入曲と異なり、アーティストによる提供曲ではない。アニメ『ひとひら』『ヘタリア』シリーズなどの音楽を手がけたコーニッシュによる曲だ。希を失った長良たちの喪失感を、アンダースコアに徹した抑えた曲調で描写しようという意図だと筆者は解釈した。トラック17以降に収録されたコーニッシュによる楽曲は、どれもそういう使い方を意識して書かれたようだ。そのためか、アナログ盤には収録されていない。
 第11話では、海岸で長良たちが希を送る会を開く。そこに流れるのがトラック14「Lightship」。4話で流れた「Tune from diamond」と同じく、ザ・なつやすみバンドによる楽曲。さわやかなポップス風のサウンドが「希のいない世界」を生きようとする長良と瑞穂の気持ちを代弁する。夏目監督曰く、「悲しくもあるが前に進まなきゃいけないという気持ち」をみごとに表現してくれた曲だそうである。この曲には長い後奏がついていて、その部分が、長良たちが気持ちを切り替える場面にうまくはまっていた。
 最終話となる第12話で流れるのは、トラック15「スペア」とトラック16「サニーボーイ・ラプソディ」、アルバム未収録の「少年少女」弾き語りバージョンの3曲。
 最終話では冒頭から音楽が流れ、これまでのエピソードとは異なる雰囲気がただよう。長良たちはすでに元の世界に帰還している。異世界の出来事をクラスメートは誰も知らない。「スペア」のポップなサウンドが逆に長良の孤独感を強調する。「サニーボーイ・ラプソディ」は長良と瑞穂が元の世界に帰還するまでを描く回想シーンで使用。ロックバンドtoeによるボーカル曲だ。歌詞は聞き取りづらいが、「追う」がキーワードになっている。希を追い続ける長良の心情を反映しているのだろう。
 主題歌「少年少女」の弾き語りバージョンはこの回だけで流れる。ギターソロによる長いイントロがついていて、その部分がBGMのように使われている。雨の夜、駅のホームで長良は思いがけない人物に声をかけられる。長良の胸に湧き上がる、よろこびと切なさの入り混じった想いが、ギターの音色から伝わってくる。音楽はそのまま主題歌のボーカルに続いていく。それまでのシュールにも思える展開も、このラストがあれば全部よしと思えてしまう。フォークソングが流行した60〜70年代の昔から、ギターの音色は青春のサウンドなのだ。それだけに、このバージョンがアルバムに収録されていないのは惜しい。

 1エピソードの中で1〜2曲しか音楽が流れない、ほかに類を見ないTVアニメ『Sonny Boy』。しかも、各エピソード用にアーティストが曲を書き下ろしたという、ぜいたくな作品である。「アニメに音楽をつける意味」をあらためて考えさせられる意欲作だ。
 こういう作品に目を向ける機会を増やしてくれるだけでも、文化庁メディア芸術祭は意義があったと思う。残念ながら今年度の作品募集は行われないことが発表されているが、なんらかの形で継承してほしいものである。

TV ANIMATION Sonny Boy soundtrack
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