COLUMN

第236回 歌うことが日常 〜ヒーラー・ガール〜

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 今年(2022年)4月から6月にかけて放映されたTVアニメ『ヒーラー・ガール』は、放映前から気になる作品だった。
 気になった第1の点は、『アイの歌声を聴かせて』の高橋諒が音楽を担当すること。第2は、主役4人を声優コーラスユニット「ヒーラーガールズ」のメンバーが演じることだった。
 ヒーラーガールズは、アニソンライブ番組「Anison Days」にたびたび出演していたので知っていた。そもそも、アニメ『ヒーラー・ガール』自体がヒーラーガールズのためのオリジナル企画らしい。彼女たちの歌がふんだんに聴けるミュージカル仕立ての作品だ。
 で、音楽が『アイうた』の高橋諒。期待するしかない。
 『ヒーラー・ガール』は歌で人の心と体を癒やす音声治療師「ヒーラー」をめざす少女たちの物語である。
 主人公の藤井かな、五城玲美、森嶋響の3人は、師匠の烏丸先生が経営する治療院で修行するヒーラー見習いの高校1年生。同じ高校には別の治療院でヒーラー修行中の矢薙ソニアというライバル的少女がいる。かなたちは、ときに競い合い、ときに協力しあいながら、ヒーラーに必要な経験を積み、成長していく。
 本作における「ヒーラー」はファンタジー作品に登場するような魔法使いではなく、音声治療の知識と技術を身につけたプロの歌い手。ファンタジーとリアルの境界ぐらいの設定になっているのがユニークだ。
 この設定のおかげで、キャラクターが歌うシーンが自然に描かれる。彼女たちにとっては歌うことが訓練であり、仕事であり、日常なのだ。

 『アイうた』と同じく、本作も歌と劇中音楽(BGM)の両方を高橋諒が手がけている。
 ミュージシャンクレジットによれば、楽器編成はストリングス(弦楽器)と木管、金管をベースにした、クラシカルなスタイル。ファゴット、バストロンボーン、4本のホルンが入って中低音を厚くしているのが特徴だ。それにアコースティックギターとドラムが加わる。ほかに高橋諒自身によるピアノ、キーボード、シンセの音が使用されている。
 ヒーリングをテーマにした作品なので、音楽も自然に近い音を、というコンセプトなのだろう。耳にやさしく温かい音楽である。歌もBGMも、基本的に同じ編成、同じミュージシャンで録音されている。
 ミュージカルアニメである本作は、作画と歌に注目して語られることが多い。が、今回は劇中音楽(BGM)に着目してみたい。
 本作の音楽、最初は「フィルムスコアリングなのかな?」と思っていた。
 しかし、あらためて本編に流れるBGMを聴いてみると、そうではないようだ。明らかに特定のシーンを想定して書かれた曲もあるが、いろいろなシーン使用される定番の曲もある。シーンに当てた曲と溜め録りをブレンドした音楽設計のようである。
 ただ、BGMの作り方と使い方がうまい。1曲の中でモチーフを展開させたり、楽器を変えたりして変化をつけている。劇中では、曲を途中から使ったり、一部だけを切り出して使ったりして、「また同じ曲を使ってる」と思われない使い方をしている。
 劇中歌の音源も巧みに併用している。たとえば第5話で「山には素敵なものがある〜てっぺんまで登ろう〜星と蛍」と3曲をメドレーにした劇中歌が流れるのだが、その1曲「星と蛍」だけを歌うシーンが第3話にある。その場面に使われたのは第5話のメドレーと同じカラオケ。歌に入る前のシーンに「てっぺんまで登ろう」のカラオケをBGMとして流し、そのまま「星と蛍」の歌に続ける演出になっているのだ。
 ほかにも、第5話では第1話の劇中歌「やわらかな音の中で」のカラオケが、第12話では第3話の劇中歌「Run!Run!Run!」のカラオケがBGMとして使用されている。
 こうした工夫の結果、まるで絵に合わせて音楽を書いたように、ドラマに密着した多彩な音楽が流れる作品に仕上がっているのである。
 本作の音楽アルバムは、劇中に流れる歌を収録した「TVアニメ『ヒーラー・ガール』劇中歌アルバム Singin’ in a Tender Tone」と歌の入らないBGMだけを収録した「TVアニメ『ヒーラー・ガール』オリジナルサウンドトラック」の2タイトル。2022年6月にランティス/バンダイナムコミュージックライブより同時発売された。
 「劇中歌アルバム」には劇中歌12曲が収録されている。しかし、本作で流れる劇中歌はこれですべてではない。
 かな役・礒部花凜の発言によれば、劇中歌にはスタジオ録音したものとセリフと一緒に録ったものの2種類がある。「劇中歌アルバム」に収録されたのは(たぶん)スタジオ録音された歌。セリフと一緒に録られた歌は商品化されていないようだ。残念だが、さまざまな事情があるのだろう。
 「オリジナル・サウンドトラック」は2枚組で全41曲を収録。ディスク1が17曲31分、ディスク2が24曲47分と、不思議なバランスで2枚に分けられている。
 曲順はおおむね劇中使用順に沿っていて、物語をふり返りながら聴くことができる。
 ディスク1の収録曲は以下のとおり。

  1. Healer Girl(Theme ArrangeⅠ)
  2. Little Brooch
  3. She’s got it:Session1
  4. She’s got it:Session2
  5. How to do my work:Session1
  6. How to do my work:Session2
  7. How to do my work:Session3
  8. Patient’s Condition
  9. Regards(Theme ArrangeⅡ)
  10. Dolce Frammento
  11. Daily Life:Session1
  12. Daily Life:Session2
  13. Greenhorn
  14. Karasuma Voice Treatment Clinic(Theme ArrangeⅢ)
  15. Disputa
  16. paz de espirito
  17. umisemine

 なお、一部の曲名にはアキュートアクセントやウムラウト付きアルファベットが使用されているが、文字化けしそうなので英文字で代替表記した。
 ディスク1の1曲目は「Healer Girl(Theme ArrangeⅠ)」。第1話のアバンタイトルに流れる音楽だ。かながけがをした子どものために歌(「かさねよう、歌を」)を歌う場面から始まる。曲の前半はその歌のカラオケ。後半は、かなが玲美と響と合流して街を歩く場面に流れるメインテーマ(主題歌「Feel You, Heal You」)のアレンジ曲だ。
 ミュージカルらしいシーンの曲だから歌入りで収録してほしいところだが、カラオケでも雰囲気を楽しむことはできる(ただ、その説明はどこかにほしかった)。
 2曲目は「Little Brooch」。かな、玲美、響の3人が治療院に来た女の子・ゆいからもらったブローチを服につけて感激するシーンに流れるやさしい曲だ。この曲は第4話のラストや第9話でかなが幼い頃を回想する場面にも流れている。
 トラック3と4は「She’s got it:Session1」と「同:Session2」。続くトラック5〜7が「How to do my work:Session1」〜「同:Session3」という構成。いずれも、かなたちの日常シーンに流れる、ちょっとユーモラスな音楽である。表情豊かな木管のメロディとピアノ、ドラム、パーカッションのリズムが楽しい。
 トラック11と12に収録された「Daily Life:Session1」と「同:Session2」もユーモラスな日常曲。全編にわたってよく使われている。
 こんなふうに同一曲のバリエーションをまとめて収録しているのが本アルバムの特徴のひとつ。わかりやすいとも言えるが、続けて聴くと同じメロディが並ぶのでちょっと飽きてくる。ここはひと工夫ほしかった。
 トラック8「Patient’s Condition」は、第1話でゆいのお祖母ちゃんの具合が悪くなり、駆けつけたかなたちが対応に苦慮する場面の曲。本作では珍しいサスペンス系の曲のひとつ。ピアノとパーカッションがさざ波のようなリズムを刻み、木管が不安なメロディを奏でる。この曲は第2話でソニアが苦しそうな妊婦に声をかける場面や第12話でかなたちが旅客機の中で病気の子どもに遭遇する場面にも使われている。
 続くトラック9「Regards(Theme ArrangeⅡ)」はストリングスと木管を主体に奏でられるメインテーマアレンジ。第1話のラストで、ピンチを脱したかなたちがほっとするとともに「ヒーラーになるぞ!」と決意を新たにする場面に流れる感動曲だ。途中から入るトランペットが熱い想いを表現している。この曲は第3話と第6話でも、かなたちの気持ちの高まりを表現する曲として使用されている。
 ここまでが主に第1話で流れた曲。
 次のトラック10「Dolce Frammento」はピアノとオーボエをメインにしたおだやかな曲。かなたちが烏丸先生のアシスタントとして初めて病院の手術室で歌うエピソード=第4話で使用された曲である。ヒーラーという仕事のやりがいやよろこびに触れたかなたちの気持ちが伝わってくる。
 「初心者、未熟者」を意味する曲名がつけられたトラック13「Greenhorn」はユーモラスな日常曲のひとつ。第2話で玲美が猫を相手にする場面、第6話で図書室の大量の楽譜を見た玲美が興奮する場面など、玲美がらみの選曲が多い。
 そして、トラック14「Karasuma Voice Treatment Clinic(Theme ArrangeⅢ)」は曲名どおり、かなたちが務める「烏丸音声治療院」のテーマ。アコースティックギターのリズムに乗ってストリングスと木管楽器がさわやかに歌うメインテーマアレンジだ。初出は第1話の治療院のシーン。以降、かなたちが働く場面や烏丸先生の登場シーンにたびたび選曲されている。この曲は、メインテーマの基本形としてアルバムの始めのほうに配置してもよかったと思う。
 トラック15「Disputa」は『ウエストサイド物語』を思わせる、ちょっと不穏な雰囲気のジャジーな曲。曲名は「紛争」の意味だ。第2話でかながソニアに声をかけられる場面、第7話のソニアが文化祭でロシア料理をふるまう場面など、ソニアがらみでよく使われた。
 ポルトガル語で「心の平和」と名づけられたトラック16「paz de espirito」は、第2話でかなが烏丸先生のヒーリングの力に感動する場面に一度だけ使用。ピアノと木管楽器とストリングスのアンサンブルで奏でられる、しみじみとした曲調の情感曲だ。
 トラック17の曲名「umisemine」は「ハミング」を意味するポルトガル語。パーカッションと弦のピチカートがリズムを刻み、クラリネットとピッコロがかけあうようにメロディを奏でる可愛い曲である。第3話でかなたちが朝のしたくをする場面、第6話で響が作った料理のおいしさにかなたちが感動する場面などで使われた。日常シーンに流れる楽しい曲のひとつだ。
 ここまででディスク1が終了。ちょっと中途半端なところで終わった感がある。

 ディスク2の序盤には、第3話のまったりしたシーンで流れたトラック1「Native Shore」とトラック2「Honesty」、同じく第3話の運動会のシーンで流れたトラック3「Sports Day」とトラック4「Always energetic!」などが収録されている。トラック6が、第3話のラストでかなたちがヒーラーの仮免試験に合格したことをよろこぶ場面の曲「Blooming(Theme ArrangeⅣ)」。ここまでを1枚目に収めたほうがまとまりがよかったのではないかな。
 そのディスク2の聴きどころは、第8話のために書かれたトラック15「Pieces of “Nesting Birds” part.I」〜トラック17「同 part.III」とトラック18「Fly the Nest」。第8話で歌われる劇中歌「Nesting Birds」とリンクした曲で、玲美の家のメイド・葵と玲美とのエピソードを繊細な曲調で彩った。それだけに、肝心の「Nesting Birds」の歌入りが一緒に聴けないのは惜しい。
 ほかには、第5話でかなたちが響の田舎に遊びに行くシーンで流れたトラック11「Countryside」、第7話でかなたちが文化祭のバンドライブに駆り出される場面で使われたトラック13「When Your Mind’s Made Up(Theme ArrangeⅦ)」とトラック14「Spaesamento」なども、映像とともに印象に残る曲だ。
 ディスク2の終盤には、第9話〜第11話で使用された曲が集められている。
 トラック20「the Conference」は第9話で、かなたちが烏丸先生の恩師の手術にヒーラーとして参加する場面の緊張感のある曲。
 ノスタルジックなトラック19「Lots of Memories」とおだやかなトラック21「Waver」は第10話の響の回想シーンに流れた。
 第11話、C級ヒーラー試験に備えるために合宿にやってきたかなたちが、美術館や観光地でリラックスする場面に流れるのが、しっとりと美しいトラック22「A Message to You」。練習がうまくいかず、3人が落ち込む場面には、沈んだ気持ちを表現するトラック23「Miserable」が流れる。
 最後のトラック24「Precious to Me(Theme ArrangeⅧ)」は4分近くある長い曲だ。第11話で気まずくなってしまったかなたちが、互いに本当の気持ちをぶつけあう場面に使用されている。物語は次の12話まで続くが、かなたちの成長のドラマとしてはここでひと区切りになる。かなたちの友情を表現したこの曲でアルバムが締めくくられるのは、自然で納得できる構成である。

 本作の音楽に文句はなく、すばらしいと思う。だけど、アルバムの構成には不満が残る。
 そのいちばんの理由は、歌のアルバムとBGMのアルバムが分かれていること。すべての劇中歌が収録されていないのもさびしい。ミュージカル作品の音楽商品としては失敗なのでは? と首をひねってしまう。
 とはいえ、「歌が入ってない」からとサウンドトラックを聴かないでおくのはもったいない。ふつうにサントラ盤として聴けば、本編の名場面を思い出しながら楽しむことができるのだから。本作のファンには、劇中歌アルバムとサウンドトラックの両方を手に入れて、プレイリストでミックスして聴くことをお奨めしたい。
 そんなチャンスはないと思うが、もし許されるなら、歌とBGMを組み合わせ、歌が入れられない曲はカラオケを収録して、ミュージカルっぽい完全版サントラを作ってみたいものである。

TVアニメ『ヒーラー・ガール』オリジナルサウンドトラック
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TVアニメ『ヒーラー・ガール』劇中歌アルバム Singin’ in a Tender Tone
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