COLUMN

第235回 聴いてみなイカ? 〜侵略!イカ娘〜

 腹巻猫です。先週(7月18日)からNHKで放送されている帯番組「TAROMAN」がすごい。岡本太郎の絵画や彫刻をモデルにした怪獣が登場する1回5分の特撮活劇です。昭和の特撮ヒーロー番組の空気感を再現した映像がインパクト抜群。単なるパロディに終わらず、岡本太郎イズムとも言うべき常識破壊の爆発力があります。全10本で終わってしまうのがもったいない。見逃し配信も実施中。
https://www.nhk.jp/p/taroman/ts/M7359Q6PQY/


 7月18日の「海の日」に合わせて、アニメ『侵略!イカ娘』シリーズ第1期と第2期の配信がインターネットTVのABEMAでスタートした。あわせて、期間限定全話無料配信が実施されている。
 第1期の無料配信はすでに終了し、現在は第2期が無料配信中だ(7月25日から1週間限定)。
https://abema.tv/channels/anime-live2/slots/EQBaETK4eTZ4PR
(全12話が1本の動画で配信されている)

 その波に乗って、今回は『侵略!イカ娘』の音楽を聴いてみよう。
 『侵略!イカ娘』は2010年10月から12月まで放送されたTVアニメ。 安部真弘の同名マンガを原作に、監督・水島努、シリーズ構成・横手美智子、アニメーション制作・ディオメディアのスタッフで映像化された。2011年には第2期『侵略!?イカ娘』が放送されている。
 海を汚し続ける人類に怒りを燃やし、地上を侵略するために海からやってきたイカ娘。10本の触手を自在にあやつり、口からはイカ墨を吐き、体を発光させる能力を持っている。しかし、その姿は人間の少女そっくり。頭から生えた触手は髪の毛に見える。手始めに最初に目についた海の家「れもん」を制圧し、侵略の拠点にしようとしたイカ娘だが、店を切り盛りする栄子と千鶴の姉妹にまともに相手にされず、いつのまにか海の家の手伝いをすることになってしまった。人類侵略を夢見るイカ娘の、人間社会での奇妙な生活が始まる。
 『オバケのQ太郎』や『怪物くん』などに通じる「異界の友だち」ものの変形であり、一種の「ファーストコンタクト」ものである。海から来たイカ娘が未知の人間の文化と出会ったときの反応が面白く、イカ娘が一所懸命になるほど笑いを生む。そして、人類の敵であるはずのイカ娘をちょっとけなげに感じてしまう。

 音楽はギタリスト、作・編曲家として活躍する菊谷知樹が担当。アニメソングやポップスなどの作曲やアレンジの仕事が多く、大ヒットした『妖怪ウォッチ』の主題歌「ゲラゲラポーのうた」も菊谷の作曲・編曲作品。また、前回の当コラム冒頭で紹介した『KJファイル』で毎回の怪獣の歌を作っているのも菊谷知樹である。
 映像音楽では、TVアニメ『ひだまりスケッチ』シリーズ(2007〜2012)、『狂乱家族日記』(2008)、『ニセコイ』シリーズ(2014〜2015)などの劇伴を担当。特に『ひだまりスケッチ』は代表作と言ってよいだろう。
 その『ひだまりスケッチ』では、いわゆる「渋谷系」を意識したようなポップなサウンドの音楽が印象的だった(全曲がそうではないが)。
 『侵略!イカ娘』の音楽はというと、サントラを聴いて思ったのは「昭和のアニメみたいじゃなイカ」ってこと。それも70年代の。
 まず曲が短い。サントラ盤にはBGM56曲が収録されているが、半分以上は長さが1分に満たない。近年のアニメサントラの曲としては異例の短さではなイカ。
 しかし、昭和の、特に60〜70年代のアニメのBGMは短かった。数10秒の曲をたくさん作るのが作曲家の仕事だった。それを思い出す。
 楽器編成はギター(兼ウクレレ)、ドラムス、パーカッション、ストリングス、サックス(兼フルート)にシンセの打ち込みを加えたスタイル。近年は打ち込みで処理されることが多いドラムスとパーカッションが生で入って、生演奏のグルーブが感じられるのも昭和っぽいところだ。
 そして曲調は、日常、サスペンス、ドタバタ、アクション等バラエティに富んでいるのは当然として、ちょっと大げさにも聴こえるホラー映画風の曲やメロドラマ風の曲が耳に残る。「○○風」の音楽を模倣する、いわゆるパスティーシュが巧みに採り入れられている。昭和の映画音楽をほうふつさせて、ユーモアとともにノスタルジックな香りがただよう。
 あと、BGMではないが、オープニング主題歌「侵略ノススメ☆」が主人公の特徴と名前をがっちり歌いこんでいるのも昭和っぽい。すごくキャッチーだ。
 もちろん、これは演出のねらいに沿ってのことだろう。本編がテンポよく進むから、長い曲はそんなに必要ではない。その代わり、さまざまなシチュエーションが描かれるので、バラエティ豊かな曲が必要になる。
 歌ものを多く手がける菊谷知樹の音楽は、シンプルな編成でメロディが立ったものが多い。口ずさめるようなメロディの曲がたくさんある。コミカルな曲であっても、変わった音を強調したり、やたらにぎやかにしたりするのでなく、メロディとアレンジでコミカルな雰囲気を出している。そういう曲作りが、とてもうまいなと思う。

 本作のサウンドトラック・アルバムは、2010年12月に「TVアニメ『侵略!イカ娘』オリジナルサウンドトラック」のタイトルでランティス(現・バンダイナムコミュージックライブ)から発売された。主題歌のTVサイズを含む全58曲入り。収録曲は下記(メーカーサイトの商品ページ)を参照いただきたい。
https://www.lantis.jp/release-item/LHCA-5122.html
 構成は、最初から数曲は第1話で使用された曲を並べて物語への導入とし、以降は劇中での使用にこだわらない曲順となっている。音楽的流れを重視し、変化に富んだ曲をテンポよく配置して、リズム感のあるアルバムをねらった印象だ。
 1曲目は第1話のアバンタイトルで流れた「海からの使者」。「許さないでゲソ……」と人間を恨むイカ娘の声が海中に響くシーンだ。ピアノとギターなどで演奏される、ややメランコリックな曲である。
 続く2曲目はオープニング主題歌。これも第1話と同じ流れだ。
 トラック3の「海の家 れもん」とトラック4の「夏の海日和」は、イカ娘の侵略の拠点となる海の家「れもん」のシーンに流れる日常曲。軽快でユーモラスな曲調は『ひだまりスケッチ』にも似合いそう。
 トラック5の「イカの脅威」からは、モンスターとしてのイカ娘を描写する曲が続く。「悪役登場!」といった曲調のトラック6「人類よ、平伏すがいいでゲソ」など、シリアスな曲なのに笑ってしまうところだ。トラック7「私について来いでゲソ」はイカ娘が調子に乗っている場面に流れるマーチ調の曲。「ジョーズ」風のリズムが刻まれるトラック8「恐怖の侵略者」もおかしい。トラック9「激突!イカ娘」は第1話のイカ娘と千鶴の対決場面に流れた激情的な曲で、『ベルサイユのばら』みたいな雰囲気だ。
 『ひだまりスケッチ』に通じる、しゃれたサウンドの曲もある。
 トラック10「イマイチでゲソ」は、イカ娘のとまどいや困惑を表現するジャジーな曲。第2話でイカ娘を偏愛する早苗がイカ娘の写真を撮りまくる場面などに使われた。
 同じく第2話でイカ娘が(適当に決めた)誕生日を祝ってもらう場面の曲がトラック25「誕生日パーティでゲソ」。明るくはずんだ曲調の中にリリカルな味わいもあって、日常曲として完成度が高い。なんとなく『サザエさん』っぽくなイカ?
 バイオリンと軽やかなリズムが奏でるトラック31「海を護ろうじゃなイカ」は、心地よいラウンジミュージック風。第10話でイカ娘が満塁ホームランを打つ場面や第11話で初めて登山をしたイカ娘が山頂から見える景色に歓声を上げる場面など、よろこびの場面に使用されていた。
 それから、『イカ娘』らしいユーモラスな曲。
 トラック12「これは何でゲソ?」は、第1話でイカ娘が吐いたイカ墨入りのスパゲッティが店で大人気になる場面で使用。シンプルな構成の曲だが、聴いていてニヤニヤしてしまうような面白さがある。
 トラック22「妙でゲソ」も同じ雰囲気の曲。第1話で栄子に考えの甘さを指摘されたイカ娘が「軍隊ってなんでゲソ?」と聞く場面に使用。イカ娘の天然な一面がうまく表現されている。
 トラック33「エビを食べたいでゲソ」はタイトルどおり、第4話でイカ娘がエビを食べまくる場面に流れた。とぼけたピアノの伴奏とテンポの速いシンセのフレーズの組み合わせが、なんともいえない「おかしみ」をかもしだしている。
 パスティーシュ風な曲では、なんといっても、トラック36の「能面ライダーのテーマ」とトラック37「能面ライダーのテーマ(INST)」が秀逸。劇中のヒーロー番組の主題歌という設定の曲で、ヒーローショーの場面にはインスト版が流れる。『KJファイル』もそうだけど、こういう「それっぽい歌」を作るのがうまいなあ。
 ほかには、ホーンセクションが活躍するスカ風のトラック40「イカ・スカ・リズム」、スパイ映画音楽や「謎の円盤UFO」を思わせるクールなサウンドのトラック41「ィヤッホゥー!イカ星人」、60年代ジャズファンクっぽいトラック42「危険じゃなイカ?」など、『イカ娘』の曲と知らなければ単純に「カッコいい!」と思ってしまう曲がある。
 アルバムの中で異彩を放っているのがトラック30「ミニイカ娘な日々」だ。この曲だけは6分を超える長さで作られている。というのも、第5話のエピソード「飼わなイカ?」のために映像に合わせて作曲された曲なのである。エピソード中で流れた音楽が、まるごと組曲として収録されているのだ。こういう遊び心とこだわりのある音楽演出が、本作の魅力のひとつである。
 実は最終話(第12話)のエピソード「もっとピンチじゃなイカ?」でもフィルムスコアリングで音楽が作られた。が、その曲は発売日の関係もあって、本アルバムには収録されていない。代わりに第2期のサントラに2曲収録されているので、ファンはぜひ、2枚ともそろえてほしい。
 最後に、美しいメロディを持つ曲を紹介しよう。
 トラック35「悲しいじゃなイカ…」はピアノが奏でる悲しみの曲。第4話のエピソード「ニセモノじゃなイカ?」で、偽イカ娘がイカ娘に敗北する場面など、しんみりするシーンで流れた定番曲だ。この曲にチェンバロを加えたのが、より深い哀感を表現する「やっぱり悲しいじゃなイカ…」。こちらは第10話の早苗とイカ娘のエピソード「好かれなイカ?」で使用。笑いながらも感動してしまう名場面に流れている。
 トラック47「今日の侵略はお休みでゲソ」は軽快なリズムに乗ってストリングスがさわやかなメロディを奏でる曲。第2話でイカ娘が栄子たちと夜空の花火を見上げる場面、第9話でイカ娘が偶然知り合った少女・清美と友だちになる場面に流れた。心が温かくなるいい曲だ。
 トラック56「淋しいでゲソ」はピアノによる哀愁のテーマ。第8話でイカ娘が「死んでもエビが食べたい」とうったえる場面など、イカ娘が落ち込んだり、弱気になったりする場面にたびたび選曲されている。
 BGMパートのラストを飾るのは、トラック57「青い海へ愛を込めて」。ピアノとストリングスが演奏する、やさしいメロディの曲だ。第1話のエピソード「同胞じゃなイカ? 」でイカ娘が仲間が死んだと思って悲しむ場面などに流れている。優雅な曲調は、なるほどアルバムを締めくくるのにふさわしい。
 こういう作品の場合、サウンドトラック・アルバムをどう終わるのか、迷うことがある。コミカルな曲で終わっても、のんびりした日常曲で終わっても、それなりにまとまる。本作は、美しくロマンティックな曲で終わらせている。コミカルな作品には似合わないようにも思えるが、本作を観て、イカ娘にキュートな魅力を感じたファンなら納得できるだろう。本作に流れるほっこりした心情やペーソスをすくい取った、みごとな構成だと思わなイカ?

TVアニメ『侵略!イカ娘』オリジナル・サウンドトラック
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