COLUMN

第214回 ひとつ殻を破ったような 〜漁港の肉子ちゃん〜

 腹巻猫です。公開から間があいてしまいましたが、フライングドッグ設立10周年記念劇場アニメ『サイダーのように言葉が湧き上がる』を観ました。実によかったです。若者向けのようでいて、昭和世代にも刺さる作品。劇中、アナログレコードが重要なアイテムとして登場します。それに合わせて、パンフレットがLPレコードを、サントラCDがシングルレコードを模したデザインで作られているのがたまりません(もちろん両方買いました)。いっぽう、牛尾憲輔による劇中音楽は実に現代的で、そこもフライングドッグらしい。


 今年(2021年)の6月に公開された劇場アニメ『漁港の肉子ちゃん』がモントリオールで開催された第25回ファンタジア国際映画祭でAXIS部門今敏アワード・審査員特別賞を受賞。吉祥寺の映画館・アップリンク吉祥寺で凱旋公開が行われている(9月2日まで)。
 今回は、その『漁港の肉子ちゃん』の音楽を聴いてみよう。
 『漁港の肉子ちゃん』は西加奈子の同名小説が原作。明石家さんまが企画・プロデュースし、『海獣の子供』(2019)を手がけた監督・渡辺歩とアニメーション制作・STUDIO4℃のスタッフでアニメ化された。
 漁港の焼肉屋で働く「肉子ちゃん」は大柄で食いしん坊でお人よし。男にだまされて前に住んでいた町を離れ、娘と2人でこの北の町にたどりついた。娘の喜久子(キクコ)は、肉子ちゃんとは外見も性格も似ていない、しっかりものの小学5年生。最近は肉子ちゃんのことを少し恥ずかしいと思い始めた。2人のユーモラスな日常とキクコの成長を描く、ちょっと“普通”でない家族の物語。
 筆者は公開当時に劇場で観た。今年の劇場アニメは良作ぞろいで、本作も「すごいものを観たなあ」と思った1本だ。お笑い系かと思われてしまいそうだが(たしかに笑えるシーンは多いが)、それが先入観になって敬遠する人がいたらもったいない。映像も演出も見ごたえがあり、ドラマも心を揺さぶる、感動的な作品である。

 音楽は村松崇継。実写の映画やドラマの音楽を多く手がけている作曲家だ。特に、実写劇場作品「クライマーズ・ハイ」(2008)、「誰も守ってくれない」(2009)、「64—ロクヨン—」(2016)、TVドラマ「氷壁」(2006)、「小公女セイラ」(2009)、「コールドケース〜真実の扉〜」(2016)など、シリアスな作品、硬派な作品にすぐれたスコアを提供している印象がある。
 実写作品の数に比べるとアニメの仕事は驚くほど少ない。劇場アニメ『思い出のマーニー』(2014)、『メアリと魔女の花』(2017)、『夜明け告げるルーのうた』(2017)、「カニーニとカニーノ」(オムニバス『ちいさな英雄—カニとタマゴと透明人間—』の1本)(2018)、TVアニメ『ひめチェン! おとぎちっくアイドル リルぷりっ』(2010)があるくらい。アニメでは子どもも楽しめる明るい作品が多く、情趣のあるヨーロッパ風の音楽やリリカルな音楽が記憶に残る。
 実写とアニメ、どちらにも共通するのは、村松崇継の持ち味である美しいメロディだ。村松自身が演奏するピアノをはじめ、ストリングスや木管などの生楽器の音色を生かしたサウンドが心地よい。繊細で品のある、美しい音楽を紡ぐ作曲家である。
 ところが、『漁港の肉子ちゃん』は、これまで村松崇継が手がけた作品とはひと味違うタイプの劇場アニメである。
 『漁港の肉子ちゃん』は人間のダメな部分、弱い部分をユーモアをまじえて描く、生活感あふれる作品だ。実写作品でいうなら「男はつらいよ」シリーズのような、アニメなら『じゃりン子チエ』のような……。
 村松崇継は本作のために、これまでの作品ではあまり聴けない、ぐっと大衆的な曲調のメインテーマを書いた。村松の代表作のひとつにNHK大阪放送局が制作した朝の連続テレビ小説「だんだん」があるが、その音楽もここまで「こてこて」ではない。これが、本作の音楽のトピックスのひとつめだ。
 本作の音楽のトピックスのふたつめは、キクコを演じたCocomiがフルート奏者として演奏に参加していること。Cocomiは木村拓哉・工藤静香夫妻の長女。モデルとしても活躍しているが、フルートは11歳から始めて各種コンクールに入選、ライブ、コンサートで演奏するなど本格的な活動を続けていて、けして余技ではない。とはいえ、声優が演奏家としてサウンドトラックの録音に参加するのは異例のこと。結果は、キャラクターの心情がフルートの演奏で表現され、映像音楽としても魅力的な楽曲が生み出された。
 本作の音楽的トピックスの3つめとして、サウンドトラック・アルバムが吉本興業の関連会社である「よしもとミュージック」から発売されたことが挙げられる。
 近年は、大手レコード会社系でない独立レーベルからサウンドトラックが発売されることも珍しくなくなった。でも、よしもとミュージックからアニメサントラが発売されるのはこれが初。本作の製作を吉本興業が手がけているからだろうが、「よくぞ出してくれた」と思う。
 収録曲は以下のとおり。

  1. イメージの詩(歌:稲垣来泉)
  2. 漁港の肉子ちゃん
  3. 肉子ちゃんは私の母親だ
  4. 肉子ちゃんはこの港で暮らすことにした
  5. 肉子ちゃん“おはよう”
  6. ええ食べっぷりやなあ
  7. あそこで皆生きてる、すげえな
  8. 「とっておき」だて
  9. 肉子ちゃんは優しいのである
  10. 「キクリン、何か言うた?」
  11. いつだって、全力で肉子ちゃんだ
  12. ゆっくり家族になっていく
  13. クラスの誰かに会いませんように
  14. 私は決められない
  15. 私、なんて狡い子なんだろう
  16. 肉子、落ち着け〜
  17. お母さん、大好き
  18. 普通がいちばんええんやで
  19. みんな、望まれて生まれてきたんやで
  20. ささやかな希望、あふれ出る光
  21. たけてん(歌:GReeeeN)

 曲名は、劇中のセリフから採ったり、ナレーション風にしたりと、話し言葉を基調に付けられている。続けて読むとキクコと肉子ちゃんのかけあいのようで、ほのぼのした味わいがある。曲順はオーソドックスに劇中使用順に沿った並びだ。
 2曲目の「漁港の肉子ちゃん」が肉子ちゃんのテーマであり、本作のメインテーマ。アコーディオンをフィーチャーした、ジンタ風のメロディの曲だ。ちょっとユーモラスでノスタルジック、昭和の香りがする。村松崇継本人が「試行錯誤して出来上がった」と語るように、これまでの村松作品にない雰囲気の曲である。
 人間くさい方向に思い切り振りきったこの曲は、自分を飾らずに生きている肉子ちゃんにぴったり。同時に、こういう曲でも詩情がただよい、下世話になりきらないのが、村松崇継らしい。
 このメインテーマのメロディは、「肉子ちゃんは私の母親だ」「肉子ちゃんはこの港で暮らすことにした」「ええ食べっぷりやなあ」「肉子ちゃんは優しいのである」「いつだって、全力で肉子ちゃんだ」「肉子、落ち着け〜」といった肉子ちゃんがらみの曲にアレンジされて使われている。
 基本はユーモラスなテーマなのだが、本作の終盤に流れる「みんな、望まれて生まれてきたんやで」(トラック19)では、このメロディがしみじみと胸を打つ。映画音楽のマジックである。
 トラック5「肉子ちゃん“おはよう”」はCocomiのフルートをフィーチャーしたキクコのテーマ。本作の音楽の中で、フルートはキクコの分身である。
 村松はCocomiのフルート演奏を評して、「喜久子の気持ちをそのまま楽曲に投影し、素晴しい表現力と演奏技術により、楽曲の中でも喜久子という人物をしっかりと存在させた」(サウンドトラックのブックレットより)と絶賛している。実際、Cocomiのフルートの調べは表情豊かで、音の中にキクコの顔が見えるようだ。
 キクコのテーマは、「ゆっくり家族になっていく」「私は決められない」「お母さん、大好き」といったキクコの心情を表現する曲で変奏される。それぞれのシーンに合わせてフルートの音色や息づかいも変化しているのが聴きどころだ。
 トラック20「ささやかな希望、あふれ出る光」では、キクコのテーマと肉子ちゃんのテーマがメドレーで奏でられ、フルートからアコーディオンへと、まるで手をつなぐように演奏が引き継がれる。映画を締めくくるにふさわしい感動的な曲になっている。
 本作の音楽的トピックをひとつ付け加えると、チェロ奏者の宮田大の参加がある。宮田大は世界的に活躍するチェリストで、国内外のコンサートやソロアルバムなどで活躍。村松崇継とは以前から交流があり、村松が書いた曲を宮田が演奏したり、ライブで共演したりしている。
 本作の音楽では、不器用な少年・二宮とキクコが友情を深めていく場面の曲「『とっておき』だて」(トラック8)で宮田大のチェロがフィーチャーされている。深みのあるチェロの音色が、2人の心のふれあいをさわやかに、しっとりと表現して心にしみる。
 もう1曲、クライマックスを支える重要曲「みんな、望まれて生まれてきたんやで」(トラック19)にも宮田大のチェロが参加。この曲ではメインテーマである肉子ちゃんのテーマをチェロのソロとストリングスが奏でる。音楽はスコアだけでは完結せず、演奏によって完成すると言われるが、そのことをあらためて実感させられる、みごとな演奏だ。歌うような弦の響きが、物語の感動を何倍にもふくらませてくれる。
 『漁港の肉子ちゃん』の吉祥寺での凱旋公開はもうすぐ終わってしまうが、鑑賞の機会があれば、ぜひ音楽といっしょに肉子ちゃんの世界に浸ってもらいたい。

 本作は村松崇継にとっても、ひとつ殻を破ったような手ごたえがあった作品だったのではないかと思う。何年かのちにフィルモグラフィを見て、「これがターニングポイントだった」と回想する日がくるかもしれない。そのくらい、本作の音楽は一歩突き抜けて魅力的だ。村松崇継の今後の作品が楽しみである。

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劇場アニメ映画『漁港の肉子ちゃん』オリジナル・サウンドトラック
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