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佐藤順一の昔から今まで (15)「レイ、心のむこうに」と「ネルフ、誕生」

小黒 この頃のお仕事に『新世紀エヴァンゲリオン』がありますね。

佐藤 お手伝いしていますね。

小黒 甚目喜一のペンネームで絵コンテを担当された。これは、佐藤さんにとっては大きい仕事ではないのですか。

佐藤 いや、大きいですね。こう言ってはなんですけど、庵野さんの作品に、自分が合うとはカケラも思っていなくて。一生接点がない人だろうと思っていた。

小黒 最初に庵野さんに会ったのが「アニメージュ」の座談会ですか(前出の「アニメージュ」1993年5月号の記事)。

佐藤 そうなんです。庵野さんが『セーラームーン』をお好きということで座談会を組んでいただいたことがあって。

小黒 僕が企画した記事だと思います。

佐藤 お世話になっています(笑)。それで、お好きならばということで、原画や絵コンテをやっていただいたりしました。でも、庵野さんが作っておられる作品、例えば、『王立宇宙軍』みたいな作品に、自分の居場所があるとはとても思えず。「逆はないな」と感じていたんですね。

小黒 なるほど。

佐藤 庵野さんが原画描いたのは、レンジみたいなものでダイモーンの卵を生成するところです(編注:103話「やって来たちっちゃな美少女戦士」)。多分、あの辺のシステムのデザインも込みでやっていて、『エヴァンゲリオン』ぽいテイストを感じますね。あとは、ウラヌス、ネプチューンの変身バンクの絵コンテを、やっていただいているかと思います。

小黒 話を戻すと、庵野さんの作品に関わることはないだろうと思っていたんですね。

佐藤 『エヴァンゲリオン』っていうの作ってるんだよって聞いた時には、「ああ、関係ないだろうな」って思っていましたね(笑)。

小黒 『エヴァンゲリオン』は、どういうかたちでオーダーがあったんですか。

佐藤 話を頂いたのは大月(俊倫)さんからだったかなあ。こういうものは貸し借りなので、『セーラームーン』の原画とかをやってもらった以上、やらないっていう選択肢はなかったですよね。それで引き受けることして、打ち合わせに行ったという流れだったと思います。

小黒 どんな打ち合わせだったんですか。

佐藤 どんなだったかなあ。結構身構えて行った気がするんですけど。最初に企画書をもらって、そこに各話がどんな内容なのかざっくり書いてあって、シリーズ中盤に全編ラブコメのデート話があったんですよ。それで「あ。そっちね!」と思って少し気が楽になったり。

小黒 ハハハ(笑)。

佐藤 だから、最初にやった第伍話(「レイ、心のむこうに」)で上げたのが、少し笑いにシフトしたコンテだったんです。カップラーメンにカレー入れて食べる辺りにテイストが残ってますけどね(笑)。

小黒 やわらかい感じだったんですね。

佐藤 そうですね。「笑ってください」という感じのコンテを持って行ったんですけど、「違う。こうではない」と。「もっとATG(日本アート・シアター・ギルド)な匂いなんです」と言われて、「勘違いしてました」と直したんですね(笑)。

小黒 それで、シンジがレイを押し倒した時の目のアップとか、レイの部屋の乾いた感じになるわけですね。

佐藤 そうなんです。シンジが、綾波に見つかってアタフタするところを、最初は松本零士がやる「わたわた」のような感じのコンテにしてたけど。

小黒 ああ、それは違う(笑)。

佐藤 そういうんじゃなかった。松本零士パロが効かなかった(笑)。

小黒 でも、ミサトがカップラーメンにカレーを入れるのは、OKだったんですね。

佐藤 そこは何故か(笑)。それまでダメにしちゃ可哀想だろうっていうことで残してくれたのかもしれないけど、OKにしてくれましたね。

小黒 なるほど。

佐藤 あの辺は探り探りやってますね。

小黒 シンジがエントリープラグの中にいて、ゲンドウと綾波が話してるのを見ていると、綾波が凄く可愛くピョンと飛び降りて。

佐藤 ピョンとね。

小黒 そして、ゲンドウがにこやかに話をしてるんです。

佐藤 (笑)。

小黒 あれ、今振り返るとNGですよね。

佐藤 まあね。今考えれば「そうじゃあない」(笑)。

小黒 でも、あの「ピョン」がいいんですよ。ピョンが(笑)。

佐藤 そうですね。必要かなと思ってやったけど、今思うと違ったな。

小黒 あれは、シンジの目には、そう見えていたということですよ。

佐藤 そう見えたんですよね。心理描写(笑)。

小黒 心理描写として解釈したい。

佐藤 そうに違いない。エントリープラグが見せた幻である。

小黒 で、佐藤さんはその後も、『エヴァンゲリオン』のリアル回担当として、4回コンテを描くわけですね。

佐藤 ですね。ロボットの出ない回ですね。

小黒 何か印象的なことはありますか。

佐藤 印象的なこと……。ちょっと気合が入った日常担当なので、細かな芝居を入れたくなるんですけど、庵野さんから「ちょっと枚数がかかりすぎるので」と言われて(笑)。「そういうことも考えるんだな」っていうのは思いましたね。やりたいようにガンガンやってるわけではなくって、全体の予算とか、フロー管理を含めてやるスタイルなんだな、とその辺で知ったりとかね。

小黒 最初に第伍話を描いて、次に第四話「雨、逃げ出した後」をやるわけですね。

佐藤 はい。

小黒 第四話の最後、シンジとミサトが無言で見つめあうところは、庵野さんが秒数を足したんでしたね。

佐藤 足してますね。

小黒 佐藤さんは何秒ぐらいにしたんですか。

佐藤 どうでしょうね、あれ。最終的に60秒でしたか。

小黒 絵コンテだと60秒になっていますね(編注:絵コンテでは60秒。それが実際の映像では約50秒になっている)。

佐藤 多分ね、今考えても自分で勇気を持ってできるのは、30秒がいいとこじゃないですか。20秒でも、勇気を振り絞ると思います。(ここまでだと思って)ストップウォッチを押しても、「え、まだ13秒?」ぐらいの感じだと思いますね(笑)。

小黒 第拾伍話「嘘と沈黙」の、結婚式の場面で「3つの袋が」と言ったり、「てんとう虫のサンバ」を歌ったりを一瞬だけ見せる辺りもいいですね。あの切り取り方が素晴らしかったです。

佐藤 あの辺は、それが『エヴァンゲリオン』のテイストだと思ってやってると思います。ブツッと切ってくというか。

小黒 長く撮ったものを、編集したような。

佐藤 そんな感じ、そんな感じ。

小黒 第拾伍話のコンテは夜道のシーンで加持がミサトを引き寄せて口づけをし、その後で、ミサトが手を回すのか回さないのか、クエスチョンのままコンテが終わってるんですよね。

佐藤 はい。庵野さんによる「熟考します」というおまけが付いてた(笑)(編注:佐藤さんの「この時 ミサトの手は垂れさがったままか 加持の背に回しているか⋯⋯どっちだ?」というト書きに対して「これは熟考します」というコメントが付けられている)。

小黒 (笑)。

佐藤 完成した映像だと手を回しかけて、下ろすっていう流れになってる。

小黒 そして、佐藤さんの持ち味が恐らく最大に発揮されたのは第弐拾壱話「ネルフ、誕生」ですが、覚えていらっしゃいますか。

佐藤 覚えてます。いやーな回でしょ。リツコの母とかのいやーな感じが出る回ね。

小黒 あと、ユイが出ますね。ユイの出番は大半がこの回です。

佐藤 ああ、冬月とユイの回だ。

小黒 最初にユイが登場した場面のコンテが素晴らしいんですよね。数カットしかないのに、冬月が彼女を好きになったのが分かる。ユイを見つめる冬月のカットの「魅かれたか⋯」というト書きがいい。

佐藤 そうそう。教授と生徒の関係でありながらね。深読みが、どんどんできるシナリオだったので(笑)、思わせぶりな描写をいっぱい入れています。時系列としては後ろで、ユイと冬月が話をしている場面がありましたよね。シンジが生まれてて、子守りかなんかしてるのかな。なので、乳が張ってるんですよ。

小黒 冬月がユイの胸元を見る場面ですね。場所は芦ノ湖畔です。

佐藤 うんうん、若干無防備な感じの胸が見えるみたいなとこね。

小黒 ユイが子供を産んで無防備になったことで、冬月は嫌悪感を感じているんですね(編注:絵コンテのト書きには「嫌悪をあまり露わにせず」とある)。佐藤順一、絶好調ですよ。

佐藤 いやいや、ちょっと待って(笑)。言うたら、心理的には寝取られですからね。あそこは自分でも割と好きなところなんですよ。色々と業(ごう)が見えて、好きです。

小黒 芦ノ湖畔のシーンのコンテは、第弐拾壱話の時に描いてるんですか。

佐藤 そうだと思いますね。

小黒 つまり、オンエアの時にはカットされて、その後に追加されたということですね。

佐藤 え、本当? オンエアの時は違うんですか。

小黒 オンエアの時にはなかったんですよ。あのシーンは『DEATH』が初出で、ビデオフォーマット版から第弐拾壱話に入っています(編注:現行の単品DVDでは「ビデオフォーマット版」の第弐拾壱話にそのシーンが入っている。配信されている第弐拾壱話は「オンエアフォーマット版」であるため入っていない)。ビデオフォーマット版用に改めてコンテを描いた可能性もありますよ。

佐藤 あ、そうなんですね。記憶は曖昧だけど、最初のTV放映版のために描いたんじゃないかなあ。

小黒 第弐拾壱話ぐらいになると、庵野さんから演出的にこうしてほしいというオーダーはあまり出ていないんですね。

佐藤 そうですね。南極に行く観測船のつくりが全然分からなかったので、その説明はしてもらったような気がしますけど。

小黒 劇場版はいかがでしたか。絵コンテを担当されたのは『まごころを、君に』(劇場・1997年)のシンジとアスカの室内でのシーンですよね。

佐藤 言い争いをして、コーヒーをこぼしたりするところですね。

小黒 そうです。シンジとアスカがテーブルの周りを回るところで、足元まで入れてたカットから連続した芝居で3回もアングルを変えているのが大変だったと、そのシーンの作画監督を担当した平松(禎史)さんが言っていました(編注:「アニメスタイル013」の『さよならの朝に約束の花をかざろう』特集の取材記事)。

佐藤 そうでしょうね。大変なことをやりたい時期でしたね(苦笑)。でも、その頃になると打ち合わせをしつつも、「何をどう求められたのかな」って思いながら探り探りやった記憶がありますね。

小黒 なるほど。

佐藤 劇場版だと「こういうことやってみようかな」というモチベーションよりも、「間違わないようにちゃんとやんなきゃいけないな」といった気持ちのほうが強かったかもしれない。

小黒 『エヴァンゲリオン』全体としての印象は、どうでしたか。

佐藤 『エヴァンゲリオン』全体としてかあ……。自分がこういうモノを作ることはないと思っていた作品ですよね。あとは「作られ方」や「現場の在り方」が印象に残ってますよね。誰かがそう言っているのを直接聞いたわけではないんだけど、「この『エヴァンゲリオン』で、俺らが庵野秀明を盛り上げていくぞ」というモチベーションが現場にあると感じていたんです。そんな現場は東映にはなかったし、聞いたこともなかった。それが新鮮でしたね。そういう目標で団結していたのも興味深かったし、そういう現場って強いよなと思いました。それは、作ろうかと思って作れるものでもないので、人徳がそうさせるんだなあとも思ったり。

小黒 では、第2回のインタビューはこのぐらいで。次の取材は『セーラームーンSuperS』から『プリンセスチュチュ』辺りまでですね。

佐藤 まだまだ長い道のりですね。よろしくお願いします。


●佐藤順一の昔から今まで (16)子育てとアシカ曲芸のゴムマリオくん に続く


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