COLUMN

第198回 北のウエスタン 〜ゴールデンカムイ〜

 腹巻猫です。新年あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。昨年から厳しい状況が続きますが、今年はSOUNDTRACK PUBレーベルの新譜も計画しています。お楽しみに。


 今回は、昨年(2020年)10月から12月まで第3期が放映されたTVアニメ『ゴールデンカムイ』の音楽を取り上げよう。
 『ゴールデンカムイ』は野田サトルの同名マンガを原作にしたTVアニメ作品。監督は難波日登志、アニメーション制作はジェノスタジオが担当した。2018年4月から6月まで第1期が、同年10月から12月まで第2期が放映されている。
 舞台は明治時代後期の北海道。「不死身の杉元」の異名を持つ日露戦争の英雄・杉元佐一はアイヌから奪われた莫大な埋蔵金のうわさを聞き、アイヌの少女・アシ(リ)パ((リ)は小さいリ。以下同じ)とともに埋蔵金探しを始める。その隠し場所の手がかりは、網走監獄から脱獄した24人の囚人の体に刺青として刻まれているというのだ。一攫千金をねらう軍人や新撰組の生き残りなどが埋蔵金探しに加わり、脱獄囚の追跡と刺青人皮の争奪戦がくり広げられる。
 北海道が舞台になるアクション時代ものといえば、劇場アニメ『カムイの剣』(1985)やTV時代劇「隠密剣士」(1962)の第1部などが頭に浮かぶが、本作はアイヌの文化や習俗が丹念に描写されているのが大きな特徴。たびたび登場する狩りや料理の場面は本作の見どころになっている。
 そのいっぽうで、復讐心や歪んだ欲望、並外れた野望を持ったキャラクターがぞくぞく登場し、陰謀と暴力が物語を推進する。かと思えば、緊迫した展開の中でギャグシーンが挿入されるなど、多彩な魅力が凝縮された冒険活劇だ。

 音楽は末廣健一郎が担当。TVドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」(2016)、「チア☆ダン」(2018)、TVアニメ『Re:ゼロから始める異世界生活』(2016)、『はたらく細胞』(2018)、『炎炎ノ消防隊』(2019)などの音楽を手がける、今、勢いに乗っている作曲家のひとりである。
 本作の音楽作りについて、末廣健一郎がアニメ公式サイトのインタビューで語っている。それによれば、作曲前に独自に北海道まで取材に行き、アイヌ民族博物館でアイヌの文化や音楽について話を聞いたという。その後、監督や明田川仁音響監督との打ち合わせを経てアイヌ音楽には固執しないことになったが、アイヌの楽器や音楽性は劇中曲の随所に生かされている。また、本作の音楽にはアイヌの楽器だけでなく、ギリシャのブズーキや中東のサズ、ケルトの笛や南米のオカリナ、ケーナなど、さまざまな民族楽器が使用されている。特定の国や地域にかたよらない無国籍的なサウンドも本作の特徴であり、魅力である。
 末廣健一郎が本作のメインテーマのヒントにしたというのが、エンニオ・モリコーネの「ドル箱3部作」の音楽である。
 エンニオ・モリコーネは末廣健一郎が敬愛すると語る作曲家。惜しくも昨年7月に亡くなったが、「ニュー・シネマ・パラダイス」(1988)や「海の上のピアニスト」(1998)などの美しい映画音楽で世界中の映画ファンに愛された作曲家だ。
 が、筆者や多くのサントラファンにとっては、エンニオ・モリコーネといえばマカロニ・ウエスタンだ。「ドル箱3部作」とは、モリコーネが音楽を担当したセルジオ・レオーネ監督の「荒野の用心棒」(1964)、「夕陽のガンマン」(1965)、「続・夕陽のガンマン」(1966)のこと。いずれもクリント・イーストウッドが主演し、彼がブレイクするきっかけにもなった。この3作で、モリコーネはマカロニ・ウエスタン音楽の典型と呼べるサウンドを作り上げている。口笛、口琴、コーラス、哀愁を帯びたメロディ、ギターがかき鳴らすリズムなどである。
 実は筆者が映画音楽にはまるきっかけになったのが、ラジオから流れてきた「続・夕陽のガンマン」のテーマ曲だった。それくらい、モリコーネの音楽は強烈な印象を残す。後年は美しいメロディを紡ぐ作曲家として人気を得たモリコーネだが、もともとは、現代音楽、民族音楽、ロック、ポップスなど、多様な音楽性を操る作曲家であり、60〜70年代には前衛音楽的な作品やラウンジミュージック的な作品もある。モリコーネの音楽は幅広く、奥深い。
 末廣健一郎は『ゴールデンカムイ』のメインテーマについて、モリコーネの「ドル箱3部作」の音楽からインスピレーションをもらったと語っている。メインテーマと思われる曲「旅の幕開け」を聴けば、なるほどとうなずける。が、それだけではなく、『ゴールデンカムイ』の音楽全体が、民族音楽、ロック、オーケストラなど、さまざまな要素がミックスされた、モリコーネ的な音楽だと感じる。特定のジャンルにおさまらない、映像音楽ならではの魅力にあふれた、「これぞサウンドトラックの醍醐味」とひざをたたきたくなる快作である。
 本作のサウンドトラック・アルバムは、第2期放送終了後の2019年3月にNBCユニバーサル・エンターテイメントから発売された。2枚組50曲入りのボリューム。内容はディスク1が第1期の物語に、ディスク2が第2期の物語に対応している。
 今回はディスク1から紹介しよう。収録曲は以下のとおり。

  1. 旅の幕開け
  2. 奪われた金塊
  3. ウェンカムイ
  4. ヒンナヒンナ
  5. アイヌコタン
  6. 鬼の副長
  7. 反逆の情報将校
  8. 追跡者
  9. 逃走
  10. オソマ
  11. カムイモシ(リ)
  12. 生き抜いた価値
  13. 猟師の魂
  14. 殺しの匂い
  15. 獣と獣
  16. 北鎮部隊
  17. 幕末の亡霊
  18. 不敗の牛山
  19. 煌めく
  20. レプンカムイ
  21. 谷垣狩り
  22. イトウの花
  23. 女将
  24. 無い物ねだり
  25. 誑かす狐
  26. 見る女

 構成は実によくできている。劇中で流れた曲を物語の流れに沿って配しているが、使用順そのままではない。適宜曲順を変えて、アルバムとして聴きやすいようにまとめている。また、曲名もエピソードのサブタイトルを使ったり(「猟師の魂」「煌めく」「誑かす狐」など)、キャラクターの異名を使ったり(「鬼の副長」「不敗の牛山」など)、劇中に登場する印象に残る言葉を使ったりと、想像力を刺激する付け方になっている。ディスク2も同様だ。
 1曲目の「旅の幕開け」は本作のメインテーマと呼べる曲。やや哀愁を帯びた笛のメロディの導入から、リズム、ストリングス、コーラスなどが加わり、スケール大きく展開していく。エンニオ・モリコーネのマカロニ・ウエスタン音楽が連想されるが、モリコーネの曲のパロディになっているわけではない。末廣健一郎が「民族音楽ロック」と語る、本作独自の楽曲に仕上げられている。
 この曲は第1話のラスト、杉元がアシ(リ)パと協力して埋蔵金を探す決意を固める場面に流れたほか、第1期の最終話・第12話の本編ラストシーンにも使用された。まさに、第1期を象徴する曲である。
 トラック2の「奪われた金塊」は第1話で杉元がアイヌから奪われた埋蔵金の話を聞く場面に使用。女声ボーカリーズからストリングスと笛のミステリアスな曲調に展開する。これもモリコーネ的な雰囲気の曲である。
 次の「ウェンカムイ」は、第1話の杉元とヒグマの死闘の場面に使用。危機感に富んだサスペンス&アクション曲として、以降のエピソードでもよく使われている。曲名の「ウェンカムイ」とはアイヌ語で「悪い神」のことだ。
 トラック4「ヒンナヒンナ」とトラック5「アイヌコタン」は民族音楽風の楽曲。「ヒンナヒンナ」はパーカッションと笛の音が素朴な雰囲気をかもし出す。アシ(リ)パが料理をする場面や杉元たちがアイヌ料理を食べる場面によく使用されている。「ヒンナ」は食べ物に対する感謝の言葉である。「アイヌコタン」は第3話で杉元がアシ(リ)パの故郷の村を訪れる場面に流れていた曲。「コタン」は「集落」のことだ。
 ユーモラスな「オソマ」(トラック10)はアイヌ音楽の要素が濃厚に盛り込まれた楽曲。アイヌの民族楽器ムックリ(口琴)とトンコリ(五弦琴)が使われている。かけ声のような女声ボーカルも特徴的。「オソマ」とは「うんこ」のことなのだ。その次の曲「カムイモシ(リ)」(トラック11)はパーカッションと笛、ストリングスなどのシンプルな編成でアイヌの古くからの伝説や暮らしのイメージを伝える。「カムイモシ(リ)」とは「神の住むところ」という意味である。
 トラック6の「鬼の副長」は新撰組副長・土方歳三のテーマと呼べる曲。作曲者によれば「新撰組をテーマにした曲」のひとつだそうだが、第3話の土方の登場場面をはじめ、土方が現れるシーンにたびたび選曲されている。緊張をはらんだ弦のフレーズがくり返され、後半は男声コーラスが加わって、陰謀と暴力の香りがただよう。これもモリコーネを連想させる曲だ。トラック17「幕末の亡霊」も新撰組をイメージさせる曲で、重厚なリズムとスリリングな弦のフレーズが印象的。笛とエレキギターのアンサンブルが「和製マカロニ・ウエスタン(変な表現だが)」みたいだ。
 キャラクターをイメージさせる曲としては、ほかにトラック7「反逆の情報将校」、トラック13「猟師の魂」、トラック18「不敗の牛山」などがある。が、インタビューによれば、特定のキャラクターをテーマに作った曲は少なく、アシ(リ)パと白石、牛山の曲があるくらいだという。個性的なキャラクターと楽曲を結びつけた本編の選曲と曲名づけのセンスが光る。それも、キャラが立った(=キャッチーな)印象的な楽曲があるからこそである。
 冒険活劇を盛り上げるサスペンス曲やアクション曲は、本作の音楽の聴きどころのひとつ。猟師・二瓶鉄造と杉元、アシ(リ)パたちが対決するエピソード(第6、7話)で使われた「殺しの匂い」(トラック14)と「獣と獣」(トラック15)は、不気味な緊張感と野性的な荒々しさをあわせ持ったサスペンス曲だ。また、第9話で流れた「谷垣狩り」(トラック21)は低音の弦のうねりから始まり、緊迫したリズムと圧迫感のある弦とホルンによるフレーズのくり返しでじわじわと盛り上がる曲。同じ音型を反復するオスティナート的な手法が使われている。
 収録曲の中でも一風変わっているのがトラック19の「煌めく」だ。讃美歌風の美しい混声合唱から始まるが、途中から、ざわめきのような、あえぎ声のような、不思議な声が混じってくる。曲のなかばを過ぎると、しだいに妖しく、不穏な気配がただよう。インタビューによれば、これは「変態」というオーダーで作られた曲。異常なエクスタシーの瞬間をイメージした曲で、第8話と第9話に登場する連続殺人犯・辺見の心理描写に使用された。また、第二期の第20話ではラッコの肉を食べた杉元たちが興奮状態になるシーンに選曲されて絶大な効果を上げている。
 「変態」のオーダーに応えた別タイプの曲がトラック20の「レプンカムイ」。弦合奏をバックにボーカルが妖しく歌うオペラ風の楽曲である。第9話で海に落ちた辺見の体に巨大なシャチが食らいつく衝撃的なシーンに使用されていた。「レプンカムイ」とはアイヌ民族に伝わるシャチの姿をした海の神である。
 第10話、雪山を進む杉元たちは足元に咲く福寿草の花を見つける。アシ(リ)パはアイヌの民は福寿草を「イトウの花」と呼んでいると話し、杉元たちにアイヌに伝わるイトウの伝説を語り始める。そんな場面に流れるトラック22「イトウの花」。エスニックなリズムをバックにハープとストリングスが優美なメロディを奏でる、ケルト音楽とクラシック音楽をミックスしたような、本作らしい個性的な楽曲だ。アルバムの中でもほっとひと息つけるナンバーになっている(これがアシ(リ)パのテーマだろうか?)。
 トラック23からの3曲「女将」「無い物ねだり」「誑かす狐」は、第11話に登場する札幌世界ホテル(別名・殺人ホテル)の女将・家永がらみの場面に使用された曲。「女将」はシンセの幻惑的なサウンドで家永の常軌を逸したたくらみを描写する。「無い物ねだり」は、バイオリンソロとストリングスによる哀しげなメロディで家永のミステリアスなキャラクターを表現する曲だ。
 「誑かす狐」は、白石が家永にひと目ぼれする場面に流れたギターと笛などによるユーモラスな曲。第12話では白石が占いの得意なアイヌの女・インカラマッにひと目ぼれする場面に使用されている。白石のテーマとも呼べる曲である。
 ディスク1を締めくくるのはトラック26の「見る女」。弦合奏をバックにオーボエがエキゾティックな旋律を奏でる。ブズーキやサズなどの民族楽器が加わり、妖しくも神秘的な曲に展開。インカラマッがキツネの頭骨を使って占いをする場面に流れている。インカラマッとは「見る女」という意味だ。杉元とアシ(リ)パの未来になにが待ち受けているのか。期待と不安を残してディスク1は終わる。
 ディスク2には、第2期の物語に沿って、第1期に負けず劣らず強烈なキャラクターの曲や網走監獄を舞台にした激しい戦闘の曲などが収録されている。中でも、トラック23の「呼応」は、ストリングスと笛、女声ボーカリーズなどによる温かく心にしみる1曲。第1期でも、第4話のアシ(リ)パとエゾオオカミ・レタ(ラ)との別れの場面に流れて、深い印象を残した。「旅の幕開け」と並ぶ「民族音楽ロック」の曲、「新月の夜に」(トラック13)、「樺太へ」(トラック24)も聴きどころだ。

 『ゴールデンカムイ』の世界に鳴り響いているのは、東西の民族音楽、ロック、オーケストラなど、さまざまな要素がミックスされたジャンル分け不能の音楽である。キャッチーでエネルギッシュで意外性に富み、ときにユーモラス。「○○風」とひと口に言いきれない型にはまらないサウンドは映像音楽ならではの魅力にあふれている。劇中に流れているときは「カッコいい曲だなぁ」「面白い曲だ」と思いながらも聴き流してしまいがちだが、サウンドトラック単体で聴くと、思った以上に民族楽器が使用されていることや、アレンジに工夫がこらされていることに気づき、うならされる。劇中では1度か2度しか流れない曲もあるので、サントラ盤でじっくり聴いていただきたい。
 最後に、第3期放映を機に、未収録曲を含めたサウンドトラック2がリリースされますように(切望)。

ゴールデンカムイ オリジナル・サウンドトラック
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