COLUMN

第196回 夢かうつつか 〜夢喰いメリー〜

 腹巻猫です。観客を入れてのサントラ系コンサートが徐々に戻ってきました。12月4日にはNHKホールで「シンフォニック特撮ヒーローズ」の公開収録が行われ、12月30日にBSプレミアムで放送される予定です。12月10日には『カレイドスター』『泣きたい私は猫をかぶる』などの音楽を手がける窪田ミナさんの初のソロピアノ・コンサートが東京オペラシティ・リサイタルホールで開催。
https://www.confetti-web.com/detail.php?tid=58788
 来年2月には『銀河鉄道999』の初のシネマコンサートが東京と大阪で開催されます。
http://www.promax.co.jp/galaxyexpress999/
 やはり、生で聴くコンサートはいい。細心の注意を払いつつ、楽しみたいです。


 劇場アニメ『魔女見習いをさがして』が11月から公開中だ。「『おジャ魔女どれみ』20周年記念作品」とうたわれたこの作品は、『おジャ魔女どれみ』のストレートな続編ではない。が、音楽的に面白いしかけがしてある。『おジャ魔女どれみ』シリーズのBGMを劇場用にアレンジ・新録音して劇中音楽として使用しているのだ。音楽を担当したのはもちろん、奥慶一。『おジャ魔女どれみ』TVシリーズ全4作の音楽をすべて手がけた作曲家である。
 本コラムでも『おジャ魔女どれみ』の音楽を取り上げたことがある。今回は、同じ奥慶一が手がけた『夢喰いメリー』の音楽を紹介しよう。

 『夢喰いメリー』は牛木義隆の同名マンガを原作に2011年1月から4月まで放映されたTVアニメ。監督は山内重保、アニメーション制作はJ.C.STAFFが担当した。ちなみに原作マンガは、TVアニメ放映以降も10年にわたって「まんがタイムきららフォワード」誌上で連載が続き、2020年11月発売の2021年1月号で完結した。
 他人の夢の良し悪しを見ることができる高校生・藤原夢路は、ある日、「幻界(ゆめ)」から「現界(うつつ)」に迷い込んだ夢魔の少女・メリーと出会う。メリーは幻界への帰り道がわからなくなり、何年も現界をさまよっていた。夢路はメリーが幻界へ戻る手助けをしようとするが、そのために現界に現れる夢魔たちとの戦いに巻き込まれていく。
 奥慶一は、ブラスロック・バンド「スペクトラム」のキーボーディストとしてデビューした。そのためポップス系の作曲家と思われがちだし、それも間違いとは言えないが、音楽的原点はクラシックにある。
 少年時代からピアノや和声学を習い、作曲家を志して東京藝術大学音楽学部作曲科に進学。大学では現代音楽を学び、大学院に進んだ。そのいっぽう、アルバイトで弾いていたピアノの腕を見込まれて在学中からステージミュージシャンとして活動。郷ひろみのバックバンドを経て参加したのがスペクトラムだった。大学の卒業作品は、電子音楽の概念を取り入れた実験的な管弦楽曲だったそうだ。
 『夢喰いメリー』の音楽には奥慶一の原点であるクラシックの要素が濃厚に取り入れられている。それまで手がけた『ママレード・ボーイ』や『おジャ魔女どれみ』シリーズの音楽とは大きく異なる印象だ。
 「メインテーマ」がすごい。夢の世界に入っていくような幻想的な導入部に続き、バイオリンが玄妙なソロを奏で始める。管弦楽の合奏が加わり、バイオリン協奏曲のような構成でテーマの変奏が展開される。6分に及ぶ大曲である。
 このバイオリン・ソロを弾いているのが大谷康子。東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団コンサートマスター、東京交響楽団コンサートマスターなどを歴任した日本を代表するバイオリニストの1人だ。けっこうすごいことなのだが、大谷康子の名はアルバムの帯にも書かれていないし、特に宣伝されているようすもない。実は奥慶一と大谷康子は東京藝術大学の同窓で、それが縁で奥慶一がメインテーマの演奏をお願いしたのだそうだ。
 音楽の中心となるのは、夢の世界や夢魔をテーマにした曲である。とらえどころのない「夢」をいかに音楽にするか。シンセサイザーを使えばいくらでも幻想的な音を作り出すことができるが、奥慶一は安易な音作りはしなかった。生楽器と電子楽器を組み合わせ、ときに民族楽器や合唱などを取り入れて、ジャンルを横断した21世紀の現代音楽を作り上げている。
 オーケストラには金管楽器が含まれず、木管とストリングスを中心にした編成。また、いわゆるポップスのリズムセクションであるドラムセットやエレキベースは使用していない。金管の音やビートを刻むサウンドは必要に応じてシンセサイザーで補うスタイルだ。クラシカルでありながら、ときにはテクノポップ的でもある、ユニークなサウンドの音楽になった。
 本作のサウンドトラック・アルバムは2011年3月にポニーキャニオンから発売された。現在は音楽配信サイトでデジタル音源も購入することができる。収録曲は以下のとおり。

  1. メインテーマ
  2. いざ!夢魔よ!!
  3. ストーリーテラー
  4. イチマ
  5. メリーと夢魔たち
  6. メリーの苦悩
  7. 妖気と決意
  8. エルクレスの歌(歌:杉並児童合唱団)
  9. メランコリー
  10. ピュア・ラブ
  11. うたかた
  12. コミック・アッチェレランド
  13. 夢喰いメリー
  14. クリティカル・モーメント
  15. メリーと夢路
  16. 怪人デルガ
  17. エルクレスの恐怖(歌:杉並児童合唱団)
  18. ザ・バトル
  19. 凶夢
  20. 白昼夢(デイドリーム)
  21. メリー・デイズ
  22. 夢現(ゆめうつつ)
  23. エクストラ
  24. FB(フルヘルボーダー)グリッチョ賛歌(歌:風雅なおと、台詞:川田紳司)

 オープニング主題歌、エンディング主題歌は収録されていない。すべて奥慶一の作・編曲作品でまとめられている。6分を超える「メインテーマ」をはじめ、5分を超える曲や4分を超える曲がある。音楽的にもボリューム的にも聴きごたえのあるコンセプト・アルバムという雰囲気だ。
 トラック1がすでに紹介した「メインテーマ」。メリーと夢魔との戦いの場面に第1話から選曲されている。最終話(第13話)のクライマックス、夢魔ミストルティンとの決戦シーンにフルサイズ流れるのが圧巻。映像に引きこまれながらも、「なに? この音楽?」と曲が耳から離れなくなる。
 トラック2「いざ!夢魔よ!!」もメリーと夢魔との戦いの場面に流れた曲だが、こちらはエレキギターがうなりまくる激しいロックの曲だ。「スペクトラム」での経験が生かされた感じで、この振り幅の広さが奥慶一サウンドの魅力のひとつ。同じような激しいロックサウンドがトラック18「ザ・バトル」でも聴ける。
 シンセサイザーによる神秘的な「ストーリーテラー」を挟んで、トラック4「イチマ」は第3話に登場する夢魔イチマのテーマ曲。本作では夢魔それぞれに印象的なテーマ曲が与えられているようだ。
 「イチマ」は琵琶をフィーチャーした曲。琵琶とフルートのアンサンブルで和の空気をただよわせ、後半はリズムが加わって和洋融合したフュージョンになる。面白い構成の曲だ。
 夢魔のテーマとしては、ほかにトラック8「エルクレスの歌」、トラック16「怪人デルガ」、トラック17「エルクレスの恐怖」が収録されている。
 「エルクレスの歌」と「エルクレスの恐怖」は夢魔をあやつる黒幕的存在エルクレスのテーマ。わらべ唄風の児童合唱がエルクレスの得体のしれない恐怖を伝える。「エルクレスの歌」はフルート、ストリングスなどのアコースティックなサウンドと素朴な歌声で幻想的な雰囲気をかもしだし、「エルクレスの恐怖」では生音にさまざまなエフェクトを加えて、しだいにひずんでいく合唱で恐怖感を盛り上げる。本編ではエルクレスの出番が少なく、これらの曲もあまり使われずに終わったのが残念だった。
 「怪人デルガ」は第7話に登場する夢魔デルガのテーマ。シンセサイザーをベースにフルート、クラリネットなどの木管群とパーカッションが絡む。重厚なサスペンス表現からストラビンスキー的な荒々しい曲調に展開して夢魔のパワーを表現する。怪獣映画音楽的なダイナミックな曲だ。
 トラック13「夢喰いメリー」は番組のPVにも使用された曲。不気味な予感をただよわせる導入部から、シンセサウンドとストリングスが夢の世界を妖しく描写する中間部へ。後半はピアノ、弦、木管などの生楽器とシンセサイザー、エレキギターが緊迫したセッションを繰り広げる。メリーのテーマというより、メリーと夢魔との対決を1曲の中に凝縮した印象である。
 夢路とメリーたちの日常を描写する曲も用意されている。トラック10「ピュア・ラブ」はハープとフルートによる優雅なワルツ。夢路たちの学園生活の場面によく流れていた。
 トラック11「うたかた」とトラック12「コミック・アッチェレランド」はいずれも木管楽器が活躍する明るい曲。
 トラック15「メリーと夢路」は次回予告にも使用されたクラシカルなワルツの曲。ピアノのアルペジオをバックにフルートとクラリネットがやさしいメロディを奏で、ストリングスが加わって、さわやかな雰囲気が広がる。メリーと夢路が語らう場面などによく流れていた友情のテーマとも呼べる曲である。本編ではフルサイズ流れることはなかったが、アルバムではしみじみとした曲調をじっくり聴くことができる。
 本編でとりわけ印象に残ったのは、くり返し使用されたピアノ主体の繊細な曲である。トラック6「メリーの苦悩」とトラック9「メランコリー」だ。
 「メリーの苦悩」は心の迷いを映すようなピアノの独奏から始まり、後半はバイオリンとチェロが加わって、大きくうねるメロディで乱れる心境を表現する。「メランコリー」はタイトル通り、メランコリックなピアノ・ソロの曲。2曲とも揺れ動く心や葛藤を描写する曲として、毎回のように使用されていた。
 夢と心は分かちがたく結びついている。夢を描くことは心理を描くことにほかならない。こうした繊細な曲の出番が多くなったのも、必然のなりゆきと言えるだろう。
 なお、ピアノとキーボードの演奏は奥慶一自身が担当している。
 さて、本アルバムは、メインテーマに始まり、夢魔のテーマやバトル曲、日常曲、心情曲などを散りばめた構成。ストーリーを再現するよりも、音楽的な流れを重視した印象だ。夢の世界の曲、現実世界の曲が交互に現れ、頭から聴いていくと、夢と現実のあいだを行き来しているような気分になる。
 アルバムの終盤は、夢をテーマにした曲が続く。
 トラック19「凶夢」はビブラフォン、チェレスタなどによる夢幻的な導入から始まり、アコーディオンとオルガンがメリーゴーランド的なワルツを奏でる曲。ノスタルジックな曲想は「凶夢」のタイトルから遠いが、しだいに音色が暗く沈み、オルガンが不協和音を奏で始める。楽しい夢から悪夢に転じるイメージの曲である。
 次の「白昼夢(デイドリーム)」はクラリネット、フルート、オーボエ、ファゴットなどを主体にしたややユーモラスな曲。現実と夢が混然となった妖しくも奇妙な光景が頭に浮かぶ。
 トラック21「メリー・デイズ」は一転して軽快な日常曲になる。アコースティックギター、キーボードなどによるさわやかなフュージョン風の曲で、夢路たちが幻界(ゆめ)から現界(うつつ)に帰還したイメージだ。
 が、次のトラックのタイトルは「夢現(ゆめうつつ)」。浮遊感のあるシンセサウンドと鐘の音が夢の世界へいざない、後半から波の音が加わる。ここは夢の波打ち際なのか? 現実なのか? 夢をテーマにしたアルバムらしい、夢幻的な締めくくり方である。
 ラストにはボーナストラック的に「FB(フルヘルボーダー)グリッチョ賛歌」が収録されている。これは劇中で夢路たちが熱心に観ている特撮ヒーロー番組『FBグリッチョ』の主題歌。奥慶一は東映スーパー戦隊シリーズの1本『電磁戦隊メガレンジャー』(1997)の主題歌と音楽を手がけているので、こういうパスティーシュ風の曲も本格的である。歌っているのは『電磁戦隊メガレンジャー』の主題歌を歌った風雅なおと。特撮ファンならニヤリとするところだ。
 親しみやすい曲想で書かれた『おジャ魔女どれみ』シリーズの音楽と比べると、『夢喰いメリー』の音楽はひとひねりもふたひねりもしてある。「ん? なんだ?」とひっかかる曲が多い。しかし、それがカッコいいし、聴けば聴くほど味のある音楽になっている。奥慶一の、ほかの作品では聴けない現代音楽的なサウンドを聴くことができる貴重な作品だ。

 最後に宣伝を。『魔女見習いをさがして』のサウンドトラック・アルバムが12月23日に発売される。筆者は解説と奥慶一インタビューを担当させていただいた。インタビューではオリジナルの『おジャ魔女どれみ』シリーズのことも含めてお話をうかがったので、古くからの『どれみ』ファンにも興味深い内容になったと思う。『夢喰いメリー』とあわせて、お聴きいただきたい。

TVアニメ「夢喰いメリー」オリジナルサウンドトラック
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