COLUMN

第192回 響きあう時間線 〜STEINS;GATE〜

 腹巻猫です。クリストファー・ノーラン監督の最新作「TENET」を観ました。圧倒的な映像と音響はIMAXシアターで体験する価値あり。音楽はノーラン監督とコンビを組んできたハンス・ジマーから「ブラックパンサー」などのルドウィグ・ゴランソンに交替。劇中では音楽が逆再生で流れるシーンがあり、ユニークな試みに耳を奪われました。難点は一度観ただけではストーリーがよくわからないこと(笑)。もう何度か観ることになりそうです。


 「TENET」は時間を逆行して未来からやってきた敵と戦い、世界の破滅を阻止しようとするエージェントたちの物語。時間旅行は宇宙旅行と並ぶSFの人気ジャンルのひとつで、日本のアニメにも、『時をかける少女』をはじめ、時間移動や時間の反復をあつかった作品が多い。
 今回は21世紀の時間SFアニメの代表作のひとつ、『STEINS;GATE』の音楽を取り上げよう。
 『STEINS;GATE』は5pb.(現・MAGES.)の同名ゲームソフトを原作にしたTVアニメ。2011年4月から9月まで全24話が放送された。
 舞台は2010年の秋葉原。厨二病から抜け出せない大学生・岡部倫太郎は仲間とともに「未来ガジェット研究所」を立ち上げ、怪しげな発明に日々打ち込んでいた。ある日、倫太郎は偶然に過去へメールを送る方法を発見し、それを「Dメール」と名づけて実験を始める。が、過去への干渉をくり返した結果、謎の秘密組織から狙われるようになり、とうとう未来ガジェット研究所の仲間・椎名まゆりが命を落としてしまう。倫太郎は過去を改変して、まゆりの死を回避しようとするが……。
 プレイヤーの選択がストーリーを変化させるゲームの特性を時間SFに結びつけたアイデアが秀逸。巧妙に張られた伏線といくつものエピソードがからみあった緊張感に満ちた物語に引き込まれる。ゲーム版を知らなくても楽しめる、多彩な魅力的を持った作品である。2013年にはオリジナル・ストーリーによる劇場アニメ『劇場版 STEINS;GATE 負荷領域のデジャヴ』が公開され、2018年には、続編ゲーム「STEINS;GATE 0」を原作としたTVアニメ『STEINS;GATE 0』が放送されている。

 アニメ版の音楽を手がけたのは阿保剛と村上純。
 阿保剛はMAGES.に所属する作曲家で、ゲーム版の音楽の生みの親。『STEINS;GATE』シリーズの音楽を一貫して手がけている。小学生の頃からプログラミングを覚えて音楽を作るようになり、ゲーム業界に入った。「メモリーズオフ」シリーズや「CHAOS;HEAD」「ROBOTICS;NOTES」などのゲーム音楽を手がける人気作曲家である。ゲーム作品のアニメ化ではゲーム版と異なる作曲家が音楽を担当するケースも少なくないが、本作は同じ作曲家が参加してイメージの統一を図っているのが特徴だ。
 村上純もMAGES.所属の作曲家・音楽プロデューサー。乙一原作の実写劇場作品「GOTH」(2008)の音楽やTVアニメ『CHAOS;CHILD』(2017)、『ゆるキャン△』(2018)などの音楽プロデューサーを担当している。
 本作の音楽には、ゲーム版から引き継がれたものと新たに作曲されたものがある。ゲーム版の音楽を使うことで、ゲームを楽しんだファンも違和感なくアニメの世界に入っていけるわけだ(声優もゲーム版と同じメンバーが参加している)。
 ゲーム版のメインテーマとして設定されたのが「GATE OF STEINER」という曲。「STEINS;GATE」シリーズ全体のテーマとして続編ゲームやアニメ作品にも登場する、ファンにはおなじみの曲である。
 それとは別に、TVアニメ『STEINS;GATE』のメインテーマとして「Promise」という新曲が作られた。
 このふたつのメインテーマを中心に、キャラクターテーマや心情曲、サスペンス曲、日常曲などを加えて、TVアニメ『STEINS;GATE』の音楽は構成されている。ゲーム版の音楽を継承しつつ、独自の音楽世界を打ち出したのがアニメ版の音楽だ。
 劇中で印象深いのがピアノの音色。繊細な心情表現には必ずと言ってよいほどピアノの曲が使用されている。一般的なアニメ音楽だと、心理描写の曲に弦楽器やアコースティック・ギター、木管楽器などもよく使われているが、本作では控えめである。ピアノの音は鳴ったあとに残響を残して消えていく。それが、本作で描かれる挿話のはかなさ、切なさにマッチして心に残る。音楽演出として、意識してピアノの音を多く使っている印象だ。
 阿保剛はインタビューの中で「ピアノは鍵盤を叩く強さで感情表現できるので、アドベンチャーゲームが描くドラマ性を表現しやすい」と語っており、表現手段としてピアノを大切にしていることがうかがえる。心情描写だけでなく、サスペンス曲でもピアノの音色が耳に残る曲が多い。
 アニメ版の音楽制作について、阿保は「アニメ版もゲームと同じ世界として受け取ってもらいたかったので、ゲームかアニメか区別がつかないくらい馴染むアレンジにした(大意)」と発言している。いっぽうで、ゲーム音楽とアニメ音楽の違いについて、「ゲーム音楽は1曲の中で起承転結をつけづらいが、アニメ音楽はシチュエーションに合わせて盛り上がる曲が作れる(大意)」と語っていて興味深い。
 本作のサウンドトラック・アルバムは単独盤としては発売されず、Blu-ray初回限定版の特典ディスクとしてリリースされた。Blu-rayの2巻と8巻にサウンドトラック・アルバムが同梱されており、それぞれ、サウンドトラック「バタフライ・エフェクト」、サウンドトラックII「イベント・ホライズン」と名づけられている。
 なお、アニメ版『STEINS;GATE』のサウンドトラックは、劇場版もBlu-ray同梱でリリースされ、単体CDで発売されたのはTVアニメ『STEINS;GATE 0』のみ。配信もされていない。サントラファンには悩ましい作品だ。
 1枚目の「バタフライ・エフェクト」から紹介しよう。収録曲は以下のとおり。

  1. Promise -piano-
  2. Confrontation with fear
  3. 秋葉原 ※
  4. Experiment
  5. Tajitaji
  6. Adrenaline
  7. Science Of The Strings ※
  8. 未来ガジェット研究所 ※
  9. かえり道 ※
  10. Gate of steiner -piano-
  11. 鈴羽 ※
  12. Dメール ※
  13. Disquiet
  14. 厨二病のタンゴ ※
  15. Tender affection
  16. 冷めた視線 ※
  17. ジョン・タイター ※
  18. Silence eyes
  19. No joke! ※
  20. @Channel
  21. オカリンのサスペンス ※
  22. 事件 ※
  23. Operation G-Back
  24. Lab-members

 ※=作曲:村上純
 ※以外=作曲:阿保剛

 物語は、倫太郎がDメールを発明し、過去への干渉をくり返した結果、まゆりの死を招いてしまうまでの前半(第12話まで)と、まゆりの死を回避するために倫太郎が過去を改変しようとする後半(第13話以降)に大きく分けられる。
 サントラ盤もそれに合わせ、1枚目は前半の、2枚目は後半の物語をイメージした内容になっている。
 構成は物語の流れに大まかに沿っているが、必ずしも使用された順に曲が並べられているわけではない。音楽アルバムとしてのまとまりと聴きやすさを重視した曲順だ。
 1曲目の「Promise -piano-」はアニメ版メインテーマのピアノ・ソロ・バージョン。ギターや弦楽器が加えられたフル・バージョンはサウンドトラック2枚目「イベント・ホライズン」に収録されている。が、劇中ではこのピアノ・ソロの使用頻度が圧倒的に高い。
 阿保剛によれば、「Promise」はまゆりの存在を象徴しつつ、穏やかで安堵感を出す曲として作ったそうだ。そのねらいどおり、第4話でまゆりが空に向かって手を伸ばす(倫太郎が「スターダスト・シェイク・ハンド」と名づけた)印象的な場面をはじめ、まゆりと倫太郎が語らうシーンなどによく使用されている。「まゆりのテーマ」と呼びたくなる曲である。
 2曲目の「Confrontation with fear」は、不穏で不気味なサウンドのサスペンス曲。第1話で倫太郎が血まみれで倒れている女性研究者・牧瀬紅莉栖を発見する場面に使用された。物語の発端となる重要な場面の曲であり、サントラ盤の中でも、プロローグの役割を果たしている。
 紅莉栖はまゆりと並ぶ本作のもう1人のヒロインで、物語の後半は倫太郎と紅莉栖のエピソードに焦点が当てられていく。その紅莉栖のテーマ「Christina I」「Christina II」はサウンドトラック2枚目に収録されている。こちらもピアノの音色が印象的な美しい曲だ。
 3曲目「秋葉原」からは、未来ガジェット研究所の日常を描写する曲が続く。テクノポップとエスニック音楽が合体したような「秋葉原」、実験をテーマにしたアンビエントな「Experiment」、倫太郎がたじたじとなる場面に流れるコミカル曲「Tajitaji」、新しい思いつきに高揚する気分を描写する「Adrenaline」など、倫太郎たちの行動が目に浮かぶような音楽が楽しい。
 弦楽器をメインに奏でられる「Science Of The Strings」は第4話で倫太郎と紅莉栖が幻のレトロPC「IBN5100」を運ぶ場面に流れる曲で、ピチカートが刻む落ち着きのないリズムとバイオリンのゆったりしたメロディの対比が面白い効果を出している。
 ずばり「未来ガジェット研究所」と名づけられたトラック8は、ギターのリズムとチープなシンセの音が合奏をくり広げるユーモラスな曲だ。くだらない(と言われる)ことに夢中になっている青春の恥ずかしさと一途さも伝わってくる。
 トラック9の「かえり道」はピアノ・ソロで演奏されるリリカルな曲。倫太郎とまゆりが歩きながら話すシーンなどに使われていた。2人の心のふれあいを表現する、本アルバムの中でもひときわ愛しく聞こえる曲である。
 トラック10「Gate of steiner -piano-」はゲーム版メインテーマのピアノ・ソロ・バージョン。ピアノは打ち込みではなく、グランドピアノによる生演奏である。
 阿保剛によれば、メインテーマ「GATE OF STEINER」はゲームのシナリオを読んで感銘を受け、どこに使うとも考えずに最初に作った曲だという。ミステリアスな導入から始まり、情感に富んだ切ない曲調に展開、ふたたびミステリアスなメロディがくり返され、コーダへ。曲の展開には、因縁や宿命、自分の進む道といった、物語とリンクしたテーマが込められている。前半は謎の組織に狙われたりする怖いイメージ、後半は世界線を越えて未来を変えていくイメージが反映されているそうだ。
 この曲もサウンドトラック2枚目「イベント・ホライズン」にフルバージョンが収録されているが、劇中ではピアノ・ソロが多く使用されている。特に最終話(第24話)で、過去を修正し、目的とする時間線にたどりついた倫太郎がタイムマシンで現代に戻っていくシーンに流れたのが印象深かった。
 トラック11「鈴羽」は未来ガジェット研究所のメンバーに加わるバイト娘・鈴羽のテーマ。アコースティック・ギターをメインにしたサウンドが心地よい。複雑な過去を持った鈴羽の秘めた心情を、哀愁を帯びた曲調が表現している。
 「Dメール」「Disquiet」はタイムトラベルにからむミステリーやサスペンスを描写する曲。「Dメール」は第6話で紅莉栖がDメールのしくみを倫太郎たちに説明する場面に、「Disquiet」は第3話で謎の組織SERNにハッキングを行った倫太郎たちが怪しい実験レポートを発見する場面に使用されている。
 スパニッシュなバイオリンととぼけたパーカッションが奏でるトラック14「厨二病のタンゴ」は、アニメ版ならではの遊び心満点の曲だ。第5話で倫太郎が自分を「鳳凰院」と呼べと紅莉栖に強く迫るシーンや、第8話でまゆりが神社の宮司の息子・るかを女装させる場面などに使われた。大げさな曲調は聴いただけで笑ってしまう。
 次の「Tender affection」は「優しい愛情」という曲名どおりの、ほっと温かくなる曲。第11話の月夜の公園で倫太郎と紅莉栖が話をする場面など、倫太郎と紅莉栖の心が接近するシーンに流れている。物語後半の展開を予感させる曲である。
 トラック16からは、コミカルな「冷めた視線」、未来人を名乗る謎の人物のミステリアスなテーマ「ジョン・タイター」、緊迫感ただようホラー音楽風の「Silence eyes」、明るいオトボケ曲「No joke!」と脱力系の曲とサスペンス曲が交互に登場しながら、クライマックスに向かっていく。
 「@Channel」は劇中の匿名掲示板「@ちゃんねる」を表題にした曲。電脳空間を利用したやり取りやネットワークそのもののイメージだ。ピアノが怪しく奏でる「オカリンのサスペンス」が続き、なにかが起こりそうな空気がただよう。
 トラック22「事件」はシンセを主体にした凶事を連想させるサスペンス曲。第11話で、外出していた倫太郎が突然胸騒ぎを感じて未来ガジェット研究所に駆け戻る場面に流れた。アルバムの中では、まゆりの悲劇のイメージが重ねられている。
 「Operation G-Back」はアップテンポの軽快なデジロック。第4話で倫太郎が秋葉原の猫耳メイド・フェイリスとゲーム対戦する場面に1度だけ使われた(曲名は「自爆」とかけたしゃれになっている)。ここは、劇中使用場面よりもアルバムの中での盛り上がりを意識した選曲だろう。
 最後の曲「Lab-members」は未来ガジェット研究所のメンバー、通称「ラボメン」の日常をイメージした曲。軽やかなリズムに乗って木管楽器がさわやかなメロディを奏でる。未来ガジェット研究所で倫太郎たちがたわいもない話をする場面やコミカルなやりとりをする場面によく流れた、物語前半を象徴する曲だ。
 牧歌的で平和な雰囲気とともにサウンドトラック1枚目は終わる。緊迫した曲で2枚目につなぐ構成もありえたと思うが、この終わり方はとてもいい。未来ガジェット研究所の一員になったような気分が味わえる締めくくりである。

 実は筆者はゲーム版の『STEINS;GATE』をプレイしたことはない。が、アニメ版のサントラを聴いて、ゲーム版のサントラも聴いてみたくなった。
 ゲームを原作にした作品ではあるが、アニメ版はアニメ独自の表現と演出で人気を得て、新しいファンを獲得した。『STEINS;GATE』にならって言うなら、ゲーム版とアニメ版は別々の世界線を進みながら互いに影響しあって発展している。音楽もそうだ。ゲーム音楽とアニメ音楽がリンクした幸福な例として、記憶に残る作品である。

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