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第184回 50億の幸せのために 〜サイボーグ009 怪獣戦争〜

 腹巻猫です。マニアックなサントラを続々リリースしているディスクユニオンのCINEMA-KANレーベル。7月1日発売のタイトルとして60年代の劇場アニメ『サイボーグ009』と『サイボーグ009 怪獣戦争』をカップリングしたサントラ盤が発表されました。折しも、東映チャンネルでは5月から7月にかけて、この2本を4Kリマスター版で放映。劇場版とサントラを同時に楽しむチャンスです。

サイボーグ009 劇場版/怪獣戦争 オリジナル・サウンドトラック
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 『サイボーグ009』の原作は、石ノ森章太郎が1964年から描き続けたライフワークと呼べるマンガ作品。悪の組織ブラック・ゴーストによってサイボーグ戦士にされた9人の若者たちが、ギルモア博士の協力を得てブラック・ゴーストから逃れ、平和と自由を守るために戦う物語だ。
 『サイボーグ009』はたびたびアニメ化されている。TVアニメだけでも1968年版、1979年版、2001年版と3度。近年では、フル3DCGアニメ『009 RE:CYBORG』(2012)、『CYBORG009 CALL OF JUSTICE』(2016)などが劇場公開された。
 そのオリジンと呼べるのが、東映動画が制作した2本のアニメ映画。1966年公開の劇場版『サイボーグ009』と1967年公開の『サイボーグ009 怪獣戦争』だ。いずれも演出(監督)は『わんぱく王子の大蛇退治』(1963)を手がけた芹川有吾が担当。007のキャラクターが子どもになっているなど、子ども向けにアレンジされた部分もあるが、巧みなストーリーテリングと演出でアニメ独自の魅力を持つ作品に仕上がった。特に2作目の『サイボーグ009 怪獣戦争』は、スパイとして009たちに近づいた敵のサイボーグ少女ヘレナの苦悩と悲劇がドラマの軸となり、芹川有吾の持ち味が最大限に発揮された作品になっている。
 今回は、この『サイボーグ009 怪獣戦争』の音楽を紹介しよう。

 音楽は2作とも、伊福部昭門下の小杉太一郎が担当している。
 芹川有吾は『わんぱく王子の大蛇退治』に続いて本作の音楽も伊福部昭に依頼することを考えていたが、実現しなかった。当時の伊福部昭は「東映動画何十周年記念の大作」でなければ使えないクラスの作曲家で、芹川は会社からダメだと言われるのをわかっていて希望したそうだ。代わりに伊福部昭の推薦で選ばれたのが小杉太一郎だった(「東映動画長編アニメ音楽大全集」解説書所収の芹川有吾インタビューより)。
 小杉太一郎は1927年生まれ、宮城県出身。宮城は石ノ森章太郎の出身地でもあり、小杉の生地・石巻市には現在「石ノ森萬画館」が建てられているという奇しき縁がある。
 少年時代から作曲に興味を持った小杉太一郎は、東京音楽学校作曲科(現・東京藝術大学音楽学部)に入学。池内友次郎に対位法と和声学を、伊福部昭に作曲法と管弦楽法を学んだ。1953年、劇場作品「健児の塔」で映画音楽作曲家デビュー。その後、「血槍富士」(1955)、「森と湖のまつり」(1958)、「愛と死を見つめて」(1964)、内田吐夢監督の宮本武蔵シリーズ(東映)、日活の渡り鳥シリーズなど300本を超える映画音楽を作曲した。惜しくも、1976年に49歳の若さで世を去っている。アニメ作品は少なく、2本の劇場版『サイボーグ009』とTVアニメ版『サイボーグ009』(1968)、劇場アニメ『パンダの大冒険』(1973)があるくらい。近年は純音楽の作曲家としての再評価も盛んで、「カンタータ 大いなる故郷石巻」「小杉太一郎の純音楽」などのCDアルバムが発売されている。
 そんな小杉作品の中でも抜群の人気を誇り、くり返し商品化されているのが『サイボーグ009』の音楽である。
 劇場版『サイボーグ009』の音楽は、2本とも画に合わせたフィルムスコアリングで作られている。1作目は上映時間64分の映画に対して音楽が71曲、43分。2作目は60分の本編に対して音楽が52曲、42分。どちらも劇中の大半に音楽が流れる演出だ。芹川有吾は小杉の音楽について、「小杉さんの音楽は非常によかったですね。(中略)神経質に細かく区切って(音楽を)つけたんですけど、そのとおりフォローしてくださいました」と語っている(「東映動画長編アニメ音楽大全集」解説書所収のインタビューより)。
 1作目『サイボーグ009』のストーリーは、サイボーグ009の誕生からサイボーグ戦士の脱出、ブラック・ゴーストとの戦い、ブラック・ゴースト本部の壊滅までを描く、危機また危機のスパイ映画的展開。音楽もアクション音楽やサスペンス音楽が中心だ。カットに合わせた短い曲が多く、曲数も多い。その中で、003の回想場面に続いて流れる女声コーラスをともなった美しい音楽(M-33)が印象に残る。エンディング曲(M-72)でも変奏される、反戦の想いを込めた「祈りのテーマ」だ。
 2作目の『サイボーグ009 怪獣戦争』でもアクション曲は活躍するが、より心情的な音楽が多くなっている。重要なのが、悲劇の美少女ヘレナの登場場面に流れる「ヘレナのテーマ」(M-38など)。女声コーラスをともなう美しい曲想は「祈りのテーマ」の発展形とも呼べる。ヘレナのドラマに沿って随所に使用されることで、「祈りのテーマ」以上に観客の心に残る曲になった。
 ダイナミックなアクション音楽と「祈りのテーマ」「ヘレナのテーマ」に代表される美しく荘重なメロディの共存。これが、2本の劇場版『サイボーグ009』の音楽の聴きどころである。のちの純音楽作品「カンタータ 大いなる故郷石巻」(1973)でも聴かれる小杉太一郎の音楽性が存分に発揮された作品と言える。

 小杉太一郎が手がけた『サイボーグ009』の音楽は過去に3度、商品化されている。最初は1996年に日本コロムビアから発売されたCD10枚組「東映動画長編アニメ音楽大全集」の1枚。これは劇場版2作品の音楽を抜粋してCD1枚に収録したものだった。次に、1999年に日本コロムビアから発売された「石ノ森章太郎萬画音楽大全」シリーズの1巻「サイボーグ009 オリジナル・サウンドトラック[1]」。劇場版2作の音楽とTV版音楽を収録したCD2枚組である。そして、2009年にウルトラヴァイブから発売された「アニメ・ミュージック・カプセル サイボーグ009」。これはTVアニメ版の音楽集で、劇場版の音楽はTV用にコピーされた数曲が収録されているだけだった。今回のCINEMA-KANレーベルのリリースは、劇場版音楽の3度目の商品化ということになる。
 「石ノ森章太郎萬画音楽大全」版をもとに本作の音楽を紹介しよう。2枚組のうちの2枚目が『サイボーグ009 怪獣戦争』に充てられている。収録トラックは以下のとおり。

  1. サイボーグ009 [映画ヴァージョンII]
  2. 怪獣プレシオザウルス
  3. 世界に散る仲間たち
  4. サイボーグ戦士 出動!
  5. プレシオザウルス追撃
  6. 悪魔の罠〜対決!0011
  7. 美しき戦士
  8. 宿命の戦い
  9. 地底の大宮殿〜サイボーグ戦士の危機
  10. ヘレナの愛
  11. 009登場〜甦った幽霊
  12. 50億の幸せのために…
  13. エンディング

 ※トラック14〜25にTVアニメ版音楽を収録。

 構成は「東映動画長編アニメ音楽大全集」版をベースに未収録曲を補完したもの。複数曲を1トラックに収録するスタイルで劇中使用順にまとめられている。
 1曲目の「サイボーグ009」は男声コーラス(マイスタージンガー)が歌う劇場版主題歌。小杉は主題歌のメロディを2曲書き、その中から現在のものが選ばれたそうだ(小杉太一郎の長男・小杉隆一郎氏の証言より)。この主題歌はTV版にも使用された。
 アニメ版『サイボーグ009』の主題歌といえば、TVアニメ2作目の「誰がために」を推すファンが多いが、この1作目の主題歌も根強い人気を持っている。力強い中に哀愁を感じさせる名曲である。
 トラック2「怪獣プレシオザウルス」は本作の導入部、謎の怪獣が船を襲う場面の音楽。プレシオザウルスの猛威を表現する曲には劇場版第1作の恐竜ロボットの音楽が受け継がれている。
 本作の音楽は古典的な編成のオーケストラに電子オルガン(エレクトーン?)と女声コーラスを加えたスタイル。アクション系の曲では、小杉太一郎が敬愛するストラビンスキーや師匠・伊福部昭の音楽を思わせるダイナミックな響きを聴くことができる。
 トラック3「世界に散る仲間たち」は、世界各地でそれぞれの生活を送っていたサイボーグ戦士たちが異変を知って再び集まる一連の場面の音楽。英国風、中国風、西部劇風など、サイボーグ戦士の出身国を表現するパスティーシュ風音楽が楽しい。バレリーナとして活躍する003の登場場面では、劇場1作目と同様にチャイコフスキーの「白鳥の湖」が引用される。それに続く、003が戦いに参加することをためらう場面の哀愁を帯びた音楽(M-14)が胸にしみる。
 トラック4〜6の「サイボーグ戦士 出動!」「プレシオザウルス追撃」「悪魔の罠〜対決!0011」では、サイボーグ戦士の出動からブラック・ゴーストが送り出すさまざまな敵との戦いが緩急に富んだ音楽で描かれる。007が活躍するユーモラスな場面ではジャズ的な軽快な表現が現れるのも小杉音楽の特徴のひとつ。
 「サイボーグ戦士 出動!」のラストに登場する抒情的な調べ(M-22)は、ヘレナと009が語らう場面の曲。最後にヘレナのテーマが木管で奏される。ヘレナの心情の変化を予感させる重要な曲である。
 そして、ヘレナの正体が明らかになる場面のトラック7「美しき戦士」。ヘレナが真の姿を現すと、女声コーラスをともなったヘレナのテーマが流れる。ヘレナの美しさと音楽の美しさ、両者が相乗効果で際立つ名場面だ。
 ヘレナの正体を知った009とヘレナとの戦いを描写するトラック8「宿命の戦い」では、緊迫感に富んだM-39に続いて、ヘレナのテーマが変奏される(M-40)。地割れに落ちかけたヘレナを009が助け、2人の心が通う場面だ。ハープと弦楽器、フルートなどによるアンサンブルがヘレナの乱れる気持ちを表現する。
 トラック10「ヘレナの愛」は、プレシオザウルスとの戦いで地底湖に沈んだ009をヘレナが助ける場面の曲。水中を泳ぐヘレナの姿とその胸に秘めた想いが心に残る名場面。ここでは、ヘレナのテーマの変奏がたっぷりと長く流れる。幻想的でロマンティック。音楽的にも聴きどころのひとつである。
 トラック12「50億の幸せのために…」はクライマックスの戦いの音楽。ヘレナが命をかけてサイボーグ戦士を助ける場面に流れるヘレナのテーマ(M-51)が胸を打つ。「これぞ芹川演出!」と思わずこぶしを握ってしまう場面である。009の怒りとともに音楽は勇壮な主題歌アレンジ(M-52)に突入。007のコミカルな活躍に合わせて曲調が変化するフィルムスコアリングならではのアレンジが聴ける。
 本編を締めくくるトラック13「エンディング」(M-56)では、ヘレナのテーマが女声コーラスによって奏される。1作目の「祈りのテーマ」の役割を本作ではヘレナのテーマが担っているのだ。本作のもう1人の主人公がヘレナであり、ヘレナこそが本作のテーマを体現するキャラクターであることが音楽でも明確になる。
 『サイボーグ009 怪獣戦争』はヘレナのために作られたと言ってもよい作品だ。音楽的にもヘレナのテーマが柱になっている。小杉太一郎による美しい音楽がなければ、本作の印象は違うものになっていたのではないか。それほど、本作における音楽の役割は大きい。
 「石ノ森章太郎萬画音楽大全」版のアルバムが入手困難になって久しいだけに、CINEMA-KANレーベルから再び本作の音楽がリリースされるのは朗報だ。今回はTV版の音楽は収録されないようなので、劇場版の未使用曲、別テイク、主題歌の別バージョンなどの収録を期待したい。
 なお、東映チャンネルでは6月に、小杉太一郎が音楽を手がけたもう1本の劇場アニメ『パンダの大冒険』も放送される予定だ。これも芹川有吾監督作品。劇場版『サイボーグ009』に魅せられたファンなら押さえておきたい作品だ。

サイボーグ009 劇場版/怪獣戦争 オリジナル・サウンドトラック
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石ノ森章太郎萬画音楽大全 サイボーグ009 オリジナル・サウンドトラック[1]
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