COLUMN

第180回 愛の映画 〜少年ケニヤ〜

 腹巻猫です。4月10日、実写劇場作品「転校生」「時をかける少女」などを手がけた大林宣彦監督が亡くなりました。多感な時期に大林作品に出会い、新作が公開されるたびに追いかけてきた筆者にとっては、特に思い入れのある映像作家のひとりでした。本当に残念です。すばらしい作品と体験をありがとうございました。


 今回は追悼の意を込めて、大林宣彦監督が手がけた唯一の劇場アニメ『少年ケニヤ』の音楽を紹介したい。
 『少年ケニヤ』は1984年3月に公開された劇場アニメ。『幻魔大戦』(1983)に続く角川映画製作の劇場アニメ(角川アニメ)第2弾である。
 原作は山川惣治が1950年代に発表した絵物語。産業経済新聞に連載されて読者を熱狂させ、ラジオドラマや劇場作品、テレビドラマにもなった人気作品だ。
 舞台は第二次大戦下のアフリカ。ケニヤのサバンナで父とはぐれ、ひとりぼっちになってしまった日本人の少年ワタルが、マサイ族の酋長ゼガや金髪の美少女ケートらとともに父を探す旅を続ける冒険物語。険しく壮大な大自然、牙をむく野生の動物や武装した原住民、密林にひそむナチスの陰謀など、次から次へと現れる脅威との闘いが、大林監督らしいめくるめく映像で描かれる。
 大林宣彦監督は、これが劇場アニメ初演出。山川惣治のペンタッチを再現した線画アニメや水彩画風の描写、さまざまな合成やオプティカル処理など、アニメならではの実験的な手法を駆使して、驚きに満ちた映像を作り上げている。「映像の魔術師」とも称される大林監督の映像マジック全開である。当時、劇場で観て、最初はあっけにとられた記憶がある。
 もっとも、大林宣彦には「アニメだから」との気負いはなかったそうだ。サントラ盤のライナーノーツに寄せたコメントで、大林監督は「『初めてのアニメ映画』という気持ちは全くありません」「私にとって映画は『動かないものに息を吹き込む』という本来の意味で全てアニメーションなのです。ただ、素材が山川惣治氏の絵物語であるということなのです」と語っている。アニメファンは面食らったかもしれないが、大林ファンにとっては、『少年ケニヤ』はすこぶる大林監督らしい作品だった。
 現在はDVDやネット配信でも観ることができるが、テレビやPCのモニターでは本作の映像が持つセンス・オブ・ワンダーは伝わらない気がする。すべての大林作品がそうであるように、暗闇の中で、大スクリーンで観てこそ、真価を発揮する作品だ。

 そんな本作の音楽を担当したのは宇崎竜童。クレジットでは「音楽監督・宇崎竜童」「編曲・朝川朋之」と表記されている。作曲家・ハープ奏者として活躍する朝川朋之は、本作の制作当時、東京芸術大学で学びながら宇崎竜童のもとで音楽作りを行っていた。アニメ音楽への本格的な参加は、TVアニメ『新竹取物語 1000年女王』(1981)の音楽を宇崎と共同で担当して以来である。
 大冒険物語の音楽に宇崎竜童とくれば、ロックのビートが心ゆさぶる躍動的な音楽を期待するが、実際は、オーケストラによる抒情的な音楽が多い。宇崎竜童よりも朝川朋之の音楽性が発揮された作品という印象だ。管弦楽が奏でるスケール豊かな音楽が、アフリカの情景描写やワタルの心情表現などに生かされている。朝川朋之は、本作の5年後に同じくアフリカを舞台にしたTVアニメ『ジャングル大帝』(1989)の音楽を手がけることになるが、それも奇しき縁である。
 また、サントラ盤には「指揮・熊谷弘」のクレジットがある。熊谷弘は劇場版『銀河鉄道999』や『宇宙海賊キャプテンハーロック』『聖闘士星矢』『牧場の少女カトリ』『もののけ姫』などの音楽録音を手がけた指揮者。オーケストラによるクラシック系アニメ音楽を語る上で忘れてはならない人物だ。
 同じくサントラ盤に「アフリカ楽器演奏」として、ジャズドラマーの石川晶がクレジットされているのもポイントだ。『海のトリトン』や「交響組曲 宇宙戦艦ヤマト」『さらば宇宙戦艦ヤマト —愛の戦士たち—』『宇宙海賊キャプテンハーロック』などの録音に参加している石川晶は、演奏者として70〜80年代アニメ音楽を支えた重要人物のひとり。そして、アフリカともひとかたならぬ因縁があった。アフリカを愛した石川晶は、アフリカで打楽器を学び、日本でバンドを組んでアフリカ音楽を演奏し、後年は一家でケニヤに移住、現地で生涯を終えた。『少年ケニヤ』の舞台であるアフリカを音で表現するためには、うってつけの、そして、なくてはならないミュージシャンだった。石川晶は、本作の音楽を越部信義と小久保隆がアレンジしたアルバム「デジタルトリップ 少年ケニヤ シンセサイザーファンタジー」にも参加している。
 こんなふうに、『少年ケニヤ』の音楽には、ロック、クラシック、ジャズ&アフリカ音楽の才能が結集していたのである。欲を言えば、石川晶のドラムをもっとフィーチャーして、全編アフリカ音楽が流れるサントラにしてもよかった気がする。もしかしたら、同じような発想から、次の角川アニメ『カムイの剣』(1985)はああいう音楽になったのかもしれない。これは余談。

 本作のサウンドトラック・アルバムは劇場公開と同じ1984年3月に「少年ケニヤ オリジナル・サウンドトラック Vol.1 〈音楽編〉」のタイトルで日本コロムビアから発売された。なお、「オリジナル・サウンドトラック Vol.2」はドラマ編。音楽アルバムは1枚だけである。このアルバム(音楽編)は、1999年にカルチュア・パブリッシャーズからCD復刻されている。
 収録内容は以下のとおり。

A面

  1. プロローグ
  2. ジャングルの夜
  3. 遥かなるキリマンジャロ
  4. I am Keniya, You are Keito(愛)
  5. サバンナ・サンセット

B面

  1. 少年ケニヤ(歌:渡辺典子)
  2. ゼガとワタル(友情)
  3. 時空を超えて……
  4. WILD BOY KENIYA(勇気)
  5. エピローグ

 「プロローグ」と「エピローグ」はそれぞれ、本編冒頭と本編ラストに流れる曲。それ以外の劇中音楽(BGM)と主題歌は、本編の使用順にはこだわらない順序で収録されている。
 波瀾万丈の冒険物語のサントラ。ドラマティックな音楽が詰まっているだろう……と思うと裏切られる。じっくり聴かせる落ち着いた楽曲が中心なのだ。
 「プロローグ」は作品全体の序曲。冒頭、原作者・山川惣治が実写で登場する場面から流れる。山川惣治が紡いだ物語が映像となってあふれだし、スクリーンにアフリカの雄大な大地が広がると、オープニングクレジットとタイトルが映し出される。曲の終盤に主題歌「少年ケニヤ」のメロディが引用され、ワルツのリズムで軽やかに奏でられる。華やかでロマンティックな開幕の曲だ。
 「ジャングルの夜」はケニヤの密林を描写するミステリアスな曲。ワタルと父が夜の森を歩く場面に流れている。
 本作の音楽は画に合わせたフィルムスコアリングをベースにしながら、同じ曲を使いまわす選曲方式で処理されたシーンも多い。この曲も、終盤、ワタルたちが密林を進む場面にふたたび登場する。まさに「密林のテーマ」である。
 「遥かなるキリマンジャロ」は石川晶のアフリカン・ドラムの演奏から始まる。アフリカの大自然を描写する音楽である。劇中では、ワタルが病に苦しむゼガを助けるために薬草を探しに行く場面で使用された。広大な湖と滝が現れると、音楽も美しく感動的な曲調に展開。終盤では躍動するリズムが加わり、薬草を見つけたワタルの高揚感を表現する。
 次の「I am Keniya, You are Keito」と「サバンナ・サンセット」の2曲は重要な曲だ。
 「I am Keniya, You are Keito」は主題歌「少年ケニヤ」をワルツ風にアレンジした優雅な曲。ワタルがケートと初めて出会う場面に流れ、雨の中で踊るケートの美しさに心奪われるワタルの心情を表現する。また、中盤、ケートが湖で泳ぐ幻想的なシーンにも選曲されて、本編随一の美しい場面を盛り上げた。「ケートのテーマ」とも呼べる曲である。
 「サバンナ・サンセット」は弦楽器を主体に奏でられる、穏やかで心温まる曲。タイトルどおり、ワタルと父が夕暮れのサバンナでたき火を囲む場面に流れて親子の愛情を表現した。その後も、ワタルに命を救われたゼガがワタルと一緒に旅立つ場面、原住民にとらわれていたケートを救い出したワタルが夜明けを迎える場面、ワタルたちが密林の研究所からの脱出に成功する場面などに流れ、ワタルの心に育つ友情や勇気、異性への想いなどを印象づける。この曲のメロディはラストシーンに流れる「エピローグ」にふたたび登場する。主題歌と並んで本作のメインテーマとも呼べる曲である。
 アルバムのB面の1曲目は本作の主題歌「少年ケニヤ」。劇中では、本編が始まってまもなくサバンナの動物たちが線画で現れるシーンに歌詞1番が、「エピローグ」に続くエンディングクレジットに歌詞2番が流れている。
 作詞・阿木燿子、作曲・宇崎竜童のコンビによるこの歌は渡辺典子の歌手デビュー曲。公開当時はテレビスポットなどでサビの部分がくり返し流れたので、耳に残っている人も多いだろう。
 B面の頭に目玉曲を収録する構成は、片面ごとのまとまりと、外周ほど音質がよいLPレコードの特性を考慮したものだろう。CDでは曲順が変えられ、主題歌が1曲目に収録されている。
 「ゼガとワタル」も石川晶のアフリカン・ドラムからスタートする曲。ドラムの音がフェードアウトすると、弦合奏がしっとりと奏でる友情のテーマが始まる。ワタルの採ってきた薬草で快復したゼガが、ワタルと火を囲んで語らう場面に流れた。大冒険物語に不似合いでは? と思うくらい繊細な、胸にしみる曲である。
 「時空を超えて……」は、序盤、サバンナをさまようワタルが空腹を抱えながら水と食料を探す場面に少しだけ流れた曲。意味深なタイトルはアルバムの構成上、選ばれたものと思われる。
 そして、「WILD BOY KENIYA」は本アルバムに収録された唯一のアクション系の曲。緊迫感に満ちたアフリカン・ドラムの演奏から始まり、オーケストラによる危機描写〜活劇描写音楽に展開する。劇中では、ゼガのために薬草を探すワタルが、襲ってきた大ガマと闘う場面に使用された。アルバムの中では、本曲がクライマックスの位置づけだ。
 アルバムの最後を飾る曲は「エピローグ」。本編のラストシーン、冒険を終えたワタルが両親と再会し、ケートとともに街に帰る場面に流れている。前半は親子の愛情を表現する再会のテーマ。後半は「プロローグ」と同様の華やかで胸躍る曲調になり、大団円を盛り上げる。スクリーンには、ふたたび実写で山川惣治が登場し、物語を締めくくる。この劇場作品をノスタルジックな作品でなく、現代に向けた新しい作品として観てもらいたいという力強いメッセージを感じる終曲だ。

 以上10曲。派手さはないが、『少年ケニヤ』のエッセンスの詰まったアルバムである。
 ただ、サントラとしては物足りない思いが残る。
 終盤でワタルが父と再会する場面の感動的な曲や恐竜が登場する大スペクタクルシーンの曲が入っていないからだ。特に後者はパイプオルガンの音色を使った壮大な楽曲で、音楽的にも本作のハイライトと言える。インパクトのあるクライマックスシーンの音楽が入ってないので、「これで終わり?」と感じてしまうのだ。
 なぜ、肝心な曲が入らなかったのだろう。想像だが、公開日にサントラ盤の発売を間に合わせるために、やむなくこうなってしまったのではないか。つまり、レコードを制作するタイミングで、クライマックスの音楽がまだできていなかったのではないだろうか。サントラ盤に収録されているのが、「エピローグ」を除いて、前半で使用された曲ばかりであることが、そう考える根拠である。
 とはいえ、大林宣彦監督唯一の劇場アニメのサントラ盤として、このアルバムは貴重である。冒険物語としての『少年ケニヤ』ではなく、ワタルの心の旅路を描く『少年ケニヤ』のイメージアルバムと考えれば、美しいアルバムだ。そして、アクションよりも情感にフォーカスした構成は、大林映画のサントラにふさわしい。大林宣彦が撮り続けてきたのは、いつも愛の作品だったのだから。

少年ケニヤ オリジナル・サウンドトラック
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