COLUMN

第181回 待て、しかして希望せよ 〜巌窟王〜

 腹巻猫です。2016年公開のフル3DCG劇場アニメ『GANTZ:O』のサウンドトラック・アルバムが4月30日に発売されます。音楽を手がけた作曲家・池頼広さん自身のレーベル「スタジオ・キッチン」からのリリース。解説とインタビューを担当しました。全曲・初商品化! 自宅作業のおともにぜひどうぞ!

GANZ:O オリジナル・サウンドトラック
https://www.amazon.co.jp/dp/B0876RTSLT/


 今年のNHK大河ドラマ「麒麟がくる」の音楽はハリウッド映画音楽などで活躍するアメリカの作曲家、ジョン・グラムが担当している。大河ドラマで海外の作曲家が音楽を担当するのは「武蔵 MUSASHI」(2003)のエンニオ・モリコーネ以来である。
 日本制作のアニメでも海外の作曲家が音楽を担当した例がある。『幻魔大戦』(1983)のキース・エマーソンを筆頭に、劇場アニメ『シニカル・ヒステリー・アワー』(1988)のジョン・ゾーン、OVA『GATCHAMAN』(1994)のモーリス・ホワイト&ビル・メイヤーズ、TVアニメ『若草物語 ナンとジョー先生』(1993)のデービッド・シービルズ、劇場アニメ『STEAM BOY』(2004)のスティーブ・ジャブロンスキー、TVアニメ『BLOOD+』(2005)のマーク・マンシーナなどが思いつく。『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』(2018)のエバン・コール(EVAN CALL)のように海外出身ながら日本を拠点に活動している作曲家もいる。
 今回は、そんな海外の作曲家が参加した作品のひとつ、『巌窟王』を取り上げよう。

 『巌窟王』は2004年10月から2005年3月まで放送されたTVアニメ。監督は前田真宏、アニメーション制作はゴンゾが担当した。
 原作はアレクサンドル・デュマの「モンテ・クリスト伯」。日本でも明治時代から「巌窟王」のタイトルで親しまれた傑作長編小説だ。友に裏切られ、無実の罪で投獄された船乗りエドモン・ダンテスが、辛い獄中生活を耐え抜いて脱獄、巨万の富を手に入れ、自分を裏切った者たちに復讐する物語である。
 アニメ版は舞台をいつともしれない未来に設定。原作の19世紀フランスの香りも残しながら、月面都市や宇宙船、甲冑型ロボットなどが登場する絢爛たるSF絵巻として作られている。テクスチャを貼ったような衣装の処理など、CGを駆使した大胆な映像表現に目を奪われる。
 監督の前田真宏によれば、本作には、「モンテ・クリスト伯」を下敷きにしたアルフレッド・ベスターのSF小説「虎よ、虎よ!」のイメージも投影されているとか。「虎よ、虎よ!」はワイドスクリーン・バロックと称される実験的手法を駆使した小説。アニメ版『巌窟王』もバロック的イメージに彩られている。バロックといっても「バロック音楽」ではなく、本来の意味での「バロック」=グロテスクなまでに華麗で過剰で壮大で劇的という印象だ。その豊穣なイメージは今観ても古びていない。
 本作の音楽も実に華麗で壮大で劇的である。
 音楽を担当したのはジャン=ジャック・バーネル。パンク・ロックバンド、ストラングラーズのベーシストとして知られるミュージシャンだ。オープニングテーマ「WE WERE LOVERS」、エンディングテーマ「You won’t see me coming」をはじめ、バーネルの作った楽曲は本作の音楽イメージのコアをなしている。
 しかし、本作のドラマを彩るのはバーネルの音楽だけではない。サウンドトラック盤に収録された楽曲の半数には、作曲・編曲者として「teng」の名がクレジットされている。その実態はサウンドデザイナー・音響監督としても活躍する音楽家・笠松広司と作曲家・北里玲二の2人。ジャン=ジャック・バーネルの楽曲は力強いロックとバラードが主体。いっぽう、tengの楽曲はテクノミュージックとリリカルなピアノ曲が中心になっている。バーネルの楽曲にない要素をtengの楽曲が補っている形だ。
 さらに、本作で大きな役割を果たしているのが既成のクラシック音楽である。使用されたのは、チャイコフスキーの「マンフレッド交響曲」、ドニゼッティのオペラ「ランメルモールのルチア」、マイヤベーアのオペラ「悪魔のロベール」、ドビュッシーの「ヒースの草むら」、ラフマニノフの「ピアノ協奏曲第二番」など。本編では、とりわけ劇的な場面や壮大なスケールの場面にクラシック音楽がよく選曲されている。本作におけるクラシック音楽は、オリジナル音楽と同等かそれ以上に存在感のある、重要なピースなのである。
 ロック、テクノ、クラシック……大ざっぱに言っても、これだけ音楽性の異なる楽曲がアニメ『巌窟王』の中で共存している。これもある意味、バロック的だ。
 本作のサウンドトラック・アルバムは「巌窟王 オリジナル・サウンドトラック」のタイトルで2005年2月に発売された。このアルバムに収録されているのは本作のために作られた楽曲のみで、既成のクラシック曲は2005年4月発売のアルバム「巌窟王 クラシック・コンピレーション」にまとめられている。発売はいずれもビクターエンタテインメント。どちらも美しくデザインされたデジパック仕様のアルバムだった。「クラシック・コンピレーション」のリーフレットには前田真宏監督が選曲や音楽演出について記したコメントが掲載されているので、ファンは2枚とも必携・必聴である。
 今回は「巌窟王 オリジナル・サウンドトラック」の楽曲を紹介しよう。収録曲は以下のとおり。

  1. 謝肉祭
  2. WE WERE LOVERS ★
  3. prologue
  4. 闇色の夢
  5. Anger(エドモンからの手紙) ★
  6. 情景、ある晴れた日に彼は
  7. 遠い記憶
  8. MONTECRISTO ☆
  9. 天体儀
  10. sorrow(宿命) ★
  11. Auteui
  12. 少年の日
  13. Waltz(waltz in blue) ★
  14. desire(復讐はただ我にあり) ★
  15. mercedes(渚にて) ★
  16. 地下宮殿
  17. 月夜
  18. 海嘯
  19. You won’t see me coming(TVsize) ★
  20. You won’t see me coming(FULL) ★

★=ジャン=ジャック・バーネル作曲・編曲・演奏
☆=teng編曲
上記以外=teng作曲・編曲

 バーネルの曲とtengの曲が混在し、雰囲気やスタイルの異なる音楽が次々と現れる。アンバランスな印象もあるが、それがかえって本作の世界観を表現している。
 1曲目に置かれた「謝肉祭」は第一幕(=第1話)冒頭の月面都市ルナのカーニバルの場面に流れる曲。明快なメロディを持たないリズム主体のテクノ曲だ。これがアルバム全体の序曲となり、オープニングテーマ「WE WERE LOVERS」に続く。
 「WE WERE LOVERS」はピアノ・ソロのイントロから始まるバラード。ショパンの名曲を思わせる切なく甘いメロディは、『巌窟王』の物語が実は狂おしい愛の物語でもあることを語っている。
 トラック3「prologue」は第二幕以降、毎回のように本編冒頭で流れた回想シーン(前回のあらすじを語るモノローグ)の曲。本作の音楽の中でもひときわ印象に残る不安なピアノ曲である。深いエコー(リヴァーブ)がかかったピアノの音色が夢の中にさまよいこんだような気持ちにさせる。  ここまでがいわば序章。聴く者を『巌窟王』の世界に引き込む導入部だ。
 トラック4「闇色の夢」はモンテ・クリスト伯の復讐を予感させるミステリアスなテクノ曲。この曲も明快なメロディはなく、重ねられたシンセの音が伯爵の暗い情念を表現する。
 トラック5「Anger(エドモンからの手紙)」はジャン=ジャック・バーネルの手になる伯爵の怒りのテーマ。歪んだ音色のエレキギターと重いリズムが絡む荒々しい曲だ。曲の中盤に入る女声コーラスが伯爵の心に隠された憂愁を伝える。4分を超える、聴きごたえのあるナンバーである。
 さて、アニメ版『巌窟王』の大きな特徴は、主人公をモンテ・クリスト伯ではなく、伯爵の復讐対象であるモルセール将軍の息子・アルベールに設定していること。若きアルベールと伯爵との関係が物語の軸になっている。
 次のトラック6「情景、ある晴れた日に彼は」は、そのアルベールたちの日常につけられた曲だ。アコースティックギターとシンセが穏やかに奏でる牧歌的な曲で、アルベールと友人たちとの語らいの場面などによく使われていた。全体に「闇」の雰囲気がただよう本作の中で、この曲は「光」をたたえた重要な曲。伯爵の復讐心に対抗する、若さと希望を象徴する曲である。
 続くトラック7「遠い記憶」はピアノ・ソロによるメランコリックな曲。モンテ・クリスト伯が過去を回想するシーンや伯爵に使える少女・エデがアルベールに自分の身の上を語る場面(第十六幕)などに流れている。本作の音楽では、ピアノの音色が登場人物の内面を伝える役割を担っている印象だ。
 トラック8の「MONTECRISTO」はアルバムの中でも特別な曲。既成のクラシック曲の演奏をサンプリングし、テクノサウンドとミックスした楽曲なのである。使用された曲は、チャイコフスキーの「マンフレッド交響曲」、ドニゼッティの「ランメルモールのルチア」、マイヤベーアの「悪魔のロベール」の3曲。本編でも重要な場面で使用されている曲ばかりだ。個々の楽曲はアルバム「巌窟王 クラシック・コンピレーション」でも聴くことができるが、ここでは、テクノサウンドとミックスしたメドレーでハイライトが披露される。クラシックとテクノの共演で本作独特の世界観を表現した、もっとも『巌窟王』らしいとも呼べるトラックである。
 シンセによるSE(効果音)風のトラック「天体儀」を経て、バーネル作曲の「sorrow(宿命)」が登場。ギターとストリングス、シンセが奏でる悲痛な宿命のテーマである。この曲は第一幕でアルベールとモンテ・クリスト伯が初めて出逢う場面に使用。その後も、伯爵の復讐が進行する中で苦悩するアルベールやその母・メルセデスらの想いを表現する曲としてたびたび使われた。
 次のトラック「Auteui」はシンセによる明快なメロディのないミステリ—曲。Auteui(オートゥイユ)とは、モンテ・クリスト伯が別荘をかまえたパリの地名である。この別荘も伯爵の復讐劇の舞台となる。
 トラック12「少年の日」は穏やかで淡々としたピアノ・ソロの曲。タイトルのとおり、アルベールと友人たちの心通うひとときを描写する曲として使われた。第二幕でアルベールの親友フランツがアルベールとの初めての出逢いを回想する場面などが印象深い。トラック6の「情景、ある晴れた日に彼は」と並んで、本作の「光」の部分を表現する曲のひとつ。
 バーネルの曲「Waltz(waltz in blue)」はバーネル自身のボーカルで歌われるワルツの曲。フランスの民族音楽「ミュゼット」の雰囲気を持つ牧歌的な曲だ。第二十四幕のパリのカーニバルのシーンで一度だけ使用されている。
 同じくバーネルによるトラック14「desire(復讐はただ我にあり)」は緊迫感のある復讐のテーマである。フラメンコ風のギターのフレーズが伯爵の心に燃える暗い炎を描き出す。獣の声のような笛の音、パーカッションと男声コーラスが加わる。この雰囲気はまるでマカロニウエスタン。復讐劇にはぴったりのサウンドだ。
 この曲はシリーズ後半、伯爵の復讐が本格化してから使用頻度が高くなる。第十幕でモルセール将軍が「エドモン・ダンテス」の名が記された手紙を見て動揺する場面や第十五幕でエデがモルセール将軍の過去の悪事を告発する場面など、原作ファンなら思わず拳を握ってしまう名場面を盛り上げている。
 次の「mercedes(渚にて)」もバーネルの曲。こちらはオープニングテーマ「WE WERE LOVERS」と共通する雰囲気を持つ、ピアノとボーカル主体のバラード曲。モンテ・クリスト伯のかつての恋人であり、今は宿敵の妻となったメルセデスのテーマである。第四幕でモンテ・クリスト伯の正体を知らぬメルセデスが伯爵とバルコニーで語らう場面に流れた。また、第二十幕でアルベールが結婚式場から幼なじみのユージェニーを奪い去る場面でも使用。使用回数は少ないながら、強い印象を残す愛のテーマだ。
 伯爵が館の地下に築いた壮麗な宮殿のテーマ「地下宮殿」を挟み、ピアノとストリングスが繊細に奏でる「月夜」が続く。これは、モンテ・クリスト伯と出会ったことで運命が変わってしまった人々の苦悩や迷いを表現する瞑想的な楽曲。淡々とした曲調ながら、ピアノの冷たい音色が行く手に待つ悲劇を暗示して、緊張感が募る。
 そして、BGMパートの掉尾を飾るトラック18「海嘯」。本作の音楽を語る上で、オープニング&エンディングテーマと並んで忘れてはならない曲だ。シンセの不安な序奏から始まり、ピアノとハープ(?)が奏でるシンプルな旋律のくり返しにフルートのオブリガード、シンセの通奏音などが重なるオスティナートに展開。リズムが加わって、終盤に向けて静かに盛り上がっていく。トラック14の「desire(復讐はただ我にあり)」とは異なる曲調で伯爵の復讐劇を表現する、暗く、切ない宿命の曲だ。第十五幕のラスト、モンテ・クリスト伯がアルベールに「さようなら」を告げる場面、第十八幕で伯爵が倒れた決闘相手にとどめを刺す場面、第二十二幕でモルセール将軍が妻メルセデスに過去の友への裏切りを告白する場面など、「ここぞ」という場面で使われている。
 それに続いて、エンディングテーマ「You won’t see me coming」がTVサイズで収録されているのが本アルバムのニクイところ。本編でも、「海嘯」に続いてエンディングテーマが流れ、いやおうなしに次回への期待が盛り上がる場面がたびたびあった。「You won’t see me coming」のTVサイズは、イントロがドラムの連打から始まる。これがインパクト抜群で、本編のラストシーンに続けて流れると、ぞくぞくするほどカッコいいのだ。しかし、フルサイズはイントロにアコースティックギターの短いメロディがついているので、本編の「ぞくぞく感」が再現できない。本アルバムでは、TVサイズで本編の雰囲気を再現したあと、アルバム全体のエピローグとしてフルサイズを収録。ファンを満足させる、みごとな構成になっている。

 本アルバムは、モンテ・クリスト伯の復讐劇を音楽で再現するイメージアルバムとして聴くことができる。パリに降り立つ伯爵、アルベールたちの平和な日常とそれを侵食する復讐計画、明らかになる伯爵の過去、そして、復讐の始まり。そんなイメージだ。
 が、物語の終わりまでは描かれていない。復讐の旅はまだ途上、今も続いている。そんな雰囲気のまま、アルバムは締めくくられる。それがいい。聴きながら、ときにモンテ・クリスト伯に、ときにアルベールに共感し、来るべき運命におののきながらも、立ち向かう気持ちになる。逆境に屈せず、未来を信じて戦う力が湧いてくる。伯爵が書き残した手紙の言葉が示すように。——待て、しかして希望せよ。

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