腹巻猫です。5月に開催が予定されていたコミックマーケット98が中止になりました。参加を予定していたので残念ですが、今の状況ではやむなし。平和に開催できるときが1日も早く来ますように。
3月16日から、『愛少女ポリアンナ物語』全51話が日本アニメーションの公式YouTubeチャンネル「日本アニメーション・シアター」で無料公開されている。新型コロナウイルス感染症の感染拡大防止対策として外出を控えている人に向けて公開されたものだ(無料公開は3月31日までの予定)。
この企画にはすごく共感した。本作は、主人公・ポリアンナが日常の中にある「よかった」を探す物語。日々の暮らしの中にも新鮮な驚きや感動があることを伝えてきた「世界名作劇場」のエッセンスが詰まった作品なのである。心がモヤモヤしがちな今こそ、多くの人に観てもらいたい。
『愛少女ポリアンナ物語』は1986年1月から12月まで放送されたTVアニメ。日本アニメーション制作による「世界名作劇場」第12作目の作品である。
原作はアメリカの作家エレナ・ポーターが1910年代に発表した小説。アニメ版は『少女パレアナ』を原作にした第1部と、その続編『パレアナの青春』を原作にした第2部の2部構成になっている。第2部では主題歌も新しい曲になった。
両親を亡くした少女ポリアンナが、父から学んだ「よかったさがし」をしながら、悲しみを乗り越えて明るく生きていく物語。辛いことに出会っても日常の中から「よかった」を探し出すことを忘れないポリアンナの生き方が、周囲の人々の心を変えていく。
苦境にくじけず、いつも前向きに「よかった」を探し続けるポリアンナのキャラクターが魅力だ。平凡な日常の中にこそ喜びがあることをポリアンナが教えてくれる。観ているうちに、こちらも影響されて、毎日「よかった」を探すようになってしまう。主演の堀江美都子は主題歌の仕事が少なくなっていたときにこの作品に出会い、ポリアンナの前向きなキャラクターに自身も救われたという。
音楽は、劇場作品「ゴジラ」(1984)やTVドラマ「ゆうひが丘の総理大臣」(1978)、NHK大河ドラマ「秀吉」(1996)、TVアニメ『新・ど根性ガエル』(1981)、『ふしぎの国のアリス』(1983)、TV人形劇「プリンプリン物語」(1979-1982)等の音楽を手がけた小六禮次郎が担当した。
小六禮次郎は「世界名作劇場」第2作『母をたずねて三千里』(1976)のエンディング主題歌「かあさんおはよう」のアレンジを担当している。作曲した坂田晃一のアシスタントを務めていた縁で手がけた仕事だった。本作の音楽もその流れで(同じ関係者の紹介で)担当することになった、とインタビューで語っている。
本作の音楽録音は4回行われている。放送開始前の1985年12月に第1回録音が行われ、約50曲が収録された。1986年3月の第2回録音で25曲を追加。1986年7月の第3回録音でさらに25曲を追加。1986年9月の第4回録音では、4曲のみが収録された。総曲数は100曲あまりになる。
小六禮次郎は50曲におよぶ第1回録音の曲をたった2日で書いたという。当時は猛烈な量の仕事をこなしていた時期で、年間1000曲ぐらい書いていた。本作の音楽も、頭に浮かんでくる曲を次々とスコアにしなくては間に合わず、楽器で音を確認する余裕もなかった。しかし、手を抜いたわけではない。たくさん書けば早く書けるようになるし、当時はそれだけの仕事をする勢いがあった。
「手を抜いたわけではない」ことは音楽を聴けばわかる。ポリアンナのキャラクターに負けない明るく前向きな音楽や美しいメロディを聴かせる抒情的な音楽が多く作られた。ポリアンナが探した「よかった」は音楽の中にもたくさん見つけることができる。
本作のサウンドトラック・アルバムは1986年4月に「愛少女ポリアンナ物語 音楽編」のタイトルでキャニオンレコード(現・ポニーキャニオン)から発売された。第1回録音のBGM16曲を10トラックに構成し、オープニング&エンディング主題歌を加えたLPアルバムだ。このアルバム自体はCD化されていないが、2006年に放送20周年を記念した完全版音楽集「世界名作劇場メモリアル音楽館 愛少女ポリアンナ物語」(CD2枚組)が日本コロムビアから発売されている。
以下、「メモリアル音楽館」をベースに紹介しよう。
収録曲は下記を参照。
https://www.oricon.co.jp/prof/183/products/637292/1/
選曲・構成は筆者が担当した。CD2枚でBGMをほぼ全曲収録している。ディスク1は本編の第1部(第1話〜第27話)、ディスク2は第2部(第28話〜第51話)のストーリーに沿って構成した。複数のBGMをブロックにまとめてタイトルをつけるスタイルで、BGMは1曲1トラックで収録。1曲ごとのタイトルはつけていない。
工藤夕貴が歌う主題歌はフルサイズとTVサイズを収録。堀江美都子が歌った2曲の挿入歌——「星屑のシャンデリア」「夢色天使」も収録した。当初は堀江美都子による主題歌のカバー・バージョン4曲も収録したいと考えていたが、CD2枚のキャパシティに収まらないため、残念ながら見送り。しかし、音楽集としてはベストな内容に仕上がったと自負している。
では、ポリアンナと一緒に音楽のよかった探しを始めよう。
ディスク1は第1回録音と第2回録音のBGMから構成した。
最初のブロック「教会の小さな娘」は、第1話の序盤で流れた4曲をまとめたもの。特に本編で最初に流れる1-M-1は重要な曲だ。なお、本作のBGMのMナンバーは録音ごとにM-1から始まっているため、混同を避けるため、アルバムでは頭に録音回数をつけて表記している(1-M-1は第1回録音のM-1の意)。
1-M-1は3分近い長さの曲で、音楽編LPでは「春から夏へ 秋から冬へ」のタイトルで収録されていた。そのタイトルどおり、1曲の中で曲調が次々と変化する。導入部は牧歌的で大らかな曲調の「春」。バンジョーと木管楽器群が軽快に奏でる「夏」へと展開し、ストリングスとオーボエがさみしげに歌う「秋」へ。さらに弦合奏が凍える空気を表現する「冬」へ。そして、ふたたび「春」の訪れを告げる明るい曲調に転じて終わる。
第1話では、アメリカ西部の雄大な情景に「春」のパートが、ポリアンナが登場すると「夏」のパートが流れ、絵と音楽のマッチングが絶妙の効果を上げていた。小六禮次郎は本作の音楽について「絵コンテを参考に書いた記憶がある」と語っているが、それを裏づける楽曲である。
この曲、季節の移り変わりを表現すると同時に、本作のストーリーの流れ、ポリアンナの運命の転変も表現している。そういう意味でも、物語の序曲にふさわしい。最後は希望的な曲調で終わるところが『愛少女ポリアンナ物語』らしくて好きだ。
次のブロックは「ポリアンナのテーマ」。1-M-6と1-M-5の2曲を収録した。ポリアンナの明るく元気な姿を描写する1-M-6はバンジョーの軽快な演奏と終盤のピアノのアドリブが最高。1-M-5は木管と弦楽器を中心にした編成でポリアンナのちょっとおしゃまな姿を表現する。元気なポリアンナだけでなく、少女らしい可憐な姿やもの思う横顔にもぴったりな曲である。この2曲は、ポリアンナが母の妹であるパレーおばさんを頼ってベルディングスビルにやってくる第4話で使われている。新しい生活のスタートを前にポリアンナの心に芽生えた「よかった」を表現する曲なのだ。
ずばり「よかった探し」と名づけたブロックには、1-M-25&29を収録。1-M-25と1-M-29が連続したひとつの曲として演奏されている。演奏時間は3分。第2話で、死期が迫った父がポリアンナを呼び、「よかったを探すんだ。それがきっとお前を幸せにしてくれる」と言い残す場面にフルサイズで流れて感動を盛り上げた。この曲も絵コンテを参考に作曲されたのではないだろうか。音楽集LPでは「すべての人に愛を」のタイトルで収録されていた。本作のテーマを象徴する曲である。
本作の音楽の特徴のひとつに、メロディの豊かさが上げられる。たとえば、「ポリアンナのテーマ」としてまとめた曲は、ポリアンナの場面に使われてはいるが、メロディは異なる。キャラクターごとにメロディを付与するライトモティーフの手法は採られていないのだ。以前、当コラムで取り上げた『私のあしながおじさん』とは異なる点である。
メインとなるメロディがないために、どの曲にも新しいメロディが現れる。しかも、1曲の中で次々とメロディが変化する、展開のある曲が多い。
かといって、各曲の印象が薄いわけではない。その理由には、音楽自体の魅力とともに、音楽演出の巧みさがあげられる。本作の音響監督は出崎統監督作品にも多く参加している山田悦司。音楽をコマ切れにせず長く使う映画的な演出が印象的だ。本作でも長い曲を切らずに流して大きな情感の流れを作り出している。その結果、楽曲の持ち味が生かされ、非常に豊かに聴こえる。これも本作の音楽に見つかる「よかった」のひとつだ。
収録曲の話に戻そう。
パレーおばさんのもとに引き取られたものの、おばさんからは冷たくされて落ち込むポリアンナ。そんなポリアンナの味方となり、一緒に「よかった探し」を始めるのがメイドのナンシーである。
「ナンシーの約束」と題したブロックには、第5話のナンシーとポリアンナの場面に流れた3曲をまとめた。1-M-41は弦楽器とフルートなどが繊細な心情を表現する静かな曲。ナンシーがポリアンナを「天使のようなお方」と呼ぶ場面に流れて心にしみる。1-M-47はナンシーがポリアンナから「よかった探し」の話を聞く場面に使用。弦楽器がやさしいメロディを奏でる前半から、後半はピアノのメロディに変わる。この後半がたまらなく美しい。ポリアンナを想うナンシーの気持ちが伝わる音楽だ。
ポリアンナの「よかった探し」は街の人々のあいだにも広がっていく。
「ふしぎな特効薬」のブロックタイトルは、医師のチルトン先生がポリアンナのことを「誰でも元気にする特効薬」と呼んだエピソードにちなんだ。室内楽風の2-M-2は第12話でポリアンナがスノー夫人を見舞う場面に使用された曲。偏屈だったスノー夫人がポリアンナのペースに巻き込まれてしだいに心を開いていくさまが愉快だ。スノー夫人の心境の変化を巧みに表現する曲である。
ディスク1の終盤には、パレー夫人の心情を描写する「秘められた想い」と「パレー夫人の幸せ」のふたつのブロックを配した。
「秘められた想い」の2-M-7は、第24話でパレー夫人とチルトン先生との切ない恋の思い出が語られる場面に流れた曲。ピアノと弦と木管が静かにおごそかに奏でる、本作の音楽の中でもとりわけ美しい曲のひとつである。
そして、「パレー夫人の幸せ」には第1部の大団円となる第27話で使用された2曲をまとめた。1-M-32は音楽集LPで「さようならの笑顔」のタイトルで収録されていた曲。フルート、ハープ、ホルンの序奏に続き、ピアノと弦楽器による抒情的なメロディに展開。木管がメロディを引き継ぎ、変奏していく。そのまま劇場作品のメインタイトルになりそうなロマンティックな曲である。劇中では、なかなか素直になれないパレー夫人の複雑な心境を表現する曲として使用された。音楽の力もあって、劇場作品の一場面を観ているような気分になる。
もう1曲の1-M-23は第27話のクライマックスに使用された曲。音楽集LPでも「しあわせが続きますように」のタイトルでアルバムの最後に収録されている。フルート、ビブラフォン、弦楽器などが絡み合う印象主義音楽風の楽曲だ。第27話ではたっぷり2分間にわたって流れ、大人の恋の物語をしっとりと彩っている。
ディスク1を駆け足で紹介してきたが、第3回録音と第4回録音の楽曲を中心に収録したディスク2にもいい曲がたくさんある。
中でも、数々の名場面に流れた「生きることのよろこび」の2-M-9、最終回のラストを飾った「幸せはすぐそばに」の3-M-12は、筆者もお気に入りの名曲だ。
『愛少女ポリアンナ物語』が小六禮次郎によるすばらしい音楽に恵まれたこと。これがいちばんの「よかった」なのかもしれない。
小六禮次郎は本アルバムのために行った2005年のインタビューで、「少し殺伐とした世の中なので、この音楽を聴いて豊かになってくれればうれしい」と語っている。この言葉は現在にも当てはまりそうだ。こんなときこそ「よかった探し」。ぜひ、CDで、あるいは本編とともに、音楽を味わっていただきたい。明日も新しい「よかった」が見つけられるように。
世界名作劇場 メモリアル音楽館 愛少女ポリアンナ物語
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