COLUMN

第171回 テクノポップがいちばん 〜うる星やつら〜

 腹巻猫です。12月19日(木)19時より神保町・楽器カフェでイベント「ゴーゴー!サントラさんV(ファイブ)」を開催します。Webラジオのサントラ・バラエティ番組レッツゴー!サントラさんのイベント第5弾です。出演は貴日ワタリ、腹巻猫、早川優。アシスタントは那瀬ひとみ。平日ですが、22時までやってますので、お時間ありましたら、ぜひご来場ください! 詳細・予約は下記からどうぞ。
https://gakki-cafe.com/event/20191219/


 上野の国立科学博物館で開催中の企画展「電子楽器100年展」に足を運んだ。「100年展」というタイトルから想像していた規模よりはコンパクトな展示だったが、詳細に記述された年表や電子楽器を科学の切り口でとらえた解説はなかなか興味深かった。冨田勲の直筆スコアが展示されているのも見逃せない。

電子楽器100年展(12月15日まで開催)
http://www.kakehashi-foundation.jp/activity/concert/20191203/


 この企画展では電子楽器メーカー・ローランドの創始者・梯郁太郎の業績が大きく取り上げられている。ローランドは電子楽器の開発、MIDI規格の実用化等で電子音楽の分野に多大な貢献をした会社。そのローランドの技術開発室に少年時代からアルバイトとして通っていたのが、作編曲家の安西史孝である。彼が手がけた代表作のひとつが『うる星やつら』の音楽だ。
 『うる星やつら』は高橋留美子の同名漫画を原作に1981年10月から1986年3月まで放映されたTVアニメ作品。浮気性の高校生・諸星あたると宇宙から来た美少女・ラムを中心に、個性的なキャラクターたちが巻き起こす騒動を描くSFラブコメディだ。
 アニメ版の製作はキティ・フィルム。シリーズ前半は押井守が監督、アニメーション制作をスタジオぴえろ(現・ぴえろ)が担当。後半から監督はやまざきかずおに、アニメーション制作はスタジオディーンに交代している。
 当初は原作とアニメの違いに違和感を抱くファンもいたが、しだいにアニメならではの面白さが爆発。4年半にわたって全195回が放送される人気作品になった。劇場版6本が公開され、多数のOVAも制作されている。
 筆者はといえば、スラップスティックなラブコメが苦手で、放映当時はそれほど熱心に観ていなかった。しかし、友人に熱心なファンがおり、その人気は身近に感じていた。その友人に奨められて観た劇場『うる星やつら2 ★ビューティフル・ドリーマー★』の衝撃はいまも鮮烈な記憶として残っている。
 今回はTVアニメ版『うる星やつら』の話である。

 アニメ版『うる星やつら』の音楽事情はなかなか込み入っている。
 なんといってもアニメファンの記憶に残るのは主題歌だろう。オープニング主題歌「ラムのラムソング」は今でもカラオケで歌われる人気曲だし、エンディング主題歌「宇宙は大ヘンだ!」はある意味オープニング以上に本作の雰囲気をみごとに描き出した曲だ。
 そして、当時のアニメファンを驚かせたのは、番組の顔である主題歌が次々と変わっていくという画期的な趣向である。初代オープニング主題歌だけは2年近く使われたが、それ以外の曲はおよそ2クールか1クールで交代している。しかも、「DANCING STAR」「パジャマ・じゃまだ!」「心細いな」「星空サイクリング」など、どれもキャッチーなメロディと新鮮なサウンドで作られた名曲ぞろいだった。
 その多くの作曲・編曲を手がけたのが Flying Mimi Band などで活躍したシンガーソングライターの小林泉美。本作以降、アニメソングでは『さすがの猿飛』(1982)、『ストップ!!ひばりくん!』(1983)、『ふしぎの国のアリス』(1983)などの主題歌を担当している。主題歌歌手には松谷祐子、ヘレン笹野、CINDYら多彩なアーティストが参加し、レコードの発売レーベルもキャニオンレコード、東芝EMI、キティレコード(ポリドール)、徳間ジャパンなど多岐にわたる。これも、従来のアニメソングにはなかったことだ。音楽制作をキティ・ミュージック(キティ・エンタープライズ)が手がけていたために、キティゆかりのアーティストがレーベルを越えて続々と参加した結果である。この趣向は後番組の『めぞん一刻』でさらに加速され、アニメ音楽ビジネスの新しい潮流を確立することになる。
 いっぽう、BGMに参加した作曲家も多彩である。
 放映開始当初の音楽担当は、風戸慎介と安西史孝。劇場『うる星やつら オンリー・ユー』で西村コージ、天野正道が参加。劇場版は星勝(第2作『ビューティフル・ドリーマー』)、ミッキー吉野(第3作『リメンバー・マイ・ラヴ』)、板倉文(第4作『ラム・ザ・フォーエバー』)、大森俊之(第5作『完結篇』)、小滝満(第6作『いつだってマイ・ダーリン』)とすべて音楽担当が異なる。TVシリーズと劇場版は別物とはいえ、これだけ作曲家が異なるケースも珍しい。『オンリー・ユー』『ビューティフル・ドリーマー』『リメンバー・マイ・ラヴ』の音楽はTVシリーズにも流用されているため、なんとも豪華な顔ぶれがTVシリーズにそろうことになった。
 そんな本作の音楽を収録したアルバムの代表は、キャニオンレコードから発売された「うる星やつら MUSIC CAPSULE」(1982年10月発売)、「うる星やつら MUSIC CAPSULE 2」(1983年9月発売)の2枚。ほかに、西村コージによる楽曲を収録した「うる星やつら MUSIC TOUR」がキティレコードから1984年11月に発売されている。そして、1985年9月には2枚組アルバム「うる星やつら ミュージック・ファイル 〜未発表TV・BGM集〜」がキティレコードから発売。これは風戸慎介、安西史孝、西村コージらが手がけた未商品化曲を集めた音楽集で、メーカーをまたがったディスコグラフィまで付属したマニア向け商品だった。
 CD時代になっても『うる星やつら』の勢いは止まらず、1994年12月には、劇場版も含む主題歌・挿入歌・BGMの全楽曲収録をうたった15枚組CD-BOX「うる星やつら コンプリート・ミュージック・ボックス」がキティレコードから限定版で発売された。既発盤収録楽曲にExtra楽曲(いわゆる流用曲)まで加えた内容だが、それでも完全収録ではないというから、『うる星やつら』の音楽は奥が深い(音響監督の斯波重治によれば、オリジナル楽曲以外にキティレコードの音源も使用させてもらっていたのだそうだ)。

 かくのごとく膨大な『うる星やつら』の音楽であるが、そのオリジンとなったのは、やはり最初に作られた風戸慎介、安西史孝の楽曲だろう。特にテクノポップを取り入れた安西史孝の楽曲は革新的だった。
 映像音楽において、シンセサイザーがまだ生楽器の中のスパイス的な味つけとして使われていた時代。シンセサイザーを使った映像音楽といえば、「時計じかけのオレンジ」「シャイニング」のウォルター(ウェンディ)・カーロスや「シルクロード —絲綢之路—」の喜多郎など、クラシック的な楽曲がほとんどだった時代。YMOに代表されるテクノポップのセンスをいち早くTVアニメに持ち込んだのが安西史孝だったのだ。
 「うる星やつら オンリー・ユー」サウンドトラック盤のライナーノーツに安西史孝が寄せたコメントによれば、以前から「『うる星』狂い(自称)」だった安西は『うる星やつら』のTV版がスタートすると聞いて「アセッテ『僕に音楽(BGM)をやらしてクレー!!』といって売り込みに行った」のだそうだ。
 「こういうアニメのSF的ドタバタシーンには絶対テクノポップがあうと思い、一部反論を押し切り、テクノミュージックを作ってしまいました」と安西史孝はふり返っている。
 安西史孝は自宅のスタジオでアナログ・シンセサイザーを使用して楽曲を制作。小林泉美の「ラムのラムソング」のデモ制作にも関わったことが、近年になって明かされている。
 安西と共にクレジットされている風戸慎介は本名の川辺真名義で純音楽作品も発表している作曲家で、映像音楽では『キン肉マン』(1983)、『未来警察ウラシマン』(1983)、『ウルトラマンG』(1990)などの仕事で知られる。『うる星やつら』では生楽器を使ったオーソドックスな楽曲を風戸慎介が、シンセサイザーによるテクノサウンドを安西史孝が担っていた印象である。個性の異なるサウンドが同居し、ひとつの色に染まらないカラフルな音楽世界を作り出しているところが、本作の魅力だ。
 最初の音楽集「うる星やつら MUSIC CAPSULE」から紹介しよう。
 収録曲は以下のとおり。

  1. 宇宙は大へんだ!(歌:松谷祐子)
  2. 錯乱坊の不吉な予感 ★
  3. UFO出現1 ★
  4. UFO出現2 ★
  5. ラム登場 ☆
  6. 空飛ぶラム ★
  7. テンちゃん登場 ★
  8. 金太郎登場 ★
  9. ラムのラブソング(インストゥルメンタル1) ★
  10. 平安朝シリーズ1 ☆
  11. 平安朝シリーズ2 ★
  12. ハチャメチャ大混乱1 ☆
  13. ハチャメチャ大混乱2 ★
  14. ハチャメチャ大混乱3 ★
  15. ハチャメチャ大混乱4 ☆
  16. あたるの大決意1 ☆
  17. あたるの大決意2 ☆
  18. 心細いなサウンドステッカー ※
  19. ラムの思いやり ☆
  20. ラムのラブソング(歌:松谷祐子)
  21. ハワイシリーズ1 ☆
  22. マルガリータ(歌:ヘレン笹野)
  23. ハワイシリーズ2 ☆
  24. ラムのラブソング(インストゥルメンタル2) ☆
  25. 抜き足差し足… ★
  26. 不安のたかまり ★
  27. 事件だ事件だ大事件 ★
  28. サスペンスタッチ1 ☆
  29. サスペンスタッチ2 ☆
  30. サスペンスタッチ3 ★
  31. それ行けやれ行け大追跡1 ★
  32. それ行けやれ行け大追跡2 ★
  33. それ行けやれ行け大追跡3 ☆
  34. それ行けやれ行け大追跡4 ☆
  35. 怪獣動物園 ★
  36. むなしい毎日 ☆
  37. 悩めるあたる ☆
  38. 心細いな(歌:ヘレン笹野)

★=安西史孝担当曲
☆=風戸慎介担当曲
※=「心細いな」(小林泉美作曲)の星勝アレンジ曲

 LPレコードではトラック1〜20がA面、トラック21〜38がB面。
 オープニング主題歌でなく、エンディング主題歌の「宇宙は大ヘンだ!」から始まるのが痛快だ。オープニング「ラムのラブソング」はA面のラストに収録されている。B面に収録された「マルガリータ」は挿入歌、「心細いな」は2代目エンディング主題歌である。
 1曲目に「宇宙は大ヘンだ!」が配されていることからも、本アルバムの主軸がラブコメの「ラブ」よりも「コメディ」に置かれていることがうかがえる。
 トラック2「錯乱坊の不吉な予感」から「UFO出現1」「UFO出現2」と安西史孝によるシンセサイザー楽曲が続き、アルバムの雰囲気を決定づける。「錯乱坊の不吉な予感」と「UFO出現1」は劇中でよく使われた、事件を予感させるミステリアスな曲だ。シンプルなメロディとシンセの音色が怪しくコミカルな空気をかもし出す。
 トラック5「ラム登場」は風戸慎介によるラムのテーマ。フルートがメロディを奏でる爽やかな曲で、「あこがれの美少女」といったイメージ。
 続く「空飛ぶラム」「テンちゃん登場」「金太郎登場」は安西史孝の曲。「テンちゃん登場」「金太郎登場」は本編でもおなじみのユーモラスなキャラクター描写曲である。
 キラキラしたシンセの音色を使ったドリーミィなオープニング主題歌アレンジ曲「ラムのラブソング(インストゥルメンタル1)」と和風の情景描写曲「平安朝シリーズ1」「同2」(第11回「あたる源氏平安京にゆく」で使用)をはさんで、トラック12から「ハチャメチャ大混乱1」〜「同4」が並ぶ。『うる星やつら』になくてはならないドタバタ曲だ。
 とりわけ、安西史孝による「ハチャメチャ大混乱2」と「同3」は「これぞ『うる星やつら』BGM!」と呼べる使用頻度の高い曲。アニメBGMでコミカルな曲というと、60〜70年代はジューズハープやクイーカ、ミュートしたトランペットなどの特徴的な音色を使用して雰囲気を出す手法が多かった。本作では、アナログ・シンセサイザーの音がその役目を果たしている。これは『うる星やつら』の発明かもしれない。
 トラック19の「ラム思いやり」は「ラム登場」と並ぶ風戸慎介によるラムのテーマ。オーボエの音色とストリングスが奏でるメロディが胸にしみる。第26回「テンちゃんの恋」、第39回「どきどきサマーデート」など、ちょっとほろりとさせるエピソードに使用されている。こういう曲も『うる星やつら』には大切な要素である。
 B面は、風戸慎介によるフュージョン風の楽曲「ハワイシリーズ1」「同2」(第13回前半「ハワイアン水着ドロボウ」で使用)とヘレン笹野が歌うラテン風味の挿入歌「マルガリータ」で、ちょっと大人びた気分のスタート。しっとりと聴かせる「ラムのラブソング(インストゥルメンタル2)」でひと息つく。
 トラック25からの3曲「抜き足差し足…」「不安のたかまり」「事件だ事件だ大事件」は安西史孝作曲のユーモラスなサスペンス曲。ドタバタ描写になくてはならない使用頻度の高い曲だ。
 アルバムのクライマックスは、ラムとあたるの追っかけっこなどに流れる「それ行けやれ行け大追跡1」〜「同4」の4連発。一聴して「ああ、『うる星やつら』の音楽!」とわかる印象深い曲ばかりである。
 BGMパートのラストは、あたるがラム以外の女性を追いかけるも結局うまくいかず「トホホ…」というイメージの3曲。安西史孝作曲の「怪獣動物園」、風戸慎介作曲の「むなしい毎日」「悩めるあたる」、いずれも耳に残るBGMだ。
 最後にトロピカルなエンディング主題歌「心細いな」が流れて終幕。『うる星やつら』本編の雰囲気をうまく再現した、うまい構成である。

 こうして聴いてみると、風戸慎介曲と安西史孝曲の配分が絶妙である。風戸慎介の曲だけだと普通すぎるし、安西史孝の曲だけだとエキセントリックすぎる。両者をうまく混ぜ合わせて、日常の中に非日常がまぎれ込むスリルとドキドキ感が音楽アルバムとして表現されている。それは『うる星やつら』の世界観そのものだ。
 『うる星やつら』の音楽は、放送期間中に技術的にも音楽的にも変化している。1983年2月公開の『うる星やつら オンリー・ユー』では日本に初めて上陸したデジタル・シンセサイザー・フェアライトCMIが導入され(安西史孝によれば、当時の価格で1500万円もしたという)、音色が一新された。その後にリリースされた「うる星やつら MUSIC CAPSULE 2」には、シンセサイザーを使った曲でも抒情的な曲やロマンティックな曲が多く収録され、1枚目の音楽アルバムとはコンセプトが変わっている。「うる星やつら MUSIC CAPSULE」「うる星やつら オンリー・ユー オリジナル・サウンドトラック」「うる星やつら MUSIC CAPSULE 2」と発売順に聴くと、その音楽的変遷がうかがえて興味深い。『うる星やつら』の音楽アルバムは、日本の電子音楽史を語る上でも無視できない重要な作品なのである。
 『うる星やつら』というなんでもありのアニメに集った多彩な作曲家、アーティスト。そこで生み出されたのは、個性的なキャラクターが大集合する『うる星やつら』にふさわしい、キュートでポップな、お祭りのような音楽世界だった。「うる星やつら MUSIC CAPSULE」はその斬新で魅惑的な音楽世界をアルバムとして結晶させた記念碑的な1枚である。
 2019年9月、『うる星やつら』関連楽曲の配信が Apple Music、iTunes、レコチョク、LINE MUSIC などの主要音楽配信サービスでスタートした。主題歌・挿入歌のほかに、音楽集「MUSIC CAPSULE」「MUSIC CAPSULE 2」の2枚も配信されている。CDが入手困難になっているだけに、ファンにはうれしいリリースだ。残念ながら「MUSIC CAPSULE」からはヘレン笹野が歌う「マルガリータ」と「心細いな」の2曲が割愛されているが……。それでも、この歴史的音楽集の価値は不変である。

うる星やつら MUSIC CAPSULE (音楽配信)
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うる星やつら MUSIC CAPSULE 2 (音楽配信)
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