COLUMN

第168回 渡辺岳夫最後の少女向けアニメ 〜レディジョージィ〜

 腹巻猫です。10月23日にSOUNDTRACK PUBレーベルより「レディジョージィ 歌と音楽集」が発売されました。TVアニメ『レディジョージィ』の主題歌・挿入歌・BGMを集大成した2枚組CDアルバムです。全91トラック収録。主題歌2曲以外は全曲初CD化の快挙! 今回は『レディジョージィ』の音楽を取り上げます。


 『レディジョージィ』は1983年4月から1984年2月まで放送されたTVアニメ作品。週刊少女コミック(小学館)に連載された、いがらしゆみこと井沢満によるマンガ「ジョージィ!」を原作に、東京ムービー新社(現 トムス・エンタテインメント)がアニメ化した。
 キー局・テレビ朝日系での放送は土曜夜7時から。この枠では、『おはよう! スパンク』(1981)、『とんでモン・ペ』(1982)と東京ムービー新社制作の少女向けアニメが続けて放映されており、本作『レディジョージィ』が3作目だった。3作とも吉田しげつぐがチーフディレクターを務めている。
 明るくコミカルな『おはよう! スパンク』『とんでモン・ペ』に比べると、『レディジョージィ』はぐっと大人びた、ドラマティックな作品である。
 舞台は19世紀。オーストラリアの大自然の中で育った少女ジョージィが、数奇な運命と恋に翻弄されながら成長していく物語だ。ジョージィの出生の秘密、血のつながらない2人の兄のジョージィへの愛、英国の少年ロエルとジョージィとの身分違いの恋、その恋を邪魔しようとするロエルの婚約者・エリーズ、エリーズの伯父・ダンゲリング公爵の悪だくみ。古典的なロマンスの要素がこれでもかと盛り込まれた大河ストーリーである。
 いがらしゆみこ原作の大河少女ロマンといえば、『キャンディ・キャンディ』がある。本作は80年代の『キャンディ・キャンディ』をめざしたような作品だった。ただ、『キャンディ・キャンディ』に比べるとシリアスなエピソードが多く、キャラクターも苦悩する場面が多い。前2作と大きく雰囲気が変わったこともあり、視聴者はとまどったのではないだろうか。かく言う筆者も、『おはよう! スパンク』はリアルタイムに観ていたが、『レディジョージィ』はあまり観た記憶がない。
 しかし、筆者は当時、『レディジョージィ』の音楽集LPを購入している。音楽が渡辺岳夫だったからだ。
 本作の音楽は、主題歌・挿入歌・BGMのすべてを渡辺岳夫が担当している。ここにも『キャンディ・キャンディ』との相似がある。そして、渡辺岳夫の音楽はすばらしかった。番組への不満を吹き飛ばすほどの名曲ぞろいだった。

 スポーツアニメ、名作アニメ、ロボットアニメなど、さまざまなジャンルの作品を手がけた渡辺岳夫が得意とした分野のひとつが少女向けアニメだった。『魔法のマコちゃん』(1970)、『魔女っ子メグちゃん』(1974)、『キャンディ・キャンディ』(1976)、『魔女っ子チックル』(1978)、『ハロー! サンディベル』(1981)……。「ヒロインもの」というくくり方をすれば、『キューティーハニー』(1973)も『ペリーヌ物語』(1978)も加えることができる。渡辺岳夫は事件や逆境に明るく前向きに立ち向かう少女たちの音楽を書き続けてきた。
 『レディジョージィ』はその系譜につらなる作品である。渡辺岳夫が創り出した少女向けアニメ音楽のひとつの到達点であり、また、さらに次のステージをめざした作品でもあった。
 渡辺岳夫の書く音楽は、「なべたけ節」「岳夫節」と呼ばれてファンに親しまれているが、メロディもサウンドも時代とともに変化している。
 『魔法のマコちゃん』は『巨人の星』(1968-71)とも共通するやや古風な曲調。アレンジに松山祐士が参加した『魔女っ子メグちゃん』からはヨーロッパの香りただようおしゃれなサウンドになり、『キャンディ・キャンディ』までその作風が続く。80年代の『ハロー!サンディベル』は久石譲がアレンジに参加。『機動戦士ガンダム』(1979)を手がけたあとということもあり、現代的な、ひとつ突き抜けたサウンドに変化している。
 そして、『レディジョージィ』である。
 本作の主題歌・挿入歌アレンジを手がけたのは青木望。TV&劇場アニメ『銀河鉄道999』の音楽で知られる作・編曲家だ。本作でも、ピアノや弦楽器のアコースティックな響きを生かした上品なアレンジを聴かせてくれる。『キャンディ・キャンディ』とはまったく違うイメージを打ち出してみごとだった。渡辺岳夫のメロディも、『キャンディ・キャンディ』『ハロー!サンディベル』のポップな路線とはひと味違う、クラシカルな、落ち着いた曲調で書かれている。それでいて、岳夫節と呼ばれる独特のメロディラインの魅力はそのままだ。
 さて、本作の音楽は放送当時、ビクター音楽産業からLPアルバム「レディジョージィ 音楽集」として発売された。主題歌2曲に挿入歌4曲、BGM7トラックを収録した音楽集である。
 このアルバム、ジャケットデザインがすばらしかった。いがらしゆみこのイラストを全面にあしらったデザインで、そのまま壁に飾っておきたくなるほどの美しさ。筆者が当時購入したのは、ジャケットに惹かれたからでもあった。
 収録曲は以下のとおり。

  1. 忘れられたメッセージ(歌:山本百合子)
  2. 愛のブレスレット(歌:山本百合子)
  3. 美しい出発(たびだち)
  4. やさしさをありがとう〜インストゥルメンタル〜
  5. あしたのめぐり逢い(歌:山本百合子)
  6. プリティー・ジョージィ
  7. 朝もやの中へ
  8. ブーメラン(歌:山本百合子)
  9. ともだち
  10. 想い出の街角で
  11. 父さんの子守歌(歌:山本百合子)
  12. 忘れられたメッセージ〜インストゥルメンタル〜
  13. やさしさをありがとう(歌:山本百合子)

 エレガントなピアノの前奏から始まる「忘れられたメッセージ」はオープニング主題歌。歌うは主人公・ジョージィを演じた声優の山本百合子。16歳でアイドル歌手としてデビューした山本百合子は、『ハロー!サンディベル』のサンディベル役で声優デビュー(もともとは主題歌オーディションにも参加していた)。『ハロー!サンディベル』では挿入歌も1曲歌っていて、渡辺岳夫とは浅からぬ縁があった。
 2曲目が挿入歌「愛のブレスレット」。いきなりの名曲である。美しく上品なバラードで、大人向けドラマの主題歌のような洗練された雰囲気がただよう。『キャンディ・キャンディ』や『ハロー!サンディベル』にはなかった曲調だ。
 次の「美しい出発」はBGM。マンドリンがトレモロで奏でる切ないメロディにアコースティックギターやストリングスがからむ、いかにも渡辺岳夫らしい楽曲。後半は弦主体の希望的な旅立ちの曲になる。
 本アルバムのBGMトラックは2曲を1曲に編集して収録されていて、その組み合わせもなかなかうまい。4曲目の「やさしさをありがとう〜インストゥルメンタル〜」もムーディなアレンジの前半とピアノがリードするしっとりしたアレンジの後半の対比があざやかだ。
 5曲目の挿入歌「あしたのめぐり逢い」がまた名曲。やさしいメロディながら、アップテンポの軽快な曲に仕上がっている。これがオープニング主題歌でもおかしくないくらい、キャッチーで耳に残る曲である。はつらつとした山本百合子の歌唱もいい。
 ジョージィがらみの場面で使用されたBGM「プリティー・ジョージィ」でレコードのA面が終わり、B面は幻想的な「朝もやの中へ」から始まる。
 当時のアニメ音楽アルバムはレコードのB面が歌から始まることが多いのだが、本アルバムはオーストラリアの豊かな自然を描写する音楽から始まっている。「音楽集」というタイトルにふさわしく、音楽をゆったり聴かせる構成になっているのがうれしい。
 8曲目の「ブーメラン」は、コアラ、カンガルー、エミューといったオーストラリアの動物たちを詠み込んだ明るくはずんだ挿入歌。「子どもたちが楽しく聴ける歌も1曲入れよう」と作られたような曲である。この曲のみ、渡辺岳夫が自身で編曲を手がけている。この歌、5コーラスもあるのだが、次々と変化するアレンジの妙もあり、聴いてまったく飽きない。
 2曲のBGMを挟んで、11曲目の「父さんの子守歌」は、ジョージィの父への想いを歌った抒情的な挿入歌。ジョージィの幼い日々を象徴するメロディとして、劇中でもメロオケやアレンジBGMがたびたび使用されている。
 アルバムの最後はエンディング主題歌「やさしさをありがとう」。女性コーラスとストリングスをたっぷりフィーチャーした青木望のアレンジが美しく、聴くたびにうっとりと夢心地になってしまう。渡辺岳夫のメロディも絶好調で、上品な導入部から気持ちが高揚する中間部を経て、大きなうねりを持ったロマンティックなサビへと至る構成がすばらしい。クラシカルなサウンドと少女マンガのロマンが融合した名曲である。
 アルバムのライナーノーツに掲載されたコメントで、渡辺岳夫は「ぼくはいつもアニメの主人公のそばにいます」と語っている。『巨人の星』も『アルプスの少女ハイジ』も『キャンディ・キャンディ』も『機動戦士ガンダム』も、同じ気持ちで書いたと。
 そういう意味で、渡辺岳夫の音楽づくりの姿勢は少しもぶれていない。しかし音楽的には、さまざまなアレンジャーと組み、アレンジやサウンドの工夫を重ね、新しい表現を模索してきた。本作の音楽を聴くと、新しい少女向けアニメの音楽を作りたい、決定版を作りたいという強い意欲が伝わってくる。筆者にとって、「レディジョージィ 音楽集」は渡辺岳夫アニメ音楽の新しい可能性を感じさせるアルバムだった。

 90年代になって、ビクターが80年代のアニメ音楽をCDで復刻し始めたとき、「レディジョージィ 音楽集」も再発売されると信じて待っていた。だが、『レディジョージィ』の音楽は主題歌2曲がコンピレーション盤に収録されたのみで、アルバムは一度もCD化される機会がなかった。また、アナログ盤のほうも市場に出た数が少なかったと思われ、中古盤は高額で取り引きされていた。「レディジョージィ 音楽集」は、長らく、手軽に聴くことがかなわない幻のアルバムになっていたのだ。
 渡辺岳夫が遺した名曲を埋もれさせておくのは忍びない。今回、SOUNDTRACK PUBレーベルから発売した「レディジョージィ 歌と音楽集」は、本作の音楽を1人でも多くの人に聴いてもらいたいと考えて企画したものである。
 「レディジョージィ 音楽集」の内容をそのまま復刻し、さらに、トムス・エンタテインメントに残されていたオリジナルBGM音源を加えて、CD2枚に構成した。青木望の優雅なアレンジが堪能できるオリジナル・カラオケも取り寄せて収録した。
 目玉のひとつは、ジョージィがロンドンを訪れる第34話から使用され始めた追加録音BGMである。歴史ロマンを思わせる古風で格調のある曲が多く作られており、それまでの渡辺岳夫少女向けアニメ音楽にない雰囲気だ。ジョージィたちの心情を描写する音楽は、大人向けドラマの音楽のような繊細で複雑な味わいを持っている。『キャンディ・キャンディ』よりも一歩も二歩も進化した少女向けアニメ音楽を。渡辺岳夫はそう考えて、これらの曲を書いたのではないだろうか。「もっと先に進もう」という意志を感じさせる音楽である。
 もうひとつ特筆すべきことは、追加録音BGMがステレオで保存されていたことである。放送はモノラルだからステレオである必要はない。音楽集の2枚目の企画があったのかとも考えるが、真相は不明である。いずれにせよ、珠玉の音楽がステレオ録音で残されていたのは幸運だった。おかげで、ピアノやストリングス、木管、チェンバロなどの豊かな響きを味わうことができる。特に最終話のラストシーンに流れた華麗なエンディング主題歌アレンジ曲は聴きどころである。
 渡辺岳夫はアニメ音楽の未来をどう考えていたのか。流行に流されず、よりドラマとキャラクターに寄り添った、視聴者に媚びない音楽を作ろうとしていたのではないか。筆者はそんな風に考える。
 『レディジョージィ』の放送が終わった5年後の1989年6月。渡辺岳夫は56歳の若さで他界した。本作のあとにも渡辺岳夫はいくつかのアニメ作品の音楽を手がけているが、少女向けのロマンティックな作品は『レディジョージィ』が最後になった。渡辺岳夫がアニメ音楽に注いだ情熱と愛情が本作には詰まっている。聴くたびに、渡辺岳夫が生きていたら次にどんな音楽を書いていただろうと思わずにいられない。

レディジョージィ 歌と音楽集
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